30
いよいよ王様と会う事になった私は、お父さんと共に王都までやってきた。
………馬車で。
初めての馬車の旅は、そりゃあもう、大変だった。
整備されているとはいえ、アスファルトの道路に比べるとはるかにガタガタした道にサスペンションなにそれおいしいの?的な馬車の車輪。
当然、私のお尻は悲鳴を上げる事となった。さらに揺れもかなり強く、私は途中、何度も馬車を停めて虹色のエフェクトをつけながらオロロロロ…となり、やっと王都に到着した時には、ゲッソリとしてしまった。
しかし、さすがに王都は人も多く、街も大きい。車やバイクを使うのはあまりにもリスクがあるので仕方ない。
…‥帰りは、なんとかならないだろうか。
王城はそりゃあもう、広大すぎる敷地で、4大公爵家にはそれぞれ王城に専用の部屋が設けられているとのこと。
どんなお部屋なんだろうと楽しみにして来てみれば、それはもはや部屋ではなく、屋敷だった。北の公爵という事で、ウォードガイア公爵家の部屋、という名の屋敷は、王城の北にあったんだけど、北にあるからといっても屋敷なので日当たりも良く大変快適で素晴らしいお屋敷である。
ようやく揺れないところでゆっくり出来る、とソファでだらけていると、お父さんが苦笑いを向けた。
「気持ちはわかるが、そろそろ気を引き締めた方がいいぞ。陛下に会うのは3日後だが、その前に4大公爵との会合がある。」
お父さんに言われてむっくりと起き上がる。
しかしどうにもだるさが抜けない。
おのれ馬車め。
「ねーちゃん大変だったな…。わかるよ。」
王都への地獄の馬車ツアー経験者である侑李が慰めてくれた。
私は侑李に笑顔で答えてからパンパンと顔を叩いた。
よし!
「そういえばお父さん、その、4大公爵家って、どんな人達なの?けっこうえらい人たちなの?」
気を取り直して聞いてみると、お父さんは一口お茶を飲んでから説明してくれた。
「ああ、そうだな。でもちろん国王陛下が国の中心だが、4大公爵家が集まれば王家よりも力を持っているかもしれん。この国は、人族の中央、つまり人間の国王を中心として、4つの種族がそれぞれ東西南北を治めているというのはヘンリーに聞いたな?つまり、人間を4つの種族で守っているというかたちなんだ。国王とて、公爵家を無碍には出来ない。」
お父さんの説明にへぇ、と返事をしたが、実際はよくわからぬ。
ちょっとモヤりながら私も紅茶を飲んだ。
「つまりね?人族の王様は、自分たちの守護を4大公爵家に頼り切ってるってことなの。私たちのご機嫌を損ねたら、この王都なんて、あっという間に魔獣の餌食よ。だから、4大公爵家は力を持ってるの。」
ブッハァ!
突然背後から声が聞こえて思いっきり紅茶を吹いた。
「?!?!…ゲッハゲッハ!」
盛大にむせ込みながら振り返ると、日本では有り得ない緑灰色の長い髪のものすごい美形の男性がこちらを見てニコニコと笑っている。
誰ですかあなた!
突然人の背後から咽込ませるなんて、ケンカ売ってんですか上等だ。買おうではないか!
「エレンダール。いきなり来るのはやめろ。」
お父さんは呆れたように言う。
「あら!冷たいのね。久しぶりにラドクリフちゃんに会えると思って、わざわざ来たのに。」
きれいなアルトの声。
見たこともないようなその美貌によく合っている。
合っている、のだが。
その美形は頬の横で手を組み、クネリとシナを作っている。
「お父さん、オカマがいる!」
私の指摘にお父さんは頭を掻いた。
「コラ!斗季子!…でもよく男だとわかったな。この美貌でエレンダールは女性に見られる事も多いんだが。彼は4大公爵の1人、エレンダール=フレイニール。エルフ族の住む南のユールノアール領の公爵だ。」
お父さんの紹介にニッコリと笑うエレンダールさん。
うわー!!生エルフ!!
