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お読み下さりありがとうございます。

…‥長くなってしまいました。

お付き合い下されば嬉しいです。


美しく咲き誇る花々。

丁寧に手入れをされた木々。

そんな情景に囲まれた、瀟洒な東屋。

何故かそこにはティーセットが準備されており、王太子はそこへと私を連れて行った。

どう考えてもここへ連れて来られることになってたっぽい。

「さあ姫。こちらへ。」

見事としか言いようのないエスコートで、私は席に座らされた。

フカフカのクッションに包まれる。

王太子は私の斜向かいに座り、王太子が座ったタイミングで紅茶が注がれる。

「これは姫の為に用意した特別な茶です。どうぞ。」

なんだか得意げに進められたが、何やらマウント取られているような気分になり、少々しらけてしまう。

「…はあ、それは、どうも。」

相手が王太子なので、それを態度に出す訳にもいかず、かと言って猫も被り切れず、どうにもあいまいな感じの返事をする。

「よろしければ、こちらのお菓子もいかがですか?王宮の料理人が姫の為に腕によりをかけたものです。」

どうだ!嬉しいだろう!

と言わんばかりの感じで言われればちょっとイラッとした。

しかし相手が王太子なので、それを態度に以下同文。

フィナンシェのような焼き菓子をひとつ摘んで口に入れる。

うん、固い。口の中の水分全部持ってかれる感じ。

日本の進んだ食文化の中で育った私にとっては、それはまだまだ改善の余地ありなものだった。

だけど、この王太子はともかく、一生懸命作ってくれたという料理人さん達には感謝したいと思う。

「ありがとうございます。とても、美味しいです。」

そういえば、王太子は満足気に微笑んだ。

「姫は、こちらにいらしてどのくらいになるのですか?」

実に優雅な様子で紅茶を口に運び、王太子は聞く。

「そうですね、3ヶ月程でしょうか?」

答えると何故か目を見開く。

「そんなにたつのですか…?何故もっと早く、王都にいらしてくださらなかったのでしょう?本来なら、こちらについてすぐにでもいらしていただくところです。」

「…色々と、ありまして。」

そもそも王都なんざ、来たくなかったのだが。

ごっくん、と言葉を飲み込んで曖昧に答える。

「その間、どうされていたのでしょうか。ご不便な思いをされたのでは?」

なおも質問を続ける王太子。

おかげでお茶を飲むヒマもない。

冷めるじゃないか。

せっかく淹れてもらったのに。

「公爵家の皆さんが、とても良くしてくれました。」

さっさと答えていざ!茶を!

とカップを持ち上げると。

「そんな、無理をなさらなくとも良いのです。ウォードガイアは4大公爵家といってもやはり王都には及ばないでしょう。これからは、何も心配しなくていいですよ。」

絶妙なタイミングだ。

私にお茶を飲ませない気か。

「特に不便も感じていませんから。」

ニッコリと笑い、今度こそ!と口元までカップを上げる。

「なんと慎ましやかな!貴女のような方を本当の淑女というのですね。ひとつ、お聞かせいただいても?」

……。

どうしてもお茶が飲めぬ。

だいたい、ひとつってアンタさっきから質問ばかりじゃないか。

「…どうぞ。」

仕方がないので先を促す。

「ウォードガイア公爵は、たしかに姫のお父君で、姫にとって大切な方だと思います。ですが、姫はユグドラシルの愛し子。公爵家に留まるよりも、まず王家へ、とは思わなかったのですか?愛し子として、国の為にとは考えなかったのですか?」

その言葉には少なくない不満があった。

ほうほう。

なるほどなるほど。

私が愛し子だから、責任感を持てと。

そう言いたいのだな?

