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王様への謁見や、その他諸々の事を終えて、
私はオルガスタ領へ帰れる状態になった。
なので早々に帰ろうとしたんだけど。
「トキコちゃん。いいじゃないの。もう少し王都にいましょ?あ!私が案内してあげる!」
エレンダールさん、アナタの目的はチョコレートだね?
「トキコ姫、出来たら息子ジーノがエンシェントドラゴンの継承者だという事をニフラ領で発するにあたり、共に来ていただきたいのだが、いかがであろう?」
うむ。リグロさんはとてもまともな事を言っている。さすが理想の父!
「トキコぉぉ!妾とハイデルトへ参ろう!
オルガスタでラウムらを回収したら、妾と一緒に行くぞ!」
完っっ全に酒目的だよね?!
むしろ私の事、酒樽かなんかと思ってるよね?!
ちなみに先日の大宴会の時にかかった費用はきちんと計算してキッチリ徴収しましたともさ!
っていうか、その徴収が原因でますます集られてるんだけどね!クソー!
徴収金、皆さんに言わせるとかなりお安かったらしい。
リーズレットさんが一番高かったんだけど、明細書を作ってそれを突きつけたら。
「なんじゃと?!あれだけのものをあれだけ飲んで、たったの5万リルじゃと?!しかも追加で受け取ったウイスキーの分も含めてか?!」
日本円換算で50万円なのですが…!
一晩で50万とか、銀座のクラブか!
即金でポーンと支払われて、追加でさらにウイスキーを注文されたよ!
そんなわけで、私は公爵達の注文受け付けでてんてこまいだった。
さらに侑李の友達の親御さん達も息子のレアスキルの発現に大層喜んで、挨拶に来たりと忙しく、私としては早く温泉旅館に帰りたい。
自分も温泉に浸かってゆっくりしたい。
「申し訳ないですが、私は帰ります。
温泉も気になりますし、ええ!帰りますとも!」
確固たる意思でそう言うと、みんなはようやく諦めてくれた。
「仕方ないわね。トキコちゃんがそこまで帰りたいなら、一緒に行くわ。」
え?!
「うむ。そうじゃの。ああ、妾はラウムめも連れて帰らぬとならぬし、トキコと行くつもりじゃったがの。」
なぬ?!
「我はまず、ニフラへ向かわねばならぬが…ジーノの学園が休暇に入るまで時間がある。報告を済ませたらオルガスタへ向かうとしよう。」
ちょっと?!
「お父さん?!これいいの?!」
涙目の私にお父さんは大きくため息をついて、頭を抱えた。
「…こうなっちゃ止められねぇな。」
あきらめるの早くない?!
「あ、お母さん?うん、そうそう。終わったよ〜。もうね、大変だった!お父さんのお友達が居酒屋メニュー気に入っちゃって。すっかり私、居酒屋バイトしてるみたいで。え?ああ、うん、出来た!それがね?聞いてよ!王子様なんだよ!アルベ君っていってね、あ、本当はアルベルト君なんだけど。え?いやいや、だって長いじゃん。…うん、でもさ、アルベ君がそれでいいって…うん。うん、わかったよ。あ、そういえばさ「おい、斗季子。話はカレンが来てからにしてくれ。」…はぁい。うん、お父さんが話は後にしろって。…うん、わかった。じゃあよろしく!」
お母さんとの通話を終えると、お父さんは苦い顔でこちらを見ていた。
…いいじゃないか。
少しくらいおしゃべりしたって。
「本当にいいのか?
こちらの馬車はまだ余裕があるぞ?
ラドクリフは馬でもいいとして、トキコは辛かろう。
妾の馬車に一緒に乗っていかんか?」
リーズレットさんが心配そうにお父さんに提案してくれている。
「ああ、大丈夫だ。追いつくから先に行っててくれ。」
お父さんは笑顔で頷いて、リーズレットさんはそれでも心配そうにしていたが、ノロノロと馬車に乗り込んだ。
「トキコちゃん、無理しちゃダメよ?
長い距離の乗馬は疲れるから、辛かったらラドクリフちゃんに言うのよ?」
エレンダールさんもそう言って私の頭を撫でる。
そこで気がついた。
そうか!みんな私がお父さんと馬で帰ると思ってるのか!
確かに、はじめは帰りも馬車で帰る予定だった。
ええ、その予定だったともさ!
あの、地獄の馬車ツアーを体験するまではね!
しかしあれは辛い。
どのくらい辛いかというと、帰る日が近づくに連れ、思い出して悪夢を見て、夜中に飛び起きるほど辛い。
そこで私はお父さんにプレゼンを行った。
・なんとか、お母さんに車で迎えに来てもらいたい。
・王都まで来るのは無理でも、途中までならそれほど目立たず来れるのでは?