初めて見た!
本当に耳が尖っているのですね?!
うっかり赤面しながら見ていると、エレンダールさんは、優雅に腰を折った。
「お初にお目にかかります。私は、南の地を預かります、エレンダール=フレイニール。愛し子様、並びに賢者様に拝謁出来ましたこと、身に余る栄誉でございます。」
その仕草があまりにもきれいで私はついついうっとりと眺めてしまう。
エレンダールさんは身体を起こして優しく笑いかけた。
ぽわんと頬が熱くなる。
しかしエレンダールさんが、品が良くて、優美だったのはそこまでだった。
ふぅー、とやり切った感満載で息を吐き、ボリボリと背中をかく。
「あー、疲れる疲れる。愛し子様と賢者様に適当に挨拶するわけにもいかないし、公爵って立場もあるから儀礼には則るけど、外面被るのもダルいのよねー。」
途端にダラリと緊張感を解くエレンダールさん。
ぽわんとなった頬からス…と熱が引く。
そういうのは、人前で出さないやつでは…?!
エレンダールさんは私の前のソファに座って、サイドの肘掛けに体を預けた。
美形がしどけなく寄りかかる姿はそりゃあもう、色気もムンムンで破壊力抜群だ!
知らないうちに見惚れていたのだろう。エレンダールさんは私を見てクスクスと笑った。
「なあに?エルフは珍しい?ああ、そちらの世界には、いないんだっけ?」
楽しそうに言うエレンダールさん。
私はお父さんに助けを求めるように見る。
「エレンダールは4大公爵家の中でも特に年長でな。1番知識量も多い。俺たちの事情についても、理解している。」
そうなのか。
私は今度は隣に座る侑李に視線を合わせる。
侑李はひとつ頷くと、改まってエレンダールさんに向き直った。
「はじめまして。侑李です。えっと、王都の学園に通っていて、学園長にはお世話になっています。」
そういってペコリとお辞儀をする。
「長女の斗季…り…り…リリアン…フィアです。お母さんと温泉旅館をやってます。」
私達がそう挨拶すると、エレンダールさんはうんうん、と頷いた。
自分の名前でダメージを受ける事に釈然としない。
ちゃっかり侑李はそのまま名乗ってるし。
ユリウスはどうした?!
「かわいい子達ねぇ!ラドクリフちゃんの子供とは思えないわー!奥さん、よっぽど美人なのね!会ってみたいわ!」
嬉しそうな笑顔でそう答えてくれる。
どうやらとても気安い人のようだ。
そう思って侑李と一緒に安堵の笑みを浮かべていると。
「でも。」
不意に、エレンダールさんのアルトがバリトンに変わる。
「陛下の前じゃ、その挨拶はダメね。貴族の礼儀に則ったご挨拶は出来る?」
厳しい目で見られた。
私と侑李はゴクリと喉を鳴らしてエレンダールさんを見る。
隣のお父さんまで厳しい目で私たちを見ていた。
そうか。
ちゃんと出来ないとまずいのか。
コホン、と改まって、私は背筋を伸ばした。
「お初に…「ダメ。」え?」
挨拶がまだ始まらない段階で、エレンダールさんは首を振った。
「リリアンフィアちゃん、あなた、陛下に座ったまま挨拶するつもりなの?」
そう言われて、ああそうか、と納得する。
いそいそと立ち上がって、シャンと背筋を伸ばした。
「お初「ダメ。」…なんですと?」
ちゃんと立ち上がったのに、やはり挨拶の前にダメ出しされてしまった。
はて?どこがまずかったのだろう?と思っていると、エレンダールさんはスッと立ち上がり、マントの裾を左手で摘み、右手を胸に当てて少し会釈する。
「まず、この形をとるのよ。女性は。」
言われてそういえばと思い出す。
カテリーナさんに教えてもらったじゃないか!
