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幻想  作者: 場合 照美
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不安の影

 私は彼らが来る前に部屋を抜け出した。玄関からすぐのその部屋から、襖を開けて次の間に出る。そのあともう一度襖で区切られた物置部屋を通って、さらにその奥の部屋へと出た。左手のガラス戸の外には縁側があり、さらにその外には小さい庭があった。

 彼らが誰だったのか憶えていないが、私がいないのに気が付くと、私と同じルートを通って、やはり奥の間にやってきた。私が驚かなかったのは、それほど積極的に逃げていたからではなかったのだろう。

 硝子戸の方から訪れるものがあった。最初は外国人風の訛りを持つ数人のグループで、私に○○という名の人物がここにいないかと聞いてきた。私は、ホゼのことかと訊いたら、彼らは安心したように微笑んだ。ホゼはもう国に帰ったよ。もう何年も会っていない。十年くらいになるのではないか。彼らはそのまま立ち去ってくれた。

 一人の影が気弱そうに立っていた。そのあと、その子供たちがやってきて、私に声をかけた。サ行で始まる何かの作業を依頼してきた。以前は引き受けていたけれど、もうやっていない。手が動くかどうかわからない。それでもやって欲しいのです。これは私たちのためだけではなくて。そう言って、視線を影の方に見やった。

 私はやってみることにした。この中なんです。そういって、小さな船のような器具の蓋を開けて、さらにその中の小さい長方形のケースの蓋を取ったら、縦にそれが入っていて、それをきちんとまっすぐにして、発条とともに元に戻したら、子供たちが両側からそっと蓋をしてくれた。これでいいのです。たとえ直っていなくても。

 庭には猫がいた。私が以前飼っていた、割と大きくて毛の長い雉虎猫だった。私は、それの名前を呼んだ。それは、私の方を見てうれしそうに尻尾を立てたが、部屋の方にはやってこないで、庭で遊び続けていた。

 帰らなければいけない、と私は言った。そこは私の家ではないのだけれど、私に帰ってきて欲しいと思っている家族のような家なのだ。それなら、ここもそうではないかということに私は気づいた。私はどちらからどちらに帰ろうとしているのだろうか。


 私はオフィスにいた。外部の人が来ていて、私たちの仕事のことを聴いていた。忙しいときは本当に大変なんです。でも暇なときは本当に暇。私の仕事は、営業と、それから経理です。でも、経理の仕事は今度から□くんに、代わってもらうので。

 その□くんが出してきたのは、分厚いケースに入った何冊もの冊子だった。これは野球の試合の記録をしたもの。え、そんなものつけてたの。知らなかった。私は一冊を手に取り、パラパラと開いて見る。選手名のところは、名前のある所とないところがあった。メンバーの固定されていない草野球だったので、□くんの知らない人もいたのだろう。だが、私の名前はあったし、試合の流れを見ていくと、多分これは誰だろうとか分かってくる。ホームインしたあと、そのまま地下室に走り込むという記述を見つけた人が、ああ、こういうことってよくあったよねと笑った。

 私はそっとオフィスを抜け出して、トイレを探した。間違えて違う方のドアを開けそうになり、あらためて合っている方のドアを開けたら、中は相当広々として、個室はドアが透明で、何人も洋式便器に座っていた。私は開いているところを見つけて、そこに座った。


 やはり私は帰ろうとしていた。大きなホテルに仲間たちととまっていたのだが、私だけ電車に載って帰るのだ。果ての見えないような大きな広場に出た。そこで、演劇のイベントを見ていた。でも途中まで見たところで、もういいやと思って、帰ることにした。

 そこへ、連れがやってきて、どうするのと聞いてきた。手を洗ったら帰るよ。私が水飲み場を離れて、洗面台にあるところに行っているうちに、何人もやってきて連れに話しかけていた。イベントはここかと聞くものがあった。私は彼らのところに戻って、イベントはこの中だと言ってドアを示した。

 私は電車に間に合うかどうか、時刻を調べようとスマートフォンを取り出した。奈良から京都まで、国鉄に載るのか近鉄に載るのかどっちが早く帰れるだろうか。

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