プロローグ
「スタ文2」(ほっこり人情小説部門)に応募を検討している作品です。
ジジジジッ
僕は、籠の中の鳥。
目の前を行き交う人々に誘うような微笑みを送る。
自らを彩るのは、襟元の空いた真っ赤な着物と細かい細工を施した金色の簪。
ここは花街。
ここに来る以前の記憶など全く残っていない。
この狭い世界だけが、全て。
薄く化粧をすることも、男なのに女物の着物を着て色を売ることにも、もうなんの違和感も感じることはなくなった。
僕の使命は客を取ること。それが出来なければ、ここにいる資格はない。
考えることをやめふと視線を向けた先。
見えたのは真っ黒な髪と、見る者全てを凍らせてしまいそうな冷ややかな瞳。
--なんだ、この既視感は
心臓がドクドクと音を立て始めた。
途端に頭に流れ出す、記憶の波。
あいつは、あいつの名は、**。
柵越しに名前を呼ぶと、そいつは少し目を和らげてこちらへ近づき、僕に囁いた。
数日後、僕は花街を出された。
--が僕を買い取ったらしい。
だが、--は何処にもいない。
僕の耳に残るのは、
『 』
この記憶は、ここで、途切れた
ジジジジッ
僕は軍に飼いならされた犬。
軍のために生き、軍のために死ぬ。
これが、僕の使命だ。
けれど
他に伏せる、仲間達。
一瞬の出来事だった。僕たちのしてきたことなんて、まったく意味をなさないものだった。
--なぜ、僕はこうして立っている?周りの仲間たちは皆、血に濡れて消えてしまったというのに。
ゆらりと視線をあげた先、見えたのは見覚えのある真っ黒な髪と、見る者全てを凍らせてしまいそうな冷ややかな瞳。
見覚えが、ある
あいつの名は、**。
『……なぜ、僕だけを残した?』
問いかけると、そいつは鋭い目を少しだけ和らげて、僕を真っ直ぐと見つめた。
『……』
『ねえ、僕はお前の事を知ってる。……そして多分、お前も僕のことを知っているだろう?
お願いだ、答えてくれ。』
心臓がドクドクと煮えたぎるように鳴っている。
走馬灯のように頭を駆け巡るのは、目の前の**との記憶。
これは、きっと今の僕の記憶じゃない。もっと、ずっと前の僕の記憶。
悟ったような目をしているのに口を開こうとしない**に、僕は今までにないくらいに苛立ちを感じていた。
『ねえ、答えてよ!!!君は……君は、**だろ!!』
目の前の--は目を少し見開き、薄く微笑みながら口を開いた。
『 』
この記憶は、ここで、途切れた
ジジジジッ
僕は牢獄に囚われた奴隷。
終わることのない肉体労働。次々に倒れていく他の奴隷たち。
キシキシと悲鳴をあげるぼくの身体。
--もう、ぼくの限界も近いのだろうか。
そんなことを考えるのすら阿保らしくて、振り切るように伏せていた頭を上げた。
頭を上げた先、目が合ってしまったのは鞭を持った指導者。
不味い。叩かれる……!!
次に来るはずの衝撃に耐えるべく、ぎゅっと目を閉じた。
しかし、いつまで経ってもその衝撃はやってこない。
不思議に思い、視線を上げた先。
見えたのは----
この記憶は、ここで、途切れた
ジジジジッ
ジジジジッ
また、必ず、巡り合、う
ジジジジッ
ジジジジッ
今の、僕、は--
ジジッ
ツーーーーー
記憶は、ここで、途切れた