28 弟、友人に白状する。
「ユウリ、何か隠してるね?」
その日の夜、突然ジーノが部屋に来た。
東の公爵家から、めずらしいお菓子が届いたと持ってきたのが口実だったが、そのお菓子を口に入れた瞬間、鋭い目で見られた。
「ふぇ?!ファ…!ガハっゲホゲホ。」
おかげで盛大にむせてしまい、ジーノに水を差し出されつつ背中をさすられる。
「まったく、ほらちゃんと飲み込んで。それで?何を隠してるの?」
言い寄られて言葉を飲み込む。
ジーノの迫力に何も答える事が出来ない。
これじゃ隠し事があると言っているのと同じだ。
「えっと、その。ジーノ?」
「聖女の話をした時から、様子がおかしかったよね?なんで?特にユグドラシルの愛し子の話になったら、あからさまに動揺してた。」
ズイズイと詰め寄るジーノ。
「それに、マナミ嬢の名前を聞いた時。なんであんなに驚いてたの?」
ジーノからは逃さないという気迫を感じた。
どうしよう。
誤魔化せそうもない!
俺はしばらく息も出来ずにジーノと見つめ合っていたけど、ふう、と息を吐いた。
本当なら、隠しておいた方がいいんだろうけど、せっかく出来た友人、しかも初めて友人になってくれたジーノに隠し事はしたくない。それに、正直上手く隠し通せる自信もない。
「ごめん。ジーノ。ごまかすつもりも、隠すつもりもないから、ちょっと待ってて。」
「そう言って!逃げるんでしょ!」
「ちがうって。」
俺はいいながらスマホを取り出した。
それを見てジーノは顔を顰めた。
「ユウリ?なにそれ」
不思議そうにスマホを見ているジーノに
俺は今までの事を簡単に説明する。
父さんが俺の元いた世界に転移してきた事。そこで母さんと出会い、俺とねーちゃんが産まれた事。そして家族でこちらに転移してきた事。
あとは、ねーちゃんの称号にユグドラシルの愛し子があった事。
自分で話してて自分でも信じられないと思う。
それはジーノも同じだったようで、目を見開いたまま、微動だにしない。
そんなジーノに構わず、俺はねーちゃんにかける。
起きてるだろうか?
(…なに?)
あ、寝てたな。
不機嫌そうなねーちゃんの声に少し申し訳なくなる。
「ごめんねーちゃん。バレた。っていうか、バラした。愛し子の事。」
(………は?ええ?はぁぁ?!なんで?!)
「学校に聖女ってのが編入してきてさ。それで…(ちょっとまってて!おとうさぁぁぁん!!)……聞いてねぇ」
大慌ての姉の声にため息をつく。
ふと、ジーノを見れば、これでもかというほど目を見開いていた。
「ユウリ?なにそれ。なんか、声…」
見せつけられたオーバーテクノロジーに声も掠れている。
「スマートフォンっていってね。遠くの場所にいる人と話が出来たり、文書のやりとりが出来たりするものなんだよ。他にも写真…ってもわかんないか。うんと、そっくりに書かれた絵が出来たり。」
俺の説明にジーノは無反応だった。
うん。理解してないね。
(侑李、父さんだ。どういう事か説明しろ)
聞こえてきた父さんの声は低く、怒っているのが丸わかりだった。
ひととおり事の顛末を話し終えると、父さんは大きくため息をついた。
(はぁ…わかった。色々問題はありそうだが、とりあえず気付かれたのが東のところの息子ってのは幸いだった。この件は4大公爵家では共有する事になってるからな。こっちからもマクドウェル公爵に話をしておく。)
よかった。
とりあえずおさまりそうだ。
(お父さんお父さん!代わって代わって!私、侑李のお友達と話してみたい!)
後ろからねーちゃんの呑気な声が聞こえる。
まったく、なんでそんなに脳天気なんだよ!
(もしもーし!侑李?ねぇねぇ、お友達と代わってよ!)
「んな事しなくてもスピーカーにすりゃあいいだろ?」
(あ!そっか!)
「もしもーし!こんばんは!侑李の姉の斗季子ですー!何君かな?」
突如聞こえてきたねーちゃんの声に、ジーノはすっかり戦いてしまっている。
「あれ?聞こえてない?もっしもぉぉぉし!!」
「聞こえてるようるせぇな!びっくりして返事出来ねぇだけだよ!…ほら、ジーノ、なんかしゃべってみ?」
俺が促すとジーノはようやく動きだした。
「……あの、はじめまして。ジーノ=マクドウェルと申します。」
「うんうん、ジーノ君ね!うちの侑李がお世話になってますぅ!」
「ユウリ…!これ!人の声が…!」
驚愕に目を見開いて俺を見るジーノ。
そりゃそうだろう。
こっちでは魔法なんてものも使えるし、どの程度の文明か今ひとつわからないけど、少なくとも遠く離れた人と話が出来るようなものはない。やりとりは手紙で、普通なら馬車か馬、急ぐ時でも訓練された鳥を使って行っているらしい。
地球でだって長い歴史の中で科学技術は徐々に進歩してきて、少しずつ人々の生活に広がっていったんだ。それがいきなり現代科学の髄を集めたスマホだもんなぁ。
「侑李!写メないの?写メ!送ってー!」
…またこの姉はむちゃくちゃな。
こっちの身にもなれよ!
