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巫女の守護者

作者: 司馬田アンデルセン

 科学が急速に進歩する20XX年。そんな中未だに人がたどりつくことができてない神の領域、そして神の存在。だがそんな神の領域・神の存在に一歩手前にいるのは巫女である。

 巫女は巫女でも普通の巫女ではない、正真正銘の巫女である。正真正銘の巫女は神と会話することもでき、神の領域へと行くことができる。はたまた神の加護をも持っているのだ。

 そんな正真正銘の巫女がいるならば科学者がすぐにでもその巫女を捕まえてモルモットにしようと真っ先に考えるだろう。そんなことがうまくいけばもうとっくのとうに人類は神の領域へと到達している。何故なら科学者たちは何年の間巫女を守る存在によって邪魔されているのだ。その存在は守護者と呼ばれている。守護者は一人ではなく何人もいる。守護者は自分が信仰する神のために巫女を守る。そう、自分の信仰する神のためである。少し昔話をしよう。

 それはかなり昔の話、まだ人々が様々な神を信仰する時代のことだ。ミャルクヨと言う神を信仰する人たちが多く暮らしている集落のところに守護者の男がいた。彼は他の守護者とは少し違った。何が違ったかというと守護者は皆が皆自分から志願して守護者へとなった。だが彼は周りの人からの勧めでいやいやと守護者へとなった。

 彼が守護者になったが彼は、守護者らしい仕事などは全くせず隙を見ては自分の持ち場を離れては散歩や市場に行き遊び歩いていた。

 そんなある日彼はいつものように隙を見て持ち場を離れて桜の咲く丘に桜を見に行った。そこで彼は自分が守護する巫女に始めて出会った。巫女はまだ自分より幼くまだ子供であった。巫女いわく見張りをかいくぐり神社から抜け出し桜を見に来たのだ。守護者である彼はまだ見習いで巫女がいったいどの様な生活を送っているのか分からず聞いてみた。

「まったくじゃよ。巫女と言う仕事はただ単に神と会話するだけなのに余を社へと閉じ込めておくのじゃよ。しかも四六時中余には見張りが張り付いておる。外を出たくても見張りは余を外へ出してくれぬ。だからこうして隙を見て抜け出したのじゃよ」

 巫女ははにかんだ笑顔でそう答えた。彼は大きな声で笑い言った。

「それ、僕が守護者だってことを知っていて言っています?知っていて言っているなら笑いものだ」

巫女は頬をぷくぅと膨らませ言った。

「そんな事知っておるはずがあるまい。なぜ余がお主らのような守護者の名を覚えなければいけないのだ」

「確かに君は僕が想像するような巫女だ。高慢で自分以外の人の名を覚えない。――だけど僕みたいに仕事を抜け出すなんて高慢ではなく半端ものだな」

 彼ははにかんだ顔で巫女を見つめて言った。巫女はプイっと顔を逸らして顔をそらしたまま彼に言った。

 「誰がお主のような半端者じゃ。余はお主よりはしっかり仕事らしいことをしておる。そもそもお主の事なぞ余はどうだってよい。――だが、こんな騒がしい会話をしたのはお主が初めてじゃ。これが人らしい会話なのか?」

 巫女は逸らしていた顔を戻し言った。

「人らしい会話ってなんですか。そんな風に思っているならそうじゃないんですか。それにしても巫女さんがまさか僕の妹よりも幼いなんて驚きましたよ」

「お主には妹がおるのか?だったらなぜ余の守護者をしているのじゃ。遊び歩いておるのなら妹と遊んでおればよいじゃないか。それに守護者などという仕事に就かなくてもよかろう」

 彼は少し遠くを見るように自分の過去を話した。

「ある日の礼拝の時のことです。僕の父と母は熱で寝込んでしまって礼拝行けず仕方なく僕と妹だけで礼拝に行ったのです。そして数日後私の父と母は病気が悪化して死んでしまったのですよ」

 彼は少し歯を食いしばって顔をこわばらせ言った。

「その後僕たちの周りの人たちはこう言ったんですよ、“お前の父と母は礼拝に来なくてミャルクヨ様が怒って罰が当たって死んだのだよ。だからお前は守護者になって親の罪滅ぼしをしろ”って。本当におかしいことですよ。僕の父と母は病気で礼拝に行けなかっただけなのになんで罰が当たるんだよ。――ごめんなさい、こんなこと巫女の前で言うものじゃないですよね」

 巫女は泣きじゃくった顔で彼を見つめて言った。

「そんな酷い、ヒクッ。ミャルクヨ様はそんな事では怒らぬのにヒクッ。きっとこれは余のせいじゃ。何か余に罪滅ぼしは出来ないか」

 彼は慌てて何か泣き止ます方法はないかと考えながら答えた。

「悪いのは巫女さんじゃないですよ。勝手にそう思い込む周りの人がいけないんですよ」

 それでもなお巫女は余のせいじゃと、言い泣き止まない。そこで彼はある事を思いついた。

「じゃあミャルクヨ様に聞いてみてくださいよ、怒っているのか怒ってないのか。これはミャルクヨ様と唯一話せる巫女さんにしか出来ませんからね」

「うむ、分かった。確かにミャルクヨ様と会話できるのは余だけじゃ。怒っておるか怒っておらぬかくらい簡単に聞ける。して、お主は名をなんという?」

「僕の名前か、僕の名前は――」

 剣道日本全国大会決勝戦。これを勝てば黒坂(くろさか)羽黒(はぐろ)、二十歳は大学二年生で全国優勝したことになる。と言っても相手は剣道八段持ちの森近(もりちか)小夜(さよ)()であり羽黒は剣道三段、五段も差がある。だが羽黒は先輩や後輩からの応援に応えたるめ最後まで自分の実力を信じてやるしかないと決心した。「両者構え」と審判員が構えの声と同時に小夜威の面の奥から羽黒をにらみつける目線を感じ取ることができた。(小夜威の最初の行動は大抵面を打っていた。ならばその後に引き胴をしよう)そう羽黒が頭の中で思考していると審判員が「始め」との試合が始まる合図が聞こえた。

 小夜威の最初の行動はなんと面ではなく突きであった。羽黒はとっさの行動で突き垂れに竹刀を持ってきて塞ぐことができたがあと一歩遅れていれば必ず突きで一本を取られていた。そのままの勢いで鍔迫り合いになった。小夜威の方が羽黒よりもひと回り体格が大きいため羽黒は小夜威との鍔迫り合いに押されるまま場内と場外を分ける境界線のテープまで押されていた。羽黒は引かず自分の竹刀で小夜威の鍔を押して小夜威を退かせた。小夜威が退いた後の隙を羽黒は見逃さずそのまま小夜威との距離を詰めていき小夜威の面に竹刀を打ち込み後ろに下がり残心をした。『面あり。一本』と審判員が旗を挙げて言った。

 一本目はあっさりと羽黒が面で一本を取った。両者とも開始線へと戻り竹刀を構えた。審判員の始めとの声が聞こえた瞬間小夜威は直ぐに前に出ず羽黒を誘い込むかのように構えて立っていた。羽黒はその誘いに応えるように小夜威が構えている竹刀を払い面が打ち込める距離まで距離を縮め面へと打ち込んだが面に打ち込む瞬間に小夜威は羽黒の一歩前にいき残心を取らせまいとの意思で近づいた。

 一本目のようにまた鍔迫り合いになり羽黒はまたもや押され続けた。羽黒はこのままではまずいと思い自ら後ろへと一歩下がったがその瞬間に小夜威は前に出て羽黒の小手を打った。だが羽黒は小夜威が打ち込んだ後に残心がされないように小夜威の目の前までいき鍔迫り合いに持っていきそのまま小夜威を押した。羽黒は自分の竹刀を少し上に上げた。小夜威はすぐ羽黒が面を打って来ると予測して面を守る形に入った。羽黒はこれを狙っていたかのように隙ができた小手を見てすぐに小手に打ち込み小夜威の右側を抜けて残心をした。『小手一本。勝負止め』審判員が旗を上げて言った。

 羽黒は自分が勝ったことに信じられず数秒間その場に放心状態になっていたがすぐに我に返り開始線まで戻りそんきょをし、竹刀を納め後ろに下がり礼をした後羽黒は試合場の外にある畳の上で面を外しその場を後にして各選手の控室へと行った。

 面を抱えて控え室に戻り羽黒は胴と垂を外していると控え室のドアを開ける音がした。

「全国大会優勝おめでとう。羽黒」そこには羽黒より身長が少し上の、茶髪の女性がいた。彼女は剣道部部長である弥栄真頼(やさかまより)だ。真頼はスポーツドリンクを羽黒へと差し出した。ありがとう、と羽黒は言いスポーツドリンクを受け取った。

「いやーまさか最後の一本をフェイント技で決めるとは。審判員はただ単に小手を決めたように見えたけど私の目は騙せなかったね」

 真頼はドヤ顔で答えた。羽黒はフェイント技に関しては誰よりも上手くちょっとした隙でも見逃さず技を決めることができる。そして小夜威が面を守る形になった瞬間小手には隙ができてしまい羽黒はその僅かな隙を見逃さず小手に打ち込んだのだ。

「さすがは真頼姉ちゃん。やっぱり何年も僕の剣道を観ているだけあるよ」

 真頼が羽黒に姉呼ばれされるのは理由がある。羽黒がまだ十二の時に旅先の帰りに交通事故にあった。高速道路にのった帰りみちのことだ。居眠り運転中のトラックが自分の乗っている車に激突したのだ。羽黒自身にはちょっとした怪我で済んだのだが車を運転していた父、黒坂(くろさか)和徳(かずのり)は不幸にも事故死してしまったのだ。このことから羽黒は自分が死に掛けたこと、父の死を目の当たりにしたことからASD(急性ストレス障害)に陥ってしまった。羽黒の母、紀子(のりこ)は仕事の関係で家に帰ってくることが少ないため羽黒の心の支えになれないと思い和徳の知り合いの真頼の父、弥栄(やさか)(のぶ)(あき)に羽黒を預かってもらう事をお願いした。信明は和徳には恩があったため分かったとの二つ返事で返した。羽黒は最初の間は部屋に閉じこもっていた。七歳の時からやり始めていた剣道にも一切手も付けず筋トレすらやっていなかった。しかしそんな彼を真頼は積極的に彼の面倒を見てあげていた。羽黒が夜うなされて泣いていた時も彼女は羽黒を慰めていた。そのおかげもあり羽黒は二週間半で克服して見せた。そのため羽黒は真頼に対し親近感がわきいつの日か真頼のことを“真頼姉ちゃん”と呼ぶようになった。

「他の部員はどうしたんだ。まさかおいてきたんじゃないだろうな」

「まさか、ほかの人たちがこう言ったのよ “一番初めに羽黒の優勝を祝うのは姉である弥栄さんですよ”って言われたから一人で来たの」

「姉であるってただ単に僕が勝手に“真頼姉ちゃん”って言っているだけなんだけどな」

 頭を掻きながら困った顔で言った。羽黒の通っている大学の友人たちにはよくからかってくるが皆が羽黒の過去に何があったかを知っているため決して馬鹿にしているわけではない。勿論羽黒もそのことは知っている、そしてそれが羽黒に対しての心遣い的な優しさということも。だから羽黒もその優しさにあった答え方をしている。

 真頼以外にも羽黒の控え室に入ってくる人がいた。

「やぁ、羽黒君。優勝おめでとう、面をつけてないで会うのはこれが初めてかな?」

 大体六十代中半ばの(はかま)姿(すがた)でそこに立っていた。だが羽黒にはどこか聞いたことのある声だった。羽黒は必死に思い出そうと手を頭に当てて考え込んだ。そこに真頼が苦笑いで言った。

「ちゃんと自己紹介もしなきゃだめだよ。羽黒が困っちゃてるよ、小夜威のおじさん」

 大体六十代中半ばの袴姿で立っているその男はさっき羽黒と試合をしていた小夜威だったのだ。小夜威だと分かった瞬間羽黒は慌てて小夜威にお辞儀をした。

「ハハハ、そんなにかしこまんないでもいいよ。いやー本当に僕が大学生に負けるとはね、やっぱり齢なのかな」

「大の大人が言い訳はよくないよ。羽黒は普通に強いからね。私のお父さんを負かすくらい強いからね、それに羽黒は剣道をやり始めたのは七歳ころだよ。中学生から始めた小夜威のおじさんとは」

