ねぇちゃん、つえぇぇぇぇ!
全てが思い付き
「ねぇねぇ、だいちゃん!」
「ん?なにぃ?」
大輔は間延びした返事をしながら背後を振り向く。
そこには、大輔よりも頭二つ分ほど背の低い女性が顔を赤らめながら、もじもじと恥ずかしそうに身もだえしていた。
「あ、あのさぁ?今度の土日って...その...何か予定あったりする?」
大輔はその言葉に腕を組み唸りながら数秒目を瞑る。
唸り声が発生られるたびに、女性は目を潤ませたり、目をつむったりと大忙しだ。
「いんやぁ、別に予定はないなぁ...なんかあったり?」
大輔の言葉に女性は笑顔を咲かせ、グイっと擬音が出そうなほどに距離を詰める。
彼女の顔は、大輔とキスしそうな程に近い。
「じゃぁさ、じゃぁさ、土曜日に一緒にお出かけしない?いわゆるデートって奴だよ?ねぇねぇ、どうかな?どうかな?」
鼻息荒く、顔赤く、詰め寄る女性は肉食獣そのもの。
だが、大輔は怯むことなく。
「いいけど...あっ!どうせなら――」
「今回はおねえちゃんはダメ!!」
大輔の言葉を読んでいた女性は、先んじてそう言った。
「そうなんか...」
「そうなんだよ!デートって言うのは、おねえちゃんは行っちゃダメなの!」
「でもよぉ?ねぇちゃんと出かけるときはデートだって...」
「それって、愛さんが言ったの?」
「おぉ...」
大輔の言葉に嘘はなさそうだと判断した女性は大輔に表情を悟られないように背けて、
「あんのクソアマ...私のだいちゃんに変なこと吹き込んでんじゃねぇよ...」
震える拳は怒りの表れ。
フォア―ストフード店の赤い制服が、血の色に見えてくるのは気のせいだろう。
「どったの、裕子さん?」
「うんうん!何でもないの!...っで土曜日どうかな?だいちゃんが好きそうな映画見に行こうよ!あの、カッコいいヒーローがいっぱい出る奴!」
「ほんと!?...いこういこう!」
大輔は喜びたおした。
それはもう、子供のようなはしゃぎっぷり。
高三にもなってと、苦言を呈するかもしれない。
だが、裕子は違った。
(いいわねぇ...だいちゃんの無邪気な表情ぉ。もっともっと私が喜ばしてあげるからぁぁ)
よだれを垂らし、顔を赤らめ、瞳の色をピンクにさせているこの女性が、もうすぐ三十歳にもなろうかとは誰も思うまい。
「あっ!配達忘れてた...んじゃ、行ってきまーす!」
「はい、行ってらっしゃーい!...あ、なんかこれ夫婦っぽいかも...」
大輔は話もそこそこに赤いバイクにまたがって新宿の繁華街の中を走っていく。
だが、繁華街の中は通行人が大正義の場所。
19時と言う時間は会社帰りのサラリーマンが姿を現し、それと同時に蛍光色強めのネオンが灯る時間でもある。
つまりは、大輔は視界に映る細道をバイクにまたがってすり抜けられる程のドラテクは持っていないので、
「こっからは、降りるか...」
万が一の事も考えてバイクは押して歩いていくことに。
辺りには、既に出来上がっている中年、喧嘩しているカラーギャング、踊りを披露しているインチキおじさんまでいる。
そんな中、邪魔くさいバイクを推しているともなると絡まれたりするわけで。
「おぉおぉ、兄ちゃんハンバーガーくれやぁ!」
「いいねぇ!俺、コーラ欲しい!」
「てかさ、てかさ、俺、そこでバイトしてたんだよねぇ。えぇっと...大迫大輔くんでいいのかな?」
絡んできた若者の内の一人が、制服の名札を確認してきた。
「あのぉ、すみませんが配達の途中で...」
「いいじゃん!いいじゃん!だいすけくぅーん!」
酒が回っているようだ。
誰かが叫べば歓声を上げる。
そんな茶番を繰り返しながら、足止めを食らっていた大輔。
その時、若者の内の一人が顔を青くしてうずくまった。
「おぃおぃ!もう限界かよ?」
「さっき、だいすけって...」
震える声は怯えからきているようだ。
それを察した若者たちは、怪訝な顔しながらも
「おぉ。えぇっと、おおさこだいすけくーんです!」
その名前を聞いた若者は青ざめた顔を震わせ始めた。
「バカヤロー!...間違いねぇ、あの人と同じ茶色の髪に高校生くらいのおおさこだいすけ...。そしてぇ!」
青冷めた若者は、大輔のヘルメットを指さす。
そこにあるのは小さな愛と言う感じがプリントされた大輔特注ヘルメットが。
「あの人の名前がプリントされたヘルメットォォォォ!」
「あ、もしかして、ねぇちゃんのこと知ってるんすか?」
その言葉は、若者たちの酔いを一気に醒ました。
「あぁ...あぁ!だいすけさんってのは、貴方だったんすかぁぁぁ!すみませぇぇぇぇん!」
大輔に絡んできた若者も、重大な何かに気が付いたようで地面に頭をこすりつけながら謝り倒す。
気がつけば若者集団全員が大輔にひれ伏していた。
何も知らないのは大輔だけだ。
「あ、あのぉ。おれなんかやっちゃいました?」
その言葉はさながら異世界転生者。
「いえいえいえいえいえいえいいえ!なんにもです、はい!」
「俺達は、大輔さんのおねぇ様に世話になったことがありまして」
その言葉は大輔の興味を引くには十分だった。
「ねぇちゃんが...?」
スキンヘッドの男が語りだす。
「俺は、この街を豆腐で埋め尽くしてやろうと言う野望を持って色んな悪事をしていたんです。イタリア料理店に豆腐を持参、牛丼チェーン店にも豆腐を持参。もう、札付きの悪って奴でした」
若者たちは震えあがる。
「次は、そこら辺の奴の弁当にも豆腐を入れてやろうと思いまして...公園で弁当を食べようとしていたOLをターゲットにしたんです」
「それが...ねぇちゃん?」
男が頷く。
「広げた弁当に持参した木綿豆腐を落としてやろうとしたその時です。気が付いたら、俺は地面に倒れ伏していました。そこからの記憶はありません。ですが、愛様からの暖かい言葉が俺の目を覚ましてくれたんです!」
「ねぇちゃんはなんて?」
この話を聞いていた、若者たちや道行く人達は固唾をのんで言葉を待った。
「私は、木綿豆腐の先を知っています...と」
男の言葉は人々の度肝を抜いた。
そして大輔は一言。
「ねぇちゃん、つえぇぇぇぇぇ!」
豆腐は木綿一択