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召喚、輪廻、そして世界最強  作者: 赤見 煌
最弱の召喚者は死後最強の英雄に成り上がる
18/27

生地獄



もう、どれほど戦っているのだろうか。



時間の感覚はない。太陽などとうの昔に沈んだ。月明かりが闇を薄く切り裂き、傀儡兵達の死屍累々が浮かび上がる。


ざわりざわりと、おびただしい数の気配を感じる。敵は、結界の破壊よりもハクタを殺すことを優先させたようだ。



これで少しは、レア達の生存率が上がったかな、とハクタは口を歪めて笑った。それが自分の生存率の急落を意味することは、あえて無視する。



体には、精神論では誤魔化せない疲労が積み重なってきている。初めは剣の一振で二、三人を斬っていたのが、一人となり、一人を倒すのに必要な攻撃が二回となり、そこから三回になるのはすぐだった。


全身が飢えと渇きでひりつく。視界は靄がかって充分な情報を伝えず、聴覚は耳鳴りが止まらない。鼻と口からは、限界を超えた肉体が悲鳴を上げ、血生臭いものが溢れ出ているが、ハクタはそれに気が付かない。




「,.;hdi、,!8@?,gus」



傀儡兵の呪詛じみた怒声で、ハクタはハッとする。さっきから、集中が途切れることが増えてきた。精神もすり減ってきているのだ。



目の前にいるのは、見た目がゾンビのような傀儡兵。得物の肉切り包丁のような巨大な斧が、豪風と共にハクタに振り下ろされた。

咄嗟に掲げたアダ グロサに、ズガァンという轟音が発生する。衝突した部分から、爆風が吹き荒れた。

膝と腕で衝撃を流し、ハクタは直ぐに反撃に転じる。しのぎを削る敵の肘を、上段蹴りで砕く。傀儡兵は思わず巨斧を離してしまう。

傀儡兵が体勢を立て直すのと、ハクタの剣がその首に吸い込まれたのは同時だった。


冗談のように刎ね飛んだ首には全く頓着せず、倒した傀儡兵の後ろから別の傀儡兵が飛びかかってくる。今度の敵の獲物は、槍だ。


ハクタは、地面に落ちていた巨斧を手に取る。それを、一回転して周りの傀儡兵を吹き飛ばしてから、迫る愚か者を狙って投げた。



斧はクルクルと回転しながら、傀儡兵を腰で真っ二つにした。その勢いは衰えず、ボウリングのピンのようにたくさんの傀儡兵を弾き飛ばして行く。



だが、それを見送る余裕などない。斧を投げたその右手にかぶりつくように、別の敵が突っ込んでくる。身を引こうにも、三百六十度囲まれているため、そのスペースがない。



ハクタは左腕の『黒魔』で迎撃。敵をまとめて轢き潰す。戦いが始まってから無理を重ねて使い続けているため、左腕は特にボロボロだった。




傀儡兵と戦う上で、厄介なことが三点あった。



一点目は、どうやっているのかは分からないが、傀儡は闇の中でも通常の視覚を保っていることだ。対してハクタは、とても明瞭とは言えない中での対応が迫られる。




二点目は、傀儡が死んでも直ぐには動きを止めないことだ。実例を上げるなら、戦いが始まったばかりの夕暮れ時のことだ。ある傀儡兵が、ハクタの首を狙って大鉈を振るってきた時があった。


ハクタは、なんの問題もなく、目の前でその首を逆に剣で綺麗に刎ねた。ところがだ。傀儡兵は首無しの状態でそのままハクタに鉈で斬りかかってきたのだ。

その腹を殴り飛ばして、難を逃れたが、この後もこういった即死しない事による嫌な残り火攻撃がハクタを苦しめていた。




三点目は、タナトスの言っていた通り、傀儡兵が感情を持たず、全く死を恐れていないことだ。例えどれだけハクタが本気で殺気を叩きつけようとも、まるで構うことなく傀儡達は突っ込んでくる。


さらに嫌らしいのは、傀儡兵が死ぬことを前提で、自分を肉壁として襲い掛かって来ることだ。ハクタとしては、無論斬り捨てる。だが、そういった攻撃の場合、敵側としても、ハクタが次にどう動くかが読みやすい。当然、そこをついてくる。


ハクタとしては、読まれにくいように動きたいのだが、無謀な攻撃ほど、反撃も単調になりやすい。




以上の三点に加え、傀儡兵は疲れを感じていないようで動きのキレが全く落ちないことなどもハクタに不利に働く。いくらハクタが化け物じみたスペックとは言え、人の子。否応なく疲労感は蓄積されていく。



