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私と侑李のステータスや、侑李の友達の鑑定なんかを終えて、私たちはちょっとお疲れだった。
「斗季子もみんなも、少し休もう。いいかげん喉も乾いた。」
お父さんがそう言ってソファによりかかり、他の人たちもそれぞれソファに座ったりその辺の椅子に腰掛ける。
「そうね。たしかに少し休みたいわ。」
エレンダールさんもそう言ってみんなも頷く。
「ってわけで、斗季子。ビールくれビール。」
お父さんはビールを忘れてなかったみたいだ。
私はスマホを眺めた。
新しく追加されたアプリ、『居酒屋Qちゃん』
なんだか気になるネーミングだけど、とりあえず居酒屋っていうのなら居酒屋にありがちなメニューがあるのだろう。
私はアプリをタップしてみる。
「おおおおお!!」
思わず声が出てしまった。
「どうした?!」
私の反応にお父さんが身を乗り出す。
「お父さん!見てみて!すごい!」
そこにはアルコール、ソフトドリンク、おつまみ、サラダ各種、揚げ物、焼き物、お鍋、お食事、さらにデザートに分かれて、かなりの品揃えのメニューが提示されていた。
「これ…!うちの近所の鳥吉の焼き鳥じゃねぇか!!なんでこっちで買える?!」
焼き物の欄には焼き鳥各種も揃っていて、そこにはお父さん行きつけの《鳥吉》の文字。
その他のメニューにも注釈のように向こうの世界でよく知るお店の文字が並んでいた。
世界を跨いでいるのに注文出来るという不思議に首を傾げたが、考えても答えなぞ出るはずもない。
そもそも、お買い物アプリもそうなのだ。
「斗季子!焼き鳥ひととおり頼む!」
お父さんもその事はいったん棚にあげたのかいそいそと注文した。
鳥吉の焼き鳥が早く食べたいのだろう。
「わかった!」
とりあえず、生ビールを、えーっと。
「皆さんも飲みます?」
いくつ頼もうかとみんなの顔を見ると、みんなはどうしたらいいかわからないように顔を見合わせている。
「よくわからないのだが、妾はラドクリフと同じものを頼むとしよう。」
最初にそう言ったのはリーズレットさんだった。
「わかりました。じゃあ、公爵の皆さんはお父さんと同じ生ビールで、侑李達は、コーラでいい?」
「任せるよ。」
不安そうな友達に大丈夫だと頷きながら侑李は言う。
私は何にしようかな!
「あ、アルベ君はお酒平気?」
「大丈夫ですが…」
おずおずと答えるアルベ君。
うーん、アルベ君は私と同じライムサワーでいいか。
ポチポチと数を入力して、確定をタップする。
『ご注文を承りました!画面を平らな場所にかざしてください』
おお!今までと違う!
私はスマホをテーブルに向けてかざした。
『おまたせしました!』
フォン。
画面から漏れる光。
それが収まった時。
王宮の高級ローテーブルにはまさに居酒屋!な焼き鳥とジョッキが並んだ。
ジョッキにはご丁寧に《Q》の文字!
「!!!」
「なんと!!」
「これは…!」
周囲から驚きの声があがる。
「斗季子!!でかした!!」
お父さんは満面の笑みで生ビールのジョッキを手にした。
そしてそのままゴキュゴキュと喉を鳴らして飲む。
「ちょっとお父さん!なにひとりで先に飲んでんの!みんなにも配って!」
「ぷはぁ!!最高だ!!キンキンに冷えてやがるぜ!!」
口元に泡をつけながらジョッキをおろす。
もう、無い、だと…!
「はぁぁ…。うめぇ。すまん。我慢出来なかった。みんなも飲んでみてくれ。向こうの世界の酒だ。」
お父さんはビールを配って、侑李も友達にコーラを渡した。
「はい。アルベ君。もし口に合わなかったら他のもあるから言ってね。」
私はアルベ君にライムサワーを渡した。
突然現れた飲み物と料理にみんな驚いて固まっていたけど、それぞれジョッキを手に取ってくれた。
「冷たい!ラドクリフ!なんだこの器は!冷たいぞ!」
リーズレットさんがまずそこに驚いている。
「ああ、中の酒がぬるくならないように器も冷やしているんだ。きっと気にいる。斗季子、おかわり。」
お父さんに言われてリーズレットさんは恐る恐るジョッキに口をつけた。
私はお父さんの生ビールを追加注文しようとして…。
ゴキュ!ゴキュ!ゴキュ!
お父さんを上回るペースで無くなるリーズレットさんのジョッキを見て注文数を増やした。
「んんんん!!っはぁぁぁ!!なんじゃこの酒は?!こんな美味い酒は初めてじゃ!!」
あっという間に飲み干して、目を見開いてジョッキを眺める。
「どういう事じゃ!ラドクリフ!おぬし、こんな素晴らしいものを隠しておったのか!けしからんぞ!!」
リーズレットさんはお父さんに食ってかかっている。
「美味いだろ?」
ドヤ顔でそう言うお父さんにリーズレットさんは悔しそうにジョッキを握りしめた。
「美味い!この喉越し、香り、体に染み渡るように喉を通るのにコクがあり、しかしスッキリとしている!ああ、もう無いではないか!」
リーズレットさんは流石のドワーフだった。
私はス…と新しいジョッキを差し出した。
「気に入ったのでしたら、どうぞ。」
新しい生ビールを見て、リーズレットさんはキラキラと目を輝かせた。
「トキコ姫、ハイデルトに来んか?」
生ビールの威力すごいなおい。
返答に困っているうちにリーズレットさんは2杯目のジョッキを流し込んだ。
「ぷっはぁぁ!!たまらんな!!」
とてもご機嫌な様子でジョッキを空ける。
「確かに素晴らしい!我もこのように冷えた酒は初めてだ!気に入ったぞ!トキコ姫、すまぬが…。」
リグロさんもおずおずとジョッキを差し出した。
「斗季子。それ注文したら、次はリグロには清酒、エレンダールにはワイン、リーズレットには、そうだな、ウイスキーで頼む。」
「はいはい。」
私はすっかり居酒屋のアルバイト店員のように注文を受ける。
お父さんはみんなの好みそうな物を選んだのだろう。
「これも食ってみてくれ。」
お父さんは今度は焼き鳥をすすめている。
「これは…!ただの串焼きではないな!」
「美味し…!」
「これもたまらんではないか!!この生ビールとやらと相性が抜群じゃ!」
焼き鳥も大好評だ。
良かったね。鳥吉さん。異世界でもやっていけるよ!
