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 二年ぶりに会ったオルキスはずいぶん呆けたような顔をしてはいたが、エルーシアの最期の記憶にある通りとなっていた。


「エルーシア?」

「久しぶりね、オルキス」


 アルハン家に到着して馬車を降りたオルキスの眼前に、一騎の獣が落ちるような勢いで降り立つ。

 急に目の前に現れた魔獣とそれに騎乗するエルーシアの姿に、オルキスが目を見開いた。


「元気だった?」

「……、はい……」


 白金の髪と菫色の瞳に、馬や魔獣への騎乗で引き締まった身体、それでいて白く輝く肌。

 前回はオルキスが人生の最優先事項だったが、今のエルーシアはそうではない。

 まだ親の庇護下ではあっても精神的に自立したような雰囲気をまとって微笑むエルーシアは、オルキスが息を呑む程に美しく成長していた。


 魔獣から降りたエルーシアが手綱を手放しその背を撫でると、魔獣は厩の方へ勝手に飛んで行った。

 馬型の魔獣で、飛行能力のある種類のものだ。

 王族や高位軍人などが騎乗しているような代物だが、このアルハン家は古くから魔獣の扱いに長け、その捕縛や調教で功と財を成してきた一族だった。


「鞍は?」

「鞍なんてなくても乗せてくれるわ」


 ある程度の年齢になると何日も森に潜り、自分の魔獣を手に入れて自ら調教し馬代わりに乗る。

 それがアルハン一族だ。

 エルーシアの家では父や兄たちのみならず、他領から嫁いで来た母も自分の魔獣を手なずけていた。


 前回は馬ですら嫌がっていたのだが、あれこれと考えを改めた一環で馬を乗り回すようになったエルーシアは、この二年の間で魔獣にも乗るようになっていた。

 まだ自分の魔獣はなく、苦い顔をする父や兄から借りているだけではあるのだが。


 飛んでいく魔獣の姿が見えなくなると、エルーシアはオルキスに向き直った。


「私もどうせ王都に行くんだから、貴方がわざわざこっちに来なくたって、一緒だったでしょ」

「エルーシアに一日でも早く会いたかったからね」


 事前にアルハン領までエルーシアを迎えに行くと伺いを立て、許可を得てから来ているオルキスに対してこの言いよう。

 しかしこの嫌味も嫌味と思ってもいない様子で、オルキスは平然と微笑んで答えた。

 こういうところが二年経っても全然変わっていないのは、毎週のように届く手紙からも分かっていたので、エルーシアとしては最早驚きもない。


 結局のところ、今に至るまで婚約解消はできていなかった。

 オルキスが拒否するのでヴァロア家は動かず、アルハン家としてもエルーシア以外は望んでいないことだからだ。

 この二年、頻繁に届く手紙にろくに返信せず、せっかく王都からアルハン領にまで来たのにも文句を言って、魔獣にまで好き放題に乗っているじゃじゃ馬令嬢のどこがいいのだろうか。


 ともあれ、オルキスを魔獣に乗って出迎えて驚かせるという目的は達成した。

 エルーシアが屋敷の中に入ろうとすると、エスコートするように手を差し出し、オルキスが言った。


「エルーシア。君のデビュタントボールで一番最初に踊るのは僕だって、約束してくれる?」

「心配しなくても、そうなるでしょうね」

「できたら僕だけにしてほしいんだけど」

「それはお返事できないわ」


 差し出された手は、二年前のように無視した。

 オルキスに信じてもらえないまま死んでいったことを、忘れることはない。

 


 オルキスとは別々の馬車で連れ立って王都にやって来て数日、本日がデビュタントの日である。

 タウンハウスの自室で鏡の前に立つエルーシアは純白のドレスを着ていた。

 デビュタントに参加する令嬢は皆、白のドレスと決まっているのだ。


 前回身に着けたものと同じロングトレーンのデザインで、シルクの上にレースを重ね、そのレースには質感の異なる白い糸で刺繍が施されている。

 夜会で着ると会場の灯りに反射して、刺繍と一緒に縫い付けられた真珠やダイヤモンドが煌めくように作られていた。

 二の腕まで覆う手袋にピアスやネックレスを付けて、薄く化粧を施して終わり。

 それが前回のエルーシアだったが、今回はここでは終わらなかった。


 十三歳に時間が巻き戻ってからそうしていたように今日も髪は全て結い上げ、化粧も変えた。

 肌は元の美しさをそのまま活かすためごくごく薄く粉を叩くだけに留めたが、目元には何色かを使い分けたアイシャドウに濃茶のアイライナーを引き、まつげもしっかりと上げる。

 淡い桃色の口紅は止めて、もっと薔薇の色に近い濃い色のものを塗った。

 赤でもなく桃色でもなく、絶妙な色合いの口紅はエルーシアの肌の白さを際立たせた。


 化粧を少し変えるだけで印象は大きく変わった。

 エルーシアは髪も瞳も肌の色でさえも色素が薄く、儚げな印象が強い。

 その上、淡い色合いのドレスを着て、化粧も最低限かつ薄い色のものばかり使っていたので、かつてのエルーシアはよく言えば儚く、悪く言えば非常にぼんやりした印象の令嬢だった。


 目元を際立たせ、はっきりとした色合いの口紅のおかげで、儚くぼんやりしていた令嬢の姿はない。

 ドレスと相まって遠くからでも目立つような、しかし決して嫌味ではない仕上がりにエルーシアは大いに満足していた。


 この国のデビュタントではまず国王と王妃に社交界入りの挨拶をして、その後に今年デビューする令嬢たちのダンスお披露目となる。

 婚約者がいる令嬢はその相手と、婚約者のいない令嬢は父や男兄弟と。

 エルーシアの相手はオルキスなのだが、ここでようやく真正面から自らの婚約者を見たオルキスは目を丸くしていた。


「とても似合ってる」

「オルキスは……こういう感じは嫌いだと思ってた」


 素直に褒めるオルキスに、もう慣れたと思っていても少し照れた。


「こういう感じって?」

「なんていうか、自己主張が激しいというか」

「君を見ても自己主張が激しいとか思わないけど」

「自己主張は例えの一つであって……もう、いいわ」

「今日の君は薔薇が咲いたみたいに綺麗だよ。いつもの君は鈴蘭とかネモフィラかな。どんなエルーシアでも美しい僕の婚約し、っ」


 踊りながらどんどん喋り続けるオルキスの靴を、ダンスが終わるタイミングに思いっきり踏んで黙らせた。

 流石に踵を使うのは気が引けたのでつま先で踏んだが、体重をかけたのでそれなりに痛いはずだ。


 僅かに赤くなってしまったような気がする顔を隠すように深々とカーテシーをして、足早にその場を立ち去った。

 慌てたオルキスが追いかけてくる気配があるが、それは無視だ。

 暴力まで振るう婚約者など、さっさと捨ててくれたらいい。


 少し距離を置いて顔の熱も冷めたことを確認すると、エルーシアは視線を上げて周囲を見渡した。

 今日はただデビュタントに参加する為にここに来たのではなく、従兄妹であるモーリアンとディアナに会うという目的があった。


 前世での大公殺しはエルーシアによるものではない。

 それなのになぜあの二人は、エルーシアがやったと証言したのか。

 もちろん見間違いの可能性もあるが、兄妹二人が揃って見間違うのは、偶然とは言い難いのではないだろうか。

 何を思ってのことまでかは分からないが、エルーシアがあの二人に嵌められたのだろうというのは、もはや確信に近かった。

 

 モーリアンはともかく、ディアナは目立つ。

 次のダンスは誰と踊るのも自由なので、少し人が集まっている場所の中心を見れば、そこに鮮やかな赤い髪が見えた。

 しかもディアナはモーリアンと踊っていたらしく、両方一度に見つけることができた。

 顔どころではなく、頭まで一気に冷めて行くような感覚だった。


「エルーシア!」


 後ろからオルキスが声をかけてきても、やはりそれは無視した。

 誰に何を言われようと、エルーシアは今日、この二人に会いにデビュタントに挑んだようなものだから。


 今度は絶対に、無実の罪で殺されたりはしない。

 エルーシアを貶めようとする人間を、そうと分かっていて見逃すようなこともしない。


 こちらに気付いて視線を向ける従兄妹ににっこりと笑いかけて、エルーシアは前に進み続けた。

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