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「…‥ってわけでね?ここに、温泉作りたいんだけど、どうかな?」
私の問いかけに、アルベ君は苦い顔で頭を抱えた。
私の傍にはエレンダールさんにリーズレットさん。それにリグロさんもいる。
4大公爵のうち、3人までも従えてお願いされては、アルベ君もさぞ断りづらいだろう。
「今の話を聞いて、トキコちゃんのお願いを受け入れるのは、かえって難しいのはわかるわ。だけどね。すでに東のニフラ、西のハイデルト、南のユールノアールが温泉神の地となっているのよ。」
エレンダールさんがダメ押し、とばかりにたたみかける。
私たち、『湯けむり連合軍』はオルガスタに向かう前に、王都を訪れていた。
理由としては、オルガスタに向かう道筋から考えて、大きく外れていなかったということと、温泉神の地を広げる事で、ユージルの力をさらに削ぐことが出来るのではないかということからだ。
エレンダールさんによれば、このユグドラニアはもうすでにユグドラニアではなく、『湯goodラニア』と言っていいらしい。
ニフラが温泉神の地となり、ユグドラニアの半分以上が『湯goodラニア』となったことと、私の称号、温泉神(見習い)から、(見習い)が外れたことから、そう言えるのでは?とのことだ。
そう!
そうなのだ!
リグロさんの鑑定をした時に気がついたのだけど、リグロさんの称号は『温泉神の保護者』となっていたのだ!
エレンダールさんや、リーズレットさんの鑑定をした時には『温泉神(見習い)の』となっていたのに!
やったよ!私!
レベルアップだ!
と、まぁ、そんなこんなで私たちは王都、王宮を訪ね、こうしてアルベ君に事情の説明と、温泉設置の許可をお願いしているのだ。
「ダメかなぁ?アルベ君。あ、確かに不安なのはわかるよ?これまでユグドラシルを中心としてきたユグドラニアが、これから温泉中心の一大リゾート帝国、湯goodラニアになっちゃうんだもんね?心配だよね?」
私はアルベ君の心情を汲み取ってみる。
交渉相手の気持ちに寄り添う事も、大切な事だ。
「でも大丈夫!ユールノアールも、ハイデルトも、ニフラも、温泉地になった以外は特に変わってないよ!ほら!こうしてエレンダールさん達も元気だし、それぞれの領地の人たちも元気にしてるよ!あ!もしよければ、手拭いとか風呂桶とか、必要なものは私がいくらでも提供するし!」
アルベ君達王族が、安心して温泉を受け入れてくれるように、フォローアップシステムについても説明。
「それに、温泉神の地になったからって、私が王族の皆さんをどうこうしようって事も考えてないよ!どうぞ王族の皆さんは、これまで通り、この国を治めていただければと!政治とか、私には無理だし。今まで通りにしててもらえれば!もちろんアルベ君も王太子のままでいてくれれば!私、権力に興味とかないし!」
アルベ君達の権利や、立場についても保証!
なんなら、一筆書くよ!
「………姫。」
アルベ君がくぐもった声を出す。
声は出してくれたけど、まだその表情は晴れない。
うーむ、まだ足りないか……。
「4大公爵についても、これまで通り!私からも、今までと同じように、アルベ君達を助けてあげてってみんなに言うし!」
さらにたたみかけると、アルベ君はとうとう両手で顔を覆ってしまった。
あれ?
「アルベ君?」
アルベ君の反応に私は言葉を止めて様子を伺う。
「……姫。そうではないのです。そうではなく……姫。」
アルベ君はゆっくりと私に視線を合わせた。
首を傾げる私に、アルベ君は大きくため息をついた。
「姫は、神になられたと、そういうことでしょうか……?」
蚊の鳴くような声でそう聞かれて、私は隣のエレンダールさんを見る。
んん?
それは、説明したはずだよね?