また、安静に出来ないことで、魔力の回復が遅れ、思うように使えないのも足枷になる。遠距離の攻撃手段がないのは、多数を相手取る上で致命的とも言えた。




斬って、弾いて、殴って、潰して、穿って、蹴って、叩いて、突いて。




もう何人殺したかも分からない。この先何人殺さなければいけないのかも分からない。





飢えと渇きと疲労感で動かなくなる体にむち打ち、ひたすらに万軍と一人最前線で戦うハクタの長い夜は、終わる気配がどこにもなかった。

























いつ日が登ったのか、ハクタは分からなかった。いつの間にか世界は明るくなっている。



最も、そんなことはどうだって良かった。今大切なのは、敵を倒すことそれのみだ。



ハクタの身体は、限界を超えていた。内側は狂ったように熱いのに、皮膚の表面は死んだように冷たい。全身は致命傷こそ無いものの、細かな無数の傷からアラームのように鋭い痛みがハクタの意識を刺激する。



張り詰め続けた精神は消耗し、集中が保てない。先程から思考が途切れて反応が遅れることが増えている。疲弊の証だ。それを誤魔化す為に、肉体に更なる負荷を強いて、結果、精神的疲労が肉体的疲労を加速させていた。



肉を斬る感触を、骨を断つ手応えを、どれだけ味わっただろうか。殺さなければ殺される。その事が分かっていても、心はその嫌な感覚に萎びていく。それが罪悪感であることをハクタは自覚していた。



(何を俺はしている!守ると決めた!殺ると決めた!倒れるには早すぎる!まだまだ出来るはずだ!ちくしょうが!)



逸れる思考。その意識の狭間を付いて、傀儡兵が剣で撫で切りしてくる。何とか避けたが、肩を薄くスライスされた。



不味い、と焦燥が募る。何百体、何千体、何万体と倒しても、傀儡兵の戦意は全く衰えない。死んだ仲間の屍を踏みつけ放り投げ、一夜命を奪おうと狙い続けた男に飛びかかる。




ハクタと傀儡兵との間合いは目に見えて最初よりも狭くなり、同時に対応しなければならない量が増えてきた。魔力は幸い回復したので、手数は足りているが、衰えた判断力が上手くそれを機能させられない。



鉛のように重くなった腕で敵を切り裂く。一体、また一体。




斬る、斬る、斬る、斬る、斬られる。


殴る、殴る、殴る、殴る、殴られる。


抉る、抉る、抉る、抉る、抉られる。




神の肉体の治癒能力はとっくに底を付き、今は傷は癒えることはない。ジリジリっと増え続ける痛みは、その増殖速度を上げている。



出来ることなら一度休みたい。力任せに剣を振り回し、強引に魔力弾で攻撃すれば、きっとそのための隙は作れる。だが、ハクタはそうしない。今剣を下ろせば、再び戦うために立ち上がれるか自信が無いからだ。


心身共に限界を迎え、それでなお体が動いているのは、緊張と戦意から出るアドレナリンに寄るところが大きい。


一度それを解いてしまえば、容易く元に戻ることは出来ない。ろくに動けなくなるか、最悪の場合、そのまま意識を失うことも考えられる。



(ここが、俺の墓場になるのかな)



再び思考が逸れた。それは新たな隙を作り、ハクタから余裕を奪い去る。肉体への傷がまた一つ増えた。


このままではいけない、もっと集中しろ、と自分に命じるが、そう思った時点で脳みそは他の方向を向いている。判断が遅れ、対応に苦難し、増えた痛みに顔を顰める。



目に見えて動きの鈍る獲物を、狩猟者達は逃さない。



目の前に、同時に二人の傀儡兵が現れる。それぞれ両手に槍を持ち、合わせて四本連続でハクタに豪槍を繰り出す。



ハクタは強引に、片手に二本ずつ掴み取る。そのまま力任せに引っ張り込む。傀儡兵二人は本能的に踏みとどまろうとするが、ハクタの腕力がそれを許さない。試み潰えて、たたらを踏みながらハクタの前に引きずり出される。生首が、二つ同時に空を舞う。



生々しい感触と共に、バチャリという名状し難い嫌な肉の音が鳴り、ハクタの肩と頬にべっとりとした血が大量に着く。



最も、気にする意味などもうない。既に、ハクタの全身は、返り血に塗れ、見るも無残な有様になっていたのだから。




倒した傀儡兵の体を貫きながら、死角となる部分から、剣が出される。それを叩き落とした時には、背後から戦鎚が頭をかち割ろうと迫る。



「うぉぉぉぉあぁあああ!!!!!」


凄まじい物量を前に、ハクタはいつしか雄叫びを上げていた。文字通り、血反吐を吐きながら、必死に抵抗する。



迫る死の影を、剣で斬り、『黒魔』で潰し、風で刻み、魔法弾で穿つ。



弾く、弾く、弾く、弾く、弾く弾く弾く弾く!!!



