オリオンの下でその時、文学少女とサラリーマンとおねぇと名探偵と農民は
お日さまは とうに 西の地平線の陰に お隠れになり
黒天鵞絨の空にオリオンが歌う その時に
文学少女は あたたかな布団にくるまり 不思議な伝説を読んでいた
サラリーマンは ブラウン管のテレビにうつる 古い映画に見入り
おねぇは ボロアパートで 薄く紫がかったピンク色の湯に そっとからだを沈めた
名探偵は ブラック企業の 消えることない明かりの陰に車を停め
農民は 森のふくろうの声を聴きながら 夢とうつつをさまよっていた
伝説のなかでは 大魔王の飼っていたドラゴンが生け贄の聖女に恋をして
ブラウン管のなかでは 幕末の忍者が偽物の将軍に必殺技を放ち
ボロアパートのなかには 入浴剤のネロリの香りがたちこめた
ブラック企業を窺う車のなかでは名探偵が 証拠写真を撮りつつ アンパンをかじってパック牛乳を飲み
すこしずつ深まる夢のなかでは少年に戻った農民が 今は亡き父母と入道雲を見上げて おにぎりをほおばった
文学少女は ドラゴンと聖女の運命に胸をときめかせ
サラリーマンは 忍者と偽物将軍の立ち回りに胸おどらせ
おねぇは 目を閉じて 胸いっぱいに深呼吸
名探偵は ブラック企業の社員たちの疲れを思って胸を痛め
夢からさめた農民は なんでもなかったはずの会話と 耳に残る懐かしい声に ぐっと胸詰まらせた
たくさんの物語を
読んで 観て 味わって 想像して 思い出し
ドキドキして ハラハラして
ワクワクして ほのぼのして
笑って 泣いて 怒って 喜んで
それぞれの物語がまた 紡がれていく
誰にもコントロールされない
それぞれの場所で