「そうね。トキコちゃんは温泉神となって、この地を見守る存在になったわね。」
私の代わりにエレンダールさんが答えると、アルベ君は愕然とした顔になる。
「神……に……そうですか。」
アルベ君は目を閉じてつぶやいて、しばらくその事を反芻するようにぶつぶつと口を動かす。
そして、くわ!と目を見開いた。
「どうしてそのようなことに?!この世界が根底から変わってしまうという、大事ではないですか?!なぜそのような重大な事を軽々と……!なぜもっと早く私や王にお伝えいただけなかったのです?!」
突然の怒号。
私はビクッと体を震わせてエレンダールさんの服を掴む。
ア……アルベ君、怒ってらっしゃる?
「今までと変わらない?そんな筈があるわけないでしょう?!世界樹はどうなるのです?!世界樹がこの世界の中心でなくなり、その影響は?何が起こるのです?姫の愛し子としての役割は?愛し子としてこの地に与えた影響は?この世界には世界樹を神とするユグド教もあるのです!その者達の拠り所は?」
「ア……アルベ君、落ち着いて……」
「落ち着けるわけがないでしょう?!」
キン!と高い叫び声で言ったあと、アルベくんはソファに崩れた。
「……たしかに、王太子殿下の懸念はもっともじゃの……そこまで考えてなかったが。」
リーズレットさんが小さく嘆息する。
「うむ。たしかに言われてみればその通りだな…‥そこまで考えてなかったが。」
リグロさんも顎に手を当てる。
「そうね。なんだかなし崩しにここまで来ちゃったわね……そこまで考えてなかったわ。」
エレンダールさんも困ったように笑う。
「どうして考えてないのです?!貴方方、4大公爵ですよね?!」
アルベ君はもはや泣きそう、というより、半泣き状態だ。
「どうも、温泉神の加護を受けてから、なんというか、『まあ、どうにかなるか』という思考に傾いておる。」
リーズレットさんの言葉にエレンダールさんとリグロさんが非常に微妙な顔で同意を示した。
え、なにそれ?!
聞いてないんだけど!
「困るじゃないですか!なんでそんなことになってるんです?」
私が焦った様子を見せると、エレンダールさんがじっとりと私を見た。
「……トキコちゃん、何を言ってるのよ。そんなの、貴女がそういう気質だからに決まってるでしょう?」
今度は私が愕然とする番だ。
そんなことってありなの?!
「それじゃ、湯goodラニアが呑気者の集団になっちゃうじゃないですか!そんなんで国を治められるんですか?!」
「自分で言ってて悲しくならない?」
エレンダールさんに聞かれて、うぐぅ、と黙るしかない。
いやいや、でもこれは困る。
みんなが私のように政治に興味がなくなったら、国として成り立たない。
なんとかしなければ。
私はウロウロと視線を彷徨わせて、アルベ君に目を止めた。
………王太子として、国を治めることも勉強してる、アルベ君。
………みんなが「どうにかなるさ!」と思ってる中、1人今後を心配しているアルベ君。
………元々、王太子って立場で、国を治めていくと誰もが思ってるアルベ君。
「………なんてわかりやすいのかしら。」
「考えていることが丸わかりじゃな。」
「王太子殿下には気苦労をかけることになるな。」
私がじーっとアルベ君を見ていると、公爵の3人はため息混じりにボソボソと話す。
「え?ちょっと?なんですか?」
アルベ君は引き攣った顔で私たちを見回す。
私はおもむろに立ち上がった。
「王太子、アルベルトよ。温泉神として、私はソナタに加護を授けたいと思うぞよ。」
神様としての威厳タップリに宣言すると、アルベ君の顔から色が消えた。
「え?うそ、ちょっと待って。嫌な予感しかしない!ちょ……!!」
「王太子アルベルトに、温泉神の加護を……!いっけぇぇ!!」
私がアルベ君に手をかざすと、私の手からは大量のお湯が吹き出した。
お読みくださり、ありがとうございます。
明けましておめでとうございます!
拙い拙作をお読みくださり、感謝です。
本年も、どうぞ斗季子をよろしくお願いいたします。