「確かにそれだったら凄いな。七歳からなんてまるで生まれてから剣道をやってきたようなものじゃないか。それに君の父親は和徳さんなんだろ、当日活躍していた和徳さんは現代の土方歳三と言われるほどの強さと剣道をやっている時に感じ取れるあの威圧感は凄かったよ。――なのにあの人が交通事故で死んじゃうなんて神様は意地悪だ」

 しばらくの間沈黙が広がった。

 和徳の剣道は羽黒とは違って激しい剣道をする。何が激しいかというと打ち込みの多さだ。しかもその打ち込みの全てが正確に相手の防具などに当ててくる。想像してみれば如何に恐ろしいかが分かる。それに和徳は打ち込む速さは常人並ではない。そんな速さかつ正確な攻撃が普通に戦って勝てるはずもない。そのため彼が大会に出た瞬間その大会の勝者は決まっているも同然と言う者も多くいた。

 また彼の祖先はそのまた昔、名のある武士の家柄らしい。詳しいことは分からないがそれもあって黒坂家の家には剣道場がある大きな庭園のついた豪華な書院造である。

 和徳は常に誰よりも自分に対して厳しく、威張ることもなく自分の力には決死って自惚れることのない男だ。そんな和徳の手によって羽黒は父から剣道を鍛えてもらっていた。

 だが羽黒の剣道は和徳とは基礎的に違うどころか積極的に打つのではなく、相手に打たせて自分の有利の立場に持っていくといったスタイルなのだ。もちろんこの方法だけでは勝ち続ける事はできないため羽黒は出来るだけ練習では自分の不得意なものを練習して克服しつつある。

「さて、二人ともいつまでそんな顔しているの。羽黒、小夜威のおじさん。次は表彰式だよ、シャキッとしなさい。そしてそのあとは打ち上げ会なんだから。もちろん小夜威のおじさんも来てね」

「僕もその打ち上げ会に参加してもいいのかな?――おっと、どうやらそろそろ時間のようだね。僕は一足先に行かせてもらうよ」

 そう言い小夜威は羽黒の控え室を後にした。

「真頼姉ちゃんも早く皆のところに行かないといけないんじゃないの」

「確かにそうかも。じゃあ、私は先に行っているからね」

 そう言い慌ただしく羽黒の控え室を出て行き羽黒の控え室は羽黒一人になった。

「さて、僕も会場の方へ行かないといけないと。まさか本当に優勝するとは」


 二


 無事に表彰式も終わり真頼たち剣道部員一行は酒屋〈うぐいす〉の大きな部屋を丸々一つ貸し切りにして羽黒の全国大会優勝の打ち上げ会をしている真最中だ。その打ち上げ会には真頼の招待で小夜威も来ている。打ち上げ会の始まりはいつも真頼の一言で始まる。

「今回の全国大会では我らの星である羽黒が全国優勝をした。まあ、このまま話し続けてもいいけど長くなるので割愛。では乾杯」

 真頼の言葉と共に皆が乾杯と言い手に持っている飲み物を飲んだ。飲み物はビールやソフトドリンクなどと人によって違った。羽黒は麦茶を口にした。そこに小夜威が話しかけてきた。

「やぁ、羽黒君。確か君はここ、松賀原に住んでいるんだよね」

「はい、松賀原ですがそれがどうしたんですか」

「僕は岐阜なんだよ。でももうお酒飲んじゃったから今日は車運転できないからホテルであともう一泊しなきゃいけなくなったよ」

「だったらお酒飲まなければ良かったじゃないですか」

 小夜威は苦笑いで言った。

「真頼ちゃんにお酒を勧められちゃったからね。流石に彼女があんな風だったら飲まなきゃまずいからね」

 羽黒が疑問に思い真頼を見てみると彼女はもう既にお酒を飲んでできあがってしまっていた。酔った真頼は誰にも手をつけられない状態になっており次々と剣道部部員にお酒を勧めていた。部員が断れば真頼は『私の酒が飲めないのか』と言い強引に勧めている。羽黒は流石にまずいと思い真頼を止めに行った。

「いい加減にしなよ、真頼お姉ちゃん。一回水でも飲んで落ち着こう」

 羽黒は真頼の手を掴みお酒の入ったグラスを取り代わりに水を進めた。

「羽黒が私に意地悪する~。小夜威のおじさん助けて~」

「残念だけど僕はこれには羽黒君に味方するよ。なんたって僕は羽黒君には大会では負けたからね。“敗者は勝者に黙って言うことを聞く”って言うだろ」

 小夜威は苦笑いで言いお酒を口に運んだ。

「どうしたどうした?そんなに部長さんを困らせてよ、羽黒」

 真頼の声を聞き羽黒の友人が来た。彼の名は冨波啓明(とばはるあき)。羽黒とは同級生であり、学校の帰りによく一緒に遊んで帰っていたり羽黒と啓明は互いの悩みを相談したりテスト前の期間は二人で一緒に勉強することもあるくらいの仲だ。啓明は剣道部には羽黒が入るので一緒に入るという感じに入ったので別段強いわけではない。だからといって弱いわけでもない。

「そっかー。羽黒がそういう事をするのか。でもな、真頼先輩。嫌がっている人に強引に勧めるのはまずいっすよ。――なのでー羽黒さんに飲んでもらいましょうよ」

「なんで僕が飲まなきゃいけないんだよ。第一僕はお酒苦手なんですよ」

「わぁ~ん。羽黒が私のお酒飲んでくれない。飲んでくれてもいいのに~」

 ついに真頼は泣き上戸にまでになって羽黒にと勧めようとしている。羽黒は小夜威に助けを求めるように目で促した。

「飲んであげなよ、羽黒君。泣き上戸にまでになって勧めてくるんだから一杯くらいなら良いだろう」

「分かりましたよ。でも、本当に一杯だけですよ」

 渋々と羽黒は真頼が手にしているグラスを手に取りグラスの中のお酒を口の中に注いだ。一杯飲んだだけで羽黒の顔は赤くなってしまった。これが飲みたくない理由であり、羽黒はお酒に関しては弱いのだ。そのため一杯でも飲んだだけでもすぐ顔が赤くなりほろ酔い仕掛けてしまうのである。そのため羽黒は宴会などでは出来るだけお酒は避けている。

「これだからお酒は飲みたくないんだよ。もう酔いが回り始めてきやがった。酔いが覚めるまで少し横にさせてもらいます」

 そう言い羽黒は横になり目を閉じて酔いが覚めるのを待つことにした。


 羽黒が目を覚ますと皆が帰る支度をしていた。どうやら羽黒は打ち上げ会がお開きになるまで横になっていたらしい。

「やっと起きたかい。もうお開きだよ。でも、本当にここまでお酒が弱いとは思わなかったよ」

 小夜威は、羽黒が横になっている隣に胡坐をかいて座っていた。

「まったくおっしゃる通りです。僕ってどのくらい横になっていましたか?」

 腕時計を見て小夜威は言った。

「大体一時間半ってところかな。――真頼ちゃんなんだけど見ての通り完全に寝ちゃっているよ」

 真頼を見てみると口からよだれが垂れており、完全に寝てしまっている。あまりにも心地良さそうなので誰も起こさなかったのだろう。羽黒は仕方なくみんなを先に帰らせることにした。そして羽黒はタクシーを〈うぐいす〉に来てもらうように電話をかけ待つことにした。

「羽黒君、完全に真頼ちゃんに振り回されちゃったね」

「全くですよ。――でも、僕が今こうやって全国優勝できたのは真頼姉ちゃんのおかげでもありますから恨めませんよ」

「それはまたなんでだい?」

「真頼姉ちゃんから聞いたかもしれませんけど僕は父親が死んでから引きこもってしまったんです。でも真頼姉ちゃんが僕に救いの手を差し伸べてくれたおかげで僕はこうやってまだ剣道をやっていけていけるんですよ」

 羽黒たちの会話で目を覚ましたのか体を起こし、眼を掻きながら言った。

「あれ、他の人たちは。というか今何時?」

「やっと起きた。もうとっくのとうにお開きだよ。タクシー呼んであるからそれに乗って帰るよ」

 羽黒と真頼は〈うぐいす〉の外に出てタクシーを待つことにした。小夜威はホテルまで行くことにしたらしく外に出てお別れした。しばらくして待っているとタクシーがやってきて扉を開けた。先に真頼をタクシーに乗せ、その後に自分は乗った。

「もう夜も遅いのだからたまには私の家に泊まっていきなさいよ。羽黒の部屋まだそのままにしてあるんだから」

「いや、いいよ。家族の人たちにも迷惑をかけてしまうじゃないか。それにいつまでも僕は弥栄の家にはいられないよ。僕はとっくのとうに独り立ちをしている成人だよ」

「分かってる。でも辛いことがあったらなんでもいいから相談してよ。最近の羽黒と剣道をやりあっていて思うんだけど何か迷いがあるわよ」

 真頼の言葉をため息で返し、羽黒はタクシーの窓を向き視線はタクシーの外の風景を見ながら言った。

「大丈夫だよ、ただ単にあの時は少し疲れていただけだよ。その証拠に今日は調子よかっただろ」

 そう話している間にタクシーは真頼の家の前に着いてしまった真頼は羽黒に、お休みとだけ告げタクシーから降り、家の中へと入って行った。羽黒は真頼が家に入って行ったことを見届けてタクシー出すように言った。

 羽黒の家は真頼の家からはそう遠くはなく数分で羽黒の家へと着いた。羽黒は運転手に代金を払い、礼を言った。家の鍵を開けて自分の家に入って電気を点けず家の遣戸が全てしまっているのを確認した後そのまま自分の部屋へと向かった。外見が書院造だけあって家の内部も、ほとんどが書院造の名残がある。

 自分の部屋に着き電気を点けた。剣道具は床の間に置き押し入れから布団を引きずり出した。そしてそのまま布団に入り込み数秒で寝付いた。


 三


 羽黒が時計を見てみると短い針は九時を指していた。どうやらいつもより少し遅く寝ていたいようだ。すぐに羽黒は着替えて布団を押し入れへと片付けた。布団を片付けた後は朝食食べる前に新聞を取りに家の門に置いてあるポストへと向かった。つくづく羽黒は思った、この家は広すぎると。本来だったら父、母、自分が住むはずだったのだが父は事故で死んでしまい他界してしまっている。母は会社の関係で全く家には帰って来ない。そのため羽黒一人でこの大きく、広い家に住んでいて幾つか使っていない部屋が数部屋ある。

「全く、今日が学校休みでよかったよ。朝の九時頃に新聞取るなんて寝すぎだろ」

 そう言い家の門の内側からポスト中を確認して新聞を取り出そうとした時に家の門の外に何かが倒れているのが見えた。目覚めたばかりの目を凝らしてみると人だというのが分かった。新聞を取るのを後にして慌てて見に行くと小学六年くらいの黒い長髪の少女が倒れていた。彼女の服はよく神社で見る巫女さんの着ている紅白の色の服に見たことのない家紋が入ってあった。それは、家紋の月に蝙蝠(こうもり)の蝙蝠に百足(むかで)の胴体がくっついているような家紋であった。

「とりあえずこのままじゃまずいから目が覚めるまで僕の家で寝ていてもらうか」

 そう言い羽黒は倒れている彼女をお姫様抱っこで家の中に運び、客間に布団を敷いき、横たわらせた。彼女が寝ている間に朝食を作り、彼女の目を覚ました時にパニックを起こさないように同じ客間で済ませることにした。朝食は冷蔵庫に冷凍してあるご飯を解凍させ、インスタントの味噌汁を作るために電気ケトルをONにして沸騰するのを待った。電気ケトルのお湯が沸騰する頃には冷凍のご飯の解凍も終わった。ついでにインスタントの味噌汁を作るために作ったお湯の余りで食後のコーヒーを作ることにした。そうしてできたのが、ご飯と味噌汁と食後のコーヒーと少しアンバランスな朝食であった。

