29
異世界転移して、苦節3ヶ月と何日か!
我が朝霧館も順調にお客さんも増えて来てるし、日帰り温泉「朝霧の湯」もおかげさまで大好評だ!
特に、冒険者、と呼ばれる皆さまには非常にありがたがってもらってる。
「嬢ちゃん!来たぜ!」
「こんにちはラウムさん!いつもありがとう!」
日帰り温泉の家屋を建ててくれたラウムさんは、あれからしょっちゅうここに来てくれる。どうも王都には故郷から仕事のために長期滞在しているみたいで、何回か朝霧館に長期で泊まれないかと打診があったのだが、長期滞在のお客様は受け入れていないことを伝えたら、すごく残念がられた。
そして毎日のように日帰り温泉に通い、たまに旅館の方に一泊して帰っている。
ラウムさんの部下のドワーフさん達も、かなりのお得意様になってくれた。
「嬢ちゃん!あの、ビールって酒はあるかい?出来たら風呂上がりに一杯やりたいんだが。」
ラウムさんと共にやってきたドワーフさん達にソワソワとおねだりされて、大きく頷く。
「承知しました!大ジョッキで準備しときます!あと、あれですよね!餃子!」
私が答えると、ラウムさん達は満面の笑顔だ。
「さすがだぜ!嬢ちゃん!」
ラウムさん達はそう言うと、ゾロゾロとお風呂の方に向かっていった。
私は受付を離れ、休憩所の方に向かう。
「ケニスさん!大ジョッキと餃子、大量に入ります!ラウムさんたちが来ました!」
私が休憩所横に作られた調理場に叫ぶと、料理人のケニスさんが頷いた。
「了解です!トキコさん!…お前ら!ドワーフだ!ジョッキ並べろ!」
部下の料理人達に喝を入れる。
ケニスさんはもともとなんと、公爵家の副料理長だった人。
なんでも、お母さんのお弁当を食べて、それにいたく感動し、こちらで働くことを強く希望して来たとのことだ。
公爵家に来る前は領都で料理屋をやっていたらしく、公爵家の料理長にスカウトされたらしい。
せっかく公爵家でお上品な立居振る舞いを身につけていたのに、それが少しずつ今までの庶民的なものに戻ってしまっている。
ちょっともったいない。
しかしそれを指摘すると「こっちの方がやりやすいし、料理に集中出来る」との事なので、まあ、いいのだろう。
「ケニスさん!餃子、ここに出しとくね!」
私は食糧庫から大量にチルド餃子を運んだ。
「ありがとうトキコさん!いつもながら、なんてきれいに揃った餃子だ!」
あたりまえである。
工事で機械で作っているものであろうから。
食糧庫。
そこは、表向きは食材の貯蔵庫だ。
実際に玉ねぎやらじゃがいもやら、食材がわんさか詰め込まれている。
だがしかし!
食糧庫の奥にはもう一つ、鍵付きの小部屋が作られていた。
その部屋は6畳程の小さな部屋にテーブルが置かれただけのものだ。
あと、カートがいくつか。
部屋は常に施錠されていて、私しか使えないようになっている。
なんの部屋かといえば。
「うーん、あの人数じゃ樽で買った方がいいよね…。お!これがいいか!」
《商品をお届けします》
ポン!
テーブルの上に並ぶ、大量の樽。
私はカートにそれらを乗せて小部屋を出た。
あとはケニスさん達に運んでもらおう。
「ケニスさーん!ビールお願いしますー!」
私が叫ぶとケニスさんはいそいそとこちらにやってきた。
そして冷却魔術のかかったサーバーにビールを移していく。
そうこうしているうちに、休憩所にラウムさん達がドヤドヤとやって来た。
みんな館内着のジンベイさんを着て、ホコホコと湯気を上げている。
「嬢ちゃん、今日の温泉も最高だったぜ!」
いたく満足そうに調理場と休憩所の間に作られたカウンターに顔を出した。
「ありがとうございます!お席でお待ちください。今、ビールをお持ちしますね。」
「いや、嬢ちゃんの手を煩わすわけにはいかねぇ。自分で持っていくぜ。」
ラウムさん達は慣れた様子でジョッキを手にした。
畳敷きの席に足を崩して、ラウムさん達はビールを煽りだした。
「………ぷはぁ!!最高だ!!」
「ああ!まったく、けしからん喉越しだな!!」
「街のぬるいエールが飲めなくなっちまったぜ!」
濃いめのラガービールはドワーフ達のお口に合ったらしい。
私は薄めで飲みやすいエールの方が好みなんだけどなー。
「ラウムさん、餃子出来ましたよー。」
テーブルに山盛りにした餃子を乗せれば、
ポイポイと手掴みで口に放り込み、またビールを喉に流した。
「美味い!!この組み合わせ、信じらんねぇくらい合うな!嬢ちゃん、ビールおかわり!」
次々と差し出される空のジョッキを掴んで私はカウンターに戻った。
もうさ、サーバーここに置いとこうかな。
「斗季子、ラウムさん達、上がった?」
そこへ、お母さんが顔を出す。
っていうか、なにその大量の唐揚げ。
お母さんは大皿に山となった唐揚げを手にこちらにやってきた。
「こ…これは奥方様!」
途端に恐縮し出すラウムさん達。
ちょっと!私と、ずいぶん態度が違うんじゃない?!
