とある先祖の異世界転移生活 ロバートの場合②
相変わらずのゆっくりすぎる更新で申し訳ないです。
カーン、カーン。
鉄を打つ音が響く。
あたりは鉄を溶かす匂いと熱気に包まれ、額からは汗がとめどなく流れ落ちた。
「やはりお前ぇの打つ音は格別だな!ロバート!まるで音楽だぜ!!」
作業がひと段落して、額の汗を拭っていると、この鍛治工房の主、レミー=ヨランダが恍惚とした顔でそんなことを言い、飲み物の入った茶碗を差し出してくれた。
「ありがとう、レミー。」
俺はレミーに笑顔を向けて、茶碗を受け取った。
冷えた水が美味い。
「お館様がお前ぇをここに連れてきて、仕事をさせてほしいなんて言った時にゃ、耳を疑ったがな。まさかこんなに優れた職人だったとは、驚いたぜ!」
ガハハと、レミーは大口を開けて笑う。
レミー=ヨランダ。
聞けば、このハイデルトの伯爵で、エルヴィンの側近でもある高官だという。
そんな人物が、鍛冶屋をしていることにかなり驚いたが、このハイデルトでは貴族であっても鍛治や採掘、それに建築などの仕事を持っているのは当たり前で、しかも当主自ら現場仕事をしているのだという。
領主であるエルヴィンも、建築の仕事をしており、宮殿には作業場もあるのだそうだ。
なんでもドワーフという種族は、そういう現場仕事をせずにはいられず、それがむしろ息抜きにもなるのだそうだ。
先日、洞窟を見に連れて行かれたあと、俺はエルヴィンにレミーを紹介された。
レミーは最初、いきなり鉄を打たせてやってくれとエルヴィンに言われ、かなり動揺を見せ、当然とても嫌そうだった。
しかし、エルヴィンに押し切られる形で俺が鉄を打つと、その表情は一変したのだ。
「お館様。ぜひこのレミーに、ロバート殿を預からせていただきたく。」
そう言って最敬礼を持って逆にエルヴィンに頼みだしたのだ。
それから俺は、レミーの元に身を寄せ、鍛治仕事を手伝っていた。
しかし。
「………刀が、打ちてぇなぁ。」
つい、ボソリと口をついた言葉。
レミーの工房でももちろん剣は打っていた。
しかし、その剣は俺の知る刀とは違い、両刃で刀身の短いもの。
そして俺に言わせると、その製法は繊細さが足りず、無骨なものだった。
力がある者、体が大きい者が振るうにはいいのだろうが、小柄な者が扱うには少々切れ味に欠け、扱いも難しいだろう。
「なんだ?その、カタナってのは?」
俺の呟きが聞こえたのだろう。
レミーが顎髭を撫でながら首を傾げる。
「ああ、いや。なんでもねぇよ。」
俺はヒラヒラと手を振って、話を流そうとしたが、レミーは興味を持ったようで、「いいから言ってみろ。」と話を促す。
俺は今まで自分が打ってきた刀について、レミーに洗いざらい話すこととなってしまった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「こいつぁ……」
ゴクリ、と唾を飲み込む音がここまで聞こえてくる。
レミーは俺の打った刀を手に取り、穴が開くほどシゲシゲと眺めていた。
「等身の、この滑らかさ。それに、この波打つ刃紋……なんて美しさだ。」
ぶつぶつと口を動かし、そして刀を軽く振るう。
「…‥軽い!!それに……」
レミーはポケットから布を取り出すと、それをフワリと空に投げる。
布は刀の上に落ち、二つになった。
「?!?!……なんて切れ味だ!!ありえねぇ!!」
レミーが愕然とする。
「気に入ったか?」
なんとなしに聞いてみれば、レミーは子供のように目を輝かせた。
「おう!!すげえ!すげぇよ!ロバート!!お前ぇ、なんて技を持ってやがる!!」
レミーは興奮気味に叫び、再び刀に目を向ける。
まるで恋人に向けるかのような視線で刀を眺め、はぁ、とため息をついた。
「俺の、元いたところじゃこの刀が主流だったんだ。ここの人たちに比べると力もない者が多かったからな。軽くて、切れ味が鋭いものが好まれた。」
俺の話をレミーは何度も頷きながら聞く。
「本当なら、鉱山にある鉄で打ってみたい。俺は、錬成なんて出来ねぇしな。錬成なんて使わなくても、自分の力だけで打てたら、それは本当の俺の作品だ。」
俺の言葉にレミーは目を見開いた。
「ロバート……!そうか。よし、わかったぜ!作ってみてくれ!お前ぇの言う、本当の作品ってやつをな!!」
