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レイドックおじさんとの話し合いのあと、おじさんは実に素早く色々と整えてくれた。
商業ギルドへの手続きもすぐに済まされ、
ギルドマスターが早速挨拶に来てくれた。
「レイドック様よりラドクリフ閣下の奥方様、お嬢様がこちらで宿屋をされると伺い参じました。私は商業ギルドマスターのアーキンドと申します。」
とかなり恐縮した様子でやってきた。
ちょっと待て。
アーキンド?
ギルドマスター、アーキンドさんとおっしゃる?!
商業ギルドの責任者が商人〈あきんど〉とは!!
思わず吹き出しそうになるのを根性で押さえつける。
耐えるんだ私…!
痙攣する腹筋をこらえながら、それならばとギルドマスターに最初のお客様になってもらう事にした。
「いらっしゃいませ!朝霧館へようこそ!」
笑顔で対応すれば、アーキンドさんは一瞬面食らったような顔になったが、さすが筋金入りの商売人と言おうか、すぐにこちらの意図を感じとってくれた。
「お世話になりますぞ。」
そう言うと、一緒に来た人たちに何やら指示を出す。どうやら先に帰るらしい。
「今日は遠慮なく客の目で見させていただく、ということでよろしいですかな?」
ギラリと光る目が少々恐ろしかったけど、私は受けて立とう!と意気込んだ。
日本のおもてなし、とくとご覧あれだ!
「お部屋へご案内致します。こちらへどうぞ。」
私はそう言って中庭が一番綺麗に見える部屋へ案内する。
部屋の扉を開けて、小上がりの前で一度止まる。
「お履き物はこちらでお脱ぎください。」
そう案内する私にアーキンドさんは怪訝な顔になった。
「何故かね?靴を脱いでは歩けないではないか。」
「こちらのお部屋は畳敷きとなっております。どうぞそのままお寛ぎください。」
そう言うと、珍しそうに裸足になり、畳の上に立つ。
「これは…!なんとも気持ちの良い!」
畳の感触にうっとりしたアーキンドさんを部屋の座卓へ誘う。
「こちらにお座りください。今、お茶を。」
アーキンドさんは最初、座椅子に戸惑っていたが、一度手本を見せるとすっかり身体の力を抜いた。
「どうぞ。」
緑茶とともにお茶菓子を出せば、途端に慌てた顔になる。
「私は茶など頼んでないが…」
それにニッコリと笑って答える。
「こちらはサービスです。お茶とお菓子でお寛ぎください。」
「サ…サービスだと?あとで代金を取られるんじゃないのかね?」
「そんな事しません。」
そう答えると、恐る恐るお茶を飲み、おまんじゅうの包みを開けた。
一口齧り。
「!!!こ…これは!!なんだこの美味い菓子は?!」
「おまんじゅうです。お気に召したのでしたら、一階の売店で販売していますので、お土産にどうぞ。」
アーキンドさんはあっという間に食べ進めた。
「ああ!気に入ったとも!これは誰が作っているのかね?ぜひ商業ギルドで取り扱いたい!」
「誰がと言われても…」
困ったぞ。
昔馴染みのまんじゅう屋のものだ。
ここにはいない。
「ああ、いい。失礼した。秘密の入手ルートがあるのだな?しかし、出来たらでかまわん。こちらにも融通してもらえんか?もちろん、そちらの儲けを考えた値段でいい。」
えっと。
どうしよう。
こういう時は。
「上のものに確認してまいりますので、お待ちいただけますか?」
「もちろんだとも!頼むぞ!」
それからアーキンドさんに部屋にある浴衣やタオル、アメニティなんかについて説明したんだけど、とにかく大変だった。
「なんという柔らかく軽い着心地だ!これはどこで取り扱っている?!」
「これが手ぬぐいだと?!貴族でもこんなに優れた手触りの物は使ってないぞ!!」
「これは…!なんという芳しい香りだ!それにこの洗い心地…!」
いちいち感動して驚いてくれちゃって、お風呂の案内がすっかり遅くなっちゃったよもう!
「こちら、大浴場になります。こちらのカゴに…」
「なんと美しいカゴだ!」
「………。」
あーもう、どうしようかなー。
喜んでくれてるのは、とてもよくわかる。
そして何やらすごく感動してくれている事も。
「ごめんなさいお客様。」
とうとう、声をかける。
「なんだね?」
「喜んでいただけるのは、とても嬉しいんですけど、ここは温泉旅館なんです。ゆっくりと温泉に浸かって、リラックスして、疲れをとってもらうための場所なんです。」
「う….うむ。」
「お客様は商業ギルドのギルドマスターだから、商売になりそうなものに目が行ってしまうのもわかります。だけど、とりあえず、お客様として温泉を楽しんでみませんか?お客様も言ってたじゃないですか。今日は客として見させてもらうって。」
ちょっと失礼だったかなー。
怒られるかなー。
と思ったけど。
私の話を聞いてアーキンドさんはいたく感心したという顔になった。
「お嬢さん。確かにその通りだ。いや、申し訳ない。年甲斐も無く興奮してしまって、みっともないところをお見せした。」
面目無さそうに頭を掻いて、アーキンドさんは謝ってくれた。
さすが、ギルドを束ねる人だ。
懐が大きいのだろう。
こんな小娘が生意気なことを言ったにもかかわらず、こちらの意見を聞いてくれようとしてくれる。
これからここでお付き合いをしていくであろうアーキンドさんに、私は安心した。
良い人そうだ。
それからはお風呂の使い方やアメニティの使い方、ドライヤーなどの説明をして、浴室を出た。
アーキンドさんは見たこともない設備や備品に目を見開き、驚きを隠し切れていなかったけど、私を質問攻めにする事なく説明を聞いてくれた。
途中、何度か何か言いかけてグッと耐えているみたいだったけど。
なんだか心配だったので、外のベンチで待っていると、しばらくしてすっかり弛みきった顔でホコホコと温まったアーキンドさんが出てきた。
「おかえりなさいませ。お水をどうぞ。」
冷えたお水を渡せば、一気に喉へ流し込む。
一息つくと。
「お嬢さん、これは素晴らしい。溜まった疲れが吹き飛ぶようだ。身体もすっかりきれいになったし、足も軽くなった。」
ほう、とうっとりした様子で感想を言ってくれる。
「ありがとうございます。なによりのお言葉です。」
「いや、礼を言うのはこちらだ。こんなにゆったりと満ち足りた気持ちになったのは初めてだ。本当にありがとう。」
アーキンドさんは本当に満足そうにそう言った。
その様子を見て私はすっかり嬉しくなった。
良かった…!
こっちでもうちの温泉に喜んでもらえて!
「お食事の準備が出来ています。お部屋へどうぞ。」
お読み下さりありがとうございました。