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とある父の異世界公爵生活

お父さんの、ある一日。



「ラドクリフ様。それでは週末の定例会の資料はこちらで揃えさせていただきます。」

「ああ、頼む。ヘンリー、ご苦労だった。」


トントン、と書類の束を揃えてヘンリーが執務室を出ていく。


「ヘンリー、すまないが、カテリーナに茶の準備を頼んでくれないか?」


部屋を出るヘンリーを呼び止め、声をかければ、ヘンリーは穏やかに微笑んで「すでに準備をしていますよ。」と答えてくれた。


相変わらず、俺の希望を先読みしてくれるヘンリーに思わず笑みが漏れる。


あの、世界樹との闘いから数ヶ月。


オルガスタの領都はまだ完全には復興していないが、だいぶ日常を取り戻している。


リーズレットも家屋の修繕のためにラウム殿達を派遣してくれているし、そのための資材は竜族が運搬に手を貸してくれていた。


家を失った者は一時的にユールノアールで受け入れてくれ、その者達も順次オルガスタに戻って来ている。


公爵達には返さなきゃならない恩がたまる一方だ。


まあ、その恩は斗季子に温泉で返してもらうと公爵達は息巻いているが。


オルガスタは今やこの世界の中心たる温泉神と、元々中心であった世界樹、それに原初の女神の化身であるカレンの3神を抱え、目覚ましい発展の道を歩んでいる。


人や物が集まり、領都は今や王都に引けを取らない賑わいだ。


復興も恐ろしいスピードで進んでいるが、間に合っていない現状だ。


ちくしょう!!

おかけで忙しくてかなわねぇ!!


もう3日も家に帰ってねぇ!!

すなわち、3日もカレンに会ってねぇ!!


その事を思い出し、大きく嘆息した。


カテリーナの入れてくれる美味い茶でも飲んで落ち着きたいところだが、準備をしていると言ってたにしてはちょっと遅い。


どうしたのだろうと思って扉に目を向けたところで、その扉がノックされた。


「カテリーナか?入ってくれ。」


声をかければ、扉が開かれ予想通りカテリーナが入ってきた。


しかし予想を裏切り、その傍にティーセットのワゴンは見当たらない。


「失礼致します。ラドクリフ様。お茶の支度を、とヘンリーより承りましたが、来客がございまして、そちらを先に伝えに参りました。」


カテリーナは申し訳なさそうにそう言った。


見れば、その表情も曇っている。


「来客だと?今日はそんな予定は無かったはずだが。」


訝しんで聞き返すと、カテリーナはますます申し訳なさそうな顔になる。


「はい。先程、突然王都からブルネイ侯爵を名乗られる方がおいでになりまして……なんでも『朝霧館』に宿泊予定だとか。その前にラドクリフ様にお会いしたいとのことです。」


面倒な。

勝手に泊まってくればいいだろう!


