とある弟の異世界学園生活 その⑥
学園祭、やっと終了です。
そしてお知らせなのですが、新連載を始めさせていただいております。
「悪役令嬢連絡評議会 〜悪役令嬢による悪役令嬢のための冒険の物語(ただし引率はヒロイン)〜」
もしよろしければ、そちらにも遊びにいらしてください。
よろしくお願いします。
(ちなみに温泉神の方のお話はまだ続く予定です)
「・・・・ほう」
「・・・素晴らしい。まさに天上の調べですな。」
あちらこちらから、そんな囁きが聞こえる。
模擬戦も終わって、俺たちはジーノの演奏会に来ていた。
貴族子女達にとって楽器や歌等の音楽は、やはりたしなみになるようでほとんどの生徒が何らかの音楽が出来る。しかし、一定のレベル以上になるかどうかは本人の技量や、好きずきによるので、熱心に音楽を続けるものと、そうでないものに別れるようだ。
そして、演奏会に出ようなんて思うのは、もちろん音楽好きの生徒か、優れた技術を持っている生徒というわけで。
パチパチパチパチ。
ワアアアアアア!
弦楽器とピアノの演奏をしていた生徒の発表が終わり、観客席からは惜しみ無い拍手と歓声があがった。
「リグロ!いよいよ、ジーノの番ですわ!」
「う・・・うむ!なにやらこちらまで緊張するな。」
「ジーノ!ぬかるんじゃねえぞ!兄貴がついてるぜ!」
ボソボソと隣からマクドウェル家の皆さんの声が聞こえる。
我が子の発表を家族で見にきたのだ。
そして舞台にジーノと、伴奏らしきピアノの演奏者が現れる・・・って!!
ピアノ、レンブラントじゃねえか!!
いないと思ったら!!
驚いていると、前の席に座っているハルディアがニヤリと悪そうに笑って俺を振り返った。
これは・・・内緒にしてたな?
俺を驚かそうとして!
ああ!びっくりしたよ!!
大成功!!
やがて会場はシン、と静まり返る。
それを待って、ジーノはレンブラントと視線を合わせ、ひとつ頷いた。
ジーノの持っているのは、フルートのような横笛。
ただ、フルートと違って先のほうがくるりと大きく半円を描くように上に湾曲し、吹き口も咥えるようになっている。
そして装飾がすごい。
サファイアのような深いブルーの宝石がちりばめられていて、照明に照らされてキラキラと輝いていた。
ジーノもそれに合わせたようなブルーのローブのような衣装を着ていて、さらに横笛と同じ宝石のサークレットを額に着けていて。
まるで、精霊の王、といった風情だ。
そんなジーノの姿に、あちらこちらからため息が漏れている。
しかし、演奏が始まると、そんなため息はピタリと止んでしまった。
・・・・・上手い!!!
ジーノの演奏は、想像していたよりずっと素晴らしかった。
横笛の音色は、フルートのそれに似ていたけれど、それよりももっと深く、音域が広い。
低音を奏でれば、ズン、とお腹に響き、高音のパートに差し掛かれば、ゾワリと背筋が震える。
時おり、調子を合わせるためかレンブラントと視線を合わせて微笑み合うその姿は、男の俺でも頬が熱くなるような妖艶さで、そんなことを感じているうちに、バターンと誰かが倒れる音がした。
それを皮切りに、そこかしこからガタリガタリと音がしだす。
どうやら耐えられなくなった女生徒が気を失っているらしい。
しかし、演奏中にあまりガタガタと音をたてるのもよろしくないと考えたのだろう。
いつのまにか、様子のおかしい女生徒のそばに、先生方や、ほかの生徒が配置について、やばそうな人は早めにそっと退出させているみたいだ。
うん、静かに大混乱。
そんな客席の混乱ぶりをよそに、ジーノの演奏はクライマックスを迎え、やがて高く音を響かせて音が消える。
シン、と静まり返る、講堂。
その静けさが永遠かと思うくらいに続いたあと。
ワアアアアアアアアアア!!!!