 羽黒がご飯と味噌汁を食べ終わりコーヒーを飲んでいるとそのコーヒーの香りに誘われたのか彼女は目を覚まし、辺りをきょろきょろと見渡した。

「なぜ余はここにおるのじゃ。そこのお主、ここはどこじゃ」

「お主?僕の事ですか。ここは僕の家だよ。お前が僕の家に倒れていたから僕が介護してやっていたんだよ。つっても数分だけどな」

「そうなのか。それはありがたかった。では余はこれ以上お主にこれ以上は迷惑をかけておれぬ。これでお暇するのじゃ」

 そう言い布団から起き上がり立ち上がった途端にふらつき始めた。どうやらまだ体はまだ本調子ではなさそうだ。すぐに羽黒は近づき彼女が倒れこまないように背中を右手で支えてあげた。

「おいおい、大丈夫か。そもそもお前の名前を教えろ」

「余の名前か、名前はとりあえず白井(しらい)()(こと)と言っておこう。余は神と会話する巫女じゃ」

「とりあえずってなんだよ。――て、巫女だと。小学生が巫女だと、ありえんな」

 羽黒は鼻で笑い美琴が巫女だということを否定した。

「しょうがくせい?それはなに奴じゃ。そして今のどこに笑うところがあった。余は正真正銘の巫女じゃぞ」

「いくらなんでも小学生みたいなお前が巫女はおかしいだろ。なんならこの近くの神社の神主に聞いてみてもいいけどな。お前が巫女かどうかなんてすぐわかると思うぜ、白井さん」

「くぅー、ぬかしおって。その神主に聞けばすぐに余が正真正銘の巫女だとわかるからな。その時のお主の悔しがる顔を拝むのがたのしみじゃわい」

 はい、はいと羽黒は適当に応え美琴について来いと言い玄関に向かい、玄関に着いた時に聞いた。

「そういえば美琴、靴はあるのか。運ぶときは確か履いていなかったが」

「ふむ、履物のことか。そういえば履いてなかったのう。貸してもらえんじゃろうか」

「あー、確か僕が小さかった時に履いていたサンダルならあった気がするが」

 そう言い羽黒は靴箱をあさりながらあるかどうかを確認した。

 なかなか見つからないため美琴は呆れ始め言った。

「まだ見つからんのか、余を待たせるではない。それとも今更怖気付きおったか」

「うるせぇーな。まったく、もうちょい待てよ。――お、あったぞ」

 羽黒は見つけたサンダルをそのまま美琴に投げて渡した。そのまま美琴はそのサンダルを物珍しそうに見つめながら自分の足にはめた。サイズは少しだけ大きかったが歩くのに関しては問題なかった。

 八月上旬の夏は日差しが強く猛暑であった。羽黒はしっかりと家の玄関の鍵を閉め美琴についてくるように言い美琴は羽黒の隣を歩くようについてきた。時期はまだ八月上旬だったためサンダルを履いておるのに何の問題は無かったが巫女服という場違いな服装をしており変な視線を送られた。

「はぁ~、なんで僕が子供のお守りをしなきゃいけないんだよ。というか美琴、お前どこに住んでいるんだよ」

「余か、それが余にもいまいちよう分からんのじゃ。なにせ余は永い間封印されておったからのう。しかも目覚めた所が山の祠の前じゃったからのう。それに永い間封印されていたせいか自分についての記憶が曖昧なのじゃよ」

「お前馬鹿なのか、封印されていたとか普通信じるか。それになんだ、寝言は寝てから言え」

「ぬぅ~、余を馬鹿にしおって。そのうち痛い目になるぞ」

 またも羽黒は全くもって信じる気もなく適当に美琴の言葉を受け流しながら神社へと足を運んでいった。神社の距離は確かにそんなに遠くはないが神社に近づくにつれ坂になっていき傾斜も二十度まではないがそれなり疲れる。

 店が多く建ち並ぶ坂道で美琴の呼吸が乱れ始めた。

「どうした、こんなんでもうばてたのか」

「仕方ないじゃろ。なにせ永い間封印されており体がまだ馴染めてないのじゃよ」

 そう美琴が言うと羽黒は美琴の前に屈み手を美琴のいる方へとさし伸ばし言った。

「ほらよ、おぶってやるから乗れよ」

「では遠慮なく乗せてもらうぞ」

 そう言い羽黒に美琴はおぶっていってもらうことにした。美琴の重さは女子小学生の平均よりなぜだか少し軽いような気がした。

 美琴をおぶったおかげで美琴の歩く速度に合わせる必要はなくなりさっきよりも少し速く歩くことができた。そのためすぐに神社の鳥居の入り口まで来ることができた。鳥居の先は木々が生い茂る小規模の山に一つの長い階段になっており下からでは神社も見えないほどの長さだということが分かる。

「おぶるのはここまででよい。流石にこの階段を余をおぶって行くのはきつかろう」

「別にいいよ。それに階段を上っている最中に疲れて倒れたら話にならないだろ」

 そう言い美琴を背負って階段を上り始めた。

 階段の段差は一つ一つ不規則であり低かったり、高かったりするため無駄に疲れる。いくら剣道をやっており体力のある羽黒でも美琴を背負っての階段を上るのは流石に疲れる。しかし羽黒は一言も弱音は吐かず、美琴を背負い一歩一歩神社へと近づいていった。

「お主本当に大丈夫か。呼吸が荒れておるぞ」

「大丈夫だ、もう少しで着くからな。それにしてもすっかり夏真っ盛りだな。セミの鳴き声がさっきからうるさいぜ」

 アブラゼミの鳴き声を聞きながら歩く神社の階段が強い猛暑の夏を更に強調した。

 やっとの思いで羽黒は美琴を背負い階段を上り終えて美琴を降ろした。流石に口では大丈夫と言っていたが羽黒は階段を上がった鳥居の前でしりもちをついた。

「はぁ、はぁ。着いたぞ。ここが神社、天海神社だぞ」

 羽黒は天海神社と書かれた門柱を見て言った。

 天海神社、松賀原では知らない人はそこまでいない神社であるが観光目当てに来る人はそこまでいない。それに神社の境内は手水舎と拝殿と奥に本殿があるぽつんとした神社であるが、正月になれば参拝者が多く来るほどの松賀原では知名度の高い神社である。

「確かにこれは立派な神社じゃ。そんなに大規模ではないが立派だということが分かるわい。しっかりと掃除もされておるからな」

 美琴は天海神社を見渡しながら言った。

「ふぉっふぉっ。こんな老人をおだてても何も出んぞ。それにしてもお前が子供を連れて来るとは珍しのう」

 そこには神主らしき長い白髭を目立たせた白い和服を身につけたご老体が現れた。

「珍しいとか人ごとのように言わないで下さいよ、神主さん。この白井美琴って人が自分の事を巫女とか名乗るんですよ」

 羽黒は手を肩の高さまで上げ呆れた風に言った。

「そうやって馬鹿にしおって。神主なら余が巫女だということが分かってくれるじゃろ」

 美琴は目をキラキラと輝かせ神主に訴えるかのように目を向けた。

 神主である国塚新海(くにづかにいみ)は長年生きてきて神主をやってきたがこのような事態には遭遇したことが無いためどう対処したらよいのか分からず頭を悩ませた。いや、それよりもあまりにも変な事を聞かれたので頭の理解が追いついていない方が正しい。

「つまりはそのー、なんじゃ。美琴と言うお主は巫女というわけか。すまんがのう、わしは長年にわたり神主をやっておるが白井美琴と言う巫女は聞いたことが無い。――ただのう、その巫女服は正真正銘の巫女さんの服じゃよ。それにしても御神紋が入っておる巫女服は今じゃ見られぬはずじゃが」

 新海は自分の長く伸びた白い髭を撫でながら言った。

「それってどういうことだよ、神主さん」

「飛鳥時代からじゃったかどうかは忘れたが上級巫女の巫女服には信仰する御神紋の入った巫女服を受け賜り着るのじゃよ。今じゃほとんど見られなくなったからのう。なにせ上級巫女はそこらの巫女とは違い神と会話する事が実際にでき、神の御加護も受けておる。じゃが、今じゃそんな巫女さんはほとんどいないからのう」

「マジかよ。じゃあお前が言っていた話は全部本当なのかよ」

「じゃからさっきから余は巫女だと言っておったじゃろ。全く、お主は人を信じることができんのか」

 ありえないと羽黒は思いながらも美琴が言っていたことを全て思い出してみた。

 先ずは美琴が正真正銘の巫女だということだ。しかも普通の巫女ではなく神と会話する事ができる上級巫女だということだ。羽黒自身は上級巫女なんて単語は耳にはしたことが無いし本当に神と会話できる巫女がいるなんて聞いたこともなかった。更には、美琴は永い間封印されていたことも最初は信じていなかったが神主である新海の言葉が、信憑性が濃くさせ信じられざる得なくなった。

 新海は興味深そうな顔で美琴が着ている巫女服の御神紋を眺め言った。

「それにしても珍しい御神紋じゃのう。月に蝙蝠に――それは百足かのう。すまぬが美琴殿、お主が信仰する神様の名を聞かせてはもらえんかのう」

 美琴は少し困った顔で言った。

「すまないが実は少々理由があって余が信仰する神の名は言えんのじゃよ」

「そうか。ならば仕方がない。――それはそうと今日はいいとこに来た。羽黒よ、お前さんにとある人から餞別がある。それを持って来るから少々そこで待っておいてもらえんかのう」

 羽黒は別に構わないと言い、新海は本殿の裏側にある倉庫へと向かった。

 羽黒自身はなぜ自分にプレゼントがあるのだろうと疑問に思った。何故なら自分に餞別を貰えるような偉業をしたことなど思い当たる節などあるはずがない。そのため羽黒は必死になって餞別が貰える理由を考えこむほど悩んでいた。

「お主いったい何を悩んでおる」

「いやなー、僕が餞別を貰えるなんて見覚えもないな」

「本当にそうなのか。最近自分が偉業を果たしたことはないのか」

 腕を組み、頭を傾かせて思い出そうとはしたが羽黒には自分が特に偉業を果たしたとは思ってもいないため頭を横に振った。

「さっきはお前の話を信じなくてすまんな。ところでなんでさっき神主さんに信仰している神様の名を教えてやんなかったんだ。神主さんに教えてやれば何かお前のことについて少し手掛かりが得られたんじゃないのか」

「確かにそうかもしれんが抑止力団体が動いておる今はむやみに教えるのは良策とはいえんのじゃ」

「抑止力団体ってなんだ。なんかの宗教団体か」

 美琴は喋ってもよいのか戸惑いながらも羽黒に教えてくれた。

「抑止力団体とは時間と言う概念が生まれる前から存在していたものじゃ。最初は三人と複数の猟犬だけの小規模の団体だったのじゃ。その後人間が知性を持ち始めた頃に抑止力団体の三人のうち一人が抑止力団体を宗教団体として広めたのじゃよ」

 美琴の説明はこういうことだ。抑止力団体とは時間の概念が存在するより前から存在しており初めは創設者三人とその三人が従わせる猟犬と言う謎めいた生物らしい。創設者である三人は普段は人が行くはずができない時間の概念が存在しない塔の一角で今も世界に異変が起こるかどうかを監視しておる。そんな抑止力団体はどの様な事をするかというと本来この世界では起こりえない事態を事前に食い止めるという行動をするらしい。

 ここまで聞いていればこの世界を守っているように思えるが美琴曰く今の抑止力団体の信者は増えすぎ創設者である三人も信者らをまとめることができていないらしい。

 そんな中今現代の社会に目を覚ましてはならぬ存在として抑止力団体に目をつけられている美琴は封印から目覚めてしまった。抑止力団体は他宗教とのパイプを複数持っており今現在全力で美琴を追っておるらしい。美琴はその抑止力団体に一度襲われ羽黒の家まで逃げてきたらしい。

