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幻想  作者: 場合 照美
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選択肢

 子供のころは、世界は単純だった。というよりも、選択肢が少なかったと言った方がいい。

 学校は、行くか風邪で休むかのどちらかだった。休むのは、本当に風邪のときもあったが、仮病のときもあった。しんどいと言ったら体温計を渡される。水銀のやつだった。それを脇に挟んで、布団の中で足をバタバタ回せば、体温は上がった。しかし、風邪をひいているのだからおとなしく寝ていなくてはいけない。テレビは観てもよかった。たいていは教育テレビを点けっぱなしにして観ていた。何か強制的な意図があったのではなく、単純に他のチャンネルよりも面白かったのだ。昼間に子供が喜ぶような番組はあまりやっていなかった。夕方になれば、青春ドラマなどの再放送が観られたけれど、それらは学校から帰って来る時間帯なので、休みとは関係なかった。

 今のように、不登校という選択肢があることを、当時の私に教えたらどうなっただろうか。もっと本を読んだり勉強したりするようになっただろうか。学校の授業で、何かを覚えたという記憶は全然ない。勝手に教科書を読んで理解していたと思う。難しい問題を解けるようになるには練習が必要だと分ったのは中学の後半になってからだった。しかし、それにしても授業が必要なわけではなく、自分でどんどん問題集をやればいいだけのことだった。だから、学校に行く無駄な時間を、それこそ教育テレビを観たり、参考書を買ってもらったりして勉強すれば、もっと多くの知識を得られたような気がするし、医者か弁護士になれたような気がする。

 休みの日は、弟と遊んでいるか本を読んでいるかだった。友だちと遊ぶこともあったけれど、それほど積極的ではなかった。むしろテレビが中心だったような気がする。夜の時間帯は曜日によって観る番組が決まっていた。殆どがアニメか特撮だった。仮面ライダー、キカイダー、ジャンボーグ、レインボーマン、デビルマン、キューティハニー、ニャロメ。あとは、コロンボがやっているときは観た。

 夏休みなどには、映画に連れて行ってもらえたけれど、これも選択肢は二つしかなくて、しかもそのどちらか一方だけしか観られなかった。東宝チャンピオン祭りか東映まんが祭り。上映作品をあらかじめ検討して、どちらにするか決めていた。どちらを観るにしても、私鉄に三十分ほど載ってターミナル駅まで行けばよかった。昔は大劇場があったが今はなくなった。私が小学生のときにできたシネコン式の劇場は今もあるし、当時はスクリーンが二個だけだったが今はもっとある。

 旅行はよく連れて行ってもらったけれど、ほとんど覚えていない。よく九州に行ったと思うのだが、船のエコノミー席の記憶がちらっとある程度だ。高野山の宿坊に泊まったこともある。あとは奈良公園。でも鹿のことは覚えていなかった。それよりむしろ茶粥の記憶があった。大人になってから行ったが、どの店だったか分らなかった。毎年夏休みに行く、親戚の家のことはよく覚えている。ただ、夏休みだからと言って特別なことをしていた記憶はない。漁港の近くだったので、新鮮な魚を食べられるのは愉しみだった。鰹のなめろうのことを、当時は叩きと呼んでいた。いまでも、なめろうは好きだ。自分で作るには面倒だけれど、居酒屋にあれば頼んでしまう。

 高校生になってからは、選択肢が増えた。映画は好きなときに行けるようになったし、外食もできた。ただ、不登校という選択肢はなかった。高校生のころは、学校で友だちに会うのが愉しみだった。授業は相変わらず詰まらなかったし、成績はどんどん落ちた。

 急に今の話になるけれど、真夏はクーラーを点けっぱなしにしていたので、殆ど汗をかかなかった。このごろは朝晩は涼しいのでクーラーをかけていないが、昼近くになると徐々に暑くなってきて、汗をかく。真夏よりも洗濯物が増えた。乾くのにも時間がかかっている。子供のころはもう電気洗濯機があった。二槽式で、それでもよく乾かないので絞るためのローラーがついていた。いつ買い替えたのか憶えていないが、一槽式の全自動に代わった。乾燥機もあとで増えた。いま使っているのは、二十年ほど前に二度目の一人暮らしを始めるときに買ったものだ。乾燥機は買わなかった。もう糸くず取りの小さな網や、排水ホースが壊れてしまっている。でも、まだ洗濯機を使っていられるのだから生きているという実感がある。

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