空いたジョッキを端に片付けながら、侑李を伺う。
「侑李達も、大丈夫?あ、焼き鳥はオジサン達に食べられちゃいそうだし、なんかお腹にたまるものでも頼もうか?」
育ち盛りの男の子達をほっといて遠慮なく食べ飲み進める公爵達。
これじゃ侑李達がかわいそうだ。
「うん。じゃあお願い。何がある?」
侑李に言われてお食事欄をひらけば、
あるある!すごいよ!
「みんなどんなのがいいかな?トンカツもあるし、海苔巻きなんかもある。あ!豚丼は?」
「ねーちゃんこれ、満腹亭の豚丼じゃん!これ!これにする!」
侑李はメニューを見て興奮気味になる。
満腹亭。
それは安く、速く、美味い、そして量に自信のある学生御用達の定食チェーン。
侑李も向こうで散々お世話になっていたお店だ。
「おっけー。」
ポチポチとタップして、テーブルに画面をかざすとホカホカの豚丼が姿を現した。
「うわあ!これこれ!まさかまた食べられると思ってなかった!」
侑李は早速丼を3人に渡した。
お父さんと違ってきちんと友達にも配る、いい子だ!
「みんなも食ってみて!俺の大好物なんだ!」
侑李に勧められて、まずハルディア君がスプーンを差し込んだ。
「!!!」
一口食べて、一瞬固まり、そのあとは固まって瞬きもしないまま、ひたすら手と口のみ高速で動かす。
ちょっと怖い…!
「ユウリ!これ!すごくおいしい!」
「本当ですね!このソースでしょうか?甘辛くて、食欲をそそります!肉も柔らかく下の穀物によく合う!」
ジーノ君もレンブラント君も目を輝かせる。
ああ、こっちは米文化じゃないのかな?
下のご飯が不思議みたいだ。
「……あぁ。」
ハルディア君はあっという間に完食し、恍惚とした顔になっている。
「ハルディア?大丈夫?」
「あぁ。ユウリ。俺は今まで、何を食べて来たんだ?この料理の前じゃ、今までの料理は料理じゃない。それとも、これが天上の料理なのか?」
「んな大げさな!」
まるで恋に落ちた様にうっとりと丼を掲げるハルディア君。
いや、彼は今まさに恋に落ちたのだろう。
豚丼に。
っていうか、ハルディア君、体格いいし、足りなくない?
「もっと食べる?」
聞いてみると、これでもかというくらい目を見開く。
「い…いいのか?」
「うん。っていうか、ハルディア君、まだ食べれそうなら大盛りにする?」
「!!!大盛り…!」
その言葉だけで昇天しそうなハルディア君だったが、はたと気が付いた顔になった。
「いや、でもこんな素晴らしい料理、対価が大きいのでは?もし自分が払えるならもちろんお願いしたいが…」
それを聞いて他の子達もハッとした顔になった。
「そういえば…」
「たしかに…」
なんだか少し顔色まで悪くなる。
いい子たちだなー。
隣ですっかり盛り上がっている大人達をチラッと見る。
どっちが子供かわからん。
「えっとね。」
私はみんなの気持ちを楽にするために値段を確認する。
確か満腹亭、激安だったはず。
「あ、今食べた並盛りは40リル。んで大盛りは50リルだね。」
日本円にして400円に500円だ。
安くて美味いものを食べさせようという経営者の心意気を感じるお値段設定だ。
「「「はぁぁぁぁ?!!」」」
3人の声が揃う。
「40リル?!城下の串焼きも買えねぇ値段だぞ!」
「ありえません。トキコ姫、嘘はいけませんよ。いくら僕たちが学生だからといって、そこまで気を使わないでください。」
「そうです!こんな素晴らしい料理、そんな値段だなんてありえません!」
ハルディア君もレンブラント君もジーノ君も揃って驚いている。
私は侑李と顔を見合わせた。
「いや、たぶんそれで合ってる。俺も向こうでその値段で食べてたし。」
侑李がそう言うと3人は愕然とした。
「うーん、あのね。私たちがいたところって、ここよりかなり食文化が進んでいてね?このくらいの食事なら、そんなに高くないのも珍しくなくて、そうだなー。言っちゃえば、もっと高級な食事も当たり前にあったんだよ。」
私が説明するが、3人は理解が追いつかない様子でうわ言のように呟く。
「これが、当たり前…?」
「この料理より美味しいものが…?」
「…信じられない。」
呆けてしまった3人にどうしようかと思っていると。
「トキコ姫、大盛り、お願いします!」
「僕もおかわり!」
「僕もいただきます!」
意を決したように言われ、「はいよー」と早速ポチる。
結局、男子達はその後も再度おかわりをして、ハルディア君に至っては大盛りを三杯も食べた。
お読み下さりありがとうございました。