「なるほどなぁ。他宗教とパイプを持っているためか。それにしてもその膨大な情報はどこから手に入れたんだ?抑止力団体はいわばお前の敵なんだろ」

「手に入れたのも何も全て余が信仰しておるミャルクヨ様から聞いたのじゃよ。――あ、しまった。今のことは聞かなかったということにしてはくれんじゃろうか」

「別に僕は構わないけどな。そもそもミャルクヨって何なんだ。聞いたこともないぞ、そんな神様の名前」

「それについてはまた今度じゃ。そもそも聞かなかったことにするのじゃ。それと、ミャルクヨ様は土着神じゃから様を付けぬと祟られるぞ」

 そう話していると神主である新海が倉庫から細長く灰色の絹の布で巻かれた物を持ってきた。

「お前さんの父、和徳からの餞別だそうだ。お前さんが全国優勝した時に渡してくれとお前さんが産まれた年にわしのところに持ってきたのじゃよ」

「僕が産まれた年に全国優勝を前提に渡すとかちょっとした呪いだぞ。そんなに僕に剣道をさせたかったのかよ」

「お主、ひょっとして高名な刀使いなのか」

「高名かどうかは分からんがつい昨日全国優勝をしたけどな。というよりかこの父親からの餞別って一体なんなんだ、持った感じ木刀とかの重さではないが。ここで開けてしまっても構わないか」

「それはお前さんのだから構わんよ」

 羽黒はではと言い灰色の絹の布をほどいた。そこには黒漆の鞘で収められている刀があった。それと同時に一つの手紙があった。羽黒は手紙を開いてみた。そこには墨汁で描かれた字があった。

『この手紙を読んでいるということは見事に全国優勝をしたということだな。だがこのようなことで喜んでいるようならまだまだ未熟だな。とりあえず全国優勝をしたお前には少々荷が重いかもしれんがこの刀を渡そう。もしもお前に守るべき者ができたときお前は(これ)を使い守ってやれ。だがお前に守るべき者がいないのであればお前の身近な人を守れ。それ以外の目的でこの刀を使うことは絶対に禁ずる』

 手紙を読み終わった羽黒はそのままズボンのポケットに入れた。

「手紙の内容はどうだったかのう。なにせお前さんの親父さんからの手紙だからのう」

 羽黒は両手を肩の高さまで上げて呆れたような顔で言った。

「詳しくは言えませんがどうやらこの手紙と刀はどうやら守るために使えってことらしいです」

「そうかそうか。――そろそろわしも仕事に戻らんとなぁ。でないと(こん)(れん)(さい)に間に合わないからのう」

 金蓮祭、それは八月中旬に主には天海神社周辺でやる祭りごとみたいなものである。いわば夏祭りである。元々は天海神社で信仰する神、天海ノ定海都筑(あまみのさだみづち)から授かった金の蓮のお礼をする祭りであったが、一般市民にも親しんでもらうため市役所は金蓮祭の日には出店を出せとのことでどんどんと一般市民にも親しみが沸いた。時期が夏だけあって松賀原では夏祭りという形で現代になじんでいる。

「いえ、僕こそ忙しい時に来てしまいました申し訳ありません。ほら行くぞ、美琴。ここにいたら神主の邪魔になるからな」

 そう言い羽黒はさっき来た階段を下がりだした。美琴も羽黒の後を追うかのように階段を下りて行った。帰りは行きよりは楽であったためすぐに階段の一番下まで来ることができた。

「で、美琴はこの後どうするんだ、行く当てでもあるのか」

「ふむ、取敢えずは余が住んでいた神社でも探すとでもしよう。神社を探しているうちに守護者にも会えるじゃろう。この履物は貰っても構わんじゃろうか」

「別にいいぞ。だけど食い物はどうすんだ。流石に自分の食扶持なんてないだろう」

「そうであった。ミャルクヨ様からの知識によるとどうやら今の世界は何を買うにもお金が必要らしいな」

 美琴は困った顔で物事を考え始めた。

「ミャルクヨ様から物事の知識が教えてもらえるなら現代の一般知識のことを教えてもらえ。お前が巫女服を着ているせいで周りから変な視線を送られるだろ。――いや、ちょっと待て。十時なのにこんなに人通りが少なくないか。いや、それどころか僕と美琴以外全くもって人がいない」

 そう言いあたりには羽黒と美琴以外の人気が全くもってしない事を変に思いあたりを見渡した。ここは今まるで真新しいゴーストタウンのように家や店があるのにその中には全くもって人が見当たらない事を示すかのように人気がない。

「どうやらこれは人避けの術式のようじゃ。抑止力団体にこうも早く見つかるとは思わなかったわい。お主はさっさと逃げろ。お主だけなら見逃してくれるじゃろ」

「逃げろって美琴はどうすんだよ。何か打つ手はあるのか」

「打つ手など今考えておる。それよりお主はここを離れろ、抑止力団体の奴がまだ手を出さないということはすぐには手を出せないということじゃ。そのうちに逃げ――」

 逃げろと喋ろうとした時羽黒は何かがこちらに来ると感じ美琴をその場から離れさせるように押し倒して何かから除けさせた。

「一般人がいたとはこれは予想外です。ですが任務の妨害にはならないでしょう」

 長くすらっとしたスレンダーな女が羽黒たちの前に立っていた。髪の毛で片目が隠れていたがもう一方の目からは冷酷なほどに冷たい目から彼女の冷酷さが感じ取れた。その冷酷な冷たさから美琴の背後から寒さのような恐怖が襲い体が震えだした。それを見て羽黒はなだめるように美琴の前に出て言った。

「安心しな。僕が会話で時間を作るからその間に何か打つ手を考えろ」

 美琴は震えながらも頷き羽黒を信じることにした。

「そこの一般人、悪いことは言わない直ちにそこの巫女から離れなさい。その巫女はこの世界にいてはならぬ存在なのです。そのためそこの巫女は私等抑止力団体によって殺傷除去せねばならないことになったのです」

「この少女がそんな風には見えないけどな、僕には。そもそもあんたは誰だよ、出会い頭に攻撃するとか非常識だろ」

「私ですか、私は抑止力団体、佐々(ささ)美野里(みのり)。それと、言葉遣いには気を付けなさい」

 美野里の目が羽黒を凍らせるかのような冷たい眼差しを向けた。羽黒は一歩足を下げかけたが後ろに美琴がいるのを思い出し踏みとどまった。

「なぜそこで踏みとどまるのです。あなたはそこの巫女とは何の関係もないのですよ。ここから速やかに離れさえすればあなたには害を与えません。抑止力団体は一般人を殺生することは絶対にしませんからね」

「じゃあ、もし僕が抵抗したらどうなるんだ。抑止力団体は殺生できないんだろ」

「抵抗するようであれば死なない程度に痛めつければよいのです」

「それをしたとしても考えが変わらない」

 美野里は一度目を閉じて再び目を開けさっきよりも冷たく、まるで物を凍らせるかのように冷たい瞳で言った。

「どうやらそんなにも痛みを味わいたいらしいようですね。――破ッ‼」

 そう言い美野里は拳を堅く握り気を溜め羽黒へと振りかぶった。拳はお腹にあたり羽黒は後ろへと吹き飛ばされた。吹き飛ばされはしたものも何とか立ち上がり父からの餞別である刀の鞘を抜き取り構えた。

「手を抜きはしましたがしばらくはたてないはずですが」

「僕が立てているってことは力が足りてないってことなんだよ」

「全くもってまずはその減らず口からなくして差し上げましょう」

 美野里の拳がさっきよりも強い気が溜められていく。その気はどんどんと強くなっていき風を引き起こすほど強くなっていく。その拳に溜められた気を美野里は羽黒に向かって解き放った。

青龍破丸(せいりゅうはがん)――」

 美野里が拳に溜め込んだ気は蒼い波動となり羽黒に襲う。羽黒は刀で抑えるように身を守ったが耐え切れず天海神社へと続く階段へと当たり口からは血が出てしまった。それでもなお羽黒は立ち上がった。

「理解できませんね。なぜあなたはそこの巫女を助けようとするのですか。見たところ守護者ではないようですが、なぜ見ず知らずの者を助けようとするのですか」

 羽黒は少し怒った口調で口を荒わらにしながら喋った。

「見ず知らずだって、ふざけんじゃねぇよ。だったらあんたは今にも泣きそうな子供を救わないのか、任務だからって子供をも殺すのかあんたは」

「えぇ、そうですね。任務ならば子供でも私は容赦なく殺します」

 美野里は目の冷たさを変えず迷いもためらいもなく言い切った。美野里の心の中には抑止力団体が正義だと信じ切っている。そのため抑止力団体がやっていることに何の疑心感も生まれて来ない。そして彼女の冷酷なる性格と抑止力団体の一員である正義感が彼女の迷いやためらいを一切なくしどんな人に対しても躊躇(ちゅうちょ)なく牙をむく。

「そろそろ黙ってください。はっきり言って目障りです」

 そう言うと美野里は瞬時と羽黒へと近付きその勢いで右手の指の第一、第二関節を曲げて手のひらを羽黒の胸に当て手首を曲げた。

 そうされたことによって羽黒はわけもわからずその場に膝をつき倒れてしまい何故だか立ち上がれなくなってしまい刀を手から離してしまった。何故だか体は力が入らないかのように体が動かない。そしてどんどんと意識が落ちていくかのように遠のいていく。

「あなたの『気』にちょっとだけ衝撃を与えました。『気』というのは生物や植物等に流れているエネルギーみたいなものです。それに衝撃を与えたのですからいくらあなたのようなタフな人でもちょっとした衝撃だけで体の動きを封じることができます、ですがもしも衝撃が強すぎた場合は死にも繋がります」

 美琴は羽黒が痛められていくのを見て思考が段々とマイナスな考えへと働き考えたくもない思考までも頭に浮かんできてしまい美琴の負の感情がより一層彼女を襲う。

「そもそも、もうこの世界にミャルクヨという神の信仰者はもしかしたら巫女一人だけかもしれないのですよ、これ以上守る必要がどこにあるのですか」

 羽黒を冷たい眼差しで見降ろす美野里の会話を遮るかのように泣きかけた顔で美琴は叫んだ。

「これ以上其奴(そやつ)を痛い目に合わせるのは、やめるのじゃ。確かにそうかもしれない、お主の言った通り信者などもういないのかもしれん、それに信者がいないとなれば守護者もいない。じゃから、余が死んでも誰も悲しまない、だったら余が死んでも構わないじゃないか。羽黒にはきっと多くの知人がおるじゃろう。どうやら余はそんな奴を殺そうとしておるようじゃな」

「その通りです。あなたが死んでも誰も悲しみません、だったらあなたは死んでそこの少年を救うべきです。それに、死んだ方がよっぽどあなたにとって楽だと思いますよ」

 羽黒の遠のく意識の脳裏にある一つの記憶が浮かび上がる。その記憶は羽黒が父、和徳が死んで間もない日、まだ羽黒が真頼の家に預かってもらう前の日のことだ。羽黒は目の前で実の父が死んだことが真に受けることが出来ず和徳の部屋に引きこもっていた。なぜ、和徳の部屋かと言うと、和徳の部屋に居ればもう一度父に会えると思っていたのだろう。だが、実際には和徳は死んでいるため会うことなんてできない。だったらいっそのこと死んでしまえば楽になれるだろうと考え和徳の部屋にあったカッターを使い自殺をしようとした。その時の和徳の部屋の扉を開き羽黒の様子を見に来た真頼が羽黒の手を掴み止めにかかった。

『なんで僕を止めるんだよ、離せよ。僕が死んでも誰も悲しまない、その証拠に母は僕の事を何も心配せず仕事じゃないか。だったら死んで楽になった方がよっぽどいいよ』

 そう言うと真頼は手のひらで羽黒の顔を叩いた。

『死んでも誰も悲しまないなんて言わないで。あなたがそう思っているだけそう決めつけないで。もしあなたがそんな風に思っているなら私が、羽黒が死んだら悲しむ人になる。だから――死んで楽になろうとなんて考えないで』

 その後、羽黒の母である紀子の考えで弥栄家へと預かられた。そんな遠く古びた記憶が浮かび上がった。その瞬間羽黒の心の中で彼女を守ってやらねばとの使命感と自分が味わった思いを味わって欲しくないとの想いが強く沸き上がり気の衝撃により動かない体を無理やり立ち上がらせ言った。

