とある先祖の異世界転移生活 ロバートの場合①
お久しぶりです。
更新が滞っており、すみません。
お読みいただけるととても嬉しいです!
外伝的なお話です。
俺の名前は浅葱呂刄斗。
街から少し離れた、田舎の温泉宿の三男だ。
「………ここは、どこだ?」
三男なんて、後継の長男や、その予備の次男と違って家業を継ぐ事も出来ねぇし、勉学をする機会ももらえず放置されるもんなんだが、幸い家業の温泉宿はそれなりに繁盛していた。
ゆとりがあったためか、俺もちゃんと兄と同様、学ばせてもらい、将来困らないようにと可愛がって育てられた。
「………砂?」
親兄弟は温泉宿に残って兄の手伝いをして暮らしてもいいと言ってくれたが、俺はその道を選ばず、街の刀鍛治への弟子入りの道を選んだ。
「一面、砂しかねぇって、うちの近所にこんな場所、あったか?」
鍛治仕事は性に合っていた。
元々、人付き合いも得意なほうじゃねぇし、客商売より、物言わぬ鉄と向き合う方がいい。
「ちくしょう、どこなんだ?ここは!」
少し前、親方が死んで、子供のいなかった親方は俺を後継にと指名してくれた。
これから嫁さんでも迎えて、親方の家を継いでいこう、そう考えていた矢先。
突然、地面が揺れて、気がついたらこんな場所で転がっていた。
「ったく、なんだってんだ。」
ボリボリと、後頭部を掻く。
ついつい独り言が多くなるが、辺りに人の気配は無い。
仕方なく、俺は歩き出した。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「………んむ?」
ゆっくりと目を開くと、まず大きな窓が目に入る。
ぼんやりとした視界が徐々にはっきりとしてきて、それと同時に自分がどうやら布団の上に寝かされている事に気がついた。
やけに、肌触りの良い布団だ。
こんな布団、お武家様しか使わねぇ。
いや、お武家様でも使ってるかどうか。
って事は、ここは大名屋敷か何かか?
そう思い至ってガバ、と体を起こす。
やべぇ!!
寝てる場合じゃねぇよ!!
「あら!目が覚めました?」
大慌ての俺に女性のものらしき声がかかる。
声の方に向いてみれば、そこにはニコニコと笑顔で俺を見ている、子供?
いや、子供、くらいの背しかないが、その顔つきや、豊かな胸は、大人のもの。
とてつもない違和感に眉間に皺がよる。
色素の薄い、髪や目の色。
褐色の肌。
どう見ても、いつか聞いたことのある、他国の人間の持つ色味。
だがおかしい。
他国の人間は、とても大きいと聞く。
それとも、子供のように小さかったりもするのだろうか。
「あ……えっ……と。」
「よかった。領土の砂漠にひとりでいるなんて、自殺行為ですから。視察中のお館様が見つけなければ、どうなっていたか……さ、お水をどうぞ。」
女は俺に湯呑みを差し出した。
俺はそれを恐る恐る手に取り、喉に水を流し込む。
そこでようやく、ずいぶん喉が渇いていることに気がついた。
湯呑みの水は、あっという間に無くなり、空になった湯呑みをのぞいていると、女はそこにおかわりの水を注いでくれた。
そうして、何回か湯呑みを空にした後、ようやく喉の渇きも落ち着いた。
「す……すまねぇ!すっかり夢中で……!」
脇目も振らずにガブガブと無遠慮に水を飲んでしまった自分に、少々気恥ずかしさを感じる。
女はゆっくりと首を振って優しく微笑んでくれた。
「どうやら長いあいだ砂漠にいらしたようですし、仕方ありませんわ。どうぞお気になさらず。」
俺の手から湯呑みを受け取り、水差しと一緒に盆に乗せて女が言う。
よく見れば湯呑みも、水差しも、手にしている盆も、かなり高級なものに見えた。
やはり、ここはお武家様のお屋敷か何かに違いない。
ドクンドクンと、心臓が嫌な音を立てる。
「それで、その。どうも、大変なお世話をおかけしてしまったようで……本当に申し訳ない、で、ございます。こちらは、どちらのお武家様のお屋敷でしょうか?」
恐る恐るたずねると、女はキョトンとした顔になった。
「あ、えっと。貴方様は、どちらにお仕えのお女中様ですか?」
質問を変えてみると、女はパッと笑顔になる。
「こちらはハイデルト領、西のドワーフ族族長、アーダルベルト公爵の宮殿ですわ。」
淀みなく答える女に、今度は俺の方がキョトンとなった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
