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幻想  作者: 場合 照美
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掌篇二つ

まあいつも掌篇と言っていい長さだけれど、それよりも短いので。

 風邪というのは人から人に感染るのではなく(感染ることもあるが)常に人体の中に原因菌が存在しているのだということがわかった。治ったと思ったときは、完全に原因菌がなくなったのではなく、一時撤退して好機をうかがっているだけなのだ。そして、ヒトが疲れたり油断したりしたときに盛り返し、再び猛威を振るうのであった。

 しかし、もうそんなことも起こらない。人類はとうとうこの不治の病を撲滅したのである。ここに、最後の風邪ひきがいた。この最後の風邪ひきが亡くなれば、もうこの世界に風邪ひきは存在しないのである。隔離された部屋のベッドに眠る風邪ひきが、とうとう死のうとしている映像が、世界各地に生中継されていた。

 防護服に身を包んだ医師たちが、最後の風邪ひきがなくなったことを確認したとき、世界中から拍手喝采が浴びせられた。そしてこのときこそ、人類の滅亡が始まったのである。


 道に迷っていたら、ふいに見覚えのある建物が現れた。二人の人物がそこから出てきて、歩いていくのを見ると、どうやら今もこの集合住宅は学生たちの住まいとなっているようだった。古い建物に、増築に増築を重ねた今にも崩れそうな歪つな建物。私は学生のころここに住んでいたし、下のきょうだいも学生のときここに住んでいた。

 入り口をうかがうと、ちょうど帰って来たばかりの学生が、名札をひっくり返して中に入っていく。名札のぶら下がったくぎを見ると、鍵も一緒にぶら下げられているところがいくつもあった。不用心だが、こういったところに学生の暢気さが感じられて懐かしかった。つまり盗られるものなど何もないのだろう。私も当時はその日の食事代もなかったものだ。自動販売機の煙草が二百円だったので、友人と百円ずつ出し合って、分け合った。食事よりも煙草だったのだ。

 いつまでもそうしていると不審に思われるだろう。私は踵を返して、帰り道を探した。昔は造成地が広がっていたが、今はパビリオンのような、公共の研究施設のような大きな建物が建っていた。大学の施設かも知れない。あの集合住宅もそのうち取り壊されるのかもな。トンネルのようなものが見えた。あそこから下の方へ出られそうだった。あの向こうに街があるだろう。そう考えて、私はそちらに歩いて行った。

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