朝霧館は、今や湯goodラニアの人気スポットだ。


王都の貴族達からの人気も高い。


そしてそれに伴う問題も多少起きていた。


朝霧館の宿泊料金は破格だ。

そのため、ちょっと贅沢をしたい冒険者が利用することも多い。


カレンや斗季子はそういった客こそ大事にしたいのだが、王都の貴族の中にはそれを不満に思う者もいるという。


「貴族である自分と平民を同列に扱うなど、けしからん!」


というわけだ。


あまりに理不尽な事を言うヤツには「ご不満でしたら、どうぞお引き取りを。」

で対応しているらしいが。


「わかった。応接室に行く。」


ため息混じりにカテリーナに言えば、カテリーナは腰を折って部屋を後にした。




〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜



「おお!ウォードガイア公爵!お会い出来て光栄です!」


応接室に着くとブルネイ侯爵がソファから立ち上がり、大仰に両手を広げて俺を迎える。


傍には年若い女性。

おそらく斗季子とそう変わらない年齢だろう。


ブルネイ侯爵の年齢を考えると、おそらく娘だ。

きっと侯爵と共に朝霧館に宿泊するのだろう。


女性はキレイにカーテシーをして、ニコリと俺に微笑みかける。


「公爵、本日はお目通りいただき感謝いたします。これは私の娘、ジョゼットと申します。」


ブルネイ侯爵に促されて、ジョゼット嬢が一歩前に進み出た。


「ジョゼット=ブルネイと申します。ウォードガイア公爵、お会い出来て嬉しゅうございます。」


ほんのりと頬を染めて言うジョゼット嬢に、俺の胸は嫌な予感がよぎる。


「どうです?ウォードガイア公爵、我が娘ながら、なかなかの美貌の持ち主だと思いませんか?」


場を和ませる軽口なのか、下心がのぞいているのか。


おそらく、後者なんだろうなぁ。


辟易とした気持ちになりながらも、俺は対外用の作り笑いで答える。


「ええ本当に。美しいお嬢様ですね。」


俺の返答にジョゼット嬢の顔に喜色が浮かんだ。


どうやら定型文とはとってくれなかったようだ。


なるべく早めに切り上げて追い出そう。


そんな事を考えながらソファに腰掛け、カテリーナもテキパキと茶の準備を進めた。


しばらくは他愛のない話をしていたので、自分の懸念は杞憂だったかと安心しかけた時、ブルネイ侯爵は唐突に話題を変える。


「ウォードガイア公爵、お子様は確かお二人でしたな?」


突然そんな事を確認されて、一瞬キョトンとしてしまった。


「ああ、そうだ。娘と息子がいる。」


端的に答えれば、ブルネイ侯爵はなぜかふぅ、とため息をついた。


「ウォードガイア公爵ともあろうお方が、たったお二人のお子様とは……実は今日は公爵にとても良いお話をお持ちしたのです。」


ズイ、と身を乗り出すブルネイ侯爵。


いや、マジで嫌な予感しかしねぇな!

やっぱり予感的中じゃねぇのか?


顔が引き攣る俺に構わず、ブルネイ侯爵は隣に座るジョゼット嬢を見る。


「実は我が娘、ジョゼットは、以前よりウォードガイア公爵が理想だと話しておりまして。このように美しく、健康で気立も良く育ちました。ひとえに憧れる公爵に見染められる日を目指しての事です。」


ほら。

来た。


この世界の貴族は、側室を持つことが認められている。


それは高位になればなるほど、家を繋いでいくために第2、第3夫人を持つ者も多い。


俺は公爵という最高位ではあるが、側室を持つことなど当然考えていない。


俺にはカレンというこの上ない伴侶がいる。

カレン以外の妻など、願い下げだ。

 

「ウォードガイア公爵、いかがでしょう?このジョゼットを、公爵の第2夫人として迎えていただけませんか?」


それが目的か。


ブルネイ侯爵がわざわざ挨拶にやって来た目的がはっきりとして、腹の中でため息をつく。  


これまでもこういった話がなかったわけではない。

もともとウォードガイア公爵家は貴族の令嬢たちの嫁ぎ先としては絶大な人気を誇っている。


レイドックはもちろんのこと、侑李にもかなりの婚約申し込みの書状が届いている状態だ。


もちろん侑李の分の書状については握り潰している。


どうやら、侑李は向こうに彼女がいるようだし、たとえもう向こうの世界に帰れないとしても、すぐにそんな気にはならないだろう。


それに、自由に恋愛をしてほしいという気持ちもある。


レイドックの分は、本人に丸投げだ!

そこまで面倒見れるか!


話が逸れたが、その婚約申込みや、女性からの秋波は既婚者である俺にも向けられるものだった。


こっちの気持ちなど、関係無しに。


「ブルネイ侯爵。そういったお話でしたら、どうぞお引き取りを。私は、妻は1人と決めております。」


キッパリと断れば、ジョゼット嬢は途端に目を潤ませ、泣きそうな顔になったが、ブルネイ侯爵はギラリと目を光らせた。


「ウォードガイア公爵ならば、第2、第3夫人を娶られてもおかしくはないと思ったのですが。そうですか、わかりました。獣人は、女性は1人しか愛せないという話も聞きますからな。」


何かを企むような目をしていたにしては、あっさりと引き下がるブルネイ侯爵に、とりあえず胸を撫で下ろす。


しかし次の言葉で、俺は衝撃を受ける事になった。


「今や、オルガスタは3神を抱える地。その事について、公爵はどのようにお考えでしょう?」

「は?」


突然変えられた話題についていけず、間抜けな声で聞き返してしまう。


「いやいや!これは失礼。公爵ほどのご慧眼の持ち主ならば、この世界の均衡についても当然、危惧されておられるかと思いましてな。かく言う私もその事を懸念する1人でして。」


