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「えっとねー、世界樹のユージル君はぁ、ブロークンハートなのだ!」
ガシャン!
エレンダールさんのお茶のカップが、乱暴にソーサーに落とされる。
「ま……まぁまぁ、エレンダールさん!」
「落ち着くのじゃ!エレンダール!」
オデコに青筋を立てているエレンダールさんを私とリーズレットさんで必死になだめる。
私たちは応接室のソファで、お茶をいただきながら、岩盤浴の精にユグドラニアでなにが起きているのか、聞いているところだ。
岩盤浴の精は、いちおう説明は出来るみたいだったけど、その口調がエレンダールさんの癇に触るらしい。
気持ちはわかる。
私だって、イライラしながら聞いているけど、エレンダールさんのイラつき具合が半端ないため、それをなだめるのに忙しく、イラついている暇がない。
ちなみにマーヤさんは耐えきれなくなってしまったらしく、「すみませんが、失礼いたします。気分が……」と真っ青な顔でメイドさんに付き添われて部屋を出てしまった。
仕方ないだろう。
マーヤさんのような生粋のお嬢様には未知の生き物だろうし。
侑李はと言えば、戦闘の危険も無いし、人に戻ってもいいというのに犬化を解かず、ラウムさんはそんな侑李の傍らで、どこから取り出したのか、犬用ブラシで侑李の毛繕いをしている。
「はっはっはっ。どうだ?坊主?気持ちいいだろう?」
「うわん!」
こちらにはまったく見向きもしない。
逃げたのだ。
おかげで岩盤浴の精には私とエレンダールさん、リーズレットさんで対応している状況だ。
「それで?ぶ…ぶ…ブロークンハート、とは?どういうことなんです?」
私が聞くと岩盤浴の精は、うーん、と天井を見上げて考える。
「ほら、ユージル君ってば、リリにゃんに逃げられちゃったでしょ?だから、すっかり落ち込んじゃってぇ、ネクラボーイにシフトチェンジ?しちゃった感じ?」
バキ。
とうとうエレンダールさんのカップの持ち手が折れた。
岩盤浴の精はそれを気にもとめない様子で続ける。
「ほら、ユグドラニアって、ユージル君が中心の世界でしょ?そこの神サマーズも、ユージル君ありきなワケ。だからぁ、ユージル君がイケイケじゃないと、神サマーズにも影響しちゃう感じ?みんながチョベリバになるっていうかぁ……」
イラつく上に、古い!!
エレンダールさんじゃないけど、私も持ち手を折りそうだ。
言い回しがウザすぎて、なかなか内容が入ってこないけど、要約すると、私がユージルから逃亡したため、ユージルに悪い変化が起きて、それによってユグドラニアの神様達にも影響が出たと?
そういうことか?
「あたしとしてはぁ、この世界の中心なんだから、もっとツヨツヨでいたらいいのにーって思うんだけどぉ、ユージル君ってば心臓がガラスらしくてぇ、ヨワヨワなんだよねぇ。」
「トキコよ、妾にはこの者がなにを言っているのか皆目わからぬのじゃが、そなた、わかるか?」
リーズレットさんが目を回している。
普通に座って会話をしているだけなのに、こちらのダメージが強い。
土神の時よりよっぽどツヨツヨだ。
私がリーズレットさんに通訳すると、隣で聞いていたエレンダールさんもふむ、と考え込む。
「と、いう事はもしかして他の神達も変化が起きているってことかしら?」
「あっ!それそれぇ!あたしの場合はぁ、なーんかエロエロな気分がブチ上がっちゃった感じだけどぉ!他の神サマーズも欲求丸出しになってる感じなのだ!」
「…‥マズイな。」
リーズレットさんが低く呟く。
それにエレンダールさんもうなずいて表情を固くした。
「小娘、他の神の様子はわかる?」
エレンダールさんは岩盤浴の精に鋭い視線を向けて尋ねた。
小娘……。
元土神なのにひどい言われようだ。
まったく敬意を持っていない。
「んー、今、どんな感じかはちょっとわからないかもぉ。なんせ、あたしってば土神卒業して岩盤浴の精になっちゃったし。今はリリにゃんの眷属だからぁ。」
ちょっと待て、今、聞き捨てならないことを言ったぞ?
私は目を見開いて息を飲んだ。
「…‥私の、眷属?」
信じられない気持ちでボソッと呟けば、岩盤浴の精はうんうん、と大きくうなずいた。
「そうそう!土神はユージル君あっての神様だけど、今のあたしは湯goodラニアの岩盤浴の精!リリにゃんの性質を受け継いだ、リリにゃんの眷属!」
え、うそ、待って。
今、私の性質を受け継いだって言った?
え?私、こんな性質なの?
ここ何年かで1番ショックだ。
この世界に転移してきた時よりも衝撃を受けてる。
あまりのことになにも言えなくなっている私に構うことなく、岩盤浴の精は続ける。
「そうだ!ねーねー、リリにゃん!名前付けてよぅ!いつまでも『岩盤浴の精』じゃ、かわいくないしぃ!リリにゃんみたいな、かわいい名前がいいにゃん!」
きっと、猫のモノマネなのだろう。
岩盤浴の精は頭に両手を当ててピコピコと動かしている。
「そういえば、なぜトキコを『リリにゃん』などと呼んでおるのじゃ?」
リーズレットさんの質問に、岩盤浴の精は、キョトンとした顔になった。
「だって、リリにゃんの名前、『リリアンフィア』でしょ?」
誰もが忘れてた名前出してきた?!
岩盤浴の精からの精神攻撃は、私を容赦なく打ちのめしている。
このままでは私までブロークンハートでヨワヨワになってしまう!
私はスック、と立ち上がった。
「トキコちゃん?」
「……とりあえず、落ち着くために、お風呂入ってきます!!」
私はそれだけ告げると、応接室を出る。
そして。
「う……うわぁぁぁぁん!!」
泣きながら《竜渓の湯》を目指して走ったのであった。
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