「だったら僕が美琴の守護者になってやる。誰も悲しまないから死んでもいいなんて言わせない。守護者がいればお前が死ねば悲しむ人がいる。それに死ねば楽になれるなんて決して考えるんじゃねぇ」

「まったく、あなたは一体何者ですか。気に衝撃を与えてもなお立てるなんて始めて見ました」

「そうだなぁ、僕もなんで立っていられるのかが分からないくらいびっくりだよ。――おい、美琴。いつまでネガティブな思考をしているんだ。いい加減ネガティブな考えは止めろ、お前には守護者が目の前にいるんだからな」

 美琴は思った。きっと羽黒は本気で自分のことを守ってくれるのだと。そう、それはまるであの人のように。美琴は泣きかけの顔を、両手で涙を拭い、顔を上げ羽黒を見つめて言った。

「そうじゃ、余には守護者が今、目の前におったわい。ならば守護者であるお主にミャルクヨ様からの奇跡を与えねばならんな」

 そう言い美琴は何やらまじないのようなものを唱えた。すると羽黒の体はさっきまでの傷などが嘘かのように治っていき羽黒の体はなにやら力が宿ったかのように強いオーラが漂う。

「なんか体が軽いぞ。それにさっきまでの傷が治っている。これがミャルクヨの奇跡なのか・・・」

「正式には余がミャルクヨ様からの力をお借りしお主に受け流したのじゃ」

「巫女の力をお受けになったということは巫女の関係した重要危険人物ですね。これで心置きなくあなたを殺せそうです」

 羽黒は地面に落としてしまった刀を拾い上げ自信満々に言った。

「そうだな。僕も美琴の力のおかげだが。あんたに一発かませそうだぜ」

 力を込めて地を蹴るだけで、一瞬で美野里のところまで近づくことができ刀を振りかぶった。美野里は間一髪も避けることができたが、羽黒の刀はコンクリートを砕き空をも舞う程にまで威力が高くなっている。これには美野里も予想外で目を丸くしたがすぐに考えをまとめ言った。

「なるほど、奇跡を起こした人の精神力によって力が増幅するわけですか。そうであればあなたのような精神力が高い一般人でも威力が上がるわけですね」

 羽黒はすぐに刀を立てて右側に寄せて八相の構えで立ち構えていた。八相の構えは余計な力を使わず攻守にも優れている構えだ。そのため美野里はうかつに羽黒に近づけず目でにらみ合う状態が続いた。そうこうしていると美野里がしびれを切らしたのか低い姿勢で羽黒の懐へと近づいた。あまりにも近すぎるため羽黒は刀を美野里へと振り下ろせず拳が腹部に当たったが当たる瞬間に下がり間合いを取ったため拳の当たりは浅かったが、ダメージとしては多く受けていため浅かったとはいえダメージとしては大きかった。間合いを取った羽黒はすかさず体を右斜めに向け刀を右脇に取り、剣先を後ろに下げ脇構えを取った。その姿勢を維持した状態で地面を勢い良く蹴って直立に飛び、美野里のもとへと近付き後ろに下げていた剣先を美野里の顔にめがけて剣先を上げた。剣先はそのまま後ろへと下がった美野里の頬をかすめ、頬からは血が垂れ流れた。美野里は垂れ流れた血を右手の親指でふき取り言った。

「ただの一般人が巫女の力を頼るだけでこの力とは、出会った時はまったく話になりませんでしたけどなぜ巫女の力を借りただけで戦闘が上手くなっているのですか」

「巫女の力を頼っているわけじゃない。言い忘れていたが僕は剣道をやっていてね、結構僕は人を見て行動パターンとかその人の癖とかもわかるんだよ。――あんたの技はまず初めに相手をノックバックさせて体制を崩させるんだよ。そして体制を崩している相手を確実に強い技で決めようとする。だったら対処方法は簡単――初めの一撃を出来るだけ受けずに切り込めばいい」

 とは羽黒は自信ありげには言ったものの、ほぼはったりなのである。いくら剣道が上手く、長くやっている羽黒でも完全に相手の行動を読めるわけではない。羽黒がはったりをかけたのは、はったりの一個や二個で美野里との時間を少しでも稼がねばならないと思ったからだ。

 美野里は構えていた拳を下げ殺気立っていた気配を少しだけ和らげ言った。

「このままではいくら一般人でも迂闊に戦うのは得策ではありませんね。今回は一時撤退しましょう。見逃したわけではありませんからね」

 羽黒が待てと言おうとする前には美野里は既に空中を高く飛び屋根の上に飛び乗りながら次の屋根へと行きその場から離れて行った。羽黒は緊張感が抜けてその場に尻込みをした。美琴はそれを見て羽黒のもとへと急いで駆け込んだ。

「大丈夫か、お主。こんなにも無茶をしおって」

 羽黒ははにかんだ顔で右手を左右に振り言った。

「大丈夫、大丈夫。言っただろ、剣道やっているって。これくらい平気、平気。それに、美琴のおかげで傷だって無いようなもんだよ」

 羽黒は右手を美琴の頭にのっけて頭を撫でた。

「なぜ余は撫でられておるのじゃ。それよりお主、守護者になってくれるのか?まさか、あんなにかっこいい台詞まで喋って無しって言うのは流石に余も引くぞ」

 羽黒は今さっき自分がなんて言ったのかを思い出してみると恥ずかしくなりそっぽを向き、顔を赤くし言った。

「ノリで言っちまったが仕方ねえーな。守護者になってやるよ」

「お主まさか今更になって恥ずかしくなったのか。ならば余がもう一度言ってやろう。“だったら僕が美琴の守護者になってやる――”」

 美琴は羽黒の口調をまねしながら言うのを羽黒は慌てめいて言った。

「それ以上は言うな、僕がもっと恥ずかしくなる。僕は白井美琴の守護者になる、美琴を守る。これでいいだろ、だからこれ以上は止めてくれ。本当に恥ずかしいんだから、それと前から思ってたんだが僕のことは羽黒と呼べ。僕には黒坂羽黒と言う名前がある」

「分かった、分かった。それにしても格好良かったのうお主のあの決めセリフ」

 羽黒は頭を掻きながら立ち上がった。

「気にしていても仕方ない。ほらさっさと帰るぞ」

「?どこへ帰るのじゃ」

「決まっているだろ、僕の家だよ。今日からお前の家だと思ってくれ。お前の神社を探すとしても住む場所があった方が良いだろ。というかお前はどこに住むつもりだったんだよ」

「そうじゃったな。ではお主の家に上がらせてもらうぞ」

 どうやら美琴はあまり先の物事を考えていないのか神社が見つかるまでどこに住むのかも考えてなかったらしい。羽黒は手を頭に当てこれから先大丈夫なのか不安になり溜息を吐いた。

「あ、言い忘れていたが、家に帰ったらすぐに出かけるぞ」

 美琴は目を丸くしてびっくりしたような顔で言った。

「家に帰ったら休憩もせずにどこに行くのじゃ」

「あぁ、取り敢えず家に帰ってバイクに乗って真頼姉ちゃんの家に行って、市役所行ってお前の住民票発行する」

 首をかしげて羽黒が何を言っているのか分からず住民票について聞いてみた。

「住民票って言うのは、簡単に言うと。国籍の都市版だ。国籍についてはミャルクヨの知識を使って自分で理解しろ。いちいち説明していると日が暮れちまう、さっさと行くぞ」

 羽黒は歩き出した。それを追いかけるかのように美琴も羽黒の後ろを歩いた。人避けの術式の効果がまだ続いていたのか家まで戻るのにだれ一人とも人を見かけなかった。

 家に着きすぐに羽黒は玄関の壁掛けにいつも掛けているバイクの鍵を取った。そのまま刀も玄関にたてかけた。そして羽黒美琴を連れてバイクが置いてある家の裏の道場裏へと行った。そこには白色と黒いラインが目立つハーレーダビッドソンのスーパーローがあった。

「羽黒、これがバイクと言う物か、変な形をしておるの。二輪の鉄の塊が本当に通行手段として使えるのか。いくらミャルクヨ様からの知識で交通手段と教えてもらっても実物を見ると不安なのじゃが」

「確かにバイクに乗るのが初めての人は怖いと思うかもしれんが乗ってみるといいぞ。特にあの走行中の風に当たって吹かれる気分は最高だぞ」

 羽黒はバイクで走っていることを思い浮かべながら美琴に自分が良いと思うバイクのことを語った。だが美琴にとってバイクは異物の物にしか思えなかった。何故なら、美琴が封印される前の時代にはバイクなど存在しなかった。美琴自身の記憶が曖昧なため、何年前に封印されたのかも曖昧で本人自身は平安辺りの時代と言っておる。信じがたいがついさっきまで抑止力団体とか言う変な宗教団体に追われていることを目の当たりにしたため更に美琴の言葉に信憑性が高まった。

 羽黒はバイクに掛けていた予備のヘルメットを美琴へと投げ渡し、いつも自分が装着しているヘルメット着用しながら言った。

「バイクに乗るときはヘルメットが必要だからな、一応予備としてバイクに掛けておいた物だがそれを使え」

「この被り物みたいな物がヘルメットじゃな。して、どうやってかぶるのじゃ」

 美琴はヘルメットを両手で持ちヘルメットのあちこちを回しながら見て言った。羽黒は美琴が手にしているヘルメットを取り美琴の頭に被せ、あご紐をしっかりと首元に止めた。

「うぅ、なんじゃこれは。紐みたいなものに首が固定されて違和感があるのじゃが」

「ちっとばかし我慢しろ。最初は違和感があるけど慣れれば大丈夫だから。バイクには自分で乗れるか」

「乗れるに決まっておるじゃろ。多分」

 そう聞くと羽黒はバイクにまたがり美琴がバイクに乗るのを待った。結局は自力ではまだ乗れず羽黒が手を貸してあげることでやっと乗ることができた。

「美琴、発進する前に言っておくがしっかりと僕に掴まっていろよ。お前軽そうだから吹っ飛ばされそうだからな」

「こ、怖いことを申す出ない」

 美琴は怖がり羽黒の腹をしっかりと掴み目を閉じ言った。羽黒は笑いながら言った。

「そんなに飛ばさないから安心しろ。掴まるっていってもそんなに強く捕まらなくていいからさ。じゃあ、行くぞ」

 羽黒はバイクのエンジンをかけて裏口からバイクを出して真頼の家へと向かった。

 数分間バイクで走っているうちに真頼の家の前に着いた。真頼の家は羽黒と同じ和式の家であり、羽黒の家ほど大きくはないがそれなりに大きい木造建築の家である。バイクはそのまま真頼の家の前に置いておいた。羽黒は真頼の家のチャイムを押して真頼が出てくるのを待った。美琴は羽黒の後ろに立ち言った。

「ここはお主の知り合いが住んでおる所なのか、お主の家とは違って少し小さいのう」

「当たり前だ。僕の家が大きいのが異常なんだよ」

 その瞬間家の扉が開き真頼が出てきて言った。

「悪かったわね、家が小さくて。あれ、羽黒じゃない、休日に来るなんて珍しいじゃない。それに、そこの子は誰かしら。見た感じ小学生ってとこだけど、どうして巫女服なのかしら。まさか羽黒、あんたにそうゆう趣味があったとはね」

「全然違うからな。そもそも僕がそんな趣味ある風に見えるか」

「うーん、よくよく考えれば羽黒にはそんな趣味無いわね。産まれてずっと剣道尽くしの羽黒に限ってあり得ないわね。その子のお名前は」

 羽黒が真頼に言おうとした瞬間真頼は真頼の目の前に立ち言った。

「余は白井美琴じゃ。お主が羽黒が言っておった真頼か?」

「そう、私が弥栄真頼。真頼って呼んでね美琴ちゃん。ところで、なんでここに来たのか訳を話しなさい、羽黒。訳もなく無くあんたが子供を連れてくるなんてあり得ないもんね」