「…私は、自分がそんなに大層な者だとは思っていませんし、望んでもいません。」

そう答えると、王太子は大きく目を見開く。

「自分がその、ユグドラシルの、愛し子、とかいう存在だというのも、未だによくわからないのです。私に、そのような大層なものが務まるとも思っていませんし。」

言葉を続けると、王太子は固まったまま私をしばらく見ていたが、やがて視線を落とす。

「しかし、愛し子であればそれはこの国にとって重要な存在となります。貴女は、その務めをはたすべきだ。」

それまでのにこやかな顔とは一転、真剣に言う。

このままだと、話はおそらく平行線だ。

だけどこのまま王太子の言うように王城に留まるのはどうしても避けたい。

「どうやって?」

私は猫を脱ぐ事にした。

同じ、20歳の者同士、腹を割って話そうじゃないか。

「だいたい、愛し子の務めって、なんですか?国の為って、どうすればいいの?」

私は王太子に質問をぶつけた。

「それは、もちろんこの国がいつまでも栄えるように、長くこの国に在る事です。」

自信あり気にそう言われたが、今ひとつはっきりとしない。

「具体的には?ただ、いるだけでいいのなら別に王都でなくてもいいのでは?オルガスタも、この国ですよね?」

「しかしやはりこの国の中心たる王都にいるべきでしょう。」

王太子はビシリと言い切る。

「なにをするのかもわからないのに?

ただ、人形のようにお城にいてくださいと?」

そう切り返すと、ハッとした顔になる。

「それは…!」

二の句が告げず、王太子は黙ってしまった。

私はようやくお茶の入ったカップを口に運ぶ事に成功した。

一口飲んで、ふぅ、と息を吐く。

「何か、愛し子にしか出来ないようなお務めがあったりするのでしょうか?えっと、例えば、王城にしか無い何かに魔力を注入してください、とか。」

試しに一つ、具体例を挙げてみるが、王太子はウロウロと視線を泳がせた。

やがて眉間に皺を寄せて考え込んでしまう。

……特に無いのだな。

「思い当たらないのなら、やはり父の領土で過ごしたいです。それで、もし、何か私でなければ出来ない事があれば、その都度お手伝いに来る、というのはダメですか?」

妥協案を提案してみたが、王太子の眉間の皺は取れなかった。

しばらく、気まずい沈黙が流れる。

「……この国の中心は、王家だ。すなわち王家が安泰であれば、国は安定する。王家はその為に愛し子と共にある事を望んでいる。」

王太子がボソボソと話すが、言ってることはなかなか聞き逃せない内容だ。

「それは、愛し子を政治に利用したいと、そういう事ですか?」

恐る恐る聞いてみると、王太子はガバッと顔をあげた。

「なっ…!なんという事を言うのです!断じてそんな…!私は、そう、愛し子として、共に国を導いてほしいと!」

慌てて声をあげる王太子にちょっと引き気味になる。

「そうはいっても、私には国を導くような知識もありませんし、無理です。」

「そんなことはない!愛し子様の叡智は我々の遥か高みにあるものだ!その叡智をもって、王家を導くものなのだ!」

王太子はガタリと立ち上がって拳を握り、熱く話す。

うーむ。どうやら彼の何かに火をつけてしまったらしい。

それにどうもこの王太子は愛し子に対しての理想がとても高い気がする。

申し訳ないが、私にそれを叶えてあげることは出来ない。

「………他の国、って、あるんですか?」

ふと思いついて、聞いてみる。

それを聞いて王太子は、へ?といった顔になり、拳を握ったまま首を傾げた。

「いや、他の国ってあるのかなーと。もしこの国では愛し子だけど、他の国では違う、とか他の国だともうちょっと自由がきく、とかなら、そっちに行ってもいいのかなーと。」

ふとした思いつき、という感じで呟いたけど、もしかしたら、これってけっこう妙案じゃない?

「ひ…姫…、それは…!」

王太子は何やら急に勢いを無くして拳を下ろした。

「あれ?もしかしてこれって、いい考えかも!もう親の手が必要な子供じゃないし、のんびり諸国漫遊の旅ってのも、面白そう!」

「そ…それは!どうか、それはご容赦を!」

王太子は慌てて私の話を止める。

「え?だってなんだか楽しそうじゃない?」

「姫!!」

同意を求めると、王太子からは悲鳴が返ってきた。

そしてぷしゅー、と音がしそうなほど力無く座る。

「…‥王太子、殿下?」

ちょっと心配になって声をかけると、

すっかり覇気を無くして王太子は答えた。

「…‥わかりました。姫の希望通りオルガスタ領で過ごせるよう、私からも父に話しましょう。ですから、どうかそのような事はおっしゃらないでください。」

「え?!うそ!」

突然の王太子の態度の軟化に思わず声が出る。

どうした?突然。

諸国漫遊の話のせい?

なんにせよ良かった!

