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召喚、輪廻、そして世界最強  作者: 赤見 煌
最弱の召喚者は死後最強の英雄に成り上がる
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ーーまるで悪夢でも見ているようだ



結界で覆われた教会の中、ハクタはそう思っていた。



向こう側では、レアと化け物が闘っている。互いに相手を本気で殺そうとしている、遠慮容赦のない闘いだ。



レアはハクタにとってこの世界で初めて会話をして、初めて優しくされて、


ーー初めて恋をした相手だ。



そんな人が今命を賭けて自分達を護っているのに、俺は何もせずにただ呆然と眺めているだけ。



その事実に、ハクタは歯噛みしていた。



どうにかしたい、でもどうにもならない。


堂々巡りの思考。あの場所に行ったら、確実に自分は一秒足りとも生きてはいられないことをハクタは自覚していた。




そんな心境で必死にレアを応援していたハクタ。ここで、戦況は変わる。レアが詠唱を始めたのだ。



レアを中心として、金色の幾何学模様をその身に写した魔法陣が、幾つも出現する。それらはレアを囲い込んでグルグルと回り出した。彼女の金髪が風になびいて揺れ動くのがとても美しい。



男はレアに凶刃を剥こうとするが、回転する魔法陣は主への接近を許さない。そうしている間も、見る間に魔法陣は大きくなる。



と、次の瞬間、凄まじいエネルギー弾が三百六十度全方位に駆け抜けた。魔方陣に溜め込まれた魔力が、火を噴いたのだ。




ーーーこれは殺った!




ハクタは期待と確信を持つ。だが、それは裏切られた。




全ての光線が彼方へと消え、砂煙が晴れた時、男はボロボロになりながらもそこにすっくと立っていたのだ。



根元から刃が折れた双剣の一本を無造作に投げ捨て、何が楽しいのか狂気的な嗤い声をあげる男。目はますます異様な光を宿し、口からは泡が吹き出ているのがここからでも見て取れる。


