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「モーリアン兄さん、ディアナさん、お久しぶりです」
二人に会う、この日のことをどれだけ想像しただろう。
会ったらどんな表情でいればいいのか、何を話したらいいのか、何度も何度も繰り返し考えていた。
もちろん、ルズベリー兄妹が犯人だと決まった訳ではない。
しかし二人の証言さえなければ、エルーシアは死なずに済んだかもしれないのだ。
自然と腕に力が入ったのを、ひとつ息をしてやり過ごした。
「まぁ、エルーシアさん?」
「エルーシアじゃないか! 四年ぶりくらいか? 見違えたよ」
二人は目の前に現れた令嬢がエルーシアであると気がつくと、親しげに腕を広げて寄って来た。
モーリアンの言う通り、従兄妹同士であるのに顔を合わせるのはおよそ四年ぶりとなる。
つまり、エルーシアの時が遡ってからは一度も会っていない。
前回は十三歳以降も何度か会っていたはずだが、今回は不思議と今に至るまでその機会がなかったのだ。
ディアナは相変わらず鮮やかに美しく、周りからは次のダンスに誘いたい令息たちの視線が集まっている。
その視線を当たり前のように受けながら、ディアナはしげしげとエルーシアを見ていた。
「兄の言う通りだわ。とっても綺麗よ、エルーシアさん」
「ディアナさんこそ。皆さんの視線の先にいらっしゃったから、すぐにディアナさんだって分かりましたよ。皆があなたに注目しているわ」
「ふふ、ありがとう。それと、後ろにいらっしゃるのはもしかして」
「後ろ? あぁ、えっと……」
ちらりと後ろを見やると、しっかりオルキスがくっついて来ていた。
ディアナの視線を受けてエルーシアの横に並び立つと、流れるような動きでお辞儀をする。
「エルーシアの婚約者のオルキス・ヴァロアと申します。お見知りおきを」
見事な礼を見せたオルキスに、ディアナ以外にも側にいた令嬢たちが頬を赤らめた。
有名な大公の有名な公子なので、名前はもちろん、顔を知っている者も多いだろう。
これを機に一曲、と狙う令嬢たちが自然を装いつつ、徐々に距離を縮めてくる。
「ディアナさん」
「はい」
その一人であるディアナに、エルーシアが声を掛ける。
オルキスによってすっかりエルーシアのことなど忘れていただろうに、ディアナは瞬時にこちらに笑顔を向けた。
「従兄妹同士なのにちっともお会いできないなんて寂しいわ。シーズン中は王都にいますし、子供の頃みたいに、また仲良くしてくださいね」
「もちろんよ! 来週、我が家で夜会を開くの。大きくはない夜会ですけれど……ご予定は空いているかしら? ぜひ来てほしいわ」
初めて誘われたルズベリー家での夜会に想いを馳せて、エルーシアは笑みを深くした。
「嬉しいわ。招待状、お待ちしてます」
「それで、あの、ぜひ、ご婚約者様と一緒においでになって」
「ええ」
「喜んでお伺いします」
やはり、オルキスは令嬢たちからの人気が高い。
魔法騎士にはなれなくても、結婚相手として魅力的であることは変わらないようだ。
ディアナもオルキスに気のある令嬢の一人で、その婚約者であるエルーシアにはいい感情を抱いていなかっただろうことは予想できる。
「そろそろディアナさんと一曲ご一緒したそうな方々からの視線が痛くなってきたわ」
「あなたも殿方からの注目の的よ、エルーシアさん」
「ふふ、ディアナさんほどではありませんわ。私たち、これで失礼しますね」
「うちでの夜会、絶対に来てくださいね!」
実際のところ、エルーシアに刺さる視線は令嬢から向けられるもので、オルキスの婚約者への嫉妬と敵意だ。
その視線にも疲れてきたので、エルーシアはタウンハウスへ帰ることとした。
今日の目的は達成できただろう。
従兄妹の二人に接触することができたし、次の約束も取り付けた。
エルーシアは敢えて二人に接近して、あわよくば前回以上に仲良くしておくつもりでいる。
大公が階段から突き落とされる夜会の日にどう立ち回るべきかは決めかねているが、今の時点で一番怪しい二人に近づいておけば、エルーシアが犯人にされる可能性は減るのではないだろうか。
*
「今日は、側にいてくれて助かったわ」
馬車に乗り込んでその扉が閉まると、ようやく夜会から離れたという安心感とは裏腹に、体は芯まで冷えてぐったり重く感じられる。