レミーは俺の肩を、がっしりと掴んだ。
そして俺が連れて来られたのは、坑道の中でも少し奥まった場所だった。
「この辺は、まだ採掘が進んでねぇから光石も多いだろう。他の鉱石も見つけやすいと思うぜ。」
レミーに言われてあたりを見ると、確かに今まで見てきたところよりも明るく、鉱石も探しやすい。
俺は、早速周囲の岩肌に目を凝らした。
あるじゃねぇか。
こんなにたくさん。
とはいっても、光石の量に比べれば圧倒的に少ないが、それでもちょっと見ただけでも鉄鉱石と思われるものが目に入る。
採掘を進めればかなりの量が見込めるだろう。
「この辺りを頼む。」
俺はレミーに鉄鉱石の大きな塊を指した。
「これか?」
レミーは首を傾げて顎髭を撫でた。
「わざわざこんな混じり気の多い鉱石を掘らなくても、光石を錬成すりゃいいとも思うがな。まあ、いい。ロバート、お前の気がすむまで付き合うぜ!」
それからの俺は、掘り返した鉄鉱石で刀を打つ事に神経を集中させた。
ただ、真っ直ぐに鉄と向き合い、ひたすらに打つ。
この世界に、師匠から教わったものを伝えたい。
俺は魔術とやらは使えないが、それでも良い刀は作れる。
そのことを証明するために。
出来上がった一振りは、これまでで最高のものだった。
「………やった。」
打ち上がった刀を丁寧に磨いて、じっと眺める。
美しい刃紋、鏡のように輝く刀身、すらりと伸びたその刀は、師匠の打った刀とも遜色ないように思う。
ついに、俺もここまで。
ユルっと、視界がゆれた。
遠い異世界でこの刀を打ったことが、少々悔やまれる。
できれば、師匠に見せたかった。見て欲しかった。
屈託なく笑って「よくやった!」と褒めてくれる師匠の顔を思い出す。
「すげぇ……すげぇよ!ロバート!初めて見たぜ!魔術をつかわずに、ここまでのものを作るヤツを!!よくやったな!!」
感慨に浸っていると、レミーの声が聞こえる。
レミーの笑顔が、師匠のそれと重なった。
だから。
「おう!」
俺も、笑顔で答えて、そして。
調子に乗ったんだ。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「すげぇ!!すげぇよ!!こんな技物、初めて見たぜ!しかもこれを魔術無しで使っちまうなんてな!!」
その夜、王宮。
俺の持ち込んだ刀を見て、エルヴィンは手放しで絶賛した。
「ああ!俺も自分で言うのもなんだが、素晴らしい出来だと思う。今まで打った中で、間違いなく最高の物だ。」
満足感でいっぱいのまま、グビ、と酒を煽った。
「違いねぇ!!なあ、ロバート、これ、譲ってはくれねぇか?」
ぎゅ、と俺の刀を握り、エルヴィンはそうねだった。
譲って欲しいだと?
この、最高傑作を?
「それは出来ねぇ相談だな。これは、俺の魂の一振りだ。いいか?鍛治仕事ってのはな、いわば、鉄との語り合いだ。鉄ってのは、焦がれに焦がれた、最高のオンナみたいなもんだ。それを、時には優しく、時には厳しく接して、やっと口説き落として対話する。こう言っちゃ悪いが、俺に言わせりゃ魔術を使ってロクに口説きもせずに落としたオンナとはわけが違う。」
酒の勢いもあったのだろう。
俺はフフン!と胸を逸らして言った。
エルヴィンの俺を見る目が変わった。
「ロバート……!お前ぇ!!」
しまった。
言いすぎたか?
一瞬、焦りを感じたが、それは背中に走った痛みとともに解消される。
「気に入ったぜ!!ロバート!!そうだよな!!そうだよ!!本来、鍛治ってのは、そういう物だぜ!!さすが俺の見込んだ漢だ!!」
ガハハハと笑うエルヴィンに、ホッと胸を撫で下ろす。
怒りに触れたわけじゃなかったんだ。
むしろ、なぜか喜んでいる。
「……まあ、なんにせよ、よかったか。」
俺は小さく呟いて、注がれた酒を煽った。
こうして俺は、ハイデルトの鍛治職人として、その後たくさんの弟子を抱えるまでになる。
エルヴィンはあの後、光石の錬成を止め、鉄鉱石を採掘して武器やさまざまな鋳物を作るようになった。
俺は、知らなかったんだ。
それが未来のドワーフ族に、どんな影響を及ぼすかなんて。
そのことで遠い未来の子孫が、頭を抱える事になるなんて。
end
お読み下さりありがとうございます。