26 弟、聖女?に出会う
翌日から俺はジーノと過ごすようになり、
ずいぶんと学園に馴染めてきた。
本当にジーノ様様だ。
ジーノのおかげで他にも友達と呼べる人も出来た。
「ユウリ、知ってるか?」
その中の1人、茶髪のツンツン頭のハルディアが突然聞いてきた。
「何、いきなり。たぶん知らないけど。」
俺の答えにハルディアはニシシと笑った。
「だと思ったぜ。」
ハルディア=バルザック。
国王直属の近衛騎士団団長、バルザック侯爵の長男だという。
代々騎士団に属する家柄だそうで、ハルディアは身長180センチほどのかなり大柄な男子だ。
なんとうちの父さんが憧れの人だそうで、最初は羨望の眼差しで見られた。
「ユウリが知っている訳がないでしょう。王都に来たばかりですよ?」
そう言ってやれやれとため息をついたのはレンブラント=カーライル。
こちらは宰相を務めるカーライル侯爵の次男で、金髪碧眼の正統派美男子だ。
ちなみに成績学年トップらしい。
「あれでしょ?王弟のハロルド殿下の後見で学園に編入するという、聖女様の話でしょ?」
ジーノが答えた。
「聖女様?」
俺は首を傾げた。
いよいよ異世界転生物っぽい話になってきたな。
「それだ。学年は一つ下らしいが、今日がその編入日なんだと。」
ハルディアが面白そうに頷いた。
「ここだけの話、少し前からハロルド殿下が聖女召喚を行ったらしいことは噂になっていましたが、こうなると噂ではなかったという事でしょうか。」
レンブラントはため息をついた。
「ここんとこ、魔獣の数も増えてきて、魔力も不安定になってきてるからな。ユグドラシルの力に異変が出てきたって話もあるし、物騒なことだぜ。」
ハルディアの言葉につい注目してしまう。
ユグドラシル?
それって、もしかして、俺たちが帰る為に何か手がかりになりそうな話しなんじゃ。
「ハル、詳しく。」
むしろKWSK!
俺が身を乗り出すと、ハルディアはちょっとたじろいて、でも話を続けてくれた。
「なんでもこのところ、って言っても俺たちの生まれるずいぶん前からだが、ユグドラシルの力が弱まってるんじゃないかって話があるだろ?その影響で、各地の魔獣が増えて、しかも凶悪化してきてるんじゃないかって疑いがあるんだ。それを抑えて、ユグドラシルに力を与える為に、ハロルド殿下が聖女召喚を行ったらしい。」
ハルディアが話してくれて、そのあとをレンブラントが続ける。
「聖女は別名ユグドラシルの愛し子とも呼ばれています。ユグドラシルに愛され、その力を使う事が出来、またユグドラシルに力を与える事も出来ると。ユグドラニアに愛し子があれば、ユグドラシルの力は安定し、世界に安寧をもたらすと言われています。」
…………。
ねーちゃん……!
2人の説明に絶句するしかなかった。
ねーちゃんのステイタスはたしかに俺も確認している。
ということは、ねーちゃんの偽物って事?
わけがわからん。
「しっかし本当にそんなの存在するのかね?伝説上の話じゃねぇか。」
ハルディアは頭の後ろで手を組んでふんぞり返りながら言う。
「まあ、確かに御伽と言える話ですが。ユグドラシルの愛し子と言えば、立場は王と同等以上でしょう。私たちは学年も違うしまだいいですが、教師やクラスメイト達の心労はかなりのものでしょうね。ただし、本物であれば、ですが。」
レンブラントもため息をつく。
っていうか、ねーちゃん、厄介者扱いされてんぞ!
俺は温泉旅館のねーちゃんに想いを馳せながら、自分も「ユグドラシルの賢者」
なんていうおそらく厄介者扱いされる立場なのを思い出して、頭を抱えたくなった。
4人で昼休みに学食へ行くと、一角に人集りが出来ていた。
なんだ?あれは。
「例の聖女様らしいですね。」
レンブラントが首を傾げる俺に耳打ちする。
「へえ。」
俺はそれだけ口にすると、みんなと一緒に人集りを避けて席に着いた。
遠くから、声がもれてきている。
「聖女様、どうかこの私をお見知りおきください。」
「聖女様!本当にお美しい!まさに聖女様に相応しい方だ!」
なんだか聞いていられないような美辞麗句が耳に入った。
思わず顔を顰めると、
「迂闊な下級貴族達の戯言です。まったく、貴族の矜持もない。」
レンブラントが冷ややかに言い放った。
「まずは様子見だな。」
ハルディアも我関せずといった具合で肉を頬張った。
「私は、たしかに聖女といわれるものですけど。ここでは1人の生徒です。どうぞ、マナミと名前で呼んでください。そして、仲良くしてくださいね。」
ブフっ!