俺は、自分に起きた、起きてしまったことを受け止めきれずにいた。
ここは、どうやら俺のいたところとはだいぶ違う場所らしい。
俺の国を知る者は誰もおらず、また俺の知る限りの国を知る者もいない。
ここの人に言わせると、俺は世界を跨いでここに来てしまったらしい。
見たこともない景色。
見たこともない人や動物。
見たこともない文化。
しかし、なぜか俺の言葉は通じるし、向こうの言葉も理解できる。
言葉がわかるってのは、ありがたい。
おかげで日々、過ごすことに支障はないし、自分の置かれている境遇もわかる。
だが。
「……どうしたら、帰れる?」
玉座の間、とかいう広大で、絢爛な部屋でここの領主だというエルヴィン=アーダルベルト公爵の前で、思わず呟いてしまった時。
エルヴィンは実に苦い顔になった。
その顔を見て、俺はもう元の場所には帰れないと悟った。
もう、あの場所には帰れない。
家族にも会えないのだと。
さすがに、衝撃が大きすぎて、しばらくは食事も喉を通らず、誰にも会わず、ずいぶんと心配をかけたらしい。
そんなある日のこと。
伏せってばかりの俺を、エルヴィンが無理矢理外に連れ出した。
「ま……待ってください!どこに連れて行く気ですか?」
「いいからいいから!」
俺の動揺に構うことなく、俺の手を引いてどんどん進むエルヴィン。
手を引かれるままに、逆らうことも出来ずに足を動かす俺。
そうして着いた場所は、洞窟だった。
「まったく…‥なんだと……いうのです……「見てみろ。」……え?」
息を整えるのが精一杯の俺に、エルヴィンは頭上を見上げてそう促す。
言われるがままに見上げた、そこには。
「!!!………星……?」
天井を埋め尽くすかのような、輝き。
満天の星空より、なお光るその正体は。
あれは、石?
鉱石が、光っている……?!
驚きにただ息をのむ俺に、エルヴィンは得意げに言う。
「すげえだろう?俺たちドワーフの宝だ。」
ただ、ポカンと口を開けてエルヴィンの顔を見て、そしてまた天井に視線を向ける。
胸に去来するのは、心臓が焼けるような感動。
こんな景色は、見たことがない。
この景色を表す言葉が見つからない。
「俺たちドワーフは、ここにある鉱石を採掘して、武器や鍋なんかを作りそれをユグドラニア全土に行き渡らせているんだ。ドワーフの生業は採掘と鍛治なんだぜ。」
エルヴィンの言葉に、俺の心に眠っていた灯りがともる。
採掘と、鍛治。
懐かしい響きに、ドクンと胸が震えた。
ここにも、鍛治仕事があるのか?
この、奇天烈な世界にも、俺の親しんだ仕事があるのか?
ゴクリと喉が鳴る。
「俺は……鍛治職人だったんだ。」
気付けばそんなことを漏らしていた。
それを聞いてエルヴィンは一瞬目をみひらき、そして柔らかく微笑んだ。
「そうか。ロバート、見に行くか?俺たちの仕事を。」
エルヴィンの誘いに、俺は力強くうなずいた。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
それからの俺は、今までぼんやりと伏せっていたのが嘘のように活動的な生活になった。
エルヴィンに連れられ、採掘現場や、鉱石の鍛治、加工の仕事場を見学させてもらうと、自分の心に力が湧き上がってくるのを感じた。
「この鉱石、『光石』はな?俺たちドワーフの持つ『鉱物錬成』のスキルで、銅や鉄、それに金、銀に作り変える事が出来る。そしてそれを鍛治職人が剣やなんかに打つってわけだ。」
「鉱物錬成?」
「ああそうだ。例えば……」
エルヴィンは気力を取り戻した俺に、嬉しそうに説明をして、そして実際に鉱物錬成を見せてくれる。
「ここは、鍛冶屋だ。採掘し、錬成を終えたものをはこんで、品物にしている。」
「ここでは、その、すきる、とやらは使わないのか?」
「そうだな。魔術は使わない。全て手作業だ。鉄を溶かして、打っている。」
懐かしい鉄の溶ける匂いと、カーンカーンという金槌の音。職人たちの声の響く現場に連れてきてくれて、その仕事の様子を見せてくれる。
一連の流れを見ているうちに、うずうずと体が疼いてくる。
知らないうちに拳を握り締め、鉄を打つ作業に魅入る。
そんな俺に気がついたのだろう。
エルヴィンから、声がかかった。
「やってみるか?ロバート。」
その声は、俺にとっちゃ天啓。
俺が、ここにいる意義を見つけた瞬間だった。
お読みくださりありがとうございます。
一話にまとめようとしましたが、無理でした……。