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しばらくすると、私たちは砦のメイドさんに応接室へと呼ばれた。
マーヤさんとイグニスさんが、休憩出来るように部屋を整えてくれて、お茶の準備をしてくれた、というのと、水浸しになってしまった玉座の間を片付けたい、とのこと。
喉も乾いたし、私たちは喜んでお茶に呼ばれる事にする。
「本当に、お礼のしようもありません。リグロの妻として、また、竜族を代表してお礼を言わせていただきますわ。トキコ姫、ありがとうございます。」
私たちが応接室に入ると、マーヤさんは深々と頭を下げて迎えてくれて、涙ながらにそう言ってくれる。
「マ……マーヤさん?!頭をあげてください!」
私は慌ててマーヤさんに駆け寄ろうとしたが、それをエレンダールさんが止める。
「待ちなさいトキコちゃん。マーヤちゃんと竜族の気持ちを無駄にする気?こういう時は、きちんと受け止めるものよ。」
言い聞かされて、確かにその通りだと、マーヤさんの前に立つ。
「お礼を、ありがとうございます。リグロさんのこと、良かったですね。私もお手伝いが出来て嬉しいです。」
笑顔でそう言えば、マーヤさんも顔を上げてニッコリと笑った。
「やれ、ひと安心じゃ!して、リグロは?」
お茶を飲みながらリーズレットさんが尋ねると、マーヤさんはソファの方に私とエレンダールさんを促しながら答える。
「先程、目を覚ましました。しかしまだきちんと回復はしていないようで、お眠りになりましたわ。皆様に申し訳ないと……」
困ったように笑うマーヤさんだったが、その目はとても穏やかだ。
「ゆっくり休ませてあげてちょうだい。こちらの事は気にしないで大丈夫よ。」
エレンダールさんがそう言うと、マーヤさんは「恐れ入ります」と頭を下げた。
「………それで……」
マーヤさんの聖母の微笑みが引き攣ったものに変わる。
その視線の先には。
床に引きずるほどのロングのローブ。
そのローブは、ふんわりとした白いタオル地で出来ている、いわゆるバスローブで、その手には2リットルのミネラルウォーターのペットボトル。
それを、空気を読まずにグビグビと飲む。
「土神改め、岩盤浴の精!みんな!よろしくねっ!let's!デトックスぅぅ!!」
……………。
シン……と鎮まりかえる応接室。
「あっれぇ?みんなどうしたのぉ?リリにゃん、みんなが固まってるぅ!」
土神…‥改め、岩盤浴の精は、私の元へとやってきて、私の腕を掴んでブンブンと振り回す。
「や……やめてください……」
あまりの事に、小さくそう返すのが精一杯だ。
「こここここ……これ…は……いっいっいっ……いったい………!」
マズイ。
マーヤさんがニワトリみたいになってしまった。
「……マーヤちゃん、説明するわ。」
エレンダールさんが、大きなため息とともに話し始める。
リグロさんは無事に元に戻り、マーヤさん達が部屋を出ると、私たちは揃って脱力した。
「よ……良かった……!」
安心して床にへたり込み、そう漏らすと、侑李犬がスリスリと寄ってくる。
私はありがたくそのモフモフボディに寄り添った。
「やれ、ひと安心じゃ。トキコよ、よくやったぞ!」
リーズレットさんも安堵した表情を見せる。
「あとは、コレね!まったく、神ともあろうものが、とんだアバズレになっちゃって!」
エレンダールさんは冷ややかに床に転がる土神を見据えた。
土神はすっかり大人しくなっていた。
どうしたのだろう?
さっきまで散々文句言ってたのに。
私はぼんやりと転がる土神に目を向ける。
「とりあえず、リグロが目覚めるのを待とう。こやつについてはそれからじゃな。」
リーズレットさんも忌々しげに土神を見た。
本当に、なんだってこんな風に変わってしまったのだろう。
土神には色々と聞かせてもらわないとならない。
「?!……グルルル……」
唐突に侑李犬が唸り出し、体を起こす。
「侑李?」
「わんわん!!」
警戒したように土神に吠え出す侑李に、私たちは再び緊張を走らせた。
「トキコ!!」
リーズレットさんが臨戦体制をとる。
土神を見れば、ブルブルと震え、そのうちバスタオルがうねうねと動き出した!
なにコレ?!
まさか、バスタオルが解かれる?!
そう思って急いで立ち上がり、手拭いバリアの準備をしていると、バスタオルはそのまま土神の頭や足先まで伸び、繭のように土神をすっぽりと包んでしまった。
やがて、輝きだすバスタオル!
そして。
パァァァン!!
まるで風船が弾けるようにバスタオルが弾け飛び、中から出てきた土神。
シュタ!と軽快に降り立ち。
「はじめまして!!土神改め、岩盤浴の精だよっ!みんな、よっろしっくねぇ!!」
目の横にビシッと決められたピース。
腰に当てられた手。
「「「なんだって(じゃと)ーーー!!」」」
「……………」
エレンダールさんの説明に、マーヤさん、絶句である。
「……どうやら、リグロの石化を解くためにかけていた温泉が、床を伝って土神にまで届き、包んでいたバスタオルに染み込んだようでな。」
リーズレットさんが実に微妙な顔で続けた。
「そうそう!リリにゃんの温泉のおかげで、生まれ変わっちゃった!てへ!」
土神改め岩盤浴の精は、ペロッと舌を出してコツンと自分の頭にゲンコツを当てる。
うむ、実に人をイラッとさせる仕草だ。
だいたいなんなのだ、その『リリにゃん』というのは?!
「………そうなのですか。」
マーヤさんはそれだけ言うと、ソファの背もたれをグッと掴む。
どうやら立っているのも辛くなってしまったようだ。
「あれあれー?マヤやん、顔色が悪いよ?大丈夫?気持ち悪い?」
岩盤浴の精が顎に人差し指を当ててマーヤさんを覗き込む。
「ひ。」
マーヤさんは小さく息を飲み、ふらりと傾いた。
「マーヤちゃん!しっかり!…‥ちょっとアンタ!!いい加減にしなさい!!」
「ヤァダァ!!エレぴょん、こわーい!」
「誰がエレぴょんじゃゴルァ!!」
咄嗟にマーヤさんを支えたエレンダールさんに岩盤浴の精は怒られた。
そしてエレンダールさんのドスの聞いた声。
私は頭を抱える。
どうしよう。
収集がつかない。
この人(精?)に話を聞くなんて、出来るのだろうか……?
私の胸は不安でいっぱいになった。
お読みくださりありがとうございます。