「流石が真頼姉ちゃん、実は頼みたいことがあるんだ。訳を話すと長くなるから家に入ってもいい」

 真頼は溜息を吐き捨て言った。

「いいわよ、ただ事ではないってことは大体予測したから」

 真頼は家に入り、家に入ってすぐ左の扉を開けて居間へと羽黒たちを連れて来た。真頼は居間にあるヒノキでできた机を囲むように置いてある座布団に座るように羽黒たちに勧めた。

「それで、頼み事は一体何なのかしら」

 羽黒は真頼に一切の隠し事をせず物事を一から説明をした。白井美琴が自分の家の前に倒れており、美琴が巫女であること。そして美琴が抑止力団体から追われており、羽黒が美琴の守護者として美琴を守ることを話した。

「つまりは、美琴ちゃんを守るために守護者になったわけね。そもそも羽黒は守護者がどんな存在なのか分かっているの?」

「守護者って要は巫女を守るための役職なんだろ。違うのか」

「そうよ、守護者というのは自分が信仰する神のために巫女を守る。そもそも羽黒はどうして巫女に守護者がいるのか知っているの」

「いや、よくよく考えてみれば分からない」

 真頼はため息をつき右手の肘をつき手を頬に寄せ言った。

「宗教同士での争いってあるわよね、そういった争いから巫女を守るのが守護者の役割。でもそれはかなり昔のこと。でもなんで今でも守護者がいると思う」

 羽黒は顎に手を持ってきて顎に当てて考えた。

「さっぱり分からん。今でも宗教同士の争いがあるってわけでもないからな」

「答えを言うと巫女を科学者から守るためよ。巫女を科学者から守るために守護者が本格的に動き始めたのは話によると昭和の日本が戦争で押されていた頃よ。後がない日本は巫女の力を利用して戦争を覆そうとしたの。そのために科学者を集めて巫女の力を解読させようとさせた。そのためにはだれか一人巫女が必要だった」

「守護者はそれを拒み巫女を科学者から守る誓いを立てたってわけか」

「その通り。そして今でも科学者たちは巫女を研究材料として欲しているの」

 羽黒は感心し真頼の話を整理した。一方美琴は少し警戒しながら聞いてみた。

「お主はなぜそこまで詳しいことを知っておるのじゃ。もしや真頼殿は何らかの関係者なのか」

 真頼は笑いながら言った。

「全然違うわよ、森近小夜威って言う仲のいいおじさんが守護者なのよ。気になって守護者がどんな存在なのか聞いてみたら教えてくれたのよ」

 それを聞いた瞬間羽黒は真剣な目つきで聞いた。

「真頼姉ちゃん、小夜威さんがなんの神を信仰しているのかは知っているの」

「ごめん、それについては教えてもらってない。――話は戻すけど私に手伝ってもらいたことって何かしら」

「それについてなんだが、今から僕が美琴の住民票を発行しに市役所に行っている間に美琴に現代の一般常識を教えてやってくれ」

「それくらいならいいけど、美琴ちゃんの住民票なんてどうやって発行するの。住民票を発行するには戸籍が必要よ」

「それなら大丈夫だ。僕にいい案がある。それに戸籍を忘れましたって言って適当な手続きをすればいいだけだろ。それと、真頼姉ちゃんが子供の頃に着ていた服を美琴に譲ってくれないか。流石に巫女服だと不自然に思われるだろ」

「分かった、でも美琴ちゃんに合った服があるかどうかはわからないわよ」

 羽黒は真頼に、サイズが合わなかったら裾上げしといてくれとだけ言い残して真頼の家を後にして松賀原市役所へと向かった。真頼の家から松賀原市役所への道のりは少し遠い。松賀原市役所は松賀原の都市部にある。羽黒や真頼がいる所は都会化が進んでおらず木々が当たりこちらにあり、夏の夜には蛍も見られるほど奇麗な川がある。つまりは田舎である。そしてそこから南西の方に松賀原都市部がある。松賀原の都市部は高層ビル・マンション・バスターミナルなどがあり、今では様々な外国人労働者や社会人が集まる日本の中心となっている。そして上空には車などが通る立体道路が松賀原の空を覆っている。

 真頼の家を出てバイクで三十分後、羽黒を乗せたスーパーローは松賀原市役所へと着いた。松賀原市役所は空高く伸びた円柱の形をしている。

 羽黒は松賀原市役所内部へと続く自動ドアをくぐり市役所内部へと入った。市役所のロビーにはそこまで人はいなかったが職員がいつものようにカウンターにいた。羽黒は受付口まで足を運ばせた。

「あれ、羽黒先輩じゃないですか。市役所になんか用ですか」

「代理で済まないんだが住民票発行できるか、恵梨香(えりか)

 受付口で仕事をしているのは羽黒の後輩である牧瀬恵梨香(まきせえりか)である。羽黒と同じ剣道部をやっており、真頼ほどではないが剣道は十分に強い。

「代理ですか。それでは、国籍など身分が証明できるものはお持ちでしょうか」

「あーすまない、戸籍家に忘れた。それにそいつはまだ子供だから見逃してくれよ。いまどき住民票を発行するのに戸籍の確認とかやらなくても別にいいだろ」

 恵梨香はため息をつき座っている回転椅子を横に回し住民票の入っている棚へと椅子を寄せて引き出しから取り出し言った。

「羽黒先輩だから大目に見ますけど次回からはしっかりと持ってきてくださいね。そもそも子供ってどこの誰の子供なんですか」

 羽黒はまさかそんなことが聞かれるとは思ってもおらずふと思いついたことを喋った。

「僕の父の親戚の子の親が死んじゃって受け取り手がいないから仕方なくうちの子として預かるってことになった」

 恵梨香は疑惑の目で住民票を書いている羽黒を見つめた。羽黒は必死に疑惑の目を気付かないように住民票を書いた。名前の記入欄には和徳の義理の娘ということにするため名前は『黒坂美琴』とした。その他の記入にもミスがないように注意深く書き恵梨香に渡した。

「ふむふむ、羽黒美琴十二歳と。つまり小学生六年生くらいか」

「ここの市役所はプライバシーを守る気もないのかと市長に言いつけるぞ」

「分かっていますよ。ではこの番号カードをお持ちしてその番号が呼ばれるまでお待ちください」

 そう言われ羽黒は雑誌入れから科学雑誌を取りロビーに幾つかある黒色の長椅子に腰を掛けた。長椅子に掛けた羽黒は科学雑誌をペラペラとめくり自分の興味のあるものはないかと探していると気になったページがあった。そこには二人の顔写真があった。一人はよくテレビなんかでも見る黒髪のブルーアイのメフィスト・ガーロ・ヴァ二スフェントヴェーアことメガロヴァニ教授の顔写真。もう一人は白髪で髪の後ろを三つ編みのレッドアイのベアリーヌ・ストロベリーという女性の顔写真が載ったページだ。そのページの題材は『脳の量子情報の暗号化――脳科学・メガロヴァニア、理工学部・ベアリーヌ』内容はどの様なものかというと。

 ――長年にわたり研究されてきた脳の量子情報を暗号化させることに脳科学の教授であるメガロヴァニア教授ことメフィスト・ガーロ・ヴァ二スフェントヴェーア教授と理工学部のベアリーヌ・ストロベリー教授との合同研究によって、脳の量子情報を暗号化させる機械『HUGINN(フギン)』、暗号化した量子情報を解読し、閲覧することができるコンピュータープログラム『MUNINN(ムニン)』を開発していることを発表した。『HUGINN』によって暗号化した量子情報を『MUNINN』に読み込ませ、人の脳の量子情報を読み解き、人の記憶を閲覧することができると考えられている。なおこの機械はまだ完成には至ってない。なお、この機械が完成すれば我々人類にとって大きな進歩になるだろう。

 との内容だった。神谷白野(かみやはくの)と言う一人の若手科学者によって人の意識や記憶は脳にある量子情報によって保管されていると証明されてはいたものの、その後の研究では脳の量子情報をコンピューターなどで読み解く方法は解明されてはいなかった。羽黒はこの機械とコンピュータープログラムが何の役に立つかはよく分からないがこの研究によって『HUGINN』と『MUNINN』が完成すれば人類の大きな進歩になるとは何となく理解した。

 それにしても羽黒はこの理工学部のベアリーヌ・ストロベリーと言う人物が気になった。なぜならば、脳科学であるメフィスト・ガーロ・ヴァ二スフェントヴェーア教授ことメガロヴァニア教授は超が付くほど有名人であるがベアリーヌ・ストロベリーと言う人物について羽黒は聞いたことがない。ニスフェントヴェーア家は貴族の家柄であり、メガロヴァニはニスフェントヴェーア家の長男である。しかしメガロヴァニアは科学者であった母に憧れ貴族ではなく科学者として生きることを決めた。そのため正統の後継者はメガロヴァニアから妹になった。とここまでの経緯があるがベアリーヌについてはテレビなどでも見たこともない。そのため気になったのでスマートフォンで調べてみようとした時だ、自分の番号が呼ばれた。読んでいた科学雑誌をもとのところに戻し、ベアリーヌについてはまた今度調べてみようと思い住民票発行口まで足を運ばせた。そして何事もなく美琴の住民票を受け取り、松賀原市役所を出た。そして今まで来た道を帰るようにバイクで道を辿った。

 無事に真頼の家の前まで来た羽黒はバイクから降り、真頼の家に来た時と同じ場所にバイクを置き真頼の家に入り真頼と美琴がいる居間に向かった。今に入ると美琴が前に立っていた。

「何事もなく帰ってきたようじゃな羽黒。それよりこの衣装はどうじゃ。白ワンピと言う物らしいが似合うか」

 美琴は真頼から譲ってもらったと思われる白ワンピースを着ており、白ワンピースの裾をつまみ羽黒に見せた。

「なるほど白ワンピか、いいんじゃないか。僕はそういったファッションについてはよく分からないが似合っているぞ。それよりもう一時半だが真頼姉ちゃんたちは昼飯食べたか。食べてないなら僕が作るが、色々とお世話になったわけだし」

「そう言われれば食べてなかったわね。じゃあ、頼もうかしら。食材とかは適当に冷蔵庫にあるのを使ってもらって構わないから」

 羽黒は、分かったと言い居間の隣のチッキンがある部屋に向かった。真頼と美琴は居間で座って待つことにした。美琴はふと羽黒のことに気になったところがあったため聞いてみた。

「真頼殿よ、お主と羽黒はどの様な関係なのじゃ。羽黒はやけにこの家について詳しいようじゃが、それにお主のことを姉として呼んでおるが」

「あぁ、それね。簡単に言っちゃうとここは羽黒のもう一つの家なのよ。話していなかったけど羽黒は小さい頃に父親を亡くして私の家で羽黒が高校を卒業するまで預かっていたのよ。それもあって私のことを姉として呼ぶようになったのよ」

「真頼殿はそのー、違和感はないのか。血は繋がっておらんのに姉だと呼ばれて何とも思わんのか」

 真頼は少し間をおいてはにかんだ笑顔で言った。

「最初は違和感を感じたけど特に嫌とは思わなかったわね。それに、それで羽黒の心の支えになってあげられるならば別に構わない。美琴ちゃんも私のことを家族だって思ってお姉ちゃんと呼んでもいいのよ」

「なぜお主のことをお姉ちゃんだと言わなきゃならんのじゃ」

 美琴は座ったままそっぽを向き尖った口調で言った。真頼はなだめるように謝った。だがしばらくの間美琴はそっぽを向いていった。

「もしかして美琴ちゃん昔なんかあって私は地雷を踏んじゃったのかな」

「そ、そんなことはない。ただ――余は家族の顔、親の愛情を知らずにミャルクヨ様の巫女として育てられた。だから余はどんな思いで真頼殿を家族と思ってお姉ちゃんと呼べばいいのか分からぬのじゃ。それに――」

「それに、どうしたの、美琴ちゃん。私に相談できることなら話してくれない」

 真頼は座ったまま美琴の方へと近付き優しい声で聞いた。

 美琴には心の支えとなる人がいた。しかし美琴の記憶はまだ曖昧である。そのため自分の心の支えとなる存在となる人物の顔、名前をどうしても思い出すことができない。美琴は確かに大切な人だということは覚えている。だがどうしても思い出すことができない。そんな自分を許せず美琴は手を震わせ言った。