すっかり舞い上がっているねーちゃんに俺はスマホをTV電話に切り替えた。
Wi-Fiもないくせに、ずいぶんとスムーズにつながりやがる。
その不思議をとりあえず頭の隅に追いやっておく。
「あんらぁぁ!イケメン!侑李!ジーノ君、イケメてるよ!」
画面の向こうで大興奮のねーちゃん。
ジーノにもスマホの画面を見せる。
「ジーノ、これ、うちのねーちゃん。」
するとジーノはさらに驚いた顔になった。
「この方が…!愛し子様…!」
え?なにそれ。
マナミちゃんの時はまったく信用しなかったのに、何一発で信じてるの?
「ジーノくーん!うちの侑李をよろしくね!悪い子じゃないから!」
「斗季子てめぇ!」
「あら!おねえちゃんに向かって何その口のききかた!」
ムッとするねーちゃんにため息しか出てこない。
勘弁してくれよ…!
「あーもー、悪かったって。気が済んだなら、もう切るぞ!」
画面の向こうでねーちゃんはまだ何か言いたそうだったけど、問答無用で通話を終える。
「……ってな感じで、まあ、愛し子っつってもこんなねーちゃんだからさ、って。ジーノ?」
なんだろう?
ジーノの様子がおかしい。
なんだかとても幸せそうな微笑みを浮かべて、さらに頬を赤らめてうっとりしている。
え…。
「ジ…ジーノ君?」
怖々声をかけてみれば、ホワンとした顔で胸に手を当てた。
「ユウリ。美しい姉上だな。さすがは愛し子と云われる方だ。」
……なんですと?
「あんなに美しい人は、見たことがない。まさに聖女だ。」
……それ、うちのねーちゃんの斗季子の話?
「ぜひ、実際にお会いしてみたいな。実物はどんなに素敵なんだろう。ああでも実際にお会いしたら、僕なんてその魅力に息も出来なくなりそうだ。」
うわ。こりゃダメだ。
よりによって。
ジーノ君。
うちの姉に恋をしたらしい。
「…………おい。」
化け物でも見るような目でハルディアがジーノを見て、そのあと俺を見る。
サッ
俺は視線を逸らした。
「おい、ユウリ。どうしたんだ、これ。」
ハルディアは無遠慮にジーノを指差す。
完全に不審物扱いだ。
「ずいぶんと花を咲かせたようなお顔ですね。すっかり満開の様相ですよ。」
レンブラントも呆れたように言う。
3人でジーノに視線を向けると、ジーノはそんな事に気付きもせず、テーブルに頬杖をついて幸せそうに笑っていた。
ジーノが、壊れた。
ああ、初めての異世界、初めての学校で初めて俺に声をかけてくれた大切な友人が、大変な事になってしまった。
俺たちはしばらく固唾を飲んでジーノを見ていたが、やがてハルディアが痺れを切らす。
「おい、ジーノ!いい加減その緩み切った顔やめろ!」
肩を揺らして声をかける。
「んー?ああ、ハル。」
「ああ、ハルじゃねぇよ!お前の頭が春だよ!」
ぼんやりとしたジーノの返事にハルディアはイライラした様子で声を荒げた。
「まったくどうしたというのですか?もともとおっとりとはしていましたが、今日のジーノはおっとりというには行きすぎてぼんやりとしていますが。」
ようやく反応を見せたジーノにレンブラントも尋ねた。
「んふふ。僕ね、女神を見つけたんだ。」
幸せそうな様子で言うが、勘弁してくれ。
自分のねーちゃんに友人が舞い上がってるとか、なんだか居た堪れない。
「女神?なんだそりゃ?」
ハルディアが不審そうに聞く。
「んふふー。」
はっきり答えないジーノにハルディアとレンブラントは諦めたようにため息をついた。
俺のねーちゃんとTV通話して恋に落ちた、と説明すれば早いのかも知れないけど、そうするとここではあるはずのないスマホの事や、愛し子についても言及しなければならないので、今は言えない。
正直2人なら、話してもいいかも、と思う。
タイミングを見て話せればいいなぁ。
ジーノも、脳内お花畑ながらもそこはさすがと言うべきか、それ以上の話はしなかった。
そういえば。
来るなぁ。ねーちゃん。
昨日、通話を終えてからメールが届いた。
いよいよ、王様との謁見のためにねーちゃんも王都に来るらしい。
謁見前には4大公爵との会合もあるみたいで、父さんも一緒だ。
ちなみに母さんはだいぶ旅館の運営に慣れてきた公爵家からの助っ人と旅館の方に残るらしい。
王様と会うのももちろん緊張するけど、
4大公爵ってのも、なんだか怖い。
なんか、すごそう。
よくわかんないけど、とにかくすごそう。
俺は、とりあえず今は考えないようにしよう、と頭を振って、考えるのをやめた
お読み下さりありがとうございました。
今回まででのターンは終了です。
侑李君はまたいつか…。
よろしくお願いします。