ブルネイ侯爵は言葉を続けるが、やはり何を言いたいのかわからない。


眉間に皺を寄せて何も言えずにいると、ブルネイ侯爵はコホンと咳払いした。


「この世界を支える神が、ひとつの領地にかたまっているという状況は、あまりよろしくないと、そう思うわけです。やはり神の存在は、中央たる王都にあるべきです。王都の貴族たちからも、そういった声は上がってきています。」


ブルネイ侯爵が話す内容は、俺の眉間の皺を深くするのに十分なものだった。


「・・・・・何が、言いたい。」


思ったよりも、低い声がでてしまう。


「聞いた話では、アルベルト王太子殿下は、リリアンフィア姫にご執心だとか。素晴らしいことだと思います。王太子殿下と姫がご結婚されれば、中心神たる温泉の女神が中央にお移りになられる。そして前中心神であられた世界樹は今や温泉の女神の庇護下だとのこと。と、なれば、姫とともに王都へといらっしゃるでしょう。」


王都の貴族特有の利権しかかんがえていないその話に、頭が痛くなるのを感じる。


なんといって追い返そうか、その事を考え始めた俺に、ブルネイ侯爵はありえない一言を放った。


「あとは、現公爵夫人であられる、カレン様ですな。ウォードガイア公爵。実は、私にいい考えがありまして。」


ブルネイ侯爵はそういうと、好色そうな表情をみせた。


「カレン様は、我が侯爵家でお預かりいたします。ブルネイ家は、陛下とも近しい家柄。カレン様がおいでになるのに、ふさわしいと言えるでしょう。」

「帰れ。俺が貴様を殴らぬうちにな。」


唸り声とともに低く告げる。


「・・・・は?」


ブルネイ侯爵は、何を言われたのかわからないという顔になった。


「俺もこの世界の貴族だ。たとえどんな相手だろうと、貴族同士、それにふさわしい対応をしてやろうと思って黙っていたが、もうその必要はないな?さっさとその臭い口を閉じろ。そして命があるうちに俺の前から姿を消せ。」


貴族としての礼儀も作法もかなぐり捨てていい放つと、ブルネイ侯爵はワナワナと震え出す。


「な・・・!!言わせておけば・・!!獣人ごときが、この私に向かって・・!!」


顔を真っ赤にして起こりだす侯爵に、「ああ、それでか。」と合点がいく。

王都の貴族の中の『人族至上主義派』か。こいつは。


この世界を支えている4大公爵家を軽んじ、人族こそが尊いものだと主張する一派だ。

人である陛下が王として治めているのだから、その陛下と同じ人である自分達は他の種族よりも優れたものだと勘違いする奴ら。


実際には特に何ができるでもなく、ピーピーとうるさいだけなので、放置しているが、ここまで乗り込んできてこんな暴言を吐くほど増長しているとは。


「・・・害虫を放置しすぎたな。この事は陛下、および4大公爵にも通達する。ただですむと思うな。カテリーナ!グラニアスを呼べ!」


俺が言うと、カテリーナは言い終わらないうちに動きだし、それほど時をおかずにグラニアスが数名の兵と入ってきた。


「斗季子とユージル様、それに俺の大事なカレンを王都へ簒奪しようと目論む輩だ。領地外へ追い出せ。」


グラニアスにそれだけ言うと、グラニアスは目を見開いた。


「なんということを・・・!ラドクリフ様、ただちに!」


グラニアスは怒りを露にし、ブルネイ侯爵を拘束し、部屋から出ていく。


「な・・・無礼者!私は王都のブルネイ侯爵だぞ!放さんか!この薄汚い獣人め!」

「いや!放して!お父様!ウォードガイア公爵様!お助けくださいませ!」


二人はわあわあと騒いでいたが、あとはグラニアスに任せればいいだろう。


俺はどさりとソファに体を預け、こめかみを揉む。


「災難でございました。」


カテリーナがいたわるような声をかけてくれる。


「ああ、まったくだ。カテリーナ、すまんが茶を入れ直してくれ。」


俺の言葉にカテリーナは「すぐに。」と準備をはじめた。


ただでさえ忙しいのに、余計な仕事を増やしやがってあのクソ侯爵が!!


俺は陛下や他の公爵たちへ今回のことを通達することに加え、その事によって起こりうる『人族至上主義』一派への対応やら、怒り狂うであろうエレンダールやリーズレットの対応、王家への対応などのことを考え、叫びたい気持ちになる。


ああもう!!また家に帰れねえじゃねえか!!




お読みくださりありがとうございます。


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