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それから私達はお父さんにこれまでの戦いについて説明をした。
お父さんは私達が無事なことをとても喜んでくれて、私と侑李をまとめて抱きしめる。
「よかった……本当に。よく、頑張ったな、2人とも。」
涙声でしみじみと言われて、私も侑李も涙ぐんでしまった。
それからお父さんは私達から腕をほどき、バスタオルで体をぬぐうエレンダールさんに向き直る。
「エレンダール。2人が本当に世話になった。ありがとう。」
深々と頭を下げる。
エレンダールさんは柔らかい笑顔でこたえた。
「この世界の危機を救ったのはトキコちゃんよ。私は何もしてな……いえ、ずいぶん助けたわね。ええ、トキコちゃんの世話は大変だったわ。」
「エレンダールさん?!」
眉間にシワを寄せながら我に返ったように言い直すエレンダールさん。
そこは、「私は何もしてないわ」とかでいいのでは?
「上に、リーズレットとリグロもいるわよ。2人もずいぶん働いてくれたわ。」
エレンダールさんに言われて、お父さんは大きくうなずく。
「この借りは必ず返す。しかし、その前に、カレンだ。」
お父さんはかたわらの卵型の水晶に目を向けた。
そうだ。
まだ、お母さんが戻っていない。
私達も水晶を見る。
なんなんだ。これは。
よくよく見ると、中に目を閉じたお母さんの姿が見える。
その表情はとても穏やかで、薄く微笑みを浮かべているように見えた。
眠っているようにも見える。
これ、温泉かけたら溶けるなんてことないかなぁ。
「降り注げ、温泉神の湯。」
とにかくできる事はなんでも試してみようと、私は水晶の上から温泉を注ぐ。
「ねーちゃん、効果あるのか?」
疑うような言葉をかけてきた侑李だったけど、その目には期待もこもっている。
「わからない。わからないけど、やってみるしかない。」
どうか、溶けて。
またお母さんに会わせてほしい。
そんな思いをこめながら、私は温泉を注ぎ続けた。
「!!……ねーちゃん!!」
侑李の喜色混じりの声。
水晶が、溶けてきてる?
「斗季子!いけるぞ!頑張ってくれ!」
お父さんも拳を作って応援してくれる。
どのくらい注ぎ続けただろうか。
とうとう、その時はきた。
「ん……ふぁぁ……」
まるで熟睡した朝の目覚めのように、お母さんがあくびをしながら体を伸ばし、水晶から、一歩踏み出す。
やった!やったよ!私!!
「カレン!!」
お父さんが涙混じりの声でその名を叫び、お母さんを抱き止めた。
お母さんは柔らかな微笑みをお父さんに向けて、お父さんの顔は真っ赤になった。
子供の前で見せる顔ではない。
見れば侑李も非常に微妙な顔をしている。
まったくこの夫婦は、いつまでも新婚みたいだね。
お母さんはお父さんの腕から離れると、私に真っ直ぐに歩みよる。
そして、じっと私の事を見つめた。
「あなたが斗季子、リリアンフィアですね。」
聞かれて私は一気に緊張した。
お母さんでは、ない?
声は確かにお母さんのものだ。
姿形も、お母さんだ。
だけど、その物言いや、雰囲気がまったく違う。
同じ声、同じ姿でこんなにも、まるで違う人のようになってしまうのかと、驚くくらいだ。
身構える私にお母さんの姿をしたその人は手を伸ばし、そっと頭を撫でる。
優しい手。
ほんの少し、お母さんの気配を感じる。
そしてその手の温もりで、私に何かするつもりはないとわかり、ふっと緊張を解く。
「よく、頑張ってくれました。この世界を見事に塗り替えてくれましたね。」
感慨深げに、その人は言う。
「………どちら様?でしょう?」
問い掛ければ、その人は私の頭から手を下ろし、ふぅ、と一息つく。
「私は、原初の女神。この世界に世界樹の種を植えた、浅葱家の先祖です。」
ゆったりと微笑んで告げられた言葉に、私と侑李、お父さんは息が止まるほど驚いた。
ところ変わって、日帰り温泉、お休み処。
散らかっていた瓦礫や木屑を片付け、座卓を囲んで座れるようにし、お買い物アプリで飲み物を出し、ついでに少々お腹も空いたので、つまめる物も出し、私達は集まっていた。
お母さん、もとい、原初の女神の話を聞くためだ。
リーズレットさんが「お酒は……」などとおずおず言っていたけど、お酒を出してしまうとまともに話を聞けなくなるので、お茶のみだ。
それぞれに乾いた喉を潤して、落ち着いたところで、自然と女神に視線が集まる。
女神はそれを待っていたように口を開いた。
「かつて、私は『あの方』によってこの世界にユグドラシルの種を植えました。新たな世界を創り、育てる為です。」
うん。
いつだったか、ユージルに聞いた話だ。
新たな世界を創造するために、種を植えたと。
そしてそれがすべての始まり。
浅葱家が、ユグドラニアを育て、見守る事になった元凶だ。
「種を植え、『あの方』に元の場所に戻され、私は元の世界で生涯を終えました。『あの方』の言う通り、私のその後の人生は素晴らしいものでした。たくさんの子に恵まれ、優しい人たちに囲まれ……ですが、私の人生が幸せであればあるほど、私の不安もまた、大きくなっていったのです。」
女神は表情を暗くした。
「もし、自分の子がユグドラニアに連れ去られる事があったら、と。」
私達は何も言えなくなった。
その通りだ。
自分の子供が、いきなり異世界に転移させられるような事になったら、残された親や、友人達の不安や悲しみは計り知れない。
私達は、家族でユグドラニアに転移した。
それだけでなく、住み慣れた家や、大切な温泉旅館も一緒だった。
とても、恵まれていたのだ。
「幸いな事に、私の子がユグドラニアに転移するという事はありませんでした。しかし私は考えたのです。これからさき、浅葱家の子孫達は、私の思う不安や悲しみを抱えていかなければならない。そしてそれは、いつ終わるとも知れないと。」
女神はさらに話を続ける。
私達はただ静かにそれを聞いていた。
「その事に気が付き、私はなんとかしようと、さまざまな文献をあさり、伝承やお伽話を調べ、解決の糸口を探しました。しかし、見つける事は出来ませんでした。生きている間は。」
女神が一度、話を止めてお茶を飲む。
美味しそうに喉をコクリと鳴らし、微笑みながら息を吐く。
「私が死んで、魂の存在になった時。私は知ったのです。この世界、この宙のあらましを。この世界、斗季子の元いた世界である人界、その他のさまざまな世界の事を。それは私がこの世界に種を植えた原初の女神であるが故に知り得たこと。そしてそれと共に、私は探していた解決方法も、見つける事が出来たのです。」
「それが、私が温泉神になるということなんですか?」
私の質問に、女神はゆっくりと首を振る。
「いいえ。斗季子、貴女は温泉神じゃなくてもよかったのです。そのために、私は貴女にさまざまな加護を与えたのですから。」
女神の言葉に、私は目を見開いた。
なんだって?!
お読みくださりありがとうございます。




