12
翌朝は、みんなやけに早起きだった。
しかしその顔はどうにもぼんやりとしてよく眠れなかった事がわかる。
特に侑李の目の下の隈がひどい。
「……おはよう。」
低い声で小さく言い、食卓につく。
返事はなかった。
キッチンからはお味噌汁のいい匂い。
ちょっと安心する。
「さあ、とにかくしっかり食べて!こんな状況なんだから、食事だけでもちゃんとしないと!」
お母さんはとてもお母さんらしくそう言ってお味噌汁を並べる。
サラダに目玉焼きにウインナー。
定番すぎる朝食だ。
でもそれがなんか嬉しい。
「…いただきます。」
侑李がぼそりと言ってお味噌汁をすする。
私もウインナーを箸でつついた。
「おはよう。みんな、大丈夫か?」
お父さんが席につき、私たちを見回した。
私はへらりと薄く笑い、お母さんは安心させるように笑顔を見せたが、侑李は反応しなかった。
それを見てお父さんは心配そうに笑って侑李を見ていたけど、やがて仕方ないという風に箸を取る。
17歳。多感なお年頃にこの状況だもんなぁ。
「異世界転移ヒャッハー」的なタイプでもないし。
いつもは賑やかな食卓もなんとも言えない沈黙が降りる。
それでも食べ進めていられる事はありがたいと思う。
食事も終盤に差し掛かって、私はひとつ、気になる事を思い出した。
「ねえお父さん。」
お味噌汁のお椀を両手に包みながら、斜向かいに座ってご飯をかき込んでいるお父さんを見た。
「んー?」
「お父さんって、銀狼将軍?」
「ングッ!!」
私の言葉にお父さんは盛大にむせた。
そりゃあもう、餅を詰まらせて亡くなるご老人はこんな感じなのだろうと思わせるむせ方だ。
お母さんが慌てて背中をさすり、コップの水を差し出した。
それを一気飲みして、ようやく息を吹き返し、目をかっぴらいてこちらを見る。
「な…なん?…斗季子、おま、なんでそれ…!」
その反応に「ああ、事実なんだな」と納得した。
「昨日、昼寝もしちゃったし、なんか眠れなくてスマホいじってたんだけど、そしたら変なアプリが入っててさ。どうやら私のステイタス?的なものを表すヤツみたいなんだけど、そこに《銀狼将軍の子》ってあって。」
「…見せてみろ。」
お父さんは口元を拭いながら低い声で言う。
私はスマホを食卓の上に置いて、問題の画面を開いた。
「…これは!」
お父さんは画面を見た途端、驚愕の顔で釘付けになった。
「なになに?なんか変?」
変と言えばもう、何もかもが変な状況なのだが、自分の事なので気になる度は高い。
「…ああ、変、というか、とんでもないぞ。斗季子。」
お父さんの声が若干震えている。
私は首をかしげた。
「まず、HPとMP値が異様に高い。この世界は個人の体力値と魔力値を測定出来るものがあるんだが、一般的な平均値はそれぞれ100前後。魔力値の高い貴族でもMPは300あれば最高レベルだ。」
なんですと?
それはつまりあれか?
普通の5倍の体力って事か?
ゴリラ並みって事?
脳内にいつか動物園で見たドラミングをするゴリラの映像が浮かぶ。
ウッホウッホ。
「それに、ユグドラシルの愛し子。」
脳内のゴリラに思いを馳せていると神妙な顔になったお父さんがゴクリと唾を飲み込む。
「この世界の中心で、世界に力を与えていると言われるユグドラシル。その愛し子は、ユグドラシルに力を与える事が出来、世界に繁栄と安定をもたらすと言われるものだ。愛し子がいれば国は栄え、人々は永く安心して暮らせる。言うなれば、聖女だ。このユグドラニアに古くから伝わる伝説なのだが、まさか本当に存在するとは…。」
ドドーーン!!
私は昨日に引き続き、気絶しそうになった。しかし睡眠時間が足りていたためか、それは叶わなかった。
おかげで衝撃の逃し所が無い。
「まずいな。これが知れたら、大変な事になるぞ。」
お父さんは頭を抱えた。
「た、大変な事、って?」
「ユグドラシルの愛し子はおそらく国の保護対象になるだろう。国をあげてお守りし、国王と同格として扱われる。一部の人間には国王以上とみなされるだろう。」
一部の人間…。
なんだか嫌な予感しかせぬな。
私が顔を顰めてるとお父さんは言いづらそうに話した。
「この国の国教でもあるユグド教の連中だ。ユグドラシルを御神体と崇め、その愛し子は神から使わされた崇拝対象だな。」
「やだよ!そんなん!」
ゴリラになりかわって近所の神社のお正月の映像が流れた。
お賽銭を投げつけられて、ナムナムされる私…。
しばし脳内のお正月映像に思いを馳せ、現実逃避する。
お父さんは重々しい様子で考え込んでいたが、やがて私を安心させるように笑った。
「もちろん、そんな事にはさせねぇ。こう見えて父さん、けっこう顔が効く立場なんだ。斗季子が今まで通りに過ごせるように、なんとかしてみせる。」
私の脳内で初詣が無事に終わり、屋台でリンゴ飴を買っているあたりでそう言われ、私もたどたどしい笑みを返す。
一家全員もうすでに今まで通りではない感じなのだが、お父さんの言葉はありがたく、頼もしかった。
お読み下さりありがとうございました。