「余には心の支えとなってくれた大切な人がいた。でも顔も名前が思い出せぬのじゃ。大切な人の顔、名前を思い出せぬ余が真頼殿をお姉ちゃんと呼ぶ資格はない。余は大切な人の名と顔を思い出すことができぬ人でなしなのじゃ」

 真頼は美琴を優し抱き、頭を優しく撫でながら言った。

「それは違う、違うよ。美琴ちゃんが大切な人を思い出せないのはただ単に目覚めたばっかりだから頭の中がまだ整理できってないのよ。それに自分でも言っていたでしょ“記憶が曖昧”って。それでも美琴ちゃんを人でなしって言う人は誰であっても私はその人を許さないんだから」

 真頼の話を聞き安心したのか震えていた手が落ち着いた。真頼は抱いていた手と撫でていた手を止め、両手を腰に当て苦笑いで言った。

「とかっこよく喋ったのはいいけど私は羽黒みたいに強くはないんだけどね。本当に羽黒は強いよ。だって抑止力団体とかいう強い人たちの集まりの一人と同等に遣り合ったんだから。――子供の頃とは大違いだよ」

 真頼は今の羽黒と昔の羽黒を比べて言った。真頼は少し俯き少し寂しそうに言った。

「そんなことはない真頼殿。真頼殿は羽黒とは違う強さを持っている、それは羽黒よりも強い力じゃ。その力の強さは人を励まし、人を支え、人の心を安らげる力なのじゃ。真頼殿はもう少し自分に自信を持つのじゃ」

 真頼は自分よりも幼い子に自分の強さを見抜かれたのだ。この時真頼は理解した、美琴はきっと誰からも好かれていた巫女だと。でなければ人の強さを見抜き、励ますことなんて簡単にはできるはずがない。そしていつの間にか真頼は美琴に励まされていたのだ。

「励ましていたと思っていたら私が励まされちゃっているなんて。美琴ちゃんは本当、凄いよ」

 真頼は俯いた顔を上げ笑顔で言った。

 真頼と美琴が喋りあっている間に羽黒は昼食を作り終わったのか三人分の野菜と薄く切った玉子焼きが載った冷やし中華を四角いお盆に載せて持ってきた。

「二人共なんか大切な話しをしていたか。だったら悪かった」

「いや、大丈夫だよ、羽黒。今丁度美琴ちゃんに励ましてもらったから」

 真頼はいつも通りの笑顔で言った。美琴はきょとんとした顔で座っていた。羽黒はため息をつき言った。

「噓っぽいことはよしてくれよ。真頼姉ちゃんが美琴を励ますのは分かるがその逆は想像できないぞ。それよりさっさと食おうぜ、麺つゆで麵が伸びる前に」

 そう言うと羽黒はチッキンに置いてあった箸立てから三膳持ってきた箸を配り、座った。羽黒が座ったのを見計らって真頼は手を合わせて、いただきますと言った。美琴は真頼のやり方を真似て同様にやり箸で冷やし中華を掴み口に運んだ。

「この冷やし中華という物は美味しいな。これを羽黒が作ったのか」

「野菜を除いて麵はインスタントだけどな。本当だったらインスタントじゃなくてもっと美味しい物を作ってやろうと思ったんだが冷やし中華の賞味期限が危なかったからな」

「いやー、それについてはごめんなさい。昼飯作るのが面倒くさくていつもお湯で三分の便利なカップ麵ばっかりで冷やし中華の存在忘れていて」

「真頼殿、それは大丈夫なのか。ミャルクヨ様からの知識だとカップ麺だけを食べ続けていると体に悪いと教えてもらったのじゃが」

 妙に変な情報をミャルクヨから教えてもらったなと羽黒は思い言った。

「美琴の言う通りだよ、真頼姉ちゃん。いくら料理するのが面倒くさいからってカップ麺ばっかりの食生活はよせ」

 羽黒と美琴に心配された真頼は返す言葉もなくただ、うぅと声をうならすだけだった。

「すみませーえん」

 玄関の扉の外から声が聞こえてきた。羽黒と真頼は聞き覚えのない声のため目を合わせた。宅配便ならば玄関にあるチャイムを鳴らすはずだ。

「僕が見に行ってくるよ。真頼姉ちゃんと美琴はここ昼飯を食べといてよ」

 羽黒は床に手をつき立ち上がり言った。羽黒はそのまま居間を出て玄関まで足を運んだ。玄関前まで来た羽黒は扉を開けて言った。

「どちら様でしょうか・・・」

 玄関の扉を開け外に立っていた人物を見て羽黒は声を失った。そこには見た目は幼く、白衣を着ている。着ている白衣は袖が足りず袖余りの状態だ。だがそこまではよい、羽黒はその者の顔を知っている。白髪で後ろを三つ編みにしており、レッドアイの女性。そう、松賀原市役所で読んだ科学雑誌に載っていたベアリーヌ・ストロベリーだ。しかしここまで身長が小さいとは思わなかった。遠くから見て子供だと言われても違和感がないくらい見た目が幼い。

「もしかしてベアリーヌ・ストロベリーさんですよね」

「僕の名前を知っているとは珍しいですね。もしかしてびっくりしていますか、僕の身長とか小さいことに。それと僕のことはベアリーヌと呼んで下さい」

「それもそうですけど、なぜあなたのようなお方がここにいるのですか。確か今は『HUGINN』と『MUNINN』を開発しておるのでは」

「うんそうだよ。物知りの君にだけ教えるけどあれはもう完成している。今回ここに来たのは別の案件だよ」

 羽黒はこの時真頼から聞いた言葉を思い出した。『今でも科学者たちは巫女を研究材料として欲しているの』その言葉を思い出した羽黒は固唾を呑み強張った顔で聞いた。

「別の案件ってなんですか。ここに来たのに関係があるんですか」

 ベアリーヌは少し不敵な笑みを浮かべて羽黒に尋ねた。

「土着神の巫女と呼べば分かるかな。黒坂羽黒さん」

「ツッ、どうして僕の名を、あなたとは初対面のはずですが。まさかあなたも抑止力団体の手先なんですか」

「抑止力団体?どういった団体かは知りませんが僕たちは上からの情報と命令で動いているだけですから」

「“僕たち”とはどういうことですか。協力者がいるということですか」

 ベアリーヌは無邪気な笑みで笑い言った。

「お喋りはそこまで。で、どうする、巫女を守るのか守らないのか」

 羽黒は両手を握り締め真剣な表情で言った。

「初めに言っておきますが、美琴を守るためなら女だからって容赦しませんよ」

「美琴って言うんだその子、可愛い名前だね。君が本気なら僕も本気で遣るよ。科学者だからって舐めないでね」

 ベアリーヌはそう言うと白衣から何らかの物を幾つか出した。それはなにやらクマのぬいぐるみらしき物だ。そのクマは片目側を包帯で巻いてあり、牙をペロッと出しているどこか愛嬌のあるぬいぐるみが五体出てきた。大きさは大体五十センチ位の大きさだ。そんなクマのぬいぐるみが一体一体が意識を持っているかのように二足で立っていた。

 五体のクマのぬいぐるみは羽黒の下へと近づいてきた。先頭を走っていたクマのぬいぐるみは羽黒の近くまで近づいた瞬間羽黒の方へとジャンプしぬいぐるみの手を羽黒の頭に振りかざした。瞬間的に羽黒は足で地面を蹴り後ろに下がったが別の方のクマのぬいぐるみが羽黒のお腹付近までおり羽黒にパンチを食らわした。パンチの痛さはまるで鉄にぶつかったかのように痛く硬い感触だった。羽黒は後ろに転がったが何とか受け身を取り地面との接触のダメージを減らし地面から起き上がった。だが地面は砂利で敷き詰められていたため地面との接触によるダメージは受け身を取ったからといっても普通に高い。

「受け身を取るとは流石だね。いいことを教えてあげる。そのクマちゃんたちには精鋭された兵の量子情報の入った戦闘プログラムが一体一体入っている。だからコンビネーション、戦闘力ともにそこらの凡人とは段違いなの」

「なるほど。だから無駄な動きがないあんな行動がとれるのか。僕みたいな守護者なりたてがこいつらに勝てる気がしないんだが。数減らしてくれないか、流石に一対六はきついぜ」

「遣るなら徹底的にだよ。さあ立って、じゃないと巫女さんを守れないよ」

「言われなくても分かっていますよ」

 羽黒はボクシングがよく試合で構えるポーズを真似て構えた。いくら剣道で強い羽黒は素手での戦闘はしたことがないし殴り合いの喧嘩もしたこともない。そのため向かえ来る五体のクマのぬいぐるみには手も足もできず防戦一方になっていく。五体のクマのぬいぐるみは蹴りや殴りを的確に羽黒に当ててきた。それはまるで五体のクマのぬいぐるみがサウンドバックを互いに殴りや蹴りを入れているかのようだ。そんな防戦一方の羽黒も防戦するばかりでスタミナも切れてきて体もふらつき始め隙が生まれた。その隙をクマのぬいぐるみは羽黒に見事なアッパーをかました。羽黒はそのまま後ろに転がり行き大きな音を立て真頼の家の壁に背中を強く当てた。壁に当たった衝撃が羽黒の背中を襲う。大きな音を聞き何事かと思い真頼と美琴が駆けつけてきた。

「羽黒、あんたどうしたの」

 真頼はすぐにはその状況が理解できず慌てた。それに比べ美琴は冷静に考え、思考し大体の状況をつかんだ。

「羽黒よ、ミャルクヨ様の奇跡は必要か。必要であれば行使するが」

「見てわからないか。行使できるのならしてくれベアリーヌと言うこいつはさっきの輩とは一筋違う」

 羽黒は美琴に奇跡を行使するようにお願いをし、美琴は羽黒にミャルクヨの奇跡を行使した。一方ベアリーヌはワクワクと好奇心に満ちた顔で言った。

「いいね、いいね!今僕は巫女が起こす奇跡を目の当たりにするなんて運がいい。メガロヴァニア教授もいればよかったのに」

 羽黒は聞き覚えのある名前が出てきた。メガロヴァニア教授もベアリーヌ同様に美琴の存在を探しているのかと頭の中で推測し、ベアリーヌに聞いた。

「その通り。というか僕とメガロヴァニア教授がともに土着神の巫女の存在を追っていたの。そしたらこの松賀原市にたどり着いたわけだ」

 ベアリーヌが自信たっぷりに説明している間に真頼はどこからか木刀を持ってきて羽黒に向けて投げた。真頼が投げた木刀は弧を描くように羽黒の方へと飛んできた。それを羽黒は片手で投げた木刀を受け取り少し自信が付いたかのようにニヤリと笑みを浮かべ言った。

「ありがとう真頼姉ちゃん。これで少しはまともに戦えそうだ」

 だがクマのぬいぐるみの二体は羽黒が木刀を構えさせんとばかりにすぐに羽黒を襲った。二体のクマのぬいぐるみと羽黒との距離が五十センチくらいになった瞬間羽黒は抜刀するかのように片手で木刀を横に思いっきり振った。すると強い風圧が二体のクマのぬいぐるみに襲いクマのぬいぐるみは吹き飛ばされ倒れこみそのまま動かなくなった。

「やっぱりまだ試作段階だからちょっとした衝撃で動かなくなっちゃうか、でもまだ三体も居る。――“コンビネーションクロス”」

 なにやらベアリーヌは残りの三体のクマのぬいぐるみに命令を出した。すると三体のクマのぬいぐるみは一斉に走り出し羽黒へと近づいた。三体のクマのぬいぐるみは羽黒の顔一点を同時に殴ろうと手を振りかざした。羽黒はすぐに木刀を両手で持ち木刀を横にして攻撃を防ごうとした。しかしクマのぬいぐるみの手は羽黒が持っていた木刀をパンチで折りそのまま羽黒の顔にパンチを与えた。羽黒は木刀が割れた瞬間に少し左に避けたため右目側にパンチが当たるだけで済んだ。だが右目は腫れ始め右目を開けてられる状況ではなった。

