48
「ふ…わぁぁ…たまらんのぅ」
露天の岩風呂でリーズレットさんは蕩けた顔で蕩けた声を出した。
「ね?気持ちいいでしょう?」
私も一緒にお湯に浸かりながら、うーん、と身体を伸ばす。
やっぱりうちの温泉は最高だ!
「なんじゃ、この体中の悪いものが抜けて行くような感覚は。浸かっておるだけで心も体も癒されるようじゃ。」
リーズレットさんはホゥと息をつく。
そしてそのまま、目を閉じて温泉を堪能している様子だった……のだが。
「……待て。」
ふと、真剣な顔で目を開ける。
「…まさか。」
そしてジャポンとお湯から足を出す。
「……なんという事じゃ…!」
リーズレットさんは右膝をさすりながら
驚いた顔になった。
「??どうかしましたか?」
聞いてみると、ゆっくりと私を見た。
「トキコよ。おぬし、気がついておったか?」
「何がです?」
真剣な顔で聞かれて首を傾げる。
「この、温泉とやらの効果じゃ。」
そう言われて、あぁ、と頷いた。
そしてふふん、と得意げになって答える。
「この朝霧の湯の効能はですね、肩凝り、腰痛、冷え性や神経痛、それに打ち身、切り傷にも効果があります。さらに美肌効果もあってですね、お湯に入った後はお肌がツルツルに…「それじゃ!」」
突然話を遮られて私は再び首をかしげた。
「今、切り傷に効果があると言っておったな?確かに、そのようじゃ。妾の右膝にあった古傷がなくなっておる。」
……へ?
「昔、領土に出た魔獣を討伐した時に出来た傷での。相手はオークキング。流石に強敵で、無傷というわけにもいかず、右膝に重傷を負ったのじゃ。今でも冬場などに疼きが出てな。ツラい思いをしておった。」
……んん?
「その傷が、消えておる。ずっと感じていた違和感も無い。なるほど、すごい効能じゃ。」
……あれ?
「これなら…もしかするとエレンダールの背中の刀傷も消えておるやもしれん。」
……ちょ。
ちょ。まてよ。(ハイお約束の○ムタクー)
温泉の効能とは、そんな感じのものではない、はず。
身体があったまって、血流が良くなるからちょっと、ちょーっとは楽になって、リラックス効果でちょーっといい感じになる。そんな感じの…。
決して、古傷がきれいさっぱり消えちまうだとか、痛みがすっぽり無くなっちまうとか、そんな即効性でガッツリ、現代医学もびっくりな効き目は…。
ザバァァ!
「お?もう出るのか?」
突然立ち上がった私に、リーズレットさんは不思議そうに声をかけた。
しかし。
「お…」
「お?」
「おとうさぁぁぁん!!!」
どうやら、うちの温泉までもがチートのようです。
お父さんは。
お母さんと一緒に公爵家に行ってて不在だった。
そういえばそうだった…!
確か、お母さんが番だったからとかなんとかで犬になっちゃったから、その報告がなんたらって言ってたような…!
「トキコちゃん、違うわよ。それだと犬になったことを報告しに行ったみたいじゃない。」
「はっ!声に出てた?!」
エレンダールさんに訂正されてはたと気がつく。
「動揺しておるなぁ。」
甚平姿に首からフェイスタオルをかけて、リーズレットさんは生暖かい目で私を見た。
エレンダールさんも館内着の甚平姿なんだけど、スタイルが良すぎて甚平さんがパリコレかなんかの春夏コレクションに見える。
シャ○ルか?シャ○ルの甚平さんなのか?
「それにしても、すごいわ!リーズレットの言うように、背中にあった傷が跡形もなく消えたのよ!お湯から出て鏡を見て本当に驚いたんだから!」
エレンダールさんはご機嫌だった。
これだけの美形だ。身体に傷があることは少なからず気にしてきたようで、それが消えて本当に嬉しそう。
「おまけに見て!この肌!まるで300年前に若返ったみたい!」
それはもう、若返ったとかいう次元の話ではないのでは?
と、ちょっと思ったけど、言わないでおこう。
「妾も膝の傷と違和感がすっかりきえて、体が軽いぞ!今なら城の2つや3つ、余裕で建てられそうじゃ!」
温泉のチートさよりもリーズレットさんの建築チートの方が遥かにすごいような気がする。
が、これも言わないでおこう。
なんにせよ、温泉の素晴らしさを堪能してもらえたようで、私も大満足だ!
なので細かいことは気にしないことにしようそうしよう!
「トキコさん、おかえりなさいませ。それにフレイニール公爵閣下、アーダルベルト公爵閣下、ようこそおいでくださいました。」
ケニスさんがお盆にビールと私のレモンサワーを乗せてやってきた。
お食事処の奥の席、少し個室っぽい場所で私たちは休んでいた。
「ケニスさん!お疲れ様!ごめんね?忙しいでしょう?」
私が言うと、ケニスさんは微笑んで首を振る。
「ありがたいことです。トキコさんや奥方様が伝えようとしている温泉の素晴らしさを沢山の方に知ってもらえて、みなさんとても喜んでいらっしゃいます。今までのオルガスタには無かった素晴らしい文化を広める一端を担わせていただいて、とても光栄です。」
ケニスさん……!!なんていい人!!
「ボーナス、弾むからね!落ち着いたらお休みもとってね!」
思わず身を乗り出して言うと、ケニスさんははにかんで笑った。
「……ボーナスって、なによ?」
「エレンダールさん、ボーナスを知らないんですか?!いいですか?ボーナスとは従業員の日頃の働きに感謝して年に二回ほどお給料とは別に支払われるお金のことです!会社によって違いますが、だいたいお給料の二ヶ月分くらいが相場ですね!」
私が言うと、なぜかケニスさんがビキリと固まった。
「と…トキコさん?!わ…私は今でも十分すぎるお給金をいただいてますよ?!」
「何言ってんですか!ボーナス、有給、サビ残無し!当たり前のことです!うちはブラックじゃありません!」
「な…何を言ってるのか、わからない!」
動揺するケニスさん。
「有給とは、従業員が自分のお休みや余暇のためにお仕事をお休み出来る制度の事です。もちろん、お休みした日もお給料は支払います。サビ残とはサービス残業、多忙などで仕事が終わらず、規定の時間以上に働いた場合、お給料がもらえず、ただ働きになってしまうことです。うちはそれはしません。きちんと残業分の追加給金を支払います。」
詳しく説明すると、ケニスさんはアワアワと慌てだす。
「お…お休みなのに給金が出る?そんなバカな!それに、仕事が終わらないのは自分の仕事が遅いからじゃ…!」
「ケニスさん。その考え方はまずいです。今すぐやめましょう。それは社畜の考え方です。」
「しゃ…シャチク、というのはわかりませんが…!これだけはわかります!トキコさん!貴女は天使だ!!そんな貴女様に仕える事が出来て、私はこの上なく幸せです!」
ケニスさんは涙ぐみながら私を見た。
「……っとに、やらかす子ね!」
「なんなのじゃ、この天然タラシは。」
エレンダールさんとリーズレットさんが呆れ返ってビールを飲んでいた事には気がつかない私だった。
お読み下さりありがとうございました。