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オン・ユア・マークス!  作者: 御法 度
2/2

紅の章

「そうだ、彼に会いに行こう」

 ↓

「俗に言う失恋というやつです」

 

 そうだ、彼に会いに行こう。ようやく決意が固まった時、落とし物の展示ケースに人影が映り込んだ。なんと、当の紅一郎こういちろうだった。良かった。探しに行く手間が省けた。それに、よく考えたらここは絶好の場所だ。

 気分を良くする私だったけど、紅一郎は私が気付いていないと思い込んでいるようだった。黙ったまま、にやけ面で私の様子をうかがっている。かわいい。なにか企んでいるのが丸わかりね。面白そうなので、そのまま黙って見ていよう。

 スカートの下で、スマホを構えているのも。


「探し物はここにあるのに」


 満足のいく画が撮れたらしい。ようやく声をかけてくれたので、ゆっくり振り返る。すると、私が驚かなかったのが不満なのか、紅一郎は唇を歪めてしまった。

 仕方がないから、彼のちょっと意味の分からない発言の意味を聞いてあげたら、機嫌を直してくれた。ペラペラと話し出す。しっとりと、落ち着いた声。うん、好き。勝手に身体の奥が熱くなる。私だけに効く魔法。

 外は風が騒がしかった。まるであの日のように。






 校舎裏で自主練をしていたら、強い風に煽られた紙片が私の足下に舞い降りた。拾っておもて面を確かめたのと、木陰から躍り出た男が叫んだのは同時だった。


「ち、違うんだ!」


 熱っぽい笑顔を向ける、私の写真。呆然としている間に、男は左手で写真をひったくって、走り去そうとした。右手は頑なにズボンに突っ込んだままだった。






 ……紅一郎が肩をすくめた。その瞬間、本当の意味で、私の決意は固まったのかもしれない。

 ゆっくりと、落とし物に紛れて並んでいるそれを指さした。


『あいつはお前を売っているぞ!』


 右手クンが自白したの。お守りに隠して取引しているんだよね。ユニフォームだと高いんだってね。

 誰にも見せないって、約束したのに。

 紅一郎は顔色も変えず、鼻で笑っただけだった。


「恥ずかしかったのか?」


 違う。


「他人に知られたら」


 願いは叶わない。だって、君だけの所有物でいたかったの。

 だけど紅一郎は、それなら、と面倒くさそうな顔で財布を取り出した。私が先生に言いつけるとでも思ったのだろうか?


「もういいの。今から言う――オン・ユア・マークス! セット」


 彼の舌打ちは号砲のように、私の脳内で鳴り響いた。私は人生で最高のスタートを切り、展示ケースへ飛び込んだ。

 ちょうど日が差したらしい。光を浴びて煌めく透明な欠片を掴んで、そのまま――。






 いつの間にか私はガラスケースの中で座っていて、外にいる彼を眺めていた。もう一人の私と、楽しそうに踊っている。

 声は聞こえない。だけど、ふふ、紅一郎ったら。変な顔。


 福笑いみたい。


 ――日が差し込んで、景色が段々と赤みがかってきた。瞳を焼かんばかりの紅が、私を優しく抱いて、終わりの味を教えてくれた。酷く錆臭かった。

 俗に言う失恋というやつです。




(終)






恋、は しにました。


――――――


登場人物

 緑 彼女を飾るガラスケースは、鉄格子に変わりましたとさ。

 紅一郎 「無料の、お守り」は納札箱から集めた。罰あたりめ。

 右手クン 緑に真実を教えてくれた。普段は生物を教えてくれる。

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