表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

114/138

113



日帰り温泉は、黒い樹木の中にあった。


近づくにつれ、太く黒い木の根が蔓延り、その数、範囲を増やしていく。


日帰り温泉を目前にして、私は改めて息を飲む。


私の、日帰り温泉が。


建物は太い幹が巻きつき、壁が破壊され、瓦礫が散らばり。


地面からも木の根が飛び出し、真っ直ぐ歩くこともままならない状態だ。


奥に見える旅館も、屋根を突き破る樹木にすっかり壊されてしまっている。


私達の、朝霧館。


みんなが、笑顔で温泉やお母さんの料理を楽しんで、満ち足りた笑顔で過ごしてくれていた、温泉旅館。


ギリ、と奥歯が鳴る。


あまりの惨状に言葉が出ない。

体は冷え切っているのに、お腹の奥が熱い。


私の隣に並んだ侑李も「グルルルル」と唸り声をあげている。


「トキコ姫。」

リグロさんが低い声で私に声をかける。

その声には心配と、怒りが混じっていた。


「……許しません。」

聞いたことのないような鋭く、低い声が出る。


大切な温泉旅館や、日帰り温泉をめちゃめちゃにし。


「……絶対に、許さない。」


明るかったオルガスタの街も、めちゃめちゃにし。


「……こんなの、許せるはずがない。」


私の家族に、ひどいことをした。


「……ユージルゥゥァァア!!!出てこいやぁぁぁ!!!」


私は叫んだ。


獣のように。


ハラワタが煮え繰り返るというのは、こういう事をいうのだろう。


お腹が熱い。


なのに、頭の中は冷えて冴え渡っている。


私は黒い樹木を睨め上げながら、ユージルを待つ。


早く、出てこい。


いったいどんな顔で、私の前に姿を現すのか見てやる。


しかし、ユージルはその姿を現さなかった。


「トキコ、いつまでもこうしているわけにもいかぬ。まずは、ラドクリフの元へと行こう。」


痺れを切らせたリーズレットさんに促され、私はもう一度奥歯を噛み締めた。


「グルル」と侑李も唸りながら鼻先で私を促し、私は日帰り温泉の館内へと歩みを進めた。



館内も、もちろんひどい状況で、破壊された備品や壁、床の残骸のほか、折れた樹木の枝や灰色の木の葉も大量に散らばっていた。


刀傷や人の足跡もたくさんあり、ここでオルガスタの人たちが抵抗して戦ったことがわかる。


街で見た時のように、血痕も残っていて、それを見るなり私は心配で胸がいっぱいになった。


この血が、お父さんのものだったらどうしよう。


血の気が引くのを感じて、足が震える。


膝が折れそうになるのを堪えて、お父さんの姿を探していると、隣に寄り添って歩いていた侑李がピクピクと鼻を動かした。


「わん!」


侑李は一つ吠え声を上げると、浴場、露天風呂に向かって走り出した。


私達は急いで侑李を追いかけた。


「わん!わんわん!」


露天風呂から、侑李の声が聞こえる。


「侑李!………!!」


露天風呂は巨大な樹木と、その木の根に絡め取られた卵型の水晶に占められていた。


どうしてそうなったのか、樹木の隙間からは湯気を立てる湯が流れ落ち、さやさやと音を立てている。


それは大人1人を包み込んであまりある巨大な水晶の上からも注ぎ、小さな滝を作っている。


水晶に絡みつく太い幹のひとつ。

まるで水晶を抱きしめるように巻きつけられた枝を見て、私は息を飲んだ。


お父さん……?!


「わんわん!!キュウゥ。」


その枝の側で、侑李が悲痛な声で鳴く。


すると、ちょうど頭部に当たる部分で、小さく動きがあった。


ゆっくりと開かれる瞼。


「ゆ……うり、なの……か……?」


掠れた小さな声。


お父さんの声!


「お……お父さん!お父さんなの?!」

私も急いで駆け寄った。


「……斗……季子?」

「そうだよ!お父さん!そんな、なんでこんな……!!ごめんなさい!ごめんなさいお父さん……!!」


あっという間に涙腺が決壊し、涙がボタボタと落ちる。


私が、ユージルから逃げたから。


だから、お父さんがこんな目に……!


お父さんの体はそのほとんどが黒い樹木と同化して、手足を動かすこともままならない様子だった。


「ああ、斗季子……いいんだ……お前たちが……無事……なら……」

呻くような、苦しげな声。


それでも、私や侑李を案じてくれる声。


「お父さん……!」


グシグシと涙を拭いながらお父さんに寄り添う。


「くぅぅ!全あたしが泣いた!ユージルマジ鬼畜!」

お岩も泣いてくれてるけど、どうしても真剣みにかける。


しかしそれが返って私を冷静にさせてくれた。


グッと手を握りしめて、涙を堪える。


「すぐに、なんとかするからね!」


力強くそう言って、私は頭上を見上げた。


空に向かって大きく伸びる樹木。


その上に、ユージルがいる気がする。


「私は、ユージルを倒す!」


そう宣言して、お父さんから離れた。


「出でよ、風呂桶階段。」


そう唱えると、私の足元からぐるりと木の幹に沿って逆さまになった風呂桶が上に向かって伸びていく。


「浴衣と半纏を我が身に。」

そう唱えると、私の体はそこここに温泉マークが散りばめられた浴衣と、半纏につつまれた。


最後に、頭に手拭いを巻きつける。


はたから見たら、風呂上がりのくつろいだ姿だろう。


しかし、温泉の神としての正装だ!


侑李の頭にも手拭いでほっかむりをして、私は風呂桶の階段を一歩ずつ登っていった。




階段を登り切ると、そこはいつかユージルに拉致された時のような、体育館ほどの広さの部屋のようだった。


天井はドーム状で、あの時と同じように、木々の枝葉が見える。


ただ、その様相はあの時とは変わっていた。


黒い樹木、灰色の木の葉。


明るく差し込んでいた日の光は無く、全体的に薄暗い。


その、中央に置かれたベッド。


かつて私が寝ていたベッドに、ユージルは片足を立てて、そこに頬を乗せる格好で座っていた。


「よく、帰ってきたね。俺の斗季子。」


クスクスと、愉快そうに微笑みを浮かべ、私を見ている。


なにが「俺の斗季子」だ。

ふざけるな。


私はユージルを睨みつけた。


相変わらずの他の追々を許さない美貌。


しかし、髪の色はグリーンからドス黒い沼のように変色し、その瞳の色も変えている。


毒ユージルという感じだ。


非常に不吉な出立ちである。


「ユージル。」

私が低くその名を呼ぶと、ユージルの目は嬉しそうに細められ、唇が弧を描く。


ユージルは優雅に立ち上がり、こちらにゆっくりと歩く。


そして私の目の前に立った。


そっと、私の頬に添えられる手。


「ああ、そうか。もう、俺の斗季子じゃないのか。」






お読みくださりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