自分のポンコツ具合にイヤになりながら、私は改めてやり直した。
スカートを摘んで、右手を胸に当てる。
「お初にお目にかかります。北の公爵、ラドクリフ=ウォードガイアの娘の「ラドクリフ=ウォードガイアが長女」…ラドクリフ=ウォードガイアが長女です「リリアンフィア=ウォードガイアと申します」…り、り、りあん、ふぃあ=ウォードガイア、と申します「噛まない」…えっと、「えっとは無し」………お父さん、私、やっぱり王様に会うのやめる。」
何かいうたびにエレンダールさんにダメ出しされてすっかり心が折れた。
ムリだ。
一般人にお貴族様的なご挨拶なんてムリ!
断固たる決意でそういうと、お父さんは困った顔になった。
これじゃまずいと思ったのだろう。
「……侑李の方は、どうなんだ?」
私はひとまず置いとく事になったらしい。
侑李に視線が移る。
侑李はうーん、と少し考えつつ立ち上がった。
そして。
スッと折られる膝。
自然な動作で胸に当てられる右手。
「この度は、お目通りいただく機会をお与えくださり、感謝しております。
お初にお目にかかります、北の公爵、ラドクリフ=ウォードガイアが長男、ユウリ=ウォードガイアと申します。陛下におかれましては、御壮健のこと、お喜び申し上げます。今後、父公爵とともにどうかお見知りおきいただきたく存じます。」
流れるように言った後、侑李はそのままの姿勢を崩さない。
「……面をあげよ。」
エレンダールさんに言われて、スッと顔だけを上にあげる。
どうやら王様役らしい。
「よく来た。会えて嬉しく思う。どうか、楽にしてほしい。」
「はっ」
侑李はそこで立ち上がって、そのまま二歩ほど後ずさった。
エレンダールさんがフッと表情を緩める。
「完璧よ!これなら安心ね!」
ちょ!
ちょ、待てよ!!(キ◯タク再び!)
「侑李――?!あんたいつの間に?!」
あまりの衝撃に侑李の肩を掴んでガックンガックン揺さぶる。
「ね、ねーちゃん、やめ…!」
「なんだってアンタだけーー?!いつこんなこと覚えたのよう!!」
半泣きの私である。
これでは私も出来ないとおかしいじゃないか!!
王様に会うのは明後日なんだぞ?!
「いやー、友達に謁見の事、聞いてみたらさー。けっこうしきたりとかあって大変だって言われて。そしたら、叩きこんでくれたんだよね!」
ニンマリと笑う侑李に殺意が湧いた。
1人だけ難しい事マスターしやがって!!
「あら、いいお友達ね。ちなみにどなた?」
「ジーノって言って、東の公爵の息子だって言ってた。あと、エレンダールさんなら知ってるかもだけど、ハルディア=バルザックにレンブラント=カーライル。みんな何にも知らない俺に驚いてたけど、おかげでしっかり教えてもらえた。」
侑李が答えると、エレンダールさんは
まあ!と目を見開く。
「バルザック騎士団長の息子にカーライル宰相の息子!それに4大公爵家の息子なんて、最高の布陣じゃない!」
きゃっきゃと楽しそうに話している侑李とエレンダールさん。
お父さんまで「すごいじゃないか!侑李!」とか言って嬉しそうにしてる。
ぐぬぬぬぬ…。
すごいアウェイな感じ…!
1人ハンカチを噛む思いでいると、エレンダールさんがものすごいいい笑顔で私を見た。
な…なんだろう?
「リリアンフィアちゃん、あと2日、死ぬ気でやるわよ?大丈夫。弟君にも出来たんだもの。リリアンフィアちゃんも出来るわよ。」
そう言ったエレンダールさんは。
「く…食われる…!」
まさに獲物を見つけた肉食獣だった。
お読み下さりありがとうございました。