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アルベ君が用意してくれた果実水は、
薄くてぬるくてブドウ風味の水だった。
離乳食か…!
しかも、王宮で出されるものということはこの離乳食はかなりの高級品ということに…。
この世界の食文化はどうなってるんだ。
「姫、落ち着かれましたか?」
ニコニコと私を伺うアルベ君に思わず苦笑いを返してしまう。
結局、王城の会議室ではいつまた誰かに絡まれるかわからないとの事で、ウォードガイア公爵の部屋という名の屋敷に移動した。
お父さんは広い応接室の大きなソファに
どっかりと腰を下ろすなり
「斗季子!ビールくれ!ビール!」
とイライラしながら言う。
なんだその昭和の親父みたいな態度!
「お父さん、今度からクソジジイって呼ばれたい?」
冷たく返すと、お父さんはバツの悪そうな顔になった。
「…悪ぃ。さすがにイラついてな。」
私はため息をついた。
気持ちはわかる。
「イラつくどころじゃないわよ!なんなの?!あの2人!!バカにするにもほどがあるわ!だいたい、今日の夜会はラドクリフちゃんの帰還を祝うためのものでしょう!」
エレンダールさんがすっかりオネエに戻ってキーッと金切声を出した。
さっきまで怖かったけどかっこよかったのに、残念極まりない。
他の面々も少なからず気分を害した様子でみんな憮然とした顔をしている。
今ひとつ状況がわかってない私と侑李だけがそれを困った風に見回していた。
仕方ない。
とりあえず、気を取り直すためにもお父さんの言う通り何か飲み物でも出そう。
私は部屋の隅にあったついたてに向かった。
「姫?」
それを見てアルベ君が首をかしげる。
「ちょっと待っててね。」
ついたての後ろに隠れてドレスを捲り上げ、カテリーナさんお手製ポーチを取り出した。
今度、すぐに出せるところにスマホ入れられるようにカテリーナさんに相談しよう。
ソファに戻ってスマホを取り出すと、それに一斉に視線が集まった。
「お父さん、ビール代、ちょうだいね!」
「ああ、もちろんだ。だから、キンキンの生で頼む。」
キンキンの生…。
えぇええ…。
そんなのあるかな…。
居酒屋じゃあるまいし…って!!
「うぇぇ?!」
スマホ画面でいつものお買い物アプリを立ち上げようとして、手が止まる。
なんじゃこりゃ?
お買い物アプリの隣に今までなかったアイコン。
その名も「居酒屋Qちゃん」
…………は?
「ねーちゃん、どうしたの?」
固まってしまった私に侑李が心配そうな声をかけた。
「いや、なんていうか、これ。」
画面を見せると侑李も眉間にシワを寄せて固まる。
「……無かったよな?」
ボソリと聞かれて大きく頷いた。
入れた覚えもない。
「ねーちゃん、こっちのアプリ、通知きてんぞ。」
侑李に言われて見てみると、ガイドアプリに見慣れた通知マーク。
とりあえずお父さんのビールは待ってもらう事にして先にそれを確認することにした。
ピコーンという電子音とともに、ガイドアプリが起動。
《ガイドアプリから、お知らせします。お買い物レベルの上昇により、新しく店舗アプリを追加しました。このアプリは過去のお買い物履歴からもっとも適正にあったものが追加されます。今後、レベルアップに応じて適宜アプリが追加出来るようになります。》
説明文を読んで、侑李と顔を見合わせる。
お買い物履歴…。
って事は、今までよく注文していたものから、それに見合った店舗が追加されたって事?
でも、なんで居酒屋…って!!
「ラウムさん…!!」
脳内にジョッキ片手にサムズアップするドワーフの姿が浮かんで私はくずおれた。
それだ…!
日帰り温泉で毎日のようにビールやらサワーやらを大量に飲んでいたドワーフ達のせいだ…!
「ラウム?トキコ姫はラウムを知っておるのか?」
リーズレットさんが首を傾げる。
ああ、そうか。
ラウムさんはリーズレットさんの領地から来たって言ってたっけ。
「はい。私、領地で温泉旅館やってるんですけど、そこに日帰り温泉施設を作ってもらったんです。ラウムさんはそこをすごく気に入ってくれて、毎日のように来てくれる大事なお得意様です。」
説明すると、リーズレットさんは怪訝な顔になった。
「オンセン?とやらは聞いたことはないが、ラウムはそこで何をしているのじゃ?」
「温泉というのは、ええと、大きなお風呂、と言いますか、ゆっくりとお湯に浸かってくつろいでもらうものです。リラックスできるだけじゃなくて、疲労回復や美容に良かったり、血液の流れがよくなったり、色んな効能があってですね。日帰り温泉っていうのは宿泊しないでそれを楽しむもので、温泉のあとはお食事をしたりお酒を飲んだり、ゴロゴロしてくつろいだり、んで、そのあとまた温泉を楽しんだり。リーズレットさん、ラウムさんをご存知なんです…か…?え?」
この世界にはない温泉の説明に熱を入れて話して、ふとリーズレットさんをみると、拳を握りしめて般若の顔でブルブル震えていた。
ひええええ!!なんで?!
「ほほう…さようか。温泉とは、そのように楽しそうなところか。聞いている限り、いかにもドワーフが好みそうなところじゃな…!ラウムめ…!帰りが遅いと思っていれば、そのような理由であったか…!」
お…怒ってらっしゃるーー?!
なんだかよくわからないけど、これだけはわかる!
ラウムさん逃げてーー!!
「斗季子、ラウム殿はハイデルト領、アーダルベルト公爵家の家臣なんだよ。」
お父さんの言葉に私が驚いた。
「大工さんじゃないの?!」
ひええ!何やってんだラウムさん!
「ラウムはもちろん優れた大工でもある。しかしだな。我がハイデルト領のヨランダ伯爵でもあるのじゃ。この度、オルガスタ領での建築指南をレイドック殿に依頼されてその為に派遣しておったのじゃがな。とっくに仕事を終えて帰還してもいい時期だというのに、全く帰る様子がない。おかしいと思っていれば…!」
「う…うちの温泉がなんかすみません!」
思わず立ち上がって謝ってしまった。
ラウムさん…!
何やってんの…!
っていうか、そんなに偉い人だったの?!
再び私の脳内に「嬢ちゃん、ビール!」と甚平さんを着て満面の笑顔で頼むラウムさんの姿が再生された。
「ラドクリフ、このあと妾もオルガスタに向かうとしよう。ラウムを連れ帰る。」
ニヤリと笑うリーズレットさんにお父さんは仕方無さそうに頷いたけど。
リーズレットさんって、ドワーフだよね?
嫌な予感しかしないのは私だけだろうか?
お読み下さりありがとうございました。