目や耳、鼻や口からはゴボゴボと血が溢れる。限界を超え続け、生半可なものでは無いダメージが内臓系に入っている。一秒たりとも休養が許されないため、脱水症状にもなっていた。



この生き地獄はいつ終わるのか。ハクタは時間の感覚が無くなっていた。ひたすら敵を殺し、それすらも無意識層になる。今自分がどうするべきか、何をしているのかが分からない。

























ハクタの意識は朦朧としていた。脱水症状で体は熱を持ち、喉がひりついて痛くてたまらない。五感は機能していないも同然の情報しか伝えず、本能のみで闘っていた。



世界からは色が抜け落ち、妙にスローモーションになっている。自分が何をどう動かしているのか、分からない。



限界だった。全身が痺れ、時間の感覚がない。守るとレア達に告げたことも、自分が戦っている相手が誰なのかも、記憶にない。




抜け落ちそうな意識を何とか踏みとどまらせる。しかし、何故そうするのか分からない。



今、動くことを辞めれば、楽になれるのかなーー。危険な誘惑がハクタの心を駆け巡る。しかし、何か大切な、ハクタの奥底で叫び続けるものが、それを許さない。



どうして、こんなに苦しまなければならないのか。ここまでやって、何故止まることを自分に許さないのか。



逸れる思考は、決定的な隙を作ってしまう。





轟ッと大気が唸り声を上げた。



まるで水の中にいるかのような重い体を動かし、沈む意識をどうにか音の方向に向けると、傀儡兵が、仲間の屍を大玉のように固め、それをハクタに投げつけているのが見えた。



まだ余力のあるハクタなら、魔法なり剣なりで対応出来ただろう。だが、既に自我を失いかけているハクタでは、その突貫攻撃を弾き返すには力が足りなかった。



正面から直撃し、体が棒切れのように軽々と吹っ飛ぶ。ボゴォンと背から何かにぶつかった。肺から強制的に酸素が叩き出される。一緒に、血と欠けた歯も吐き出した。背中をぶつけたそれが、約二十四時間前に自分の張った結界だとハクタは気づかない。



傀儡兵達が、ここぞとばかりにこぞってハクタを追いかける。全身が、このままでは死ぬぞ、と警鐘を鳴らし、それに従ってハクタは抵抗する。



「ちょ、うけ、っかい……」



途切れ途切れに言葉を発し、何とか意識をそれに向ける。体の片隅に残っていた魔力の残りカスを絞り出して、ハクタは約十メートル程の結界を、背中側にある結界と隣接させて張った。



急いでやったつもりだが、敵の侵入を許してしまった。その数、およそ二十体。



棍棒、槍、双剣、大鉈、鎌、戦鎚。彼らは思い思いの得物を掲げてハクタに襲いかかる。



ハクタは死体のように力なく倒れて動かない。それでも、『黒魔』で敵を押し潰す。左腕は、もはや痛みを感じなくなった。



しかし、一体だけ取りこぼす。その傀儡兵は、倒れるハクタの側まで駆けてきて、手にある剣を左腕に突き刺した。そして、体から切り離す。



ハクタの口から、ゴボッと血が吹き出る。残された右手で何とか剣を握り、それを傀儡兵の喉元に突き刺した。



傀儡兵はゆっくりと倒れる。ハクタには、その差し込んだ剣を引き抜く力もない。





意識はどんどんと暗い世界へと沈みゆく。全身の感覚が鈍っていき、それがとても心地いい。



ーーダメだ



どこかで声が聞こえる。



ーーダメだ



それは、自分の声。もう動くわけないと思っていた唇が震えながら、声を出す。



ーーまた、前と一緒か?



まるで嘲るように聞こえた一言に、ハクタの意識が死の国から生の国へと戻り始める。













次回更新は明日の十九時。


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