地面が割れるかと思うほどの歓声、惜しみ無い拍手。
ガタガタと観覧客が立ち上がり、スタンディングオベーション。
それと共にバターンバターンと、それまで耐えていた女生徒たちが倒れる音。
もちろん、俺も立ち上がってジーノに拍手を送った。
「ジーノ!!すげえ!!すげえぜ!!感動したぜえええ!!!」
ミカドちゃんは拳を突き上げて興奮し、
「リグロ・・・!」
「ああ!マーヤ!素晴らしかった!」
マーヤさんはそっと目元を押さえながらリグロさんに寄り添い、リグロさんもそんなマーヤさんを抱き寄せながら目を潤ませる。
「素晴らしい演奏でしたな!!これは、歴史に残る演奏と言っても過言ではありませんぞ!」
「まったくです!!これはぜひ、この学園にとどまらず、王立劇場でも公演していただきたい!」
歓声に混じって興奮気味に話される称賛の声。
すごい!!大成功だね!!ジーノ!!
こうして、演奏会は大興奮の中、幕を閉じた。
~・~・~・~・~・~・~
こうして、初めての学園祭は、大成功のうちに無事、終了した。
生徒たちからはとても楽しかったと言う声と、生徒全員が力を合わせる達成感が得られたという声と、今まで交流のなかった生徒同士が交流する機会が出来たという喜びの声に溢れ、どうやら大満足だったようだ。
そして、保護者。
正直、保護者の声がものすごかった。
自分の子供の晴れ舞台。その成長した姿を見られるという体験はかなり嬉しいものだったらしい。
さらに、次世代を担う人材の選定、他領との新規契約、息子、娘の婚約相手を考える場、上位貴族への顔繋ぎ等々。
この学園祭で得るもののあまりの大きさに保護者からは学園長に、次回開催の確約を迫る声が多く、さらには年に一度といわず、もっと増やしてもいいのではないか、いっそ月に一度の頻度ではどうか、なんて声が届いたそうだ。
あほか!!やるほうは死ぬ!!
ああ、ちなみに、模擬戦で優勝した、マイル=ヘイワーズ君。
あのあと、騎士団長であるハルディアのお父さんにスカウトを受けたらしい。
学園を卒業したら、騎士団所属になるのだそうだ。
なんでも、幹部候補生として育てる予定なんだと。
その他にも、模擬戦の上位入賞者は騎士団から声が掛かっていて、その中には普通なら到底騎士団に入れる身分ではない者もいるそうだ。
本人と、その親御さんが泣いて喜んだのはいうまでもない。
ジーノは、レンブラントと共に、王立劇場での演奏が決まりそうなんだって。
最初は断っていたジーノだけど、再演の声があまりにも多くて、受けたんだそうだ。
そして、俺はというと。
「・・・はあああ。」
教室の窓際。
ぼんやりと外を眺めてため息をつく。
学園祭も無事に終了し、その片付けも終わって、ようやく日常が戻ってきている今日この頃。
なんていうか、気が抜けた、っていうか。
ぽっかりと心に穴があいたような気分だ。
「どうかしましたか?ため息なんて。」
そんな俺を心配そうに見ながら、レンブラントが声をかける。
「いや、学園祭、終わったなーと思ったらなんだか気がぬけて。」
そう答えれば、薄く微笑んで頷くレンブラント。
「楽しかったよねー!来年もまたやるって決まったんでしょ?」
ジーノは早くも来年の学園祭の事を考えて、ワクワクしているようだ。
気が早いっての。
姿の見えないハルディアは、どうやらマナミちゃんのところへ行ったらしい。
うん、ラブラブだね!
そんなハルディアとマナミちゃんを見ていて、考えるのは向こうの世界にいるアイツのこと。
元気にしているのだろうか?
俺のこと、心配してるのだろうか?
それとも、忘れてしまっているだろうか?
いかんいかん。
学園祭なんて、高校生らしいことをしたからか、このところ向こうでの事を思い出すことが増えている。
そしてそれは、日を追うごとに俺にある思いを掻き立てていく。
『帰りたい。』
この世界に来たとき、確かに俺は、向こうの世界にまた戻る事を目的にしていた。
だけどその気持ちは、こちらで過ごすうちに徐々に薄れていっていた。
学園に通うようになって、友達も出来て、公爵たちや、オルガスタの人々と過ごすようになって。
そうこうしているうちに、ねーちゃんは温泉神なんてものになっちまうし。
すごく、楽しい。
すごく、充実した毎日。
だけど。
「悪い、しんみりした顔して。もうすぐ授業だな!いい加減ハルも呼んでこないと!」
郷愁の思いを振り払うように笑顔を作り、二人に言う。
二人も笑顔でそれに答え、歩き出す。
帰れるんだろうか。いつか。
帰る日が、来るのだろうか?
俺はそんな気持ちに蓋をして、二人のあとを追いかけた。
お読みくださりありがとうございます。