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閑話

 グレイのルームメイトが、まさかの大公公子だった。

 その事実を入学初日に知った時には、やっとの思いで入った学校をその日のうちに辞めたくなったものだが、卒業間際にもなってみればいい思い出だった。


 王都にあるこの士官学校は国中の貴族のうち、軍に属する家系の子息や、そうでなくても軍人になることを希望する子息たちで構成されている。

 それ以外にも僅かながら、才能と意気込みを持った平民も在籍していた。


 グレイも数少ない平民出身の生徒だ。

 受ける試験は貴族も平民も同じだが、勉強の機会の多さが両者では圧倒的に違う。

 だから平民の新入生は例年少なく、場合によっては一人もいない年もあるのだが、グレイは血の滲むような努力と、誰にも引けを取らない剣技にて入学を果たしたのだ。


 全寮制の学校で、寮では二人一部屋となる。

 貴族も平民も関わりなく同室に振り分けられることは知っていたが、せいぜいが男爵家の子息と一緒になるくらいだろうなと思っていた。

 よりにもよって大公家の公子と一緒になるとは、平民のグレイにとっては青天の霹靂もいいところだ。

 あのヴァロア大公家の公子ともなれば特別に一人部屋を使っていてもおかしくはないのに、この学校は入学してきた者を全く差別しないのだった。


「おーいオルキス、今そこで預かってきたぞ」


 とは言え、こうしてたまに雑用を頼まれることはある。

 多くの同級生を打ち負かしてきたグレイを平民風情と侮る者はいないが、やはりどこか頼みやすい雰囲気があるのか。

 今日は用務員がグレイを見かけるなり、オルキス宛の手紙を差し出してきた。


「愛しの姫さんからか。一ヶ月振りだなぁ」

「勝手に差出人を見るんじゃない」

「見なくても分かるって。手紙から何かいい匂いするし」


 手紙と引き換えに飛んできた拳は余裕で避けた。


 机に向かって封筒を眺め始めたオルキスは、こうなると時間がかかる。

 まずは封筒を裏も表も長いこと見つめてから、丁寧にペーパーナイフで封を開けて手紙を読む。

 大抵は便箋一枚かそれにも満たない短い手紙なのだが、愛しの姫君からの手紙が届くと何度も何度も繰り返し、それこそ日が暮れるまで飽きもせず読んで――眺めているのだ。


 今日ももちろんそうなるだろう。

 故意でなくてもオルキスの邪魔をしてしまうと非常に面倒なので、グレイはさっさと部屋を出た。

 

 不思議なことに、平民のグレイと大貴族のオルキスは気が合った。

 気が合うついでにオルキスは色々なことをグレイに教えた。

 

 軍人は馬とは別に、魔獣と呼ばれるものに乗ることがある。

 これは非常に高価で滅多にお目にかかれる生き物ではなく、貴族ですらそうそう見られないような代物だが、さすが大公家の公子は見聞が広い。

 馬よりも扱いの難しい魔獣を御するコツをグレイに教えてくれたおかげで、どちらかと言えば馬にも不慣れだったグレイは魔獣の扱いが上手くなった。


 更に、オルキスはグレイに魔法を教えてくれた。

 本人は過去の失敗で魔力を全て失ってしまったとあっさり話していたが、効率のいい魔法構成の組み方や詠唱の発音なんかを教えることは魔力がなくてもできると豪語して、グレイに叩き込んだのだ。

 オルキスは教師顔負けの鬼でありながらも、教えるのがものすごく上手かった。


 だからグレイも、オルキスに色々なことを教えた。

 根っからの坊っちゃん育ちだった友人に庶民の街の歩き方を教えた。

 綺麗な型にはまった剣に、ルール無視の自由な技を教えた。


 そして、滅多にない彼の婚約者からの手紙が来た日には、食堂の料理人に頼んでサンドイッチを用意してもらうのだ。

 時間を忘れて手紙を眺めている友人は、必ずと言っていいほど夕食を食いっぱぐれる。

 手紙のおかげで胸がいっぱいになっているのだろうが、胸と腹は別だ。

 今日も適当に外で時間を潰して自分の夕食を摂った後、用意してもらったサンドイッチを持って部屋に戻った。


 流石に明かりだけは付けているが、オルキスは部屋を出たときと同じように机に向かって手紙を眺めていた。

 毎回飽きもせずよくやるものだ。

 親が決めた婚約だと言っていたが、どれほど好きなのだろう。


「ほら」

「ああ……もうこんな時間か。いつも悪い」

「いいって。姫さんからの手紙のペースだと、これも今日で最後だろうしな」


 サンドイッチに齧りつきながら、オルキスが頷いた。

 彼はしつこくも週に一回は手紙を出しているが、婚約者から返事が来るのは四通に一度と言ったところだ。

 そして二年生になったグレイとオルキスは再来週、この士官学校を卒業する。

 ペースを考えれば、在学中にはもう婚約者からの手紙は来ないだろう。

 

「……何か嬉しそうだな」

「デビュタント前に迎えに行くことを許してもらえた」

「なるほど?」


 これは相当惚れているのだろうなと、いつも思う。

 グレイはそこまで人を好きになったことがないので、そんな気がするだけだったが。

 あまり表情に変化のない友人の顔が僅かにほころぶのを見て、つられてグレイも笑った。

 

「結婚式には俺も呼べよ」


 これには返答がなく、オルキスの顔も元の無表情に戻っている。

 婚約しているくせに何故か、結婚にこぎつける自信がないのだ。


「だーいじょうぶだって。お前はいい男だから」


 オルキスの背中をバンバンと叩く。

 乱暴にルームメイトを慰めるのも、今日で最後になるのだろうか。

 

 これから二人は、それぞれの道を行く。

 


 卒業から数日後、グレイの元にオルキスからの手紙が届いた。


『迎えに行ったらエルーシアが魔獣に乗って出迎えてくれた。まさか鞍も載せずに乗りこなしているとは。あとすごく美人になってた』


 将来の大公家の嫁は、鞍なしの魔獣に乗れるくらいでないと務まらないのだろうか。

 相当体幹を鍛えているに違いない。


 一体どんな令嬢がオルキスの婚約者なのか、いつか会わせてくれることを楽しみにしていよう。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

ブクマや評価、大変励みになります^^

今回は閑話で、しかも気持ち短めでしたが、明日からもよろしくお願いします!

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