とある世界樹の異世界冒険生活 その②
そもそも、今回俺がなぜ書き置き一つで斗季子の元を離れたのかといえば、その原因は王都、その中心にある王城の『祭壇の間』にあった。
もともとあの『祭壇の間』は原初の女神がこの世界を形成するために俺の元となる種を植えた場所。
言わば、『世界樹の根』がある場所だ。
世界の根幹とも言えるその場所は、斗季子が温泉神としてこの世界を染めた今となっては不必要なもの。
むしろ、この世界のバランスを保つために邪魔になってしまう可能性すらある。
少し前に斗季子が眉間に皺を寄せて「なんか、気持ち悪い。」と言い出した事があった。
その原因はおそらく、世界樹の根にあると俺はあたりをつけた。
いよいよこの世界が温泉神の力に染め上がるという時期に来て、最後の引っ掛かりになったのだと思う。
祭壇の間に残る、世界樹の根を取り除かなければ完全に染まり切らないのだろう。
そしてそのことが斗季子の体調に現れたのだ。
その時の斗季子の「なんていうの?ほら、便秘便があとちょっと出きってない感じ?っていうか、二日酔いがあと一歩醒めきらない感じ?」という言い回しを思い出して、俺は思わずクスリと笑う。
「なんだ?急に笑い出して。」
そんな俺にミカドが声をかけた。
その声にジャックディードは少々心配そうに俺を見る。
「いや、斗季子はかわいいなと思って。」
「いきなり惚気か。まあ、姐御はかわいいけどな!」
誤魔化すように答えた俺に、ミカドは呆れた声で返答したが、すぐに笑顔で同意する。
夜明けの、薄明かりの中。
ようやくオルガスタ領から出ようかというところを歩きながら、俺たちは穏やかな旅を楽しんでいた。
「ミカド、そろそろ距離を進めたい。お願い出来るか?」
俺がそういえば、ミカドは「おうよ!」と明るく返事をして、その背中から竜種の翼を広げた。
「ユージル様・・・!」
ミカドの背に乗せてもらってからはあっという間だった。
二人との気の置けない気ままな旅の終わりに、もう少し歩けばよかったか、と少しの後悔を感じながらも、俺たちは王城を目指した。
王城に到着すると、王太子であるアルベルトが慌てた様子で走ってきた。
ミカドの背から降り、ミカドも元の子供の姿に戻る。
そして二人で走りよってきたアルベルトに向き合えば、アルベルトは息を整えてからそこに平伏する。
「ようこそ、王都へ。お知らせくだされば、もっときちんとお迎えできましたものを。申し訳ありません。」
アルベルトのあとからやって来た近衛たちも王太子にならい、一斉に膝をつく。
さすがにいきなり過ぎる来訪は王城も困ると思い、けれどあまり大袈裟に迎えられるのも本意ではないため、王都に着く少し前、ジャックディードに先に王城に行かせ、ひそかにアルベルトに知らせておいたのだ。
ジャックディードの来訪で俺たちが来ると知り、この場にアルベルトが取り急ぎやって来たのだろう。
「急な登城、申し訳ない。内密にここに来たくてね。」
申し訳なく思いつつ、そう言えば、アルベルトは顔をあげて首を振る。
「いえ、そのようなことは。本日は、どのようなご用件で?斗季子姫は、ご一緒ではないのですか?」
アルベルトに聞かれ、ミカドと顔を見合わせる。
ミカドは仕方がないという風に俺に薄く笑ったあと、アルベルトに視線を向ける。
「なんでもよ、姉御には内緒にしたい用事があるんだってさ。」
「内緒に・・?」
ミカドに言われて、アルベルトの眉間にわずかに皺がよった。
「事情があって、オルガスタに知られたくない。早速ですまないが、祭壇の間に案内してくれないか?」
まったく事情を話さない、いきなりの申し出にアルベルトは今度はあからさまに眉間に皺を寄せたが、なにも言わず、「こちらへ。」と俺たちを促した。
祭壇の間。
そこは、もともと俺がこの世界に根付くための、始まりの場所だ。
この世界はここから始まり、ここから育っていった。
しかし、この世界が斗季子に染められ、世界樹の世界から温泉の世界に変わった今、その存在の意味は失われた。
むしろ、完全に斗季子の世界にするためにはもはや邪魔なものと言える。
取り除かなければ、斗季子の違和感もなくならないだろう。
しかし、そんなことを斗季子に話せば優しい斗季子のことだ。
「そのままにしておいていいのでは?」といいかねない。
俺が斗季子に黙ってここに来た理由のひとつ。
そして、もうひとつの理由。
それは。
「・・・もし、もう会えなくなったら、ごめんね。」
俺は誰にも聞こえないくらい、小さな声で斗季子への謝罪を口にした。
本っっ当にお久しぶりです。
読んでくださり、ありがとうございます。