ハクタはそれを見て胃の中から苦く酸っぱいものが込み上げてきた。同時に、心臓を掴まれたような息苦しさも感じる。




男は狂気の中に楽園でも見ているのか?楽しげにケタケタと嗤いながらレアに突っ込んでいく。




レアは今ので疲労が来たのか、動きが鈍い。



戦闘に置いては素人のハクタでも分かるほどの劣勢。敵の圧倒的な手数に、レアはとにかく紙一重の防御を続ける。



しかし、それも長くは持たなかった。


男がフェイントをかけたのが見えた。



ハクタの目には、全てがスローモーションに映る。まるで細切れのフィルムでも見ているようだ。



男がナイフで足を狙う。レアは反応出来ない。ナイフが迫り、迫り、迫りーー









足を斬り割いた。血が真っ赤な花びらとなり飛び散る。






男はさらにレアの胸にナイフを突き立てる。ゆっくりと崩れ落ちるレア。ケタケタと、狂気的な嗤い声をあげる男。








ハクタの全身は熱く、まるで燃え盛っているようだ。そのくせ、四肢は極端に冷え切っている。脳は体に行動を命じているのに、体はそれに従わない。否、従えないのだ。





だが、男がさらにレアをナイフで繰り返し刺そうとしているのを見た時。




その硬直は解けた。






「ーーーすなぁっグラァーー!!!」





腹の奥底から、喉を張り裂かんばかりの叫びをあげるハクタ。教会の中では、急に正気を失ったかのような奇行をする異国人に、恐怖の視線が送られる。




だが当の本人はそんなことどこ吹く風。叫びと憤怒の形相そのままに教会の扉に突撃する。脇のピッケルを反射的に掴み、肩でぶち破るようにして外の世界へと飛び出した。





そのままの勢いで結界に思い切りピッケルを打ち付ける。カァーンと高く大きく音が響く。だが、結界には傷一つつかない。






男は、無力に足掻く黒髪の少年に気づいたようだ。ますます悦に入ったようにケタケタ嗤う。


そして、もう絶命しているだろうレアの肢体を、髪を引っ張って持ち上げる。力なくガクガクと動くレアの顔を舌でベタベタと舐め始めた。







それは、もう死んでいるであろう尊人を侮辱する行為で。



それは、この世界で最も憎いと思う男の最も憎いと思う行為で。




それは、ハクタの中の何かを叩き壊し、絶望と怒りと憎悪が原動力に化け、奴と自分の間に隔てられた壁を消した。






「消えろぉーーー!!!!!」





獣の様な咆哮が迸る。思い切り右手を押し当て、全身全霊で祈る。その瞬間、ハクタの中で不思議な感覚がした。



熱く、エネルギーの奔流を感じる。




次の瞬間、音も泣く障壁は消えた。


呆気を盗られた顔をする男。まさか目の前のなんの力も感じない少年に、魔法の結界を消せるとは思っていなかったようだ。嗤いはピタリと止まり、ただただ呆然としている。




隙のある男に、ハクタはこれ幸いと急迫する。障壁の消失の直前、何か不思議な感覚で身を包まれたハクタは、驚きこそしたものの、反応は早かった。



未だ消えた壁ばかりを探すように目を使う男に、ハクタは思い切りピッケルを振り上げる。


だが、それは空を切って地に刺さった。




今さっきまでここにいた男は、五メートル程離れた場所で同じ姿勢で立っていたのだ。




「っがぁーー!!」



再び鬨の声を上げ、ハクタはピッケルを振り回す。だが、それはやはり当たらない。




避ける動作さえも視認出来ない早さ。ハクタは何度も何度も何度も接近と攻撃を繰り返すが、ただの一撃も当たらない。



回避の間、男はハクタを見もしない。消えた結界壁をひたすらに不思議そうに眺めている。



そうして何度ハクタのピッケルは空を切っただろうか。男はいい加減に障壁に思いを馳せるのをやめたようだ。ここでやっとハクタの方を見て、初めてそこに少年がいたことに気づいたような顔をする。



その時にはハクタはもう疲れ切っていた。顔は赤く上気し、全身からは汗が吹き出す。肩で息をして、握力の残っていない手で握りしめるピッケルにはもう覇気がない。



それでも、ハクタの腹は変わらずに怒りに煮えたぎっている。ただ、それはここではいい事だった。何故なら、その激情こそがハクタから恐怖と冷静さを奪い、彼我の実力差を忘れさせていたからだ。



男はフラフラとハクタに近づく。ハクタは迎撃のために重い腕を無理矢理持ち上げ、ピッケルを構える。



そして、手を伸ばせば届くような距離感になった時に、ダメ元で思い切り振り抜く。


だがやはりその一撃は当たらない。また瞬間移動したように男はふっとハクタの前に表れる。




眼前で男の顔を見て、その目の暗い狂気的な光に思わずハクタは息を呑んだ。



男はガっとハクタの両肩を掴む。そして、



「hfhro#odhxbxidbxbvxke!!!?」




甲高く声を発し、ハクタを激しく揺さぶる。同じ分からない言葉でも、安心感を与えるレアの言葉とは正反対だ。

こちらに恐怖と絶望しかその声からは届かない。



そこまで思考が及んだ時、ハクタは自分が何故こんな所で無謀な闘いに挑んだのかを思い出した。



この男が憎かったからだ。


レアの仇を討ちたかったからだ。



なのに何故、この絶好の機会を逃せよう?





