一章 3 『ティータイム』
「それでこんな場所で何をしていたんですか?」
「いやーそれが俺にも良くわかんなくて・・・気づいたらここにいたっていうかなんていうか・・・ハハハ」
「は、はぁ・・・事情は良くわかりませんが、ここにいても危ないのでまずは私の家にきますか?」
少女は進藤の言葉に戸惑っている様子だが、どうやら進藤のことを心配してくれているようだった。
「本当に!?良いのかい!?それは助かるよ!俺は進藤 健一って言うんだ!えっーと君の名は?」
「あ、そういえば名乗ってませんでしたね。私はアイリスと言います。進藤さんですか・・・なんだか変わったお名前ですね」
アイリスと名乗る麦わら帽子の少女。進藤は立ち上がりアイリスと一緒に歩き出した。
「アイリスか・・・やっぱり外国の子なのかな?随分日本語上手いんだね!」
「外国・・・?私はずっとここで生まれ育ったんですけど?それに日本語・・・って何でしょうか?」
アイリスは進藤の質問の意味がわからなかったようだった。嘘をついているようにも見えない。
「え・・・?今、君が喋っているのがまさに日本語じゃないのかい?現にこうして俺と会話しているわけだし」
「えーっと、私が話しているのはロマリス語なんですが・・・?むしろお兄さんこそあまりロマリスでは見かけない容姿ですが、どこからいらしたんでしょうか?」
「ロマリス・・・え?なに?」
進藤はアイリスの言葉に驚いた。聞いたこともないような単語が出てきて戸惑った。
ロマリス!?なにそれ!?そんな国名聞いたこともないんだけど!?っていうかさっきからこのアイリスって子と話が食い違うんだけどどうなってるんだ!?
「・・・どうかしましたか?」
動揺して立ち尽くす進藤にアイリスが心配そうに声をかける。アイリスの様子から進藤をからかっているとかそういうわけではないようだ。
「あ、いや大丈夫だよ!」
進藤はひとまずアイリスの跡をついて歩き出した。
この天使のような子がそんなことするわけないか・・・こんな明らかに怪しい身なりの俺にも心配して声をかけてくれるような子だぞ!?
それじゃあこの子が言っていることは真実・・・?一体どういうわけだ?
考え込む進藤。しばらく歩くと建物が見えてきた。
おそらくアイリスの家だろうか。レンガを積み上げて作られた家が見えてきた。赤っぽい外壁に上に伸びた煙突が特徴的だった。何か炊事をしているのか煙突からは白っぽい煙が出てきている。
「見えてきましたよ。あそこが私のお家です!」
「へぇ・・・なんだか随分と趣のある素敵なお家だね」
「そうですかね?どこも同じようなお家だと思うんですけど・・・」
日本じゃなかなか見られない造りの家だった。まるで中世時代のヨーロッパにでもタイムスリップしたような・・・
ん・・・?なんだろう?この俺の状況、なんか見たり聞いたことあるような・・・?
ふと進藤はあることを思った。
いやいや・・・まさか!そんなバカな!あれって架空の物語の話だろ!?
ある一つの可能性を思い浮かべたがそれを全力で脳内否定した。
進藤は疑惑を払拭してアイリスの跡を追いかけた。アイリスが家の玄関のドアを開け進藤を招き入れた。
「はいっ!どうぞ!」
「あ、はい・・・お邪魔します」
遠慮がちにアイリスの家に入る進藤。そこにはアイリスの父と母らしき人物がいた。ともに40代ほどだろうか。男性は金髪の髪をオールバックにしているダンディな顔立ち。オーバーオールを着て窓際の椅子に腰かけカップに入った紅茶を飲んでいる。女性はアイリスと同じような赤毛で長く伸びた髪をポニーテールにして束ねている。炊事場でなにやら食事の用意をしていたようだった。二人が一斉に進藤のほうに視線を向けた。
「あら?アイリス、その人は?」
母親らしき女性がアイリスに聞いた。
「うん!この人牧場の真ん中で倒れてたから連れて来たの!なんだか記憶が混乱してる様子なの、もしかした何か事故に巻き込まれたのかもって思って・・・」
「おやおや、それは大変だ。母さんこの人にもお茶を入れてあげてくれ」
「そうね。何があったかは知らないけどまずはおもてなしをしないと!」
「こっちだよ!」
アイリスは進藤の手を引き室内に案内して椅子に座らせた。
「はいっ、どうぞ」
「あ、すいません・・・」
進藤の前に白いカップに入れられた紅茶が出された。香ばしい匂いがする。
「っ!?・・・美味い!」
出された紅茶を手に取り一口飲んでみた。暖かい紅茶は美味しくなんだかホッとした。
それにしてもこのアイリスもそのご両親もなんでこんな見ず知らずの俺に優しいんだ?普通こんな怪しい男即通報ものだろう?それともこの寛容さは土地柄みたいなものなのか?
紅茶を飲みながら進藤は考えていた。そんな進藤を微笑ましい様子で見守っていたアイリス一家の人々。
忙しく働き詰めだった進藤にとってこんなゆるっとした時間はなんだか久しい感覚だった。
「気に入ってもらえたようで良かったわ。それで一体何があったのかしら?」
紅茶を飲む進藤をみて満足そうな母親が優しく聞いてきた。
「ご馳走様でした。すごく美味しかったです!それで・・・その正直自分でもなんでここにいるのか良くわかってないんです!ここは一体どこなんでしょうか!?」
「何処って言われても・・・ここはロマリス国の中にあるシュバルドという街よ。聞いたことないかしら?」
ロマリス国?シュバルド?進藤には全く聞いたことない地名だった。
「すいません・・・聞いたことありません。その失礼ですがあなた達は日本という国をご存じでしょうか?」
「日本・・・?」
進藤の問いに顔を合わせるアイリスの母親と父親。ともに目を合わせ知らないと言った様子で首を横に振った。
「ごめんなさいね日本っていう言葉は聞いたことないわ」
「そうですか・・・」
答えに肩を落とし落ち込む進藤。そしてあることを思いついた。
「・・・そうだっ!失礼ですがテレビはありますか!?もしくはパソコンとか!?なにか外の情報を調べられるものなら何でもいいんですが!?」
「テレビ・・・?パソ・・・?えっと、ごめんなさい。あなたが探している物が何なのか良くわからないのだけど」
進藤の言葉に困惑した様子の母親。テレビもパソコンも本当に知らないと言った様子だ。
「外の情報が知りたいのかい?それならこういうものしかないのだけど・・・」
そう言いながら父親が進藤の前に一枚の模造紙を置いた。どうやら新聞の役目を果たす紙のようだ。
「これは・・・!」
進藤はその差し出された模造紙を見て驚いた。
その模造紙に書かれた文字は日本語でもなければ英語でもない。アルファベットを崩したような見たこともない文字列が並んでいた。進藤はこんな文字は見たこともなかった。
しかし驚いた理由はそこではなかった。
進藤は見たこともなかった文字をしっかり読むことが出来たのだった。模造紙には大きく表題にこう書いてあった
『新ロマリス皇帝 誕生!!』
読める・・・俺にもこの文字が読める!
・・・間違いない。ここは俺の知っている世界じゃない。理由はしらないけど、あの事故をきっかけにどうやらどこか知らない世界に飛ばされてしまったみたいだ。
進藤の不安はこの瞬間に確信に変わったのであった。