「噓でしょ、あの木刀は本赤樫(ほんあかかし)でできているのよ。あんな簡単に壊れるはずがないわ」

 真頼は驚きを隠しきれず言葉に出した。ベアリーヌは満足げに笑い言った。

「このぬいぐるみが本気を出せば鉄の塊だってへこませることができるんだぞ。あまり舐めない方いいぞ」

 羽黒の体はもうすでにボロボロであり武器である木刀も半分から上は折れておりとても武器としては使えない。右目は開けることができずバランス感覚が取れずふらふらの状態だ。

「巫女の奇跡を頼ってこの力ですか。ちょっと期待外れだったな。じゃあ、土着神の巫女は僕が回収させてもらいますね」

 ベアリーヌは羽黒がいないものと考えながらうきうきと鼻歌まじりのスキップを美琴へと近づいた。真頼は美琴の前に出て美琴を守るように手を広げた。

「なに、君。まさか次は君が巫女を守るつもり。止めておいた方がいいよ。彼だって僕を止めることができなかったんだよ」

「美琴ちゃんは私のことを強いって言ってくれた。羽黒が止めることができないなら姉である私が止める」

 羽黒は、止めろと言うが声がかすれてしまう。真頼たちに近づこうとしても体がふらつき前になかなか進めない。

「だったら試してみようか」

 ベアリーヌはにっこりと笑みを浮かべ手を叩いた。すると真頼の目の前にいつの間にかクマのぬいぐるみが現れ真頼を殴った。巫女との目の間で真頼はそのまま地面へと倒れこんだ。それを遠くからなすすべなく見ていた羽黒は怒りが沸き上がった。その怒りはベアリーヌへの怒りと止めることができずただ見ていた自分への怒りだ。

「待てよ・・・ベアリーヌ」

「何を待つんだい羽黒君。君はもう動けないし武器はないんだよ。これ以上何を待つ必要がある」

 羽黒は体に残っている力を振り絞り言った。

「まだ体は動く。それに、武器はある」

「どこにも武器はないじゃないか」

 羽黒は目を瞑り美琴が奇跡を行使する時に唱えていた言葉を一つ一つ正確に思い出した。唱える言葉自体はそう複雑なものではなかった。ただ、言葉の内容から何らかの物をミャルクヨに与えることによって完成するということが分かる。それを理解した羽黒は何をミャルクヨに与えるか物は決まっていた。

「ミャルクヨ様よ、我の願いを聞き届けよ。我が寿命の五分の一をミャルクヨ様に授ける。それと引き換えに我が刀を我が手に授けよ」

 そう言うとまるで羽黒の言葉をミャルクヨが聞き届けたかのように羽黒の手にはあの時天海神社で父からの餞別として渡された刀が手にあった。羽黒はすぐに刀を鞘から抜いた。この光景を目の当たりにした美琴は目を丸くした。一方ベアリーヌは好奇心に満ちた、まるで子供が欲しいものを手に入れた顔で言った。

「これが巫女の力、いや、正確に言うと信仰の力なのか。興味深い」

 羽黒はボロボロな体なことを忘れたかのように勇ましくそこに立っており、いつ攻撃が来ても大丈夫のように刀を構えていた。

「本当に君もしつこいよね、君の体の作りが知りたいよ。でも本当に次は気を失うかもよ」

 ベアリーヌはクマのぬいぐるみに羽黒に攻撃するように命令をした。羽黒の体はボロボロであるが美琴によるミャルクの奇跡の効果はまだ継続している。その効果を羽黒は活かして脇構えの姿勢を取り地面を蹴り三体のクマのぬいぐるみのうち自分から近いクマのぬいぐるみに向かい飛んだ。そのクマのぬいぐるみとの距離は一瞬で三十センチまで近づいた。クマのぬいぐるみはとっさのことで対応が遅れ羽黒に一歩取られた。羽黒はそのまま刀を下からの上へと切り上げた。クマのぬいぐるみは綺麗に二つに切れて中からは綿が出た。そのまま近くにいた一体のクマのぬいぐるみを刀で突き刺した。羽黒は突き刺さったクマのぬいぐるみを振り払った。そのクマのぬいぐるみはもう一体のクマのぬいぐるみに当たり動かなくなった。

「だから言っただろ、動けるって。僕だって遊びで美琴を守っているわけじゃない。守るって心の中で決意したんだ。お前みたいにふざけている奴に僕が負けはずがない。もうお前は僕に敗北したんだよ」

 羽黒は刀先をベアリーヌに向け怒鳴り付け言った。ベアリーヌは手を強く握り締め震わせながら羽黒に訴えるように言った。

「僕のぬいぐるみがただの一般人ごときに潰されるわけがない。僕が負けるはずがない」

 羽黒は冷酷にベアリーヌを言葉で追い詰めるかのように言った。

「お前はそこをはき違えているんだよ。お前は僕のことを一般人だと思っている。そこが間違いなんだよ」

「何が間違いなんだよ。君はただの一般人にほかならないだろ」

 羽黒は言葉に圧力をかけ大声で叫んだ。

「僕は白井美琴の守護者だ」

 ベアリーヌは自分でも知らぬうちに足を一歩後ずさりしてしまっていた。更に羽黒はベアリーヌに追い打ちをかけるかのように冷酷に考えた。

「だからお前は僕に負けた。僕を一般人だと思い込んでしまい僕の力を侮っていたんだ。違うか」

「黙れぇぇぇぇ。お前なんかに僕が負けるはずがないんだ」

 ベアリーヌはまるで子供が駄々をこねるかのように叫び羽黒を殴ろうと走り出し羽黒に近づこうとした。その時だった、走り出したベアリーヌに美琴が言葉を掛けた。

「そこまでにするのじゃベアリーヌよ。お主は羽黒の言う通り負けたのじゃ。今のお主は理性を忘れた獣じゃよ。今しばらく頭を冷やすがよい」

 その言葉を聞きベアリーヌは不思議と走り出していた足が止まり我に返った。

「少しは落ち着いたようじゃな。お主の操る人形は羽黒の手によって壊れた。今のお主の力では羽黒には到底勝てぬ。他にも人形を持っているのならば話は別じゃがな」

 我に返ったベアリーヌは冷静に考えてみるとそうだ。今回持ってきたクマのぬいぐるみは五体だ。一般人相手との考えだったため五体で十分と考えていた。そのため他に対人戦の武器はない。それに、ベアリーヌは殴り合いなどまったくの素人だ。それなのに刀を持った人に勝つなんて普通に考えても不可能だ。そんな予測があるのにも関わらず戦うなんてベアリーヌは自分らしくないと思い恥ずかしくなってきた。

「お主は余のことを狙っていおり余の守護者羽黒と余の友達である真頼を傷つけたことに余は許すことができない。だがお前も余と同じ思い人がいることが分かる。ここでお主を殺せば祖奴が悲しむ。祖奴を悲しませたくなければ今すぐここから退け、今なら黙って見逃す。どうするかはお主次第じゃがな」

 ベアリーヌは冷静に考え、舌打ちを打ちその場からすぐに去った。ベアリーヌが去ったのを見計らって羽黒は地面に倒れている真頼にと近づきその場で真頼を抱きかかえ、起き上がれる形にしてあげた。羽黒は心配そうな顔で真頼に声をかけた。

「大丈夫か、真頼姉ちゃん」

 真頼は気が付いたのか少しずつ目を開け弱った声で言った。

「うん、私は大丈夫だよ。それより羽黒の方こそ大丈夫なの、右目腫れているよ」

「大丈夫、ベアリーヌもちゃんと追っ払ったから安心してくれ」

 真頼は、大丈夫と言うとゆっくりと立ち上がった。 

 美琴はなにやら羽黒に何かを聞きたがっていたため羽黒は、なんだと美琴に喋りかけた。

「羽黒、お主はミャルクヨ様に何を捧げたか述べよ」

 羽黒はきょとんとした目で美琴に言い返した。

「聞いていただろ。寿命の五分の一って。それで美琴を守れるんだ、安い捧げものだろ」

 美琴は羽黒のほほを手のひらで叩いた。羽黒は叩かれたほほを手で触れた。美琴は潤んだ目で言った。

「なぜ余の守護者はそのような事をするのじゃ。あの時だって余の守護者は余を守るためにいなくなった。頼むからお主だけは余の前から消えんでくれ」

 美琴は羽黒の抱きつき涙を流した。

 羽黒ははにかんだ笑みを浮かべ美琴を撫でながら言った。

「だからお前はそのネガティブな考えは止めろ。それに僕は現に今ここにいるだから、誰がなんと言おうと僕は美琴、お前を守る。それに、真頼姉ちゃんは守護者のことを自分が信仰する神のために巫女を守るって言っていたよね」

 真頼はコクリと頷いた。

「だけど僕は自分が信仰する神のためじゃなく美琴のために美琴を守る」

 美琴は昔のことを思い出した。昔も羽黒みたいなことを言い自分を守ってくれた大切な人の名前を。その者の名は桜花十蔵(おうかじゅうぞう)。桜の咲く丘で彼とは初めて会った。彼は自分のことを巫女ではなく一人の女性として見てくれた。そして彼はいつも自分の近くにいた。悩んだ時は悩みを聞いてくれ、困った時は一緒に解決し、落ち込んだ時はいつも自分を励ましてくれた。黒坂羽黒はそんな桜花十蔵にどこか似ていた。

 美琴は口元を和らげにっこりとした笑顔で言った。

「そうじゃな。羽黒は現に今ここに生きておるな。だが、無理はするではないぞ」

 その言葉を聞き真頼も、美琴ちゃんの言う通りと言い羽黒を責めた。羽黒も真頼からの注意には弱く苦笑いで、はい、はいと応えた。しばらくしているとなにやら羽黒のスマートフォンが鳴った。羽黒はそのまま着信をタップし耳に当てた。スマートフォンの奥からは男性の声が聞こえてきた。

『こんにちは羽黒君。さっきはベアリーヌを見逃してくれてありがとう。私の名は、メガロヴァニア教授と名乗れば分かるかな』

「あんたはベアリーヌと同じく美琴を狙っているのか」

『正確に言うと巫女を狙っている。だが、ベアリーヌを見逃してくれた礼として情報を提供しよう。今、抑止力団体は様々な宗教団体を動かしている。それでも君は巫女を守るのかね』

 メガロヴァニアは羽黒に“巫女を守る覚悟はあるのか”と聞くかのように言った。羽黒は少し目を瞑り目を開け覚悟を決めたかのように応えた。

「あぁ、守るよ。僕は白井美琴の守護者、巫女の守護者黒坂羽黒だ」


 桜の咲き乱れる丘で一人の守護者と巫女がいた。

「僕の名前は桜花十蔵です。――それにしても桜が綺麗ですね巫女さん」

 巫女は桜を見上げ言った。

「そうじゃな。社から見る桜も綺麗じゃが、外で見る桜も綺麗じゃな」

 しばらくの間十蔵と巫女が桜に見とれているとどこからか巫女を呼ぶ声が聞こえてきた。

「巫女様、巫女様そちらにおりますか。そろそろ社にお戻りください」

 巫女は自分が呼ばれていることに気が付き声の方へと向き十蔵を見た。

「どうやら巫女さん呼ばれていますよ。そろそろ戻った方がいいですよ、僕も内緒にしておきますから。その方がお互いのためですよ」

「そうじゃな、余も社に戻ろう、お主も仕事場に戻った方がいいぞ。それと――」

 巫女はなにやらもじもじしながら何かを十蔵に言いたそうにしていた。十蔵は何を言いたそうな巫女をきょとんとした顔で見た。

「その、お主が嫌でなければもう一度――桜を見に行かないか」

 十蔵ははにかんだ笑みで応えた。

「もちろんいいですよ。その時は僕が巫女さんを社にお迎えに行きますよ。だから巫女さんは社でお待ちください」

 巫女は嬉しそうに無邪気な笑顔で言った。

「では社でお主を待っておるぞ。お主が早く迎えに来れるようお主の仕事場を出来るだけ社の近くにしてやるからのう。ではまた今度じゃ」

 そう言い巫女は桜の咲く丘を駆け抜け社へと戻って行った。十蔵は自分の仕事が増えることをやれやれと思いながらどこか楽しみそうに桜の咲く丘から村を見渡した。


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