一章 4 『前触れ』
「どうかしたのかい?顔色が悪いが・・・?」
進藤の様子を察してアイリスの父が心配そうに声をかけた。
「あっ、いえ・・・大丈夫です」
ここで自分は違う世界から来たなんて言っても信じてもらえるはずない。むしろ頭のおかしい奴認定され追い出されるかもしれない。自分が違う世界の人間と言うことは黙っておこう・・・
「そうかい?それで君はこれからどうするのかい?何かあてでもあるのかい?」
「え・・・?えっーと、それは・・・・」
父親の言葉に言葉を詰まらせる進藤。これからどうしたらいいか見当もつかない。
「ふむ・・・その様子ではどうやら行くあては無いようだね?」
「・・・はい」
「母さん、そういえば最近腰が痛いと言っていたね?そろそろうちの周りの草が伸びてきて刈らないといけないな。うーん・・・これは人手がいるな?」
「そうねっ!そういえば最近腰が痛くなってきたのよねぇ。今のうちの人数では少し大変よねぇ・・?」
わざとらしいほどのやり取り。父親と母親が進藤の方を優しい視線で見ていた。この意図に気づかないほど進藤も鈍くはない。
「あ、あの!人手がいるなら自分にやらせてください!」
進藤は慌てて立ち上がり自分の意思を示した。それを見たアイリスの父親が嬉しそうに言った。
「おぉ!それはちょうど良かった。君さえ良ければ我が家でしばらく一緒に暮らしてくれても良い。すまんが給料を支払うことは期待しないでほしいが、一日3食と寝床はしっかり提供することを約束しよう」
「そんなお給料だなんてとんでもない!!こんな見ず知らずの自分にそこまでしていただけるなんて・・・」
進藤は感謝の気持ちを表し頭を下げた。そんな進藤の肩に父親がそっと手をかける。
「いいんだよ。困った時はお互い様だ。君が我が家の敷地にいたのも何かの縁だろう。遠慮せず困ったことがあればいつでも頼ってきなさい」
「あ・・・・ありがとうございますっ!」
その様子を見ていたアイリスと母親が嬉しそうにハイタッチしてた。
こんなに人に優しくされたのはいつぶりだろう・・・進藤は感謝の気持ちがとまらず目頭の奥が熱くなるのを感じた。
こうして進藤はアイリス一家に下宿といった形で助けてもらい見知らぬ土地で行動の拠点を得ることが出来た。
------------------------------------------------------------
それから進藤はアイリス家で一生懸命雑用の仕事をこなした。生い茂る雑草を鎌で刈り取り、牛や馬の糞を押し車で回収して片付けたりなど。
その中で馬の乗り方などを教わった。広い牧場を移動するにあたっては必要なことだ。
今まで経験したことのない農業の体験は進藤にとっては新鮮な仕事だった。
そしてアイリス家の生活は心地いものだった。アイリス一家に進藤はすぐに打ち解けた。アイリス家はアイリスと父、母の三人暮らしのようだった。父親はシルバ、母親はセリカという名前だ。共にまだ40歳というが見た目は全然若々しい。アイリスは15才になったばかりという。またアイリス家と言っていたが、正確にはファミリーネームはカルバートと言うらしい。なのでアイリスのフルネームはアイリス・カルバートだ。
アイリスの家で生活していくうちに少しづつこの世界についても知ることができた。ここは王都とよばれる栄えている場所からは離れた場所にあるらしい。つまりは田舎だ。
あとこの世界の人間は農家や商人などが一般的な職業らしいが他にも冒険者といった職業が存在しているらしい。冒険者は依頼を受けその報酬を得て生活をしている者のことを示す言葉だ。
その依頼も様々あるらしい。権威のある人間の護衛や未開の土地の調査など・・・一番驚いたのはモンスターの討伐などという依頼があるらしい。アイリスの聞いたがどうやらこの世界には人間や動物以外にも様々な未知の生き物がいるらしい。それはゴブリンやスライムまたはエルフ、妖精・・・まさにおとぎ話のようだ。
アイリスの言葉に進藤は「そうなんだ」とわかった風に答えたが正直ピンとこなかった。
まあアイリスの家の周りにはそういう類の生き物はいないらしいので特に心配する必要もなさそうだった。
進藤がこの世界で満足したこと。それはアイリスの母、セリカの手料理の美味さだった。シルバの約束通り一日3食の食事は欠かさず提供された。その全てのクオリティが素晴らしかった。今まで進藤が一人暮らしでコンビニ弁当ばかりだったせいもあるかもしれないがそれを除いてもセリカの腕前は段違いである。有料と言われても全然納得できる品物だ。
日の出ているうちに外で体を動かして美味しい食事をとる。以前の職場では得られなかった心の余裕を得ることが出来た。まさに健康的な暮らしを取り戻した進藤。
そんなある日の出来事。
「おーい進藤!こっちに来てくれるか?」
シルバに呼ばれた進藤。行くとシルバが金網を作成していた。どうやら牛たちを囲っていた柵を広げるらしい。鉄線を手で編みこんでいた。手で曲げる作業は見た目以上に力が必要だ。
シルバが汗を拭いながら作業をしている。それを進藤も手伝った。
そんなシルバの様子を見て進藤はふと思った。
あー・・・こんな時にペンチがあればもっと効率よく作業できるんだけどな。
進藤が前の世界で良く使っていた工具の一つ。それがあればもっと早く金網を曲げたり切断することが出来る。
「ん?どうした進藤?」
シルバがぼうーっとしていた進藤に声をかけた。
「あ、いえ!なんでもありません!」
進藤が慌てて我に返り作業に戻ろうとした。
無いものを欲しがってもしょうがない・・・今あるもので頑張るしかないんだ!
コツっ・・・
そう思った矢先、進藤の足元に何かが当たった。
「・・・ん?なにか踏んだ?」
足元を確認する進藤。
足元にあったのは今さっき思い浮かべたペンチが落ちていた。まさに想像したとおりの大きさと色だ。
「え・・・?なんでこんなところにペンチが落ちているんだ?」
足元に落ちていたペンチを拾い上げる進藤。手に持ってみるとまだ新しかった。どこも錆びたりしておらずここに長いこと放置されていたわけではないようだ。持ってみてしっくりくる。
「・・・?まあいっか。シルバ!これを使ってくれ!」
進藤は目の前に突然現れた工具に特に深い疑問も持たずそれをシルバに手渡した。
「おっ?どうしたんだこれ?」
「いやここに落ちていたんだけど・・・?」
「ん?そこに・・・?変だな?うちにこんな工具は無かった気がするんだが・・・?」
シルバは手渡されたペンチをまじまじと確認した。どうやらこれに心当たりはないようだ。
「そうなのかい?なんだろうね・・・・まあそれを使った方が早く作業が出来るよ!」
「そうだな!まあ神様からの贈り物とおもって受け取っておくか!!」
「うん!それがいいよ!」
そんな会話をしながら作業を進めて行った進藤だった。