なんだか無事にオルガスタ領へ帰れそうな流れで私もふぅーと一息つく。

「よかった!温泉旅館も日帰り温泉も始めたばっかりだし、どうしようかと思ったよー。あ、私、オルガスタで温泉旅館やってるんだけどね?忙しいけどお客さんも喜んでくれて、楽しいよー!私はね、小さい時から家の温泉旅館を継ぐのが夢だったんだ。」

安心感からか、ついつい饒舌になる。

王太子はしょんぼりして聞いていたが、私がこの国には留まりそうだと思ったらしく、顔をあげて話を聞きだした。

「そうなのですか。」

興味深そうに私を見ている。

「夢、ですか。私には想像もつきません。幼い頃より、王太子になるべく育てられましたから。」

王太子の話に少し興味を引かれた。

「そうなんだ。でも王太子殿下はそれでよかったの?自分でやりたい事、選べないんでしょ?王子なんて、イヤになったりしないの?」

そう聞いてみると、ものすごく驚いた顔をされる。

「か…考えた事もありませんでした。私は次期国王として、最も恵まれた男なのです。それを、嫌だと思うなど…!」

「そうなのかー。王太子殿下が良いと思うなら、それでいいと思うけど。王子様って、どんな感じ?楽しい?」

気がつくと、なんだか和やかに会話を楽しんでいる自分がいた。

あんなにやり合っていた相手なのに。

しかも王太子。

どうやら同年代の人との会話に飢えていたらしい。

「どう、なのでしょう…。」

王太子は考えてしまった。

悩まし気な顔をしている。

「この国のためにどうあるか、という事は考えていますが、自分が楽しいかなど、わかりません。」

さっきの勢いは完全に削がれたようだ。

ずいぶんと殊勝な感じ。

「友達とかと、話さないの?将来の事とか、彼女の話とか。」

そういえば、王族の恋愛事情ってどうなってるんだろう?

ちょっと興味あるかも!

私は途端にワクワクしてくる。

「友達、ですか…。私には、そのような者はおりません。将来の側近たるものはおりますが。」

「えっ?!」

いきなり気まずくなった!

どうしよう!王太子、まさかのボッチだった!

悪い事を聞いてしまった、というのが顔に出ていたのだろう。王太子は柔らかく笑った。

「そういうものなのです。私は王太子として特定に仲を深める者は作れません。そう、教えられました。」

いやいやいや!

それはあんまりじゃないか!

「か…彼女さん、とかは?」

目の前の王太子がすっかり可哀想になってしまい、おずおずと聞く。

うん。この王太子だって、完全にイケメンだ。某ジャ◯―ズ事務所にいたら絶対センターだろう。

最近、レイドックおじさんやら、エレンダールさんやら、天元突破した美形ばっかり見てたから、どうも感覚が麻痺してる気がするが、うんうん。

王太子、イケメてるイケメてる。

これならばさぞかしおモテになるだろう。

彼女の1人や2人や3人や4人…。

ちょっと期待して返事を待っていると。

「決められた婚約者はおります。」

なんともクソ真面目な返答が返ってきて、やるせなくなった。

「……王太子、イケメンだし、モテるんじゃないの?」

続けて聞けば、アゴに手を当て首を捻る。

「モテる、というのでしょうか。たしかに、女性からの秋波はそれなりに受けています。これでも王太子ですから。ですがそれは私が王太子だからであって、私自身がモテているわけではないのです。」

「ううっうぅ…」

もはや可哀想すぎて涙を禁じ得ない。

なんだその味気なさすぎる青春は!

「姫?!どうされました?!」

突然涙ぐんだ私に王太子は立ち上がって慌てた。

「なにか、ご無礼があったでしょうか?申し訳ありません。」

謝る王太子にますます涙がちょちょぎれる。

「違うんだよぉう!」

とりあえず否定だけはしっかりして、涙を拭う。

心配そうな王太子に私は泣き笑いの顔で顔を上げた。

「王太子、私と友達になろう!んで、もう1回青春をやり直そう!」

気がつけばそう宣言して、王太子の手を両手で握っていた。

「ひ…姫…!」

王太子は顔を真っ赤にして握られた手を凝視している。

きっと、誰かとこうして手を握った事もないのだろう。

なんせ、友達がいなかったんだから…!

涙無しには語れぬ!


お読み下さりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
主人公は20歳にもなって、しかも旅館の仕事を手伝ってたのなら、置かれたシチュエーションによって敬語と砕けた話し方との使い分けくらいできるだろうに… 内容的に腹を割った話をしていても、それほど親しくなく…
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