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「みんな、怪我してない?!」

揺れがおさまってしばらくして、はっと気が付いたようにお母さんは私たちの体を確認しだした。

「だ…大丈夫。」

少し青ざめた顔で侑李が答えた。

どうやらみんなどこにも怪我などはないみたい。

それが分かると、お母さんは安心したように胸を押さえて、私たちも体の力を抜いた。

「かなり揺れたな。とりあえず、ボイラー室と大浴場を見てくる。」

お父さんはそう言うと客館の方へと歩きだした。

「そうね。お願い。お母さん、家の方見てくるわ。あんたたちは安全が確認できるまで、ここにいなさい。」

そう言ってお母さんも歩き出した。

残された侑李と私はお互いに顔を見合わせた。

「ねーちゃん、大丈夫?」

侑李が心配そうに聞く。

「うん。平気。」

正直、まだ少しドキドキしている。

こんな大きな地震、初めてだ。

地震の多い日本で、ある程度の揺れは経験してたけど、今日の地震はなんていうか、

いつもの地震と違ってたように思う。

縦揺れとも横揺れとも違って、まるで地面がクルクルと円を描くような…。

こんな揺れ方、あるんだ。

「俺、門の方ちょっと見てくる。ねーちゃんはここでまってて。」

侑李はソワソワとした様子で歩き出した。

「ちょっと!ここにいなよ!」

私は慌てて呼び止めたけど、侑李は門に向かって駆け出してしまった。

「すぐ戻る!ねーちゃん、ズボンのチャック閉めろよな!」

小走りをしながらそんなことを言われ、ハタと思い出した。

そうだった…。

若干恥ずかしく思いながらチーとチャックを閉めていると。

「え?!え?!う…うわぁぁぁ!!」

聞こえてきた侑李の悲鳴に私は急いで門に走り出した。

「侑李?!何?!」

門から少し離れた場所。

侑李は尻餅をついて震えている。

「侑李!」

「ねーちゃん…!来るな…!」

侑李に寄り添うと震える声でそう言われた。

視線は、門の外。

ただならぬ弟の様子に私もその視線の先に目を向けた。

そして、そこには。

なに…あれ…。

視線の先には、ありえないモノがいた。

その生臭い息は、距離をとっているはずのここまで届いてくる。

その獣臭い体臭も。

ギラギラとした目はどう見てもこちらを獲物として捉えてねっとりとした殺気を孕み、

両手に握られた大きな斧は私たちを叩き潰す機を狙っている。

姿はどう見ても大きすぎる豚。

なのになんで人の様に直立しているんだろう。

それに、どうして鎧の様な物を身につけているんだろう。

「…う…うそ…」

そのまま呟きは当然のものだった。

だって、ありえないから。

なんでこんな小さな温泉宿の目の前に、あんなモノがいるの?

いや、あんなモノ、いるわけがない。

これって、夢かなんか?

逃げたいのに、あまりのことに逃げられない。

きっと現実だと信じていないのだろう。

その存在を確かめるように目が離せない。

「ね…ねーちゃん…」

侑李が震える声で私を呼ぶ。その声で、少しばかりの理性が戻った。

「侑李、立って!」

ずいぶん前に自分より大きくなった弟の両脇に手を入れて上に持ち上げる。

しかしすっかり腰が抜けてしまっているのか、その体は持ち上がらない。

「グフゥ…」

聞こえてきた唸り声にビクリと大袈裟なくらい体が揺れる。

2人で浅い呼吸音を繰り返す、そのうちに

「グガァァ!!」

地に響くような咆哮を上げてソレが斧を振り上げ、こちらに突進してきた。

嘘嘘嘘!こんなの…!

何も出来ずに侑李と2人、ギュっと目を瞑り抱きしめあった。

「ガァァァアア…グギャ!!」

ガキィィン!!

咆哮に重なる金属音。

ズベシャ!

それに続いた聞いた事のない異音。

ベチャ、ドシュ。

さらに続く音はどれもこれも初めて聞く音。

そして今まで聞いたどの音より不快で、恐ろしい音だった。

怖くて、目が開けられない。

「大丈夫か!2人とも!」

焦った声が聞こえて、ようやく恐る恐る目を開ける。

お父さん…?

知らないうちに泣いていたのだろう。

涙でぼやけた視界が徐々にはっきりとしてくる。

そこには。

お父さん…?

なに?その手に持ってる物は…。

お父さんの左手にはその身長程もある大きな瑠璃色に光る大剣。右手には紅色に光る日本刀?

そしてそれは滴り落ちる血で濡れていた。

思わず、あんぐりと口を開けて見てしまう。

「ん?…ああ、」

お父さんは手慣れた様子で大剣を一振りすると、嘘みたいにその血が払われた。

続けて日本刀もブン、と振ってその血を払う。

えっと…。とりあえず、銃刀法違反、だよね?

人間、ありえない事に直面すると、なんとか自分の理解の範疇にある物を探して落ち着こうとするらしい。

この時の私はまさにそれで、お父さんの後ろに倒れている巨大豚とか、どうやらそれをお父さんがやっつけたらしいとか、その事よりも、自分の父親が法律違反者だったという事実にショックを受けていた。


ありがとうございました。

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