出逢い
カーテンの隙間から差し込んだ明かりで目を覚ます。
どうやら今は月が支配している時間のようだ。
その夜の王者は悠然と空の頂に輝き、周りに散らばる臣下のような星々は光の強いものだけがその存在を僅かに保っている。ただそれを今穏やかに見つめる者は少ないのだろう、だって夜は寝る時間なのだから。
それでもすっかり目を覚ました私は夜の自由さを表したような風に負けないよう上着を羽織るとバルコニーへと続く窓のカギを開け外に出る。
「月明りで目が覚めるなんて、ロマンチック。」
私は少し自嘲したように言い放つ。
どこにでもあるような閑静な住宅街でただ一人ベランダに立ち夜空を見上げる。なんて素晴らしい孤独な自由だろうか。もし、この弱い身体に空を翔るだけの翼があればどこまでも星に手を伸ばそうと私は飛んでいくのに、私の身体はどうしようもなく人間だ。
そんな素晴らしい夜に非日常のような雰囲気を感じてしまえばもう私の頭は物語を紡ぎたくて仕方なくなる。
こんな夜は、何かが起これば良いのに。
この退屈な部屋の中など抜け出して物語の中に入れたら良いと、どれほど考えた事か。そんな事を考え続けた私は、入れないならば自分の周りに物語を創れば良いと考えるのも時間の問題だった。
こんな静かな夜には海賊の話なんてどうだろうか。
昔から海賊が好きだった。自分たちのロマンを追い求め、何者をも恐れぬ心を持ち、日夜表情を変え続ける海を突き進む、それは今の私の目にも憧れとしてとても格好良く映っていた。それに空に浮かぶ月は満月のようで私の妄想にも助力してくれそうだ。
もし、此処が宝の地図の導く夜の海なら
もし、私が海賊船の船長なら
サァ、と風が頬を撫でたらもう物語の始まりだ。
ベランダは海賊船の甲板、街は闇に沈んだ海
夜の支配権を悠然と主張し光る星々は大きな羅針盤
月に透かすと見える地図を左手に
ただお宝のみを求め進み続ける
私は船員に指示をとばす
「良い風が吹いてきた、帆は目一杯張れ!舵はクジラ座の見える方向に全速前進、ようそろ!」
「「「よーそろー!!」」」
船はどんどん進んでいく、頬を撫でる潮風が気持ちいい。良い風が吹く夜の航海に気を良くした船員たちは歌を歌いだす。
____ヨーホーヨーホー、さぁ、歌い踊れ!
今宵の月は我らが味方
何者にも奪われやしない
ヨーホーヨーホー、さぁ、宴だ!
今宵は無礼講
酒を飲み尽くせ____
私も一緒になって歌う。
____ヨーホーヨーホー、さぁ、歌い踊れ!
終わらぬ旅に希望を
まだ見ぬ海にロマンを
ヨーホーヨーホー、さぁ、歌い踊れ!____
パチパチパチパチ!!!
観劇に来た客が役者の素晴らしい演技に敬意を払うように、拍手を送られる。
「Bravo! やはり君は私の最高傑作になりそうだ!」
いつのまにか入って来て私の一人芝居を観ていたらしい男はやけに芝居掛かった動作で話す。
真夜中に不法侵入をする人の心象なんて私には察せられないが、こんなに堂々としているものだろうか。まだ何処かの怪盗だと言われた方が納得がいくかも知れ無い。まあ、うちに盗むものなんて二束三文にもならない本などしか知らないが。
「……誰?」
相手の目を離さずに見る。
こういう時は離さずに見て相手の行動を可能な限り想定するのが大切だと何かの本に書いてあった気がする。
「君が警戒するのも仕方がない、レディに会うには少し遅すぎる時間だったからね。潔く名乗ろうじゃあないか。私の名前は……そうだな、シリアルキラーにかけてキラとでも名乗ろうか。」
長ったらしく何かを話したかと思えば、明らかに偽名と思われる名を口にする。この男は何なんだ。変人なのだろうか? そしてシリアルキラーとは本当なのだろうか? もし私が知っている意味と同じならこの状況は私の人生の中で一番危険だということになる。
「ん? 何をそんなに沈黙しているんだ? もしかしてシリアルキラーの意味がわからないのか、それなら私がわかりやすいように教えてあげよ____」
「知ってる、連続殺人鬼のことでしょ。」
「何だ、知っていたのか。それならそうと早く言えば良いのに。」
「言葉の意味を知りたい訳じゃないわ、貴方は何故自分の事をシリアルキラーと言ったの?」
何処かその意味を知りたいと言っている私がいる。
本当は真実など言葉に出来る程、単純で明快だ。複雑怪奇なのは物書きが書くミステリくらいなものだろう。それでも矢張り推理は推理、犯人が自白するまでが物語だ。
