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女神のくれた、加護。
そう言われて思いつくのは、なんといっても私のスマホだ。
お買い物アプリに、鑑定機能。銀行アプリにはありえない預金額。
便利すぎる機能。
さらにユージルがいつか言ってた、「これは俺がやったものではない」という言葉。
私はポシェットからスマホを取り出した。
それを見て、女神はニッコリと笑う。
まるで、「正解」と言われているようだ。
「私も色々と考えたのです。ユージルに私の目論見を感づかせないように、斗季子に力を持たせるにはどうしたらいいのかと。斗季子自身に直接私の加護を与えてしまえば、ユージルに気付かれてしまいますから。そこで斗季子が肌身離さず持っているであろう、そのスマホに力を与えました。」
考えてみればその通りだ。
私がここで使ってきた便利機能は、スマホを介してのものばかりだ。
「そのスマホは斗季子が力を注げば注ぐほど、進化するようになっているのです。いわゆる、レベルアップですね。そして斗季子が注ぐ力というのは『ユグドラシルの愛し子』の力。気がついていないと思いますが、貴女はそのスマホを使うたび、徐々に『ユグドラシルの愛し子』の力を注いでいたのです。」
なん……だと……!
私が知らぬ間にそんな事に?!
「い……愛し子の力って、それ、注いでどうにかなるって事はないんですか?その、例えば、私の命を削ってしまうとか……」
恐ろしくなって確認してみる。
女神は相変わらず穏やかな微笑みを浮かべたままだ。
「あります。」
「あるんかい?!」
そんな落ち着いた感じでそんな事を断言しないでほしい!
血の気が引いてしまった私に、女神は話を続けた。
「こちらに転移した事により、斗季子に備わった愛し子の力は、すなわち貴女の生命力です。ですが、その力量は膨大です。案ずる事はありません。」
そう言われて、ホッとしたような、そうでないような。
微妙な気持ちになりながら、私は女神に話の続きを促す。
「そして、スマホに注がれた愛し子の力は、斗季子自身の力に変換されてこのユグドラニアにもたらされます。例えば、貴女がお買い物アプリで購入した食べ物、飲み物。それを取り込んだこの世界の住人は、少しずつ貴女の影響下に入り、また、そうする事で、貴女自身、独自の力も強くなっていくのです。」
「そんな事になっていたとは……」
私の気が付かないうちに、この世界に私の力を振りまいていたということだ。
日帰り温泉で、お酒を飲みまくったリーズレットさんやラウムさんなど、かなり私色?に染まったのでは?
「そして、先程の話に戻りますが、斗季子。私の予定では貴女はこのスマホを介してこの世界に影響を及ぼし、この世界を塗り替えるはずでした。ですが、スマホに備わった私の力、愛し子としての力、家族と共に、貴女の心の拠り所として転移した、この温泉、そして、貴女の温泉に対する情熱、それらが合わさり、貴女は私が思っていたよりも、さらに大きな力を得ることになったのです。」
「な……なるほど。」
半ば呆然として、女神の説明を聞く。
周りを見れば、誰もが口をつぐみ、女神の言葉を聞き入っていた。
特に、リーズレットさんは「ガーン」と顔に書いてあるような表情だ。
「私もここまでの事は予想していませんでした。ですが、貴女はこの世界を塗り替える方向にと動いていました。ですから、私は考えたのです。」
女神が言葉を切り、私を見る。
じっと、真剣に見据えて、そして笑みを深めた。
「ま、いっか。と。」
………………。
私の口が、ポカンと開く。
ゆっくり侑李とお父さんを見れば、2人もポカンと口を開け、私と目を合わせた。
「………女神様、貴女が間違いなく浅葱家の先祖だと、今確信しました。」
それから女神は、さまざまな事を教えてくれた。
なぜ今になって、この世界に顕現したのか。
これからユージルはどうなるのか。
私は、これからどうなるのか。
お母さんはどうなってしまったのか。
この『宙』とやらは、なんなのか。
女神は実はずっとお母さんの中に存在していたんだそうだ。
しかし私への加護は、本来なら過ぎたもので、そのため女神はその力をかなり使ってしまい、顕現することが出来なかったらしい。
私がこの世界を塗り替えた事で、引きずられるように引きずられるように顕現出来ただけで、まもなく姿を消すとのこと。
そしてそれとともに、お母さんは目を覚ますとのことだった。
ユージルは、ほとんどその力を失ってしまったけど、この世界の世界樹であることは変わらないらしい。
この世界は、世界樹の力と、温泉神の力の二重の力が満ちた状態だという。
例えると世界樹という風船の中に、温泉という風船があって、中の温泉風船が膨らんで大きくなってきている感じ?
