個性
「貴様の地獄行きは確実のものになるんだぞ?」
神はそう言って、ハクタをじっと見つめる。
「念の為聞いておこう。何故だ?」
ハクタは、動じることなく聞き返す。
「まず、貴様が生前の記憶を引き継ぐのなら、それも貴様の人生の一つとして判断材料となる。そして、地獄行きを避けるには、この出来事を相殺するような強烈な何かをなさなければならない。だが、あの街に再び戻るということは、直ぐに死ぬことと同義だ。」
「何故死ぬと分かる?」
ここで神は一層呆れたような顔をして、
「あの街の襲撃は、何度やり直しても起こる。そして、どんな手を尽くそうとも、君が召喚されたタイミングからは街は救えない」
「つまり、あの街で俺が死なずに、その上で素晴らしい善行を積み重ねれば問題無しってことだよな?」
「不可能だ」
間髪をいれずに神は否定する。
「だいたい、その様子では貴様は自分の提案が、地獄行きになることを分かっていたようだが、何故そんな無謀に走る?」
「神様」
ハクタは小さく、だがとても強い声を出す。
「俺は、死ぬのも地獄に落とされるのも勘弁だ。だけどな、自分の大切なもの全部消し去ってまでそれを避けたいとは思わねぇ。まして、今回は大罪って言うおまけ付きだ。こんなことやらかしといて、全部チャラってのはいくらなんでも都合が良すぎるって自分で思うんだよ」
それは、天界に来てから見せていた泣き顔や諦観一色のそれとは全く別人の顔だった。
自分のしようとしていることを全て分かった上で、最も厳しく可能性の薄い道を行く。その覚悟を持てる人間はほんのひと握りである。
「興味深い……」
神々は小さく呟く。
「……? なんか言ったか?」
一周まわって冷静さを取り戻したハクタの脳みそは、自分の口の聞き方が良くないことに気づいていた。が、今更直そうとも思わない。どうせ無茶無茶な願いをしているのだ。
「「「分かった」」」
神は言う。その目は、ハクタの心の奥の底の底まで見透かそうと言わんばかりに鋭い光を放っていた。
ハクタは思わず息を呑む。だが、ここで弱気を見せれば何を言われるか分からない。
表面上は堂々として、
「と言うと?」
と切り返す。
「貴様の要望通りにしてやる。次の命は貴様の召喚された日時と場所から開始。この世界の住民としての常識的な知識も保有。一度目の生も死後の判決には含める。これでいいな?」
「完璧だ。」
ハクタは同意の意を示す。その後に、急に顔を緩め、
「もう一つお願いがあるんですけどぉ……」
と、敬語だが軽い調子で切り出した。
訝ししそうな表情な神々。
張り詰めさせていた緊張の糸が切れた今、さっきまでこんなに覇気のある人達によくもまぁあんな口叩けたもんだ、とハクタは思う。
「俺を、ここで強く鍛えて下さいません?」
遠慮がちに切り出す。気分は、怒られることが分かった上で親に遠出の話をする時だ。
案の定、神々の逆鱗に触れてしまった。「図に乗るな人間風情が!」頭上からは一喝が飛んでくる。そして、「貴様などやはり地獄送りだ!」それを聞き、ハクタは青ざめる。
なんて、ことにはならなかった。
「「「貴様が死んだ時よりも遥かに苦しいものになるが、いいのか?」」」
神はそう返事をする。
簡単に承諾を得られたことに少し意外を感じる。
ーーつか、あれよりキツイのかよ
脳裏には、惨殺された時の激烈な感情や言葉に出来ない様々なものが蘇る。
振るい続けてついに届かなかった攻撃。死ぬ間際にぐちゃぐちゃに肉体を弄ばれた激痛。絶望の海に沈み、どこまでも溺れていくような恐怖。
だが、
「……それでいい」
そう、それでいいのだ。
あの日に感じた、あの瞬間に感じた、全てを乗り越えるぐらいの覚悟がなければ、
「あの化け物は、殺せねぇ」
瞳にぎらついた光を宿す。
その輝きは、永く生きていたミカル、ラファル、ガブリル三神でも、見たことないものだった。
「死は、人間のあらゆるものを変える、ということか」
ポツリと言葉を漏らす。
「?」
疑問符を浮かべるハクタに、神々は軽く首を横に振り、
「時間は有限だ。まずはこの世界について話そう。その後に、望み通りに鍛えてやる。」
と、言ったのであった。
そして、今ここにいた、四人は、誰もこの時は知らなかった。
