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幻想  作者: 場合 照美
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幸運

 私はいいときに生まれたので、苦労をあまりしないで生きてきた。親は戦争世代だが、戦争に負けて大夫経ってから子供を作ったし、高度成長期に育てられたので、少しずつ生活が豊かになっていくのが実感できた。うちに車はなかったが、カラーテレヴィはかなり早い時期からあった。受像機がカラーでも、放送自体が白黒のものが多かったのが、だんだんとすべてカラーの番組になった。いまや白黒なのはわざとそう作った映画くらいだし、昔の白黒映画に色を付けたりしている。

 トイレは、和式だったが、はじめから水洗トイレだった。その家に高校卒業までいたので、洋式トイレになったのは、大学に入って独り暮らしを始めたアパートでだった。そのころちょうどウォシュレットができていたが、実際に私が使うようになったのは三十を過ぎてからだったのでまだ先の話だ。風呂も最初はシャワーがなかったが、付けてくれた。ガスで沸かす式だったが、かまどや点火器は屋外に合って、火をつけるときは裏の路地に出なければならなかった。水道で風呂桶を一杯にしてから、外でがっちゃんとスイッチを回すのだった。台所の湯沸し器は最初からあったのかどうか。

 洗濯機は二槽式だった。水を搾り取るローラーがついていて、よく手伝わされた。干す作業を手伝ったことがないので、いまだに正しい干し方がわからない。洗濯機はいつの間にか全自動になっていて、手伝うこともなくなった。乾燥機はいまだに使ったことがない。いや、あるな。大学生のとき、うちに洗濯機がなかったころ、コインランドリーの乾燥機を使った。そこはすぐに引っ越して、洗濯機も買い、そこで八年間暮らした。

 いちばん大きいのは食べ物の変化のように思える。私が子供のころは、肉と言えば鯨が主流だった。鶏肉が、どちらかと言えば高級品で、たまにしか食べなかった。それが、牛肉を買ってきて家でステーキを焼いたりするようになった。この変化が、私が小学生だったころに一気に起こった。

 ステレオは、私が幼稚園のころに買ってくれたが、中学生のころには壊れていた。それで、それまで一体型だったのが、コンポーネント式のものを買ってもらった。デッキとチューナーとレコードプレイヤに分れていて、アンプのついたやつだ。前のステレオが壊れて、新しいものを買ってもらう途中では、ラジカセや単体のプレイヤを使っていた。ラジカセは長い間使っていたが、プレイヤはどうしたのか憶えていない。ヴィデオデッキは、いつからあったっけ。大学生のころに買ったのは憶えている。一人暮らしの最初はラジカセだけだった。見かねた親がテレヴィを買ってくれた。ヴィデオやレーザーディスクを買ったのは、自分だったように思う。ミニコンポなどと言うものもあった。コンパクトディスクが出始めた。お金はどうしたんだろう。アルバイトで稼いだのかな。バブルの頃に差し掛かりかけていて、時給はよかった。今の二倍くらいあったように思う。

 自動車免許は取ったが、仕事先で軽い事故を起こして、あきらめた。それ以降レンタカーさえ運転していない。免許だけは更新しているが、今度保険証と一体化するらしいので、そのとき返上することにしている。

 初任給は十七万だった。今はいくらくらいなのだろう。私自身の給料は、三十万くらいがピークだった。そのあたりで、バブルがはじけて失業したのだったっけ。それでも、まだそのころは福祉がしっかりしていて、失業保険も今よりだいぶ手厚かった。私は何回も失業しているので、段々と失業保険の割合が下がっていくのを経験している。中途半端に公務員をやったので、とうとう失業保険は貰えなくなった。以前は五十五歳になれば、早期に年金がもらえるのだったが、いまは六十五歳が通常で、早期に貰えるのが六十歳になってしまった。私は貰えるものは早く貰おうと思っていたが、五年遅くなってしまった。その間の生活のめどが立たない。

 借金がまだできた。でも、数百万くらいの負債で返せなくなった。今は少ない収入で節約しながら細々と返している。今の子供は可哀そうだと思う。なにしろ、生まれたときからずっと不景気で、その上のパンデミックだ。

 私はもっと金があったらどうしているだろうか。恋人を作って遊び歩いているだろうか。今やすっかりインドアで、まあ昔から読書は好きだった。図書館でただで借りれるのだから、まだいいな。恐らく十数年後には図書館もすべて民営化され有料になる。そうなると、知識や教養を得る機会が子供たちから失われるのだ。

 ライヴがオンラインで見られるようになったのが唯一のいいことだろうか。遠くまでの交通費がかからないし、実際のライヴよりオンラインの方が少し安い。それでもライヴには行きたい。年に一、二回は行けてるのだから、幸運だよね。あとはアルコールくらいが楽しみだ。洋酒がだいぶ安くなったのが助かっている。国産ウィスキーの方が高いくらいだ。

 このまま楽に死ねるといいな。まだ困難が待っているのかもな。でも、今のところ幸運な方だな。

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