「久しぶりに揚げたんだけど、ラウムさん達に味見して欲しくて。」
お母さんはテーブルにドン!と唐揚げを乗せる。
味見?味見の量じゃないよね?
野球部の差し入ればりにあるよね?
「奥方様、これは…?」
ラウムさんは目の前の唐揚げに目を瞬かせた。
「鳥の唐揚げです。鶏肉に下味を付けて、衣をつけて油で揚げたものです。これもビールに合いますよ?」
笑顔で説明するお母さんにラウムさんは一つ喉を鳴らして、恐る恐る唐揚げをつまむ。
一口、頬張り。
「!?!?……あつっ!はふ…なっ?!」
そのまま次の唐揚げに手を伸ばし、さらにビールを飲んだ。
「……ありえねぇ。」
目を見開いて唐揚げとビールを眺めた。
「奥方様!!なんてものを作られるんでさぁ!!こんな美味いもん…!」
その言葉に周りのドワーフ達も我先に唐揚げに手を伸ばした。
「!!!!」
「う……うめぇ!!」
「おいおい!マジかよ!!」
どんどん減っていく唐揚げたち…。
しかし、ちょっと待ってほしい!!
「ラウムさんすとーーーっぷ!!」
私は唐揚げのお皿を取り上げた。
「?!嬢ちゃん?!なにしやがんだ!!」
「ひでぇぞ嬢ちゃん!!」
まるで私を殺さんばかりの威圧だ。
唐揚げくらいで大人気ないぞ!
「いいから!ちょっとだけ待っててください!」
私はそのまま、小部屋へと走った。
「嬢ちゃん?!」
ラウムさんが焦って止める。
そして私は、あるものを手に席に戻る。
ジョッキにいっぱいにされた氷。
そこに焼酎を注ぐ。
相手はドワーフだ、濃い方がいいだろう。
そして炭酸水を入れて、レモンを絞った。
「はい!ラウムさん!こっちと合わせてみて!」
そう言ってジョッキを差し出すと、ラウムさんは顔を顰めた。
「嬢ちゃん、俺たちはドワーフなんだぜ?いくら酒が入ってるったって、果実水なんかで薄めちゃ台無しじゃねぇか。」
不満げなラウムさんにいいから!とさらに進めた。
ラウムさんはしぶしぶそれを手に取り。
ゴクリと一口。
「!!!」
その途端、目を見開いて唐揚げを口に入れた。そしてまた、レモンサワーを流す。
どうやら無限ループに突入したらしい。
なかなか手が止まらない。
レモンサワーを飲み切ってようやくラウムさんは息を吐いた。
「はぁ…いやいや!悪かった!!嬢ちゃん、こりゃなんだ?!果実水で薄めたにもかかわらず、しっかり酒の味が残ってる。なのにさっぱりとして、唐揚げと合わせ飲むと、なんともいえねぇ!」
ラウムさんはうっとりとそう言った。
「でしょー?私は唐揚げにはレモンサワーだと思うんです。」
「ああ!違いない!そうか、これはレモンサワーというのか。嬢ちゃん、レモンサワー、もっと頼めるか?」
ラウムさんの言葉に周りのドワーフ達も騒ぎ出し、お母さんは「気に入ってくれたなら、唐揚げもっと揚げてくる!」
と本館の厨房へ戻り、二度目の唐揚げマウンテンを持って戻ったお母さんに、
「師匠!どうして新しい料理を作るのにお呼びいただけなかったのですか?!」
とケニスさんが半泣きで縋り。
カオスだ。
日帰り温泉「朝霧の湯」は、今日も大変賑やかである。
お読み下さりありがとうございました。