・そこまでならそれこそ馬車でもいいし、なんなら歩いてもいい。
・お母さんが道がわからないとしても、私たちにはスマホの地図アプリという素晴らしいものがあるじゃないか!
…と。
私の必死のプレゼンにお父さんは折れてくれた。
「えっと、お母さんが迎えに来てくれるので大丈夫です。」
そう答えると、エレンダールさんは変な顔になった。
「ラドクリフちゃん、奥方も王都に来ていたの?」
「いや、来てないぞ。」
お父さんの返答にエレンダールさんはますます変な顔になったが、お付きの人を待たせている事もあり、馬車に乗り込んでいく。
私は出発した馬車の行列に大きく手を振ってみおくり、それから一度屋敷に戻って荷物を持ち、見送ると言ってくれたアルベ君と共に王宮を出たところでちょうどお母さんから「着いた」と連絡があった。
早い!!
いくらうちの車がオフロード仕様とはいえ、舗装もされてないこの世界の道を走って来るはずなのに、なんでこんなに早いの!
王都の門を出て、しばらく行くと車の外でペットボトルのお茶をグビグビ飲んでいるジーパン姿のお母さんが見える。
「お母さん!」
声をかけるとお母さんは笑顔で手を振ってくれた。
「斗季子!司狼!」
元気そうなお母さんの声に安心する。
カテリーナさん達が手伝ってくれたとはいえ、お母さんに温泉旅館の事、任せてきちゃったから、きっと忙しかったと思う。
「お母さん!来てくれてありがとう!ずいぶん早かったけど、無理したんじゃない?」
なんせ舗装もない道路で距離は東京から富士山だ。普通に考えたら3時間以上はかかるはず。
なのに電話してから2時間ほどしか経ってない。
これいかに。
「それがね?なんか、車が全然揺れなくて、しかも軽い感じなのよ。けっこう細い所とかもあったし、山道もあったんだけど、何故かスイスイ行けちゃって。しかも信号なんてないじゃない?もう、速い速い!」
あっはっは、と笑いながら話すお母さんだったけど、それって、やっぱりおかしいよね?私はまじまじとうちの車を見てしまう。
「ところで斗季子。こちらは?」
お母さんに聞かれて意識を戻す。
「あ、うん。さっき話してたアルベ君。お見送りに来てくれたんだ!」
私がお母さんにアルベ君を紹介すると、お母さんは両手を頬に当てた。
「あらあら!まあまあ!ステキなひとじゃないの!
斗季子がお世話になってます!斗季子の母、カレンです!」
お母さんがアルベ君に挨拶すると、アルベ君はきれいにお辞儀をして返した。
「お会い出来て光栄です。ウォードガイア公爵夫人。
王太子、アルベルト=マクシミリアンです。」
お母さんはそんなアルベ君をうんうんと頷きながら見る。
「この子、ちょっとぼんやりしてるけど、よろしくね!
今度はうちの旅館にも遊びに来てね!」
お母さんはアルベ君が王太子殿下だとわかっているのだろうか…。
なにその買い物途中に偶然会った娘の友人に接するみたいな軽さ。
しかしお母さんにそう言われてアルベ君も嬉しそうに返事をしている。
不敬罪!とか言われなくて良かった。
「斗季子、カレン。そろそろ行くか?」
お父さんが後ろに荷物を積み終えて、運転席のドアを開けた。
「そうね。じゃあアルベルト君、またね?」
お母さんは助手席に乗り込む。
私はアルベ君に向き直った。
「アルベ君、お見送りしてくれてありがとう!
また遊びに来るよ!」
そう言って握手をして、それから後部座席のドアを開くと、アルベ君は不思議そうな顔になる。
「姫?それは、馬車、なのですか?」
あー、まあ、たしかに車って形的に馬をつけたら馬車っぽいか?
「うーんと、ね。馬のいらない馬車。って感じかな?」
アルベ君はそれでも首を傾げている。
「今度、アルベ君も乗せてあげるよ!
アルベ君がうちの温泉旅館に来るのが決まったら、迎えに来るから連絡くれる?」
アルベ君は強い希望でオルガスタ領に来る事になったのだ。
ただ、王太子としての仕事もあるので
今すぐというわけにはいかず、絶賛お仕事片付け中だ。
私はドアを閉めて、窓を開く。
「アルベ君、バイバイ!」
「姫!必ずオルガスタに参ります!それまでお元気で!」
別れを告げて走り出した車のそのスピードにアルベ君はその場からしばらく動く事が出来なかったみたいだが、そんな事は全然知らないまま、オルガスタ領に向けて走る私たちだった。
お読み下さりありがとうございました。