14 父、実家へ帰省する。
「行ってくる。」
いらないと言ったのに、斗季子と可憐がどうしても被れ!というからバイクと一緒に購入したヘルメットを被る。
真新しい黒の小型バイクは、家の軽トラやワゴンと同様、ガソリンメーターが無限大表示になっていた。
まったく。
呆れるくらい使えるギフトだ。
おそらく、斗季子の愛し子としての力なのだろう。
ユグドラシルの愛し子は、言い伝えではこの世界の中心、世界樹であるユグドラシルから恩恵を受けて他の世界からユグドラシルそのものによって召喚されると言われている。
しかし愛し子に限らずこの世界ではごくごく稀に異世界からの転生者が産まれる。そういった者はユグドラシルの意思により転生してくると言われ、大きなギフトを持っているのがほとんどだ。
斗季子のギフトの力は大きい。というか、少し毛色が違うように思う。
耳にした事のある転生者の話にも、こんな話は聞いた事がなかった。
治癒の力が強いとか、作物を早く育てられるとか、そういった類の話しか聞いたことはなかった。
転生者ではなく、転移者だからなのか、この世界と地球との二つの血を引いているからなのか。愛し子の称号ゆえのものなのか、その辺りはよくわからないが、正直ありがたいと思う。
「はい。これ、お弁当。」
可憐はそう言って弁当にしては大きな包みを渡して来た。
なんだこれは。
正月用の三段重ねの重箱じゃねぇか。
怪訝な顔でそれを見ていると、
「公爵家の皆さんで食べてね。」
と言葉を添えられる。
旅館で客に振る舞う料理を担当していた可憐の飯は美味い。
料理に関しても進んでいたあの世界の料理は、貴族の舌も満足させてあまりあるだろう。
俺の家族に良い印象をもってもらう為にもありがたく使わせてもらおう。
もっとも、可憐はただのお持たせのつもりなんだろうが。
弁当をこれまた可憐がどうしてもとバイクに付けた前カゴに丁寧に入れる。
買い物に便利だからだそうだが、細かく編まれた金属で出来たこのカゴすら、この世界じゃオーバーテクノロジーだ。
エンジンをかけ、ハンドルを捻ると、バイクは順調に滑り出した。
「兄さん…!」
公爵邸の裏手にある林にバイクを隠してから徒歩で屋敷に向かった俺を弟のレイドックは涙に濡れた顔で迎えてくれた。
「兄さん、兄さん!!よく無事で!本当に良かった!」
後ろに立つ執事長のヘンリーもそんな主人を諌めるでもなく、そっと目元を拭っている。
「心配かけたな。レイドック。」
そう言って笑いかければ、ぶんぶんと被りをふり、胸に手を当てた。
「いいんだ。こうして無事に帰ってきてくれたんだから。兄さん、おかえりなさい。」
レイドックは大きく息をついて、俺を屋敷の中へ促した。
久しぶりの公爵邸は俺が過ごしていた時のままだった。
応接室に通され、紅茶が出された。
これも久しぶりのメイド長のカテリーナの手によるものだ。
「カテリーナも久しぶりだ。元気だったか?」
ポットを手にするカテリーナに声を掛ければ、やはり涙ぐんで頷かれる。
「ええ、ええ、ラドクリフ様。こうしてまた紅茶をお入れする事が出来て、何より幸せでございます。」
その言葉にありがたく紅茶をいただく事にした。
こちらも変わらない懐かしい味がした。
それから俺はレイドック、執事長ヘンリー、メイド長カテリーナ、それに昨日やって来た騎士団長のグラニアスにこれまでの事を説明した。
驚いた事に、向こうでは20年以上過ごしていたはずが、こちらでは10年足らずしかたっていないとの事。
レイドックは俺を待って公爵位は継がず、公爵代理として領を治めていた事、突然の地震で領都の外れに変異が起き、その影響か魔獣の目撃情報が増えている事を聞く。
あのオークウォリアーは俺たちが転移して来た影響で姿を現したらしい。
また、それとともに、他の公爵家から不穏な情報が入ってきたという。
「聖女召喚?」
「そう。南のフレイニール公爵から、今朝連絡があった。少し前から王弟のハロルド殿下が聖女召喚を画策してるらしいって噂はあったんだけどね。ちょうど兄さん達が来たと思われる時と同時くらいに王都方面から大きな魔力の揺らぎを感じたらしい。」
南の公爵、エレンダール=フレイニールは魔術に長けたエルフ族の族長だ。
武の北、魔の南と称されるこの国の要のひとつだった。
見かけは線の細い、美貌の男だが、実際は4大公爵の中でもっとも年齢が高く、老獪な人物だ。
