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レイドックおじさんが我が「朝霧館」に来たのは、今日が初めてだ。
本当なら、お客様としてゆっくり温泉を試してもらいたかったんだけど、急遽、
日帰り温泉企画が持ち上がり、工事の為の手配やらなんやらでその機会を逃してしまっていた。
でもまあ、職人さんの引率のためとはいえ、せっかく来てくれたんだ。温泉だけでも楽しんでもらおうと、そう思っていたのだけど。
「…………。」
朝霧館、小宴会場。
20畳程の畳敷きの純和風のその部屋に、
中世ヨーロッパ調の貴族男性が3名。さらに何やら甲冑的なものを着た方々が数名…。
大変とっ散らかった様相だ。
座卓を挟んでレイドックおじさんはやはりニコニコと私を見ている。
「で、この、お買い物アプリっていうのはですね。ここに出てくる写真…絵をタップ…つつくと、」
私は笑顔のレイドックおじさんに、スマホ及びアプリについて、絶賛解説中だ。
現代テクノロジーがまったく通用しない人への説明は、正直困難を極めた。
試しに何か購入してみよう。と私は人造宝石のブレスレットをチョイスする。
ちょっと安っぽい気もするが、おじさんに似合いそうだったから。
《商品をお届けします》
そんな表示とともに画面が光、ポンとブレスレットの入った箱が飛び出した。
おじさん達は大変驚いて、グラニアスさんとヘンリーさんはレイドックおじさんの前に身を乗り出し、騎士さん達は剣に手をかけた。
やめてね。
うちの宴会場、破壊しないでね。
光がおさまって箱を手にする私を見て、
グラニアスさんとヘンリーさんはようやく腰を落ち着け、騎士さん達も剣から手を離してくれた。
「……どうぞ。これ、レイドックおじさんにプレゼントです。」
なんだかかなり御身分のお高いらしいレイドックおじさんに、安物のブレスレットもどうかなー、と思ったけど、そこはまだ就職していないかわいい姪っ子からという事で許していただきたい。
レイドックおじさんは恐る恐る箱を手に取り、そっと蓋をとった。
お父さんと同じ色のレイドックおじさんの瑠璃色の目に合わせた人造サファイアのブレスレットだ。
涙型のサファイアが連なって出来た、男性でも女性でも付けていておかしくないデザインのもの。
「!!!これは……!!」
レイドックおじさんは目を見開き、ブレスレットに釘付けになった。
おじさんの両隣のグラニアスさんとヘンリーさんも目と口を開いて固まっている。
「……えっと。」
すっかりフリーズしてしまったレイドックおじさん達に、どうしてよいかわからない。
どうしよう。
お父さんと侑李はお風呂の工事の方だし、お母さんはお昼ご飯作りに行ってるし。
「き…気に入らなければ!他の人にあげるなり、処分するなり!あ!私、引き取ります!それでそれは侑李にでもあげるので、おじさんにはもっといいものをあらためて!」
ふえーん。
本物のサファイアなんて、手が出ないよ!
お父さんに買ってもらおう…。
私がレイドックおじさんの方に手を伸ばすとおじさんは慌ててブレスレットを抱え込んだ。
そのあと、ハッとしたようにブレスレットを私に差し出す。
「し…失礼いたしました!私とした事が!もちろん、お返しさせていただきます。このような品、私などには不相応です。」
やっぱり…。
おじさん、お貴族様だもんね。公爵家の人だもんね。
着けるなら、天然石だよね。
自分の考えの浅さに少々へこみながら手を伸ばしてブレスレットを受け取る。
「ごめんなさい、おじさん。今度、もっと良いものを準備します。」
「え?」
私の言葉にレイドックおじさんは変な顔になった。
ん?なにその顔。いや、変顔してても超イケメンって、これいかに。
「え?だから、おじさんは公爵様だし、もっとちゃんとした品物をあらためてプレゼントさせてください。といっても、私もそんなにお金持ってないので、おじさんに見合うものは難しいかもなんですが。」
「ちょちょちょ!ちょっと待ってください!この品より良いもの?!」
おじさんはいつものお上品でお気高い感じを取り崩して慌てだした。
「斗季子姫!意味がわかりません!私は、このような素晴らしい品は私にはもったいないと申し上げたのです!」
レイドックおじさんの言葉に今度は私が固まった。
どうも相互理解という点において、私とレイドックおじさんの間には大きな溝があるようだ。
いや、こっちに来てから溝しか感じてないけどね!
「おじさん、ちょっと落ち着いてお話しをさせてください。正直、私、こっちの事ってまるでわからないんです。こちらに来てから少しずつ文化のレベルとか、物の価値感とか、私の知っているものとずいぶん違うらしい事は感じてるんですが、何かあるたびにお父さんにひとつひとつ聞いて、なんとか理解していってる途中なんです。おじさんにも教えてもらいたいです。それに、グラニアスさんや、ヘンリーさんにも教えてもらいたいです。」
私が言うと、レイドックおじさんは私と、何故かブレスレットを見比べて、神妙な顔で頷いてくれた。
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