やがて中の温泉風船が外の世界樹風船と重なり、この世界は温泉神の世界になるという。
そうなると、私は完全にこの世界の中心の神という事になるのだが、女神に今後の事を聞いたところ、「どうぞ、斗季子の思うままに」とのことだった。
このまま、変わらずに過ごしていても問題ない、と。
ちょっと安心した。
そして、『宙』。
宙はわかりやすくいうと、天井に当たる世界と、地面に当たる世界、それを繋ぐ、柱の世界で構成されているんだそうだ。
そして、柱に当たる世界が人界。
私達が元々いた世界だ。
宙は、収縮する力が働いていて、それを防ぐために、柱の周りにたくさんの世界を構成する必要があるんだそうだ。
ユグドラニアも柱の周りの世界のひとつ。
収縮する力に負けてしまうと、風船が萎むように宙は縮んでしまい、最後には消滅してしまうそうだ。
だから、ユージルは新しい種、すなわち新しい世界を作ろうとしていたと。
なんだか「ああ、なるほどね。」とは思うんだけど、スケールが大き過ぎて、ピンとこない話だ。
「私も、新しい世界とやらを作らないとならないのでしょうか?」
気になって聞いてみれば、女神はコクリとうなずいた。
「そうなります。でないと、宙は滅んでしまいますから。」
ですよねー。
私はため息をつく。
その様子を見てか、女神は困ったように笑った。
「ですが、焦らなくても大丈夫ですよ。宙を流れる時は、それこそ悠久です。人の考える速さとは、時の流れがまったく違うのです。そして、神となった貴女にも、たくさんの時間が残されています。ゆっくり考えて、ゆっくりこの宙の行く末について考えてもらえたら、それでいいのです。」
女神の言葉は私を安心させてくれた。
どうやら時間の猶予はありそう。
その猶予が私の考えるものより、はるかに長大そうな気がして、その点が少々気になるが、とりあえず今は保留で大丈夫だろう。
「俺からも、質問してもいいですか?」
ひとしきり女神の話を聞き終えて、侑李が口を開いた。
女神は侑李に優しく微笑んでうなずく。
「元の世界に帰るってことは、出来ますか?」
侑李の質問に、私も女神を注目する。
その問いかけは、この世界に転移してきた私達の最終目標だ。
元の世界に、帰る。
だけど私は、この世界の中心、温泉神になってしまった。
そんなこと、出来るのだろうか?
そして、私は今もそれを望んでいるのだろうか?
「そうですね。人界に帰れるか、という事については、確約は出来ないのですが、異なる世界への入り口はこの世界にもあります。」
女神の言葉に侑李は目を見開く。
「どこに?!」
身を乗り出す侑李。
「中央部、貴方方のいうところの、王城です。」
「祭壇の間!」
侑李がポンと手を打った。
聞いたことがあるぞ。
確か、ユグドラシルに繋がっているといわれているとかなんとか。
ユグドラシルに繋がるものではなく、異世界転移装置だったらしい。
「侑李は、帰りたいのか?」
お父さんが、少し寂しそうに聞く。
お父さんの様子を見て、侑李は少し言いづらそうだったけど、口を開いた。
「まあ、帰れるなら、帰りたいと思ってる。こっちにも良い友人が出来たし、家族もいるから、正直すっげぇ迷うところだけど。」
侑李は下を向いて、ポリポリと頭を掻いた。
その顔が、ほんのりと赤くなる。
ちょっと……。
なに、その反応。
おねぇちゃんは嫌な予感がしますよ!
「……会いたい人がいる。」
「彼女かーーー?!」
私は思わず腰を上げ、侑李にくってかかった。
「こら!斗季子!落ち着け!」
「トキコちゃん!抑えて抑えて!」
両脇からお父さんとエレンダールさんに押さえつけられ、腰を下ろす。
し……知らなかった……!
弟に彼女がいたとは……!
私だっていないのにリア充爆発しろ!
「恋人がいるなら、帰りたいわよねぇ。んもぅ、ユリウスちゃんったら、隅におけないわぁ!この、I・RO・O・TO・KO。」
「ヴィヴィアン、うぜぇ。そしてユリウスやめろ。」
侑李が悪態をつくが、ヴィヴィアンは「ぁん。」とまったく気にも留めない反応だった。
「だけど、正直俺もまだ考え中なんだ。時間がほしい。」
侑李に言われて私も落ち着く。
すぐにどこかへ行ってしまうなんて事はなさそうだ。
そんなことになったら、私泣くからね!
お読みくださりありがとうございます。