2.とびらを開けて(4)
ひとまずリビングのソファに座ってもらい、暖かい紅茶を淹れる。
ヒールの音を聞いてあからさまに顔色を変えた【ながぽん】…いや、安永さんに、ただならぬことが起こっていたように思う。
離婚後から東京に来るまでの約半年間、私はほぼ在宅で勤務にあたっていたため現地取材ができていない、SNSからの情報を頼りに記事を書いていた時期がある。
もしかして、その期間に「何か」があったのか?
何かがあったとしたら、それは一体何なのだろうか?
【ながぽん】=≪安永大地≫であることを聞きたいけれど、私が【ながぽん】の存在を知らないふりをしたままでいたほうがいい気もする。
トレイに紅茶を乗せ安永さんに近付くと、ほっとした表情を見せた。
「すみません…あの、動揺してしまって」
「あの足音って…もしかして、ストーカー…ですか?」
ふ、と表情が暗くなる。やっぱりそうだったんだ。
思い返せば、足音はいつも同じ時刻に聞こえてきた。だいだい20時前後だ。
それはきっと彼の行動スケジュールをある程度把握していて、偶然を装って鉢合わせるために廊下を歩いているのだろう。
20時はちょうど居住者の帰宅も多い。居住者のあとに続いて入れば、アパートへの侵入も楽だと思う。
「あの…こういうこと言ったらアレなんですけど、私も昔、ストーカーにつきまとわれていまして。
相手は知っている方だったのですぐに身元も割れて、すぐにその両親に対策を取ってもらえたんです。でも…安永さんの場合、そううまくいかなさそうですね」
「そうなんです。…実は今、先ほどのようなつきまといとか他にもいろいろあって、知り合いの家を転々としながら暮らしているんです。
でも彼らにも仕事があるし、私も不規則な仕事で迷惑をかけてしまって。
荷物はレンタル倉庫に、郵便物と住民票の登録場所は一時的に知人の住所を借りられたのはいいんですが…これからどうしようか、ずっと悩んでいるんです」
しゅん、とうなだれる安永さん。大きな背がくるりと丸まっている。
知り合いと言うのはきっと、CO!ORのメンバーや昔共演した俳優さん達のことだろう。最近頻繁に泊まっていると思ったら、これが原因だったらしい。
どうせならウチに泊まればいいのに。こっそりながぽんを眺められて、仕事もプライベートもテンