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レイドックおじさんは、ソファに横たわっていたけど、私の顔を見ると、目を見開いて体を起こす。
「姫……!!ああ、姫、ご無事だったのですね!」
安堵の声を漏らして、気が抜けたように再びソファに崩れる。
「レイドックおじさん!」
私はおじさんに駆け寄ってその肩を支えて、ソファに横たえた。
「すみません……姫。」
申し訳なさそうに眉を寄せるおじさんの額には包帯が巻かれていた。
見れば着ている服もあちこちが擦り切れて泥まみれだ。
「何があったの?付きの者は?」
エレンダールさんが腕を組んで厳しい目を向ける。
レイドックおじさんはその問いにクッと唇を噛んだ。
「ひとりです。私、ひとりがユージル様の目を掻い潜ってくるのが精一杯でした。」
無念そうに小さく話すレイドックおじさんに、ひゅ、と喉がなる。
「どういうこと?お父さんは?」
私の問いかけにレイドックおじさんは視線を下げる。
うそ……まさか。
「そんな……!」
最悪の事態が思い浮かび、声が震える。
「いえ、無事、とは言えませんが、生きています。兄さんはカレン様のお側に。」
焦ったようにレイドックおじさんは言って、それからひとつ、息をついた。
「なんと説明したらよいのか、私もわからないのですが、姫がオルガスタを立たれてしばらくのち、カレン様はその身を水晶の繭に包まれました。」
レイドックおじさんの話に思考が止まる。
なんだそのぶっちぎりファンタジーな状況は。
「私には自らそのようにしたように見えました。包まれる直前、カレン様はとても満足そうなお顔をされて。兄さんには『やっと、待っていた時が来た』と言ったそうです。ただ、兄さんが言うには、それを言ったのはカレン様本人ではないのではないかと……。」
レイドックおじさんはとにかくお母さん達の状況を伝えたいみたいだ。
端的に話しているが、正直訳がわからない。
まったく受け入れることができていない私や侑李に構うことなく、言葉を続けた。
「ちょっと待ってよ、おじさん!まったく意味がわからない!父さんと、母さんは、無事なの?!」
侑李が髪をグシャリと掴みながらきけば、レイドックおじさんは、なんとも言えない顔になった。
「兄さんによれば、カレン様は大丈夫だと。自分が守るから、心配するなと。ですが、カレン様に寄り添う兄さんは、ユージル様に攻撃を受けています。」
震える声でレイドックおじさんが言い、それを聞いてみんなが息を飲んだ。
「ユグドラニアで一番の武将であるラドクリフが、攻撃を受けていると?」
リーズレットさんが低い声で聞き返す。
「ただの攻撃ならば、兄さんが甘んじる訳がありません。しかし、相手は世界樹です。その力量はさすがこの世界の神というもの。リーズレット殿も、ご理解いただけるかと。」
レイドックおじさんに言われて、リーズレットさんはぐ、と黙り込む。
レイドックおじさんは、そんなリーズレットさんを見て、目を伏せた。
「オルガスタで、何が起きているの?」
エレンダールさんが尋ねると、レイドックおじさんは、ゆっくりと顔をあげる。
「……黒い、大樹に覆われています。兄さんは、今や下半身が大樹の幹に取り込まれ……」
ガタン。
思わず立ち上がる。
お父さん……!
気持ちが焦って、今すぐにでもオルガスタに向かいたい。
「兄さんは、姫とユウリ殿には窮状を知らせるなと言いました。2人には、無事に逃げ延びてほしいと。しかし、私には兄さんをあのままになど、とても……」
とりあえず、私はエレンダールさんに背中をさすられながら座らされ、リーズレットさんはお茶の準備を頼みに行く。
そうして、話を整理しながらレイドックおじさんに話を聞く事になった。
レイドックおじさんの話では、私と侑李がオルガスタから逃亡した後、しばらくはユージルも落ち着いていたのだそうだ。
お父さんやお母さんに、私のいく先について聞いていたり、私の花としての役割について、話をしていたりしていたらしい。
しかし、ある時を境に、様子が変化したのだという。
ユージルの体が、どす黒く変色して、苦しみだし、それとともに周りにいた神達も変化していったそうだ。
そして変化した神達は、オルガスタを離れて行ったと。
「今、オルガスタには酒神のみが残っています。他の神たちがどこへ向かったのかは、正確にはわかりませんが、おそらく姫を追ったのではないかと。」
レイドックおじさんに言われて、私達は顔を見合わせた。
心あたりがありすぎる。
私は額に指を当てて、しばし考えて、例の残念精霊を思い浮かべた。
うん。
呼んだ方がよさそうだよね。
「お岩!」
私が声をかけると、部屋の温度が上昇する。
そして。
「呼ばれて飛び出て、ジャジャジャジャア〜ン!みんなのアイドル!岩盤浴の精!登場だよっ!」
珍妙なキメポーズとともに、岩盤浴の精が姿を現した。
緊迫した空気が霧散する。
「え……?」
レイドックおじさんは目を見開いて固まった。
そうであろうとも。
私はレイドックおじさんに申し訳ないような気持ちになりながら、説明をはじめた。
「えっと、レイドックおじさん、こちら、土神改め岩盤浴の精、お岩です。」
岩盤浴の精は、『お岩』と名付けた。
お岩は「かわいくない!チェンジ!」
と散々文句を言っていたけど、華麗にスルーさせていただいた。
「彼がリリにゃんのオジサマ?いや〜ん!イケメン!よろしくねっ!」
呆然を通り越して愕然とするレイドックおじさんに、お岩がバチコン!とウインクを飛ばす。
レイドックおじさんの顔からどんどん血の気が引いていく。
申し訳ないような、かわいそうに思うような、なんともいえない気持ちになるけど、とりあえず話を進めさせてもらう。
「お岩、確か他の神様達もお岩と同じように変化してるって言ってたよね?どんな感じか、わかる?あと、他の神様も私を追ってオルガスタを離れたみたいなんだけど、行き先って知ってる?」
私が尋ねると、お岩はうーん、と人差し指を顎に当てて首を傾げた。
「前にも言ったけど、あたしってば、ユージル君のチームから抜けちゃったから、よくわかんないんだよねぇ。オルガスタを出たのも、あたしが1番だったしぃ。」
「少しでも、知ってる事はない?ユージルのチームから抜ける前までの事だけでもいいから。」
頼りにならないお岩に突っ込んで聞くと、お岩は両手の人差し指を左右のこめかみに当てて、右に左にと頭を揺らす。
見ていて非常に腹が立つ仕草だ。
「石神ちゃんはぁ、確か、手で顔を覆いながら『クッ……!俺の右目に封印されし邪神が……!鎮まれ!まだその時じゃない』とかって言ってたなぁ……」
……………。
私は言葉を失った。
隣では侑李が乾いた笑みを浮かべたまま、固まっている。
「なんですって?!なんなのよ?!邪神って……!」
「まさか、この世に脅威をもたらすものが産まれてしまったと……?」
エレンダールさんとリグロさんが顔を青くする。
私は違った意味で真っ青になった。
「んー、よくわかんなぁい。だけど、ちょっと苦しそうだったなぁ。」
お岩の言葉にリーズレットさんも真剣な顔になった。
「邪神、とやらを抑えている故の苦しみかの?」
うん。
たぶん違う。
土神は正統派に悪い感じになったのに、なんで石神はそんな例の病を発症する事態になったんだ。
「石神ちゃん、神の中ではまだ小さい子だったのに、かわいそうだよねぇ。つらたーん。」
お岩も表情を曇らせた。
「………若さゆえの黒歴史か。」
「神様でもあの病気ってかかるのか……!」
私がつぶやいて、侑李が半分感心したように言うと、エレンダールさんがこちらを向く。
「トキコちゃん、心当たりがあるの?邪神について、何か知ってるのかしら?」
真面目に聞かれて、どう答えたらいいものか、悩む。
「えっとですね。おそらく、みなさんが心配しているような事にはならないかと思います。病気みたいなものですので。」
そう答えると、すがるような視線を向けられた。
「知っている事があれば教えてほしい。事は、この世界の明暗をわける事かも知れぬ。」
リーズレットさんにもそんな風に聞かれてしまう。
「うーん、それはないですね。誰もが通る道、と言いますか。いえ、もちろん通らない人もいますけど!」
苦笑いで答えた私に、みんなは顔を見合わせて首を傾げた。
なかなか理解を得られそうもなくて、私の方がつらたんだよ。
「ねーちゃん、これ、説明するのは難しいぞ?」
侑李に言われて私はため息をついた。
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