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とある冒険者の温泉体験記 その②

やっと温泉に入れます。



結論から言おう。


やはりここは天国で間違いなかった。


あの後、納得できないままに『ダツイシツ』とやらに案内された俺たちは、またしても驚愕の体験をすることになった。


そこでは、一人ひとつの『ロッカア』があてがわれ、そこに着ている服や手荷物を入れることになっているらしい。


きちんと鍵も掛かるようになっており、しかもその『ロッカア』は使用料がかからないという。


さらに受け付けのトキコさんが言っていた『アメニティ』だが。


「は?すまん、もう一度、説明してくれ。」


「はい!まず、こちらの『歯磨きセット』は、お一人様ひとつでお願いします。『ヘアブラシ』と『コーム』は使い終わりましたらこちらへ。洗面台に備え付けの『ローション』『ヘアオイル』『ヘアトニック』はご自由にお使いください。お髭のお手入れに使う髭剃りと『シェービングジェル』はこちらです。」


ロッティという少女は嫌な顔ひとつせず、丁寧に説明してくれた。


『ローション』やら『ヘアトニック』やらの、初めて見るものについてもだ。


だから、余計にわからなくなった。


「で?それらはいくらかかるんだ?使わないとダメなのか?」


俺がそう聞くと、ロッティは少しだけ困ったような顔になる。


「すべて、無料です。もちろん、お使いになる、ならないはお客様のご自由ですが、お使いいただいても料金は発生しません。」


俺はとなりのタルボットを見る。

タルボットも、呆けた顔で俺を見ていた。


俺は『ローション』と説明された、化粧瓶を手に取ってみる。


そっと顔を近づけて匂いを嗅いでみると、まるで花畑のような、なんともいい香りがする。


こんなもの、お貴族様でも使ってないだろう。

いや、お貴族様がとんなものを使っているかなんてわからねえが。


そんな呆けるしかできない俺たちに、声がかかる。


「おう!お前ら、ここは初めてか?」


ニコニコと、人好きのする笑顔で壮年の男が声をかけてくる。


「あ・・ああ、そうなんだが。お前は?何回か来てるのか?」


「ああ!ここには何回も来てる。っていっても、普段は整理券がないと入れねえからな、毎日とはいかねえのが残念なんだが。ロッティちゃん、ここは俺に任せてくれ!」


男がドン!と胸を叩くと、ロッティは慌てた顔になった。


「だ・・・ダメですよ!シモンさん!お客様のご案内は、私のお仕事ですから!」

「かたいこと言うなって!俺も初めてここに来たときは、ずいぶん戸惑ったもんだ。なんだか懐かしくてよ!それに、同じ客同士の方が、素直に話が聞けるだろ?」

「心配なら、トキコの嬢ちゃんに聞いてきてくれ。」


シモンと呼ばれたその男に言われ、ロッティは少し考えるようなしぐさを見せてから「聞いてくるまで、待っててくださいね!」と言い残してその場を立ち去った。


そして、ロッティはどうやらトキコさんの許可をもらえたようで、シモンに深く頭を下げてその場を立ち去った。


その姿を見送ってから。


「よし!じゃあ、とりあえず、入ってみるか!」


シモンは楽しそうに俺たちを浴室に連れていった。




~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



俺と、タルボットは今まで経験したことのない絶頂のなかにいた。


広い浴槽には並々と湯が張られ、その中に体をつければ、そのありえない心地よさにうっとりと身を任せるしかできなくなった。


なんなんだ。

ここは。


「はっはっはっは!だらしねえ顔しやがって。のぼせるなよ!」


隣で湯に浸かるシモンが俺たちを見て笑う。


いいさ、笑いたければ笑え。

今の俺はそんなことはこれっぽっちも気にならねえ。


俺はシモンの声を無視し、ただ体に染み渡るような湯の心地よさを味わう。


湯に浸かる前。


シモンに言われて身を清めたが、あれも信じられない体験だった。


体を洗うための液や、髪を洗うための液、それになんと顔だけを洗うための液まで用意されており、そのどれもが信じられない使いごこちだったのだ。


さらに、髭の手入れもしたのだが、それ用の刃は今まで見たことのない形状で、その使いやすさと仕上がりのきれいさに度肝を抜かれた。


正直、自分に何がおきているのかさっぱりわからない。


まるでお貴族様や、王様にでもなった気分だ。


いや、お貴族様や王様だってこんな体験はしていないにちがいない。


ふう、と息をつき、湯に包まれる感触を味わっていると、タルボットが声をあげる。


「ガ・・・ガーク・・!ちょ・・・うそだろ?」

「どうした?!」


何があったのかと急いで様子を伺えば、タルボットは信じられない、といった顔で足を擦っている。


「な・・・治ってる。挫いた俺の足が、治ってる!!」

「なんだと?!」


そんな馬鹿な。


俺もタルボットの言葉が信じられずにただ見ていると、タルボットはおもむろに立ち上がり、ザバザバと湯から上がりはじめた。

そして、湯船の回りをスタスタと歩き回る。


「ガーク!!それだけじゃない!!膝の古傷も治ってる!!」

「・・・・・そんなばかな。」


二人で呆然としていると、シモンからクックッと笑いが漏れた。


「シモン!!なんか知ってるのか?!」


慌てて聞くと、シモンはおかしそうに話し出した。


「ああ、知ってる。この温泉はな、癒しの効果があるんだ。ちょっとした怪我や、古傷なんかは浸かっただけで治っちまう。温泉の女神様の恩恵なんだろうよ。」


なんてことだ!!


俺とタルボットは信じられない思いでいっぱいになったが、ここに来てからそんなことばかりだ。


逆に今なら何を言われても信じられそうだぜ。


「まったく、ありがてえ事だよな。こんな素晴らしいもんを、俺たちみたいな平民にも使わせてくれるんだからよ。しかも、あんな格安で。俺も初めてここに来たときは、あまりに驚いて、思わず怒鳴っちまったぜ。」


相変わらずクックッと笑うシモンに、苦笑いになる。


怒鳴るとは穏やかじゃないが、その気持ちはよくわかる。


「温泉の女神様、か。もしそんなもんがいるんなら、俺にできる最高の祈りを捧げたいもんだ。」


冗談めかしてそういえば、シモンがキョトンとした顔になった。


「捧げればいいじゃねえか。」


「どこにだよ。ユグドラシルを崇める教会はあっても、温泉の女神を祀る教会なんて、聞いたことねえぞ。」


ハハハと笑いながら言った俺に、シモンは今日、最大の衝撃発言をぶっこんできた。


「いや、そんなとこにいかなくても、本人に言やいいじゃねえか。」


「・・・・・は?」


「んん?お前、知らなかったのか?温泉の女神、そりゃあ、トキコの嬢ちゃんのことだぜ?受け付けにいたろ?」






お読みくださりありがとうございます。

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