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ズサァァ……。
いつかリグロさんの背中に乗せてもらって降り立った、砦前の広場。
私達はマーヤさんの背中に乗せてもらってそこに降り立った。
侑李は犬化して渓谷を駆け上り、ミカドちゃんは竜化して隣に降り立つ。
私がマーヤさんの桃色の竜から降りた時。
「マーヤ……!!」
砦の方から焦った様子でイグニスさんが駆け寄ってきた。
「マーヤ!マーヤ!どこへ行っていたの……だ……!!」
イグニスさんは隣に立つ私の顔を見て絶句した。
「愛し子様……?!何故……?!」
「お久しぶりです。イグニスさん。」
私は笑顔でぺこりと頭を下げた。
「なっ?!……何を呑気な!!何故ニフラに来たのです?!さあ!お早くお逃げください!」
イグニスさんは一緒にいるエレンダールさんやリーズレットさんの事も目に入らない様子で焦って私を促す。
「愛し子様、今このニフラには土神がおります。愛し子様を囚えようと……今ならまだ気付かれていないかもしれません!」
イグニスさんのこの反応。
少なくとも、この人は私の味方なのだとわかる。
そしてユージルの手のものであるはずの土神に反意を持つということは、すなわち、ユージルにも反意を持つということだ。
それは、このユグドラニアではあり得ないこと。
なにが、起きてるんだろう。
「あーら、イグニス。それならもう遅いわよ。ここに来るまでに、ずいぶん攻撃されたわ。」
やれやれ、という風にエレンダールさんが応える。
その声でイグニスさんは周りにエレンダールさんやリーズレットさん達がいると気がついたようだ。
「これは……!フレイニール公爵閣下!」
目を見開いて軽く会釈する。
「いやぁね!ユフイン隊長と呼んでほしいわ!」
「うむ、妾のことはアリマ隊長で頼むぞ!」
2人はものすごいドヤ顔でそう宣言し、イグニスさんの目が点になる。
そうなのだ。
ここに来るまで、それはそれは激しい攻撃にあったのだ。
谷を飛ぶ私たち目掛けて無数に襲いかかる巨大な土岩。
上空からは土岩が降り注ぎ、下からは鋭い岩が次々に飛んできた。
私はそれを風呂桶ストライクで撃ち落とし、手拭いバリアで防ぎながら来たのだ。
ちなみに陸路の侑李は手拭いバリアで作った手拭いをほっかむりにして巻いておいた。
それで傷一つ無くここにいるのだから、手拭いバリアの汎用性たるや、目を見張るものがある。
そしてとてもかわいかった事をここに記そう。
「すみませんイグニスさん。領土にたくさん風呂桶が転がっていると思います。もしよければ、皆さんで使ってください。とても良い品です。」
私がお詫びすると、イグニスさんはあんぐりと口を開けた。
「まぁまぁ、トキコ姫。お父様が驚いていますわ。お父様、訳は後で説明致します。とりあえず私たちを土神様のところへ案内してください。」
「あ……あぁ。」
イグニスさんはマーヤさんの笑顔に促され、ヨロヨロと歩き出す。
ニフラの砦、竜帝の玉座の間。
その、玉座に土神はいた。
以前見た時と変わらない、豊満な美女。
しかしその出立は以前見たものとずいぶん変わったいた。
「あら、わざわざ囚われに来るなんて、素直なところもあるのね。」
ウフフ、と妖艶な笑みを浮かべ、私を見る。
ほぼ下着という露出の多い服に、スケスケのローブ。
そしてたくさんの宝石を纏ったその姿は、神というより……。
「…‥どこぞの女王様?」
しどけなく玉座にもたれかかり、周りにたくさんの若い竜族を侍らせ、手には盃。
はっきり言って、非常にいかがわしい。
「なんてこと……!これが神の姿だというの?!」
エレンダールさんは隣で口元に手を当て、ブルブルと震えている。
「南の公爵、エレンダールとかいったかしら?無礼よ。控えなさい。それとも、私にかしずく?貴方ほどの美しさなら、それも許してあげるわ。」
土神はそう言って楽しそうに笑う。
「愚かな……。神ともあろうものが、欲に塗れおって……」
リーズレットさんもギリ、と奥歯を噛み締める。
土神はそれを見て、つまらなそうにため息をついた。
「なによ、土神たる私にお説教?身の程をわきまえてもらいたいわ。」
腕を組んで、ツン、とそっぽを向く。
ぎゅむ、と腕の間からはみ出る乳。
そんな土神の前に、マーヤさんが進み出た。
「土神様、どうか、どうかリグロを元にお戻しください!」
マーヤさんは思わず、といった風に叫んだ。
その顔は悲壮感に濡れている。
それを見て土神は勝ち誇ったように笑った。
「あら、嫉妬かしら?醜いわね。でも嫌よ。気に入ってるの。」
土神は立ち上がり、玉座の背後に置かれた石像に体を巻きつけた。
豊満なその体を石像に押し付け、勝ち誇った顔でマーヤさんを眺める。
あれは…まさか、リグロさん?!
「リグロ……」
夫を呼ぶマーヤさんの目からとうとう涙がこぼれる。
私は土神のもとへと進んだ。
「トキコ……!」
心配そうに私を呼ぶリーズレットさんをエレンダールさんが抑える。
しかしエレンダールさんも臨戦体制を崩してはいない。
侑李犬はグルルル、と唸り声をあげていた。
「ふふふ、ようやく、世界樹のもとへ戻る気になったようね。」
土神は満足そうに私の前に立ちはだかった。
勝ち誇ったような顔で私を見下ろしている。
私は、ぎゅ、と手を握りしめる。
「……リグロさんを、元に戻してください。それと、そこにいる竜族の皆さんも解放してください。」
私が静かに言うと、土神はキョトンとした顔になる。
「なによ。もしかして、私と取引しようと言うの?わかってないわね。貴女は《世界樹の愛し子》。世界樹の伴侶となり、種を作ることは決められたことなのよ。抗ってもムダ。」
土神は神というに程遠い、凶悪な笑みを浮かべ、その手を振り上げた。
「トキコちゃん?!」
「姐御!!逃げろ!!」
コォォォォ……
土神の手に光が収束されていく。
私はぎゅっと目を閉じて。
「わかってないのは!お前だぁぁ!!バスタオル召喚!!!」
ばっさぁ!
現れた真っ白なふわふわのバスタオル。
サイズは大判で大柄な男性にも満足していただける一品だ!
「え?ちょ…!」
ぼふぅ!!
戸惑いの声を上げる土神を手早くバスタオルで包む。
土神は首元から膝下まで、白いバスタオルに包まれ、バランスを崩して転がった。
「え?!ちょっと?!なによこれ!!」
ジタジタともがく土神。
「なんですか?!そのハレンチな格好は?!いいですか?今は犬とはいえ、侑李はまだ17歳なんですよ?!高校生の前で、目の毒じゃないですか!!」
土神に向かい文句を言えば、土神は愕然とした顔で大人しくなった。
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