聞こえてきた高い声に思わずむせる。
マナミ、だと?
ちょっと待て。
その響きは、もしかして。
「…まさか、日本人?」
思わず呟いてしまう。
「あ?なんか言ったか?」
「いや!なにも?!」
ハルディアに聞かれて裏返った声で答える。
思いの外、大きな声が出てしまったらしい。
人集りのざわめきが、一瞬収まる。
しばらく何人かがこちらに視線を向けていたようだが、やがてまた学食はザワザワと生徒たちの声に包まれた。
その中で、こちらに向かう気配に気がつく。
「こんにちは。」
先程聞こえた高い声が間近で聞こえた。
俺たちは声の主に顔を向けた。
思わず、じっと見てしまう。
ダメだ。どう見ても日本人だ。
茶色の髪に焦げ茶の目。
この世界の中ではどうにも浮いてしまう、きれい、というよりはかわいい感じの幼い顔。
ニコニコと、なんだか嬉しそうにこちらをみている。
「…こんにちは。」
その声に答えたのはなんと俺ひとりだった。
ジーノもハルディアもレンブラントも何かを警戒するようにじっとしている。
お前ら!挨拶くらい返せよ!
「はじめまして。私は聖女としてこの世界にやってきた、マナミ=カジワラといいます。みなさんは、何年生なんですか
?」
聞こえた自己紹介にゴクリと唾を飲み込む。
はい日本人決定!
カジワラマナミさんね!
はいはい。
名前の漢字もだいたい想像つきますよ!
「あ…ああ、はじめまして。俺たちは3年生、です。」
俺以外がどうもまともに答えようとしないので、なんとか返答を返す。
「うふふ。緊張しなくても大丈夫ですよ。先程の人たちにも言いましたけど、聖女とはいえ、ここではひとりの生徒です。どうぞ、仲良くしてくださいね?」
マナミちゃんは口元に手を当てて、はにかむように笑った。
緊張はしていないけど、衝撃は受けた。
見れば見るほど日本人だ。
今時の女子高生って感じ。
あと、俺の友人達のあまりの無反応さにどうしたらいいかわからないだけ…!
お前らどうした?!
「あ、はあ。それは、どうも。」
なんとも言えない雰囲気に、なんとかそれだけ返す。
「あ!そうだ!私、2年生なんです。よかったら、学園の案内をしてもらえませんか?先輩達に教えてもらえたら、きっとよく分かると思うんです!」
マナミちゃんは顔の前で両手を合わせ、こてんと首を傾げた。
「僕達、君とは学年も違うし、これから接点も多い同学年の人に頼んだ方がいいんじゃないかな?」
黙っていたジーノが突然声をあげた。
何その絶対零度の冷えた微笑み。
「そうですね。それに私達も色々と忙しいので。申し訳ありません。」
レンブラントも冷たく言う。
いや、レンはもともとクールなところあるけど、そんなにツンドラじゃなかったよね?それに忙しいって何?特に予定なかったよね?
「ユウリ、食い終わったか?行くぞ。」
ハルディアに至ってはガン無視?!
「そんなに遠慮しなくてもいいですよ?私が聖女だからって、学園でまで聖女扱いされると、なんだかさみしいです。」
マナミちゃんは悲しそうな顔を見せた。
どこをどう取れば遠慮しているように感じるのか、ちょっと疑問だったけど、マナミちゃんの言葉に俺たちは顔を見合わせる。
「…‥わかりました。それでは、放課後でよろしいでしょうか?」
レンブラントがため息混じりにそう言うと、途端にマナミちゃんは明るい笑顔になる。
「わぁぁ!嬉しい!楽しみにしています!」
それから俺たちはマナミちゃんにせがまれて軽く自己紹介をしたのだが、それを聞いてマナミちゃんはますますキラキラと笑顔になり、なぜか何かに納得するように何度もうなずいてから学食を後にした。
お読み下さりありがとうございました。