「この事は東西の公爵にも連絡は行ってると思うけど、兄さん、兄さんの帰還も知らせた方がいい?」
「いや、エレンダールならすでに気が付いてる可能性もあるけどな。少し待ってくれ。こっちも話さなきゃならない事がある。」
俺が改まると、レイドックも他のものもスッと背筋を伸ばした。
それを見回してから、話し始めた。
「すでに知ってると思うが、今回、俺だけじゃなくて俺の家族、それになぜか住んでいた家そのものがまとめて転移されてな。それがどうもユグドラシルの意思を感じる。」
俺の言葉に周囲は息を飲んだ。
「まず、俺の娘だが、どうやらユグドラシルの愛し子らしい。」
「なんだって!!」
思わず、と言った風にレイドックは声を上げた。
まるで信じられないものを見る目で俺を見ている。
「昨日お会いしたリリアンフィア様がですか?!たしかに、愛し子様と言われても納得出来るお美しさでしたが、そんな!」
グラニアスも唸るように呟いた。
リリアンフィア。
斗季子の怒り顔が頭に浮かんで苦い気持ちになる。
嫌がってたなー。この名前。
「まだある。俺の息子の方だが、こっちはユグドラシルの賢者らしい。」
そういうと、あたりはシン、と静まり返ってしまった。
重い緊迫した空気が流れる。
「た…大変だ!と…とにかく、お二人をお迎えして陛下に報告しないと!」
すっかり恐縮した様子で慌てだすレイドック。
今にも腰を上げて迎えに行きそうだ。
「待て待て!落ち着いてくれ。そうは言っても、あいつらはこっちの事情はわかってないし、向こうでは一般庶民として生活していたんだ。いきなり国王やら王城やら言われても、正直困惑するだけだ。」
「兄さん!愛し子様と賢者様にあいつらだなんて!不敬です!」
真っ青になる弟にはぁぁとため息が出る。
無理もないことだが、だいぶ混乱しているらしい。
「だから、その対応がまずいんだよ。そんな事をされた日にゃあいつらとっとと逃げ出すぞ。」
そう言ってやると、レイドックはどうしたらよいのかわからないと悩みだしてしまった。
「…確かに。ただでさえ世界を渡って来られたのです。いきなり祭り上げられても却ってお困りになるやもしれません。」
ヘンリーが冷静にそう言った。
助かる意見だ。
ただの庶民だったあいつらがいきなり国王と同等以上の対応なんかされたら、むしろ嫌な気分になるだろう。だが、この世界で対等にあいつらと話せるのは陛下とせいぜい王太子殿下くらいなのも事実だ。レイドック達の動揺もわかる。
「王都に連れて行くかどうするかについては、俺もまだ考えがまとまっていないんだ。他の4大公爵とも相談したいと思っている。正直、俺としては子供たちには静かに生活をさせてやりたい。少なくともこの世界にある程度慣れるまでは。」
俺が希望を伝えると、レイドックは眉間に皺を寄せて考え込んでしまった。
突然降ってわいたユグドラシルの愛し子と賢者という伝説上の存在にどう対応するのが正解なのか悩んでいるのだろう。
誰もが答えを探している雰囲気の中、その空気を壊す為に、俺は可憐の弁当を取り出した。
「とりあえず落ち着くためにも一度食事にしないか?俺の妻が弁当を持たせてくれたんだ。」
テーブルに重箱をのせると、視線が弁当に集まる。
混乱した雰囲気をリセットしたいと思っていたのはみんな同じなようだ。
「ベン、トー?って?」
レイドックの疑問にああそうかと思う。こっちには弁当の文化は無い。
「こうやって食事を箱に詰めて持ち歩くんだ。出先なんかで食べる用にな。」
重箱を開けると美しく詰められたおかずがあたりの目を引いた。
「まあ!まあ!なんてきれい!」
カテリーナが感嘆の声をあげた。
「これは美しい!ただいまカトラリーをお持ちします。」
ヘンリーもそう言ってひとつ会釈を残して応接室を出ていく。
可憐の弁当はその場の空気をなごませるという大役を果たしてくれた。
そして。
「!!!兄さん!!なにこれ美味しい!!」
レイドックは可憐の料理を大絶賛し。
「これは…!なんて美味い…!」
グラニアスの言葉を失わせ。
「………。」
カテリーナはひたすらに咀嚼しながら涙を浮かべ。
一口食べて、驚愕に目を見開き、しばしフリーズした後、おもむろに立ち上がって部屋を後にしたヘンリーは。
「ラドクリフ様。どうかこのものにも、こちらを賞味させていただきたく。」
なんと料理長を連れて来た!
弁当を口にした料理長については…。
もはや、考えたくない。
お読み下さりありがとうございました。