ハクタは肩にかかる腕の片方を思い切り掴む。そして、男が離脱するのを許さずにそのまま自分ごと倒れ、地に押さえ込んだ。



「…!」



男は最初は何が起きたのか分からない顔をしていたが、ハクタが首に手をかけると、分かったらしい。何故か楽しそうに嗤った。そして、自分にのしかかるハクタを、膝で空間を作り出して押しのける。その僅かな隙間からみぞおちへと蛇のように鋭い一撃を腕で放った。



激痛に反射的に息が詰まるハクタ。それでも、決して男の上からは退かずに、さらに体重を掛けて男の首を締めていく。




男は、自分の首が思い切り締められているのに、感心したような顔をする。その顔は、血流が止まり、赤くなるはずなのに相変わらず土気色だ。




男は、さらにハクタのみぞおちへと攻撃を重ねる。何度も何度も、執拗に同じ場所を潰し続ける。



ハクタは自由に呼吸が出来ない。それでも、必死に男を締め付ける。



そんな互いに声ひとつない静かな攻防は、三十秒程続いただろうか。



先に折れたのは、ハクタだった。




これで十発目を数える重い一撃が身体を襲う。そして、僅かに力が抜けた。油断や諦観から来たものではない。ただ単に身体が限界を迎えたのだ。




その隙を男は見逃さない。素早く身を捩り、もう力のないハクタの手から首を易々と脱出させた。そしてゆっくりと立ち上がり、楽しげにケタケタと嗤う。



もしかすると、男はいつでも逃げられたのかもしれない。だが、ハクタをいたぶることに喜びを感じ、ここまで遊んでいたのかもしれない。



ハクタは立ち上がれない。みぞおちがひたすらに痛む。恐らく、臓器や周辺の骨にもダメージが行っている。




そのハクタにケタケタ嗤いながら、男は体を擦り寄せる。耳元で、生臭い息を吐き出しながら、何か忌言のようなものをブツブツと唱える。



もしその言葉の意味を理解していたならハクタは狂っていただろう。この呪文は、人間の精神を崩壊させるような絶望の闇に染まった黒いものだからだ。



だが、ハクタには分からない。確かに何か禍々しいものは感じる。だが、狂う程ではなかった。



男もそれが分かったのだろう。直ぐにつまらなそうな顔をする。そして、今度はハクタの文字通りの目と鼻の先に顔を寄せてきた。



大きな狂気の目がハクタを見つめる。吸い込まれそうだ。


ハクタは自分が抵抗の意志を無くしていることに気づかない。あれほどに憎しみを感じていたはずなのに、怒りを感じていたはずなのに、復讐してやりたいと思っていたはずなのに。




諦めが全てを塗り替えてしまった。




男はナイフを取り出す。そして、ハクタの額を深く斬り裂いた。



「…っぁーー!!」



額からどくどくと血が流れ出す。それはあっという間にハクタの顔を赤一色に変え、抑える両手も染めあげる。



いつの間にか日は夕刻を回った頃。綺麗な夕焼けが闇に変わり始める色で空は包まれていた。ちょうどハクタを写しているようだ。






男は再びケタケタと嗤いだす。そして、額を地に無様に付け、無防備にさらけ出された背中に追撃を加える。


刃を致命傷寸前の深さまでゆっくりと刺し込む。そのまま、バツ印を描くようにして二度走らせる。





「ぅがぁー!!!」




ハクタは絶叫をあげる。全身が火で燃やされているような熱さに包まれる。あまりの激痛に、気を失うことさえも許されない。



男は、醜く口を歪めて嗤い続ける。そのままハクタに暴虐の限りを尽くす。その全てが、殺すためではなく痛めつけるためである。



ーーー痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い




腕も足も胴体も頭も指も爪も目も耳も口も鼻も額も首も、同じ感情ひとつに支配される。



ここまでやられても、ハクタにはもう闘志は戻らない。ただただこの苦痛の時間が早く過ぎ去るのを待つだけだ。




やがて、ピクリとも体は動かなくなる。視界は暗く狭くなり、閉じられようとしていた。




だが、それが完全に塞がる直前。




綺麗な金髪が目に飛び込んできた。





それは、この無謀な闘いのきっかけとなった少女のもの。







ハクタは届かない手を伸ばす。その手は言うまでもなく赤色だ。








ーーーごめんな






それがハクタの最後の思いだった。
















ハクタは、生を手放した。



次回更新は、明日の夜です。予定は十九時。


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