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「……そりゃあね、獣化もするわね。」
エレンダールさんは大きくため息をついた。
「うむ。番が見つかることなど、おとぎ話といっていいほどの確率じゃ。ラドクリフの喜びも、それはそれは大きいじゃろうの。」
リーズレットさんは微笑ましいものを見る目でお父さんを見ている。
……なにこれ?
私の目の前では、人が乗れそうな大きさの銀色の大型犬、いや、超大型犬が、尻尾をワッサワッサ振ってお母さんを舐め回している。
「ちょっと!やめなさい!こら!」
お母さんは超大型犬のヨダレまみれになりながら、なんとか宥めようと奮闘していた。
「…お…お父さんが…犬に…!」
私は愕然として立ち尽くす。
どうしよう。
まさか、お父さんが犬だったなんて。
え?てことは、私、犬の子?
私も犬に…?
「ムリ…!」
「トキコちゃん、犬じゃないわよ。狼よ。」
エレンダールさんが慰めてくれるが、全く慰めになってない!
「狼というか、フェンリルじゃな。オルガスタに伝わる神獣じゃ。そしてこれがラドクリフが銀狼将軍と称される所以じゃな。」
リーズレットさんもそう言って私の肩にそっと手を置いてくれる。
私は愕然としつつ、この状況をなんとかせねばと、お買い物アプリを開いた。
と…とりあえず、お母さんを助けねば……!
購入したのは、もちろんアレだ。
「ほ…ほーら、美味しいですよー。」
私はワン○ュールの封を切った。
「斗季子!そんなの効くの?!」
お母さんは信じられないというふうに私を見た。
結果から言おう。
ワン○ュールは、効いた。
ベロンベロンとお母さんを舐め回していたお父さんは一瞬ハッと顔をあげ、鼻をヒクヒクさせながら、ジ……とこちらを見ていたが、やがてソロソロとこちらにやってきて、ペロリとワン○ュールを舐めた。
そして。
「恐るべし…!ワン○ュール…!」
お父さんはしばらく「キュゥンキュゥン」と甘えたような声を出しながら夢中でワン○ュールを舐めていたが、そのうち何かに気がついたように顔を上げて、再び光に包まれ無事に人間に戻ってくれた。
ワン○ュールを舐めている様子はなんだか可愛くて、思わずモフりそうになったけど、父だと思うと非常に微妙な気分になりやめておいた。
侑李が見たらなんていうだろう。
きっとショックを受けるに違いない。
すっかり理性を取り戻して、人間に戻ったお父さんは地面にガックリと四つん這いになった。
「なんなんだ?!ワン○ュール!番から引き離させるなど、ありえん!」
ぶつぶつと何事か呟いているお父さん。
とりあえず、ほっとこう。
しかし本当に驚いた。
驚いたというより、ショックを受けた。
自分の父親が異世界の犬……。
いや、狼らしいけど。
ありえない。
まったくもってありえない。
お母さんは知っていたのだろうか?
「話は聞いていたのよ。話だけはね?
〝俺は本当は狼の獣人だ〟って言うから、〝じゃあ、名前は《司狼》にしよう〟って、それでその名前にしたの。正直、全然信じてなくて、半分冗談だったんだけど…」
私の問いにお母さんは答えてくれたけど、まだ信じられないというようにお父さんを見ている。
そりゃあそうだ。
私だって信じられない。
「…‥俺としてはそのワン○ュールの方が信じられない。」
お父さんはうなだれたままボソリと言った。
「本当に、そのワン○ュール?とやらの効果は私も信じがたいものがあるけど、おかげで私も少し冷静になれたわ。とりあえず、こんな道端じゃ落ち着いて話も出来ないし、オルガスタに向かわない?」
エレンダールさんが提案して、リーズレットさんも頷く。
私もその意見に賛成だ。
唾液まみれのお母さんも、早くお風呂に入れてあげたいしね!
「運転、私がするよ。お母さんはお父さん連れてきて。」
私が促すと、お母さんはお父さんに舐められてベタベタになった顔を拭きながら大きなため息をついた。
「ほら司狼。行くわよ!」
お母さんに言われてお父さんはようやく立ち上がり。
先に運転席に乗り込んだ私がルームミラー越しに見たのは、三列目でお母さんにスリスリと擦り寄るお父さんと呆れた顔でその相手をするお母さんだった。
……お父さん、ちゃんと人間に戻ってるよね?
なんだかものすごく犬っぽいんだけど!
私は心に不安を残しながらハンドルを握った。
お読み下さりありがとうございました。