神々が鍛えようとしている少年は、強さを渇望している少年は、「限界」の定義を変え、最強さえも超える存在になることを。
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「人間は、魂と肉体で出来ている」
ミカルが口を開く。
場所は移り、今は神殿の地下のような場所だ。イメージは、少し広めの尋問室と言った所か。
入った時には何もなかった部屋だが、ミカルが一言何か言うと、二つの椅子と机が瞬く間に現れた。
もちろん驚き説明を求めたハクタだったが、ミカルの解答は、「人間には分からないことだ」と素っ気のないものだった。
「わかりやすく言えば、魂には天賦の才があり、肉体は成長するものだ」
「と言うと?」
「例えば、あの少女ーレアと言ったかーは、元々魔法に大して非常に適性があった。それは、魂が生まれた時から備えていた、言わば能力に近い。そして、あの結界を創り出す魔法は、あの少女の個性だ」
「個性?」
ハクタの顔に疑問符が浮かぶ。
「個性は、人間が魂に稀に宿す能力のことだ。その発現は、誕生から五年が経った時。割合にして、十万人に一人と言ったところか」
「なるほどな。個性は、あとから努力で手に入れたり、複数所持することなどは可能なのか?」
「可能か不可能かと言う観点から言えば、どちらの答えも肯定になる。ただ、一つ目の質問に関しては、それこそ魂と肉体が丸ごと全て生まれ変わるような強烈な経験が必要だ。二つ目の質問に関しては、今まで複数所持した者は一人もいない。」
「分かった。話は変わるし、今更なんだが、俺が今言葉を話せているのは何故なんだ?」
「君の魂に、言語理解をさせた上で、天界に顕現させたのだ。ちなみに、今貴様の肉体のように見えるそれは、ただの飾りだ。貴様がパニックになると面倒だから創ったもので、ほんとうは貴様は魂だけで今ここにいる」
「そ、そうなのか」
ハクタはペタペタと身体を触る。
「俺の肉体はどうなったんだ?」
「今、ラファルが地上に降りて回収している。」
だから居ないのか。
「質問がなければ、話を進めるぞ。」
軽く首を縦に振り、ハクタは先を促す。
「その個性が、今回の問題の発端だ。貴様には、あるひとつの非常に強力な個性があった。」
「俺に、強力な個性があった、だと?」
現実世界に回想する。
「ただの一度もそんなことなかったと思うんだが」
ミカルは軽く頷き、
「貴様は気づいていなかったが、使っている。貴様の個性は、「模倣」だ。」
「模倣?」
「能力は、一度肌と肌で触れ合った相手の個性を、コピーする、というものだ。この能力は、恐らく一度得た個性は二度と消えないようになっている。」
「おいまさか……」
「事の顛末が、見えてきたようだな。」
ハクタは一瞬ハッとした顔をする。
「俺が、何故かあの結界を破れたのは、レアの個性をコピーしていたからなのか?」
「その通りだ。貴様は一度、あの少女と手を直に握りあった。その時に模倣が発動したのだ。その結果、貴様の魂には、個性「超結界」が現れた。」
「待ってくれ。個性の複数所持は居ないんじゃないのか?」
「それは、今までだ。貴様は、可能性から言えば、いくらでも個性を持てる」
「それって、めちゃめちゃ強いんじゃないのか?」
「過去、個性を持っていた人間は何か大きなことを成してきた。それが、複数所持ともなれば、文字通りに世界を変えられるかもしれないな。」
「世界を、変えられる……」
ハクタは呆然とする。まさか自分にそんな能力があるとは夢にも思っていなかったのだ。
「恐らく、異世界召喚されて、貴様の魂に個性が発現したのだろう。そして、その魂は、まだ生きている」
「つまり今の俺は、模倣と超結界の二つの個性が使えるのか」
「その通りだ」
ここで、ミカルは軽く宙を仰ぐ。そして、
「ラファルが戻ったようだ。話さなければならないことはだいたい話を終えたし、あとは上に戻ってから話そう」
と言って立ち上がる。
次の瞬間には、机とミカルの座っていたイスは消えていた。
ハクタは感心の表情をして立ち上がる。
ーーにしても、この肉体がないなんて、変な気分だ。
そう思いながら、細い螺旋階段を上がって行ったのであった。
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