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僕の望む日常  作者: 一酸化硫黄
プロローグ
3/3

プロローグ③

「おーい」


 そんな声で目が覚めた。

 なんか、変な夢を見ていた気がする。

 

「あ、起きた?」


 寝起きでしょぼしょぼする目を擦りながら声なした方を見ると、そこには山田さんが微笑みながら立っていた。

 なんで山田さんがいるんだ? もうすぐ授業が始まるのに……。

 別に聞かなくても問題は無いけれど、このまま胸をモヤモヤさせとくのもなんなので、素直に疑問を口に出してみた。


「なんでここにいんの?」


「え? い、いちゃダメだったかな?」


「いや、別にダメってわけじゃ無いけど……もうすぐ授業始まるよ?」


 そう言うと、山田さんは驚いた顔をして、それから、困った様な顔になって口をつぐんでしまった。その大きな瞳にも、しっかりと困惑の色が窺える。

 僕は、表情が豊かだなぁ…… とか、夕飯何にしようとか、しょうもない事を考えながら山田さんの二の句を待つ。

 そういえば、僕はどれくらい寝ていたんだろう? 中々チャイムが鳴らないのを考えると、ほんの数秒、もしくは数十秒くらいだと思うんだけど……。

 山田さんが中々口を開かないので、いっそのこと僕から話題を振ろうと思い、「ねえ、今何時?」と話しかけようとした。

 その瞬間、山田さんは(僕にとっては)衝撃の事実を口にした。


「もう、学校終わってるよ」


「………………………………は?」


 意味が理解出来無かったので思わず聞き返してしまった。

 山田さんは僕の反応を見て遠慮がちに話を続ける。


「もう四時だよ? 皆んなももう帰っちゃったし」


 そう言われると、随分と周りが静かな気がする。

 まるで、世界に僕と山田さんしかいなくなってしまった様だ。


「大丈夫? お昼に来た時も寝てたし……もしかして、今日一日ずっと寝てたの?」


 そう心配そうに聞かれ何か反論したくなったが、そもそもが事実なので反論のしようもなかった。

 と言うか、誰か一人くらい起こしてくれたっていい気がする。そりゃあ、友達じゃないかもしれないけれど、ずっと寝てる奴がいたら少しくらい心配したり……しないか。少なくとも僕だったら絶対にしない。

 改めて山田さんの顔を見てみる。山田さんは、物凄い心配げな顔で僕のことを見つめていた。

 誰にも心配されないの自分に人望が無いのを自覚させられて堪えるけど、心配されるのはそれはそれで居心地が悪い。

 僕は、バツが悪くなって席を立った。

 机の横についているフックから鞄を取って、中身を確認する。と言っても、中身は出してないはずなのでポーズだけの無意味な作業だけど。


「どこ行くの?」


 僕が鞄の整理をしているのを見て山田さんが訊いてきた。


「帰る。起こしてくれてありがとう。じゃあね」


 簡潔に、かつ迅速に答えて山田さんに背を向けて急ぎ足で教室の扉に向かう。


「待って!」


 取手に手をかけたところで声をかけられた。

 

「なに?」


 立ち止まって振り向くと、山田さんはどこから取り出したのか鞄を持って小走りで近づいてきた。そして、


「一緒に帰ろうよ。家、同じ方向だから。そのために来たんだし」


「まあ、いいけど……」


 別に拒否することもできたけど、どうしても一人で帰りたいと言う訳でも無いので承諾した。それに、一人で帰るよりは二人の方が楽しいだろうし。


 教室を出て、二人で校舎の外へ向かう。

 外は、しっかり夕方で、西の空が赤らみつつあった。

 朝の繰り返しになるのも忍びないと思ったのでこちらから話題を振ろうと頭の中を探索するが、いい感じの掘り出し物が全く出てこない。

 どうやら、僕は喋るのがあまり得意では無いらしい。わかってたことだけど。

 仕方がないので、朝から気になっていることを訊いてみた。


「ねえ、山田さんってさ……」


 そこまで言ったところで、山田さんがバッ! と勢いよく振り返った。そして、目をキラキラと輝かせて訊ねてきた。


「なんで私の名前知ってるの?! もしかして――」


「いや、知り合いから聞いただけ」


 誤解は拗れる前に解いておいた方が良いと思ったので、山田さんの期待に満ちた眼差しを丁寧に受け流す。

 すると、山田さんはわかりやすく眉尻を下げて残念そうな顔をする。


「そっか……ごめんね……。で、私がどうしたの?」


「いや、山田さんと僕ってどこかで会ったっけなって」


 僕は別に記憶障害の類は患ってないはずなので、相当記憶に残らない出会い方でもしない限り忘れないはずだ。でも、山田さんの態度を見ると、僕は彼女と親しいらしい。と言うことは割と記憶に残る出会い方をしているはずなんだけど……。

 山田さんは、唇に人差し指を当てて考え込む素振りを見せた後、悪戯っぽく微笑んで、


「内緒! 自分で思い出して!」


 と言った。

 その後の会話は、結局登校の時と同じになってしまった。

 山田さんが何か僕に話を振って、それに僕が頷いたり、応答したりする。

 僕は別にそれでも楽しかったけど、やっぱり山田さんにずっと会話のリード役を任せるのは少しだけ申し訳なかった。

 僕が今朝猫と触れ合った路地裏の辺りを通った時、路地の裏からチリーン、チリーン、と、鈴の音が聞こえた。

 音のした方を二人で見ると、そこには、三毛猫が佇んでいた。

 三毛猫は、赤い首輪をつけていて、真ん中のあたりに鈴がぶら下がっていた。どうやら、鈴の音の主はあの鈴のようだ。

 首輪をつけているので、僕が朝出会ったのとは別の猫だろうか? しかし、この町ではあまり猫は見かけないので、やっぱり朝のと同じ奴の気もする。

 猫を見ながら思考を巡らせていると、山田さんが近づいていき、猫とジャレ合い始めた。


「この子、朝の君が遊んでたのと同じ子じゃない?」


 猫をお腹が上になる方にひっくり返した山田さんが、そう僕に話しかけてみる。

 近寄って確かめてみると、成る程、お腹の下の方にオスである象徴が付いていた。

 その後、しばらくその猫とジャレて、家に着いた時には日はだいぶ傾いていた。

 別れ際、山田さんに


『明日も一緒に学校行っていい?』


 と訊かれたので、今日一日で誰かと登下校することの楽しさを知った僕は、快く承諾しておいた。



 翌日、学校に着くと鈴木くんと水野くんが昨日に引き続き僕の元へやって来た。

 水野くんは、昨日とは違いクールな表情を保っていたけど、鈴木くんは顔を赤らめて俯いていた。

 鈴木くんの挙動不審な様子に疑問を抱いていると、水野くんが口を開いた。


「コイツ、お前に頼みがあるんだってよ」


「……頼み?」


「そ、頼み」


 鈴木くんを見てみる。鈴木くんは、目を魚の様に泳がせて黙りこくっている。しばらく待っていると、鈴木くんは途切れ途切れに言葉を紡ぎ始めた。


「……あの…さ、お前って……山田と、仲良いのか?」


「? 別に仲良くなんてないけど」


 なんでそんなことを聞くんだろう? と思っていると、水野くんが説明してくれる。


「コイツ、山田のことが好きなんだよ」


 そうだったんだ。今まで全く気づかなかった。まあ特別親しいわけでもないから気づかなくて当たり前なんだけど……。

 

「でも、なんで僕の所に?」


「ほら、お前、今日も山田と一緒に学校に来てただろ?」


 あー、成る程。話が見えてきた。要は、僕に仲介人の役を担って欲しいと言うことだろう。


「でさ、できれば、山田とコイツの仲を取り持ってもらえねえか?」


 うーん……どうしようか……。特に断る理由はないけども、正直言って面倒くさい。それに、僕にそんな役が務まるとも思えないし……。


「お願いだ! どうかこの通り!」


 どうしようか決めあぐねていると、鈴木くんが手を合わせてお願いしてきた。目も口も堅く閉じて、完全に懇願の態勢だ。


「俺からも頼むよ」


 と、水野くんからも一言。うーん……なんか、断りにくくなってしまった。まあ、別に断る理由もないしな……面倒くさいけど、ちょっと楽しそうだし。

 ………………よし。

 しばらく悩んで、協力することにした。


「僕なんかで良ければ」


 そう言って承諾する。鈴木くんは、その言葉を聞いて、その幼い雰囲気の漂う顔に満面の笑み浮かべて「ありがとう!」と言った。

 かくして、僕は鈴木くんの恋のキューピットになったわけである。

 


 



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