「どうもこうも、それが私を表すに足る言葉だからだよ。
君はこの頃世間を騒がせている連続殺人鬼の事を知っているかい? ………嗚呼、知る由も無いか。この部屋にはテレビもラジオも新聞も無いんだものね。じゃあ私が教えてあげよう。
今この部屋の外の世界では、連殺人鬼がマスコミ達に飯の種を提供し続けている。アナウンサーは連日進展のない事件の内容を手を替え品を替えては繰り返し放送しているし、新聞でも端に追いやられる事なく表紙を飾り続けている。同じ内容を言葉が被らないように書き続けている語彙力には全く尊敬の念を抱くよ。
彼ら曰く、
『奴の犯行は、実に大胆で耽美的。』
『道徳なんて言葉は知らず、自分の欲望に忠実に犯行と遂げている。』
『正真正銘の悪魔の申し子』
『現代社会が生み出した最悪の精神病患者だ』
とか何とか考察ばかりして捜査は何も進展していない様だがな。その捜査をする警察と対なす存在。まぁ、犯人と呼ばれる位置にいるのが私なのだよ。
これでわかったかな?」
本当に何を言っているのだ、この男は。
言葉の意味を聞いただけで己が事をこんなに話してくる人はいただろうか、転生系に出てくる説明役並みに長ったらしかったな。
でも私に説明をする意味は何だ?そんな殺人犯ならさっさと殺して仕舞えば良いのに。
嗚呼、わからない。何故。どうして。
人間とは怖いな、日常に現れた非日常にこんなにも胸が高まってく。これが吊り橋効果というものか?
「それはわかった。なら、何故私にそんな話をするの?殺人鬼なら人と話をするよりも死体とよろしくする方が好きなんでしょう?このまま話し続けるのなら本題を忘れているとしか思えないわ。」
心なし饒舌になる。
警戒心よりも好奇心の方が勝ってくる。好奇心は猫をも殺すとはよく言ったものね。ことわざはいつ思い出しても面白い。
「おや? 言われてみればそうだが、私が話し続けるのなんて私が話好きだからに決まっているからじゃないか!
それにただ殺すだけでは味気ない。私は世間一般には殺人鬼だが、私から言わせてみれば芸術家だと言いたい。まあ、勿論自称になってしまうのだがね。これは私の美学なのだよ。
その人の人生に介入して人格を限りなく理解をした上で最上の永遠を与える。嗚呼、なんて尊い事だろうか。人は何故死ぬのかと説く奴はいるがそういうのは邪道だと言いたいね、人は死ぬから良いのだよ。
それに比べて『死が二人を分かつまで』という言葉は良い。実にロマンチックではないか。楽園を追い出され、永遠の時など無くなった人間の思い合う時間を大切にしようと言う心意気はまさに幸せの象徴のような事だな。是非その瞬間を私に切り取らせて欲しいものだ。」
「わかったわ、貴方は死を彩る芸術家だと自分の事を言いたいのね。なら私は直ぐには殺されない。ちょうど良かった、本を読むことはとても楽しいことだし一人で物語を紡ぐのも楽しい事ではあるけどたまには違うこともしてみたかったの。
私も禁断の果実を食べてしまった者の末裔の一人なのでね、好奇心旺盛なの。貴方が私を知り終えるまでは私の話し相手になってくれない?」
嗚呼、何て素晴らしい運命か。こんな素敵な出会い、まさに物語のよう。
どんな物語になるのか、わくわくが止まらない。でも、主人公がどんな終わりを迎えようとしてもページをめくる速度は変わらない、どんな時も一定に流れるのが時間なのだから。
「それは僥倖、いつだって私は殺人鬼と恐れられ話らしい話は出来てこなかったからね。そういってもらえて実に嬉しいよ。」
彼はにっこり笑いながら言った。
そんな口約束をした夜も他の夜と等しく朝を迎える。話好きの彼の口も閉門のお時間ときたようだ。
彼は別れの挨拶もほどほどに、また来週。と言って窓から帰っていった。
「来週……か。」
曜日を考えて過ごすのなんていつぶりだろう。
起きている時はいつも空想の中で寝ている時も夢の中、私の世界はどのみち地に足が着いてない。現実からの訪問者など本の重みとご飯くらいだ。
それが変わる時が来るとは、考えもしなかった。
そうか、また来週会えるのか。
「……その日くらいは窓を、開けていようか。」
初のオリジナルの小説となります。
更新は不定期になりますので思い出した時にでも、
お読みください。
至らない点は多いと思いますが、よろしくお願いします。