俺、勇者パーティーを追放されかけるが、絆の力を見せつけて魔王を改心させる
主人公のパーティーへの貢献とは一体……
「田中、お前にはパーティーを抜けてもらう」
酒場での夕食中、ジャンの唐突な宣言に俺の背中に電流が走った。パーティーを抜けろ? 何を言っているんだ。
俺の目の前でジャンが涙目で震えている。
「ジャン! なんでだよ俺たちは長年うまいことやって来ただろ!?」
俺はジャンの肩を揺さぶって詰め寄った。ジャンはそんな俺から目を反らして震えた声で叫んだ。
「みんな今まで我慢してきたけど、お前はこのパーティーのお荷物なんだよ! 俺たちはお前の代わりに新しいメンバーをいれることにした。お前は村に帰れ!」
「た、確かに俺の剣術は、ジャンには及ばないかもしれねぇ。だけど、お荷物なんて言い方はあんまりだろ!」
ジャンは勇者だ。王国で一番の剣士であり、多彩な魔法を使いこなす戦闘の天才だ。
確かに俺はジャンには及ばねぇ。でもジャンはお人好しで面倒なことを押し付けられやすくて、何より俺のことが大好きなんだ。
俺たち五人、勇者のジャンと聖女のシャノン、賢者のティコ、魔道士のヨハネス、そして俺は同じ村で産まれた幼馴染みだった。昔からみんなでつるんでバカをやったりしながら一緒に育った。十五歳になった年に天職を授かった。そして、みんなで村を出て冒険者になったんだ。
天職って言うのは、ある種の才能みたいなものだ。十五歳になるとみんな神様から天職を賜るんだ。天職によって、ある程度その後の未来が決まる。もちろん個人の努力もあるけれど、剣士なら剣術をマスターしやすかったり、魔法使いならば魔法をマスターしやすいと言うような具合だ。
村を出て王都で冒険者になって三年、先日ついにS級パーティーとして認められた。ここまでの道のりは決して楽じゃなかった。でも、みんなで力を会わせて幾多の危機をなんとか乗り越えてきた。
あるときはゴブリンに、俺が滅多刺しにされた。
あるときはヘルハウンドの炎獄の吐息で、俺が消し炭にされた。
あるときはミノタウロスの斧で、俺が唐竹割りにされた。
他にも数えきれないほどの危機を乗り越えてきた。今ではダンジョンに入るだけで、全身がガクガクと震えて呼吸が荒くなる。
「田中くんはちょっと戦いについてこれてないかな……」
シャノンが俯きスープをかき回しながらつぶやいた。
「シャ、シャノンまで……嘘だろ……お、お前らはどうなんだよ!」
俺はヨハネスと、ティコに向かって叫んだ。
嘘だ、嘘だと言ってくれ――
「アタシも田中っちは、村に戻った方が良いと思う」
ティコがまっすぐな目で俺を見つめながら、はっきりと答えた。
「田中さんのその困った顔、良いですね」
ヨハネスもなにか言っている。
「そんな、嘘だろお前ら……」
確かに他のパーティーメンバーに比べて、俺は純粋な戦闘力では劣っているかもしれない。
聖女のシャノンは、無尽蔵の魔力で、どんな傷でも癒すことができる。たとえ絶望的な状況からでも戦線に復帰させられる。そして何より俺のことが大好きだ。
賢者のティコは、パーティーの頭脳だ。戦闘では皆を指揮しつつ的確に補助魔法を使ってみんなをアシストする。そして何より俺のことが大好きだ。
魔道士のヨハネスは、天変地異さえ操る魔法のエキスパートだ。俺の等身大人形を持ち歩いていて、それを魔法の触媒にしている。そして何より俺のことが大好きだ。
こいつらは才能にも天職にも恵まれた天才たちだ。確かに俺はこいつらには及ばねぇ。だけど、俺なりにパーティーには貢献してきたつもりだ。
俺、田中の天職は平民だ。ザック一つ分の荷物が持てる。そのザックもウェザープロテクション素材で容量は50リットル、冬季の雪山アタックにも使えるオーバースペック品だ。そして何よりみんなのことが大好きだ。
そうだ俺はこの相棒を担いで。みんなをサポートしてきた。酒場ではいつも俺が乾杯の音頭をとってきたし、いつも下座に座って店員にオーダーを通してきた。割り勘の計算だって間違ったこともない。
そうやって長年、俺は俺なりにパーティーに貢献してきたつもりだったのに……
「そ、そうだ。最後に、最後に俺にチャンスをくれ! 俺がパーティーの役に立つって証明して見せる!」
俺は食い下がった。そんな簡単に三年間を否定されてたまるか。
困ったように顔をしかめたジャンは、一呼吸おいて口を開いた。
「田中、そこまで言うならチャンスをやるよ。次のダンジョン探索では、お前が前衛を勤めろ!」
「な、なんだって俺が前衛を!?」
そんな無茶な!? 俺にできるのは三本締めぐらいだ! 実質的にノーチャンスじゃないか!
「ジャンくん、そんな無茶なことを田中くんにさせるつもり!?」
「田中っち、諦めて村に帰ろう。それが田中っちのためだよ」
シャノンもティコもこの要求は無理筋だと認識しているようだ。
「田中さんの絶望した顔もサイコーだあ!」
ヨハネスもなにか言っている。
「それが無理なら、村に帰れ。それがお前のためだ……」
ジャンはついに涙を流しながら震える声を絞り出すように言った。泣きたいのはこっちだ。
「くそったれ! わかったよ。やってやるよ。その代わりジャン、お前がザックを持てよ!」
俺はやけっぱちになって条件を飲むことにした。俺だってS級パーティーの一員だ。やればできるはずだ。
「ああ、わかった……田中、もし探索に失敗したら村に帰るんだ。みんなそれでいいな。シャノン、ティコ、どうか田中を頼む……」
そういい残すと、ジャンは俺たちを残して酒場をあとにした。食い逃げだ。
その日はそれきりで、気まずくなってしまって。お開きとなった。ジャンの分は、俺が立て替えておいた。俺の財布は、パーティーの行く末と同様に暗雲が立ち込めていた。
翌日、俺はいつものようにS級ダンジョン『これも運命か』の前に向かった。
集合場所には、既に四人が集まっていた。何やら話していたようだがよくわからない。
「田中、最後の確認だ。本当にやるんだな。」
ジャンが俺の前に立ちはだかった。
「もちろんだ! 俺だって、このS級パーティーの一員なんだ!」
俺は強がって見せた。だが、本心は恐怖でいっぱいだ。だけどやるしかないんだ。
「お前ら、行くぞ!」
そう気勢をあげて俺は得物の竹槍を構えた。見た目はただ竹を切り出しただけの簡素な槍だが、俺の覚悟次第では大空を舞うドラゴンをも倒すこともできると言われている業物で、平民の初期装備だ。
おのおの得物を構えると、俺を先頭にダンジョン内に足を踏み入れた。
ダンジョンの中は、黒煉瓦のような見た目の謎の物質で構成されている。誰がどのような目的で作ったのかは未だ解明されてない。ただ、ダンジョン内にはモンスターが存在し、そのモンスターの皮や骨、角などの素材と呼ばれる物や、魔石と呼ばれるモンスターの体内で生成される魔力を帯びた結晶が市場で高値で取引される。俺たち冒険者は、ダンジョンに潜りモンスターを屠り、それらを回収することで生計を立てている。
このS級ダンジョン『これも運命か』は、数多あるダンジョンの中でも屈指の難易度を誇っている。ダンジョンは通常、上層から下層に降るにしたがって、強力なモンスターが出現するようになる。このダンジョンでは一層目からB級モンスターである「ケルベロス」が徘徊し、第二層へ下る階段手前の広場を、A級の「サイクロプス」が守護しているのだ。
こいつらの攻撃を受ければ、いかにS級パーティーの一員である俺と言えど、一撃で肉片にされてしまう。
震える足を押さえつけ、荒くなる呼吸を必死で整えながら、ゆっくりとダンジョンを進んでいく。
当初は、相当な苦戦が続くかと思われたが、意外にも無傷でサイクロプスの守護する広場まで到着できた。俺もやればできるのだ。
ちなみに道中出会ったケルベロスどもは俺が手を下すまでもなく、接近する前にヨハネスによって肉塊にされていった。その度に俺を除いた四人で反省会が行われていた。そんなに俺のことを仲間外れにしたいのかと、心がめげそうになる。
「よし、これからサイクロプスに挑むぞ。お前ら覚悟はいいか?」
俺は自分に言い聞かせるかのように、みんなを鼓舞した。するとジャンが前に進み出てきた。
「田中! この先ではお前の実力を試させてもらう。そしてヨハネス! 初手サイクロプス爆破は厳禁だ。田中の実力を確かめるための試練なんだ。頼むからやめてくれ。」
ジャンは確認するように俺に言った。ついでにヨハネスにもなにか指示を出した。
「私が田中くんを死なせない」
「アタシも全力でサポートするよ。ただし、モンスターと直接戦うのは田中っち、君の仕事だからね」
シャノンとティコも応援してくれている。負けられない。みんなの前で活躍して、パーティーの一員として認めてもらうんだ!
「魔法に驚く田中さんの顔も素敵だったのに」
ヨハネスもなにか言っている。
意を決して広場への扉に手をかける、ズズズと音をたてながら重厚な扉が開いていった。
扉の先に居たのはサイクロプスではなく、一人の老人であった。その老人の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。
その老人に向かってジャンが叫んだ。
「貴様は邪智暴虐の暴君ディオニス! なぜこんなところに!」
この老人がディオニスだって!? そんな馬鹿な、こんなところで出会うなんて!
俺たちが戸惑っているとディオニスは、さっと手のひらをこちらに向けた。
「だまれ、下賤の者ども。磔刑の槍」
そう言うが早いか、ディオニスの手のひらから無数の槍状の塊が先頭にたつ俺に向かって放たれた。
「あわわ」
身をよじって避けようとするが、全く間に合わず、何本もの槍が俺に突き刺さった。
「ツッアアアアア――」
全身に激痛が走って声にならない叫びが漏れた。何ヵ所に槍が突き刺さったのか分からない。息が苦しい。直感的に死ぬのではないかと思われた。ちくしょう、こんなはずじゃなかったのに。
「シャノン、田中っちの回復をお願い! アタシがディオニスの動きを封じる!」
ティコがなにか魔法を使っているが、もうよくわからない。シャノンは俺の体を抱き起こした。
「大丈夫、私が田中くんを必ず助けてあげる」
意識を手放しかけていた俺を回復魔法の淡い輝きが包んだ。しかしすぐには傷は癒えず、体の至るところから走る激痛に頭が壊れそうになった。
「ころして……ころして……」
あまりの苦痛に思わず慈悲を乞う言葉がもれてしまう。
「大丈夫、もう少しだから大丈夫、怖くない……」
そう優しく語りかけながらシャノンはその瑞々しい柔らかな唇を俺の唇に近づけてきた。俺は目を閉じた。心臓がドキドキしてしまって、頭が沸騰しそうだ。
「どけ!この売女!」
俺とシャノンの唇が触れあおうした瞬間、ジャンがシャノンを突き飛ばした。シャノンはすさまじい勢いで吹っ飛ばされて壁に激突し、呻き声をあげた。
「シャノン!大丈夫か!」
俺がシャノンを心配するのも構わずジャンが俺を抱きすくめた。
「田中! すまなかった。俺たちを許してくれ。みんなもうお前が傷つく姿を見たくなかったんだ。お前をお荷物扱いして本当にすまなかった。もう俺は我慢ができない。」
そういうとジャンは俺の唇にキスをした。ついばむように何度も何度もだ。俺の心がキュンとするのがわかった。ジャンの男らくて引き締まって見えた唇は想像の何倍も柔らかかった。俺の頭のなかはとろけてしまって、ジャンとキスすること以外考えることができなくなってしまった。そうして、俺の心は幸せに包まれた。
もっともっととせがむようにジャンとの口づけを交わしていると、ディオニスが静かに俺達の近づき顔をあからめて、こう言った。
「おまえらは、わしの心に勝ったのだ。絆の力とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい。」
「万歳、王様万歳」
ティコが叫んだ。その後ろではヨハネスが俺の人形を使って何かしている。
一匹のゴブリンが、緋のマントを俺に持ってきた。俺がまごついていると、ジャンが気をきかせ教えてくれた。
「田中、君の服は穴だらけじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、田中の裸体を、そこの売女に見られるのが、たまらなく口惜しいんだ」
俺は赤面した。
走れメロスは万能調味料
追放できなかった。悔しい。