婚約者を家まで送り届けるため向かい側に座ったオルキスに、口を開くのも億劫な体に鞭打って礼を述べた。
「ありがとう」
「……いや」
目を細めてこちらを見るオルキスから視線を外した。
彼はエルーシアがどういう意図で感謝しているのか、分かってはいないだろう。
エルーシアも分かってほしいと思っていない。
ディアナは少しでもオルキスに近づきたいと考えているはずだ。
以前は一度も招待されたことのないルズベリー家の夜会に行けることになったのは、その場にオルキスがいたことが大きいだろう。
それを逆手に取って、エルーシアもルズベリー兄妹との親睦を深めるつもりでいる。
つまりエルーシアは、オルキスを利用したも同然だ。
どうしてか寄せられている好意を、自分の都合のいいように使ったのだ。
ダンスが終わってからルズベリー兄妹の元に行くのに、オルキスが付いてくるとは思っていなかった。
友人たちと話したり、付き合いで別の令嬢とダンスしたりするだろうと思っていたのだ。
エルーシアを追いかけて付いてきたのは意図してのことではないが、結果都合がいいので利用した。
前世であればオルキスを利用するなど絶対に有り得なかっただろう。
どうしても罪悪感が拭いきれなくて、礼を言った後は顔が上げられなかった。
それをどう思ったのか、オルキスが優しく話しかけてくる。
「デビュタントは王族にも会うし、緊張するよね。お疲れ様」
エルーシアは目を瞬かせた。
この疲労の原因はそれではないのだが、一般的な視点で考えるのなら、確かに気疲れの原因はオルキスの言う通りのものになるだろう。
それを他でもない、現王の甥であるオルキスが言うものだから可笑しい。
「あなたに言われても労られている気がしないわ。国王陛下は甥っ子を目に入れても痛くないほど可愛がっておいでと聞くわよ」
「でも僕は王族じゃないし。それより、明日空いてるよね? 王都を案内するよ」
「ちょっと、なんで私の予定を知っているの?」
「僕は君の婚約者だからね」
「答えになってないんですけど」
エルーシアの父か、モニカたち使用人の誰かから聞いたのだろう。
確かに明日は何も予定が入っていないので、遠出でもなく王都散策くらいならば頷いても問題はないのだが。
「明日は手紙の整理とか、ドレスの確認をするつもりなの。だから」
「分かった。じゃあ午後、ゆっくり迎えに行くよ」
「午後ならいい、という訳じゃないのよ」
「いや、やっぱり早めに行こうかな? 僕も手伝うよ」
「私の話を聞いてくださる?」
人の話を聞かないオルキスが、身を乗り出してくる。
内緒話をするように顔を近づけてくるので、エルーシアは少し身を引いた。
「それが終わったら、美味しいケーキのあるカフェに行こう。ご馳走するよ」
「ケーキ……?」
「最近王都で人気の店なんだ。茶葉と一緒に生の果物を何種類も入れた紅茶が有名だとか」
「果物の、紅茶」
「好きなものを好きなだけ、頼んでいいよ。王都に来てからデビュタントの準備で気も張っていただろう?」
「も、もしかしてそのお店って王都のご令嬢の中で爆発的人気を誇るカフェ・ガルデロンのことでは!?」
「そうそう、そんな名前の店だったかな」
「ケーキを買うだけでも並ぶのに、カフェとなると席の予約は必須、その予約もいつ取れるか分からないというのに、明日? その果物の紅茶はカフェ限定メニューよ!? 季節によって、入れる果物が変わるそうです……っ!」
「友人が予約してたんだけど、非常に残念ながら都合が悪くなってしまったそうで、譲ってもらったんだよ」
「そ、そんな奇跡が?」
「遠慮しないで。僕は君の婚約者だからね、エルーシア」
最後の一言はいらない。
だが、エルーシアの住む辺境にまで噂の届くそのカフェの魅力には、抗えなかった。
「せっかくの予約がもったいないから行くのよ」
「うん」
「ほんとに好きなだけ食べるわよ。私、お財布持って行かないからね!」
「ぜひ、そうしてください」
オルキスが嬉しそうに笑った。
彼の笑顔を見るたびに、罪悪感からますます体が重くなっていくような気がする。
「それじゃ、おやすみ。良い夢を」
屋敷の前で馬車が止まる。
出来ることなら、夢も見ずに眠りたいものだ。
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