紅の章
「そうだ、彼に会いに行こう」
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「俗に言う失恋というやつです」
そうだ、彼に会いに行こう。ようやく決意が固まった時、落とし物の展示ケースに人影が映り込んだ。なんと、当の紅一郎だった。良かった。探しに行く手間が省けた。それに、よく考えたらここは絶好の場所だ。
気分を良くする私だったけど、紅一郎は私が気付いていないと思い込んでいるようだった。黙ったまま、にやけ面で私の様子をうかがっている。かわいい。なにか企んでいるのが丸わかりね。面白そうなので、そのまま黙って見ていよう。
スカートの下で、スマホを構えているのも。
「探し物はここにあるのに」
満足のいく画が撮れたらしい。ようやく声をかけてくれたので、ゆっくり振り返る。すると、私が驚かなかったのが不満なのか、紅一郎は唇を歪めてしまった。
仕方がないから、彼のちょっと意味の分からない発言の意味を聞いてあげたら、機嫌を直してくれた。ペラペラと話し出す。しっとりと、落ち着いた声。うん、好き。勝手に身体の奥が熱くなる。私だけに効く魔法。
外は風が騒がしかった。まるであの日のように。
校舎裏で自主練をしていたら、強い風に煽られた紙片が私の足下に舞い降りた。拾って表面を確かめたのと、木陰から躍り出た男が叫んだのは同時だった。
「ち、違うんだ!」
熱っぽい笑顔を向ける、私の写真。呆然としている間に、男は左手で写真をひったくって、走り去そうとした。右手は頑なにズボンに突っ込んだままだった。
……紅一郎が肩をすくめた。その瞬間、本当の意味で、私の決意は固まったのかもしれない。
ゆっくりと、落とし物に紛れて並んでいるそれを指さした。
『あいつはお前を売っているぞ!』
右手クンが自白したの。お守りに隠して取引しているんだよね。ユニフォームだと高いんだってね。
誰にも見せないって、約束したのに。
紅一郎は顔色も変えず、鼻で笑っただけだった。
「恥ずかしかったのか?」
違う。
「他人に知られたら」
願いは叶わない。だって、君だけの所有物でいたかったの。
だけど紅一郎は、それなら、と面倒くさそうな顔で財布を取り出した。私が先生に言いつけるとでも思ったのだろうか?
「もういいの。今から言う――オン・ユア・マークス! セット」
彼の舌打ちは号砲のように、私の脳内で鳴り響いた。私は人生で最高のスタートを切り、展示ケースへ飛び込んだ。
ちょうど日が差したらしい。光を浴びて煌めく透明な欠片を掴んで、そのまま――。
いつの間にか私はガラスケースの中で座っていて、外にいる彼を眺めていた。もう一人の私と、楽しそうに踊っている。
声は聞こえない。だけど、ふふ、紅一郎ったら。変な顔。
福笑いみたい。
――日が差し込んで、景色が段々と赤みがかってきた。瞳を焼かんばかりの紅が、私を優しく抱いて、終わりの味を教えてくれた。酷く錆臭かった。
俗に言う失恋というやつです。
(終)
恋、は しにました。
――――――
登場人物
緑 彼女を飾るガラスケースは、鉄格子に変わりましたとさ。
紅一郎 「無料の、お守り」は納札箱から集めた。罰あたりめ。
右手クン 緑に真実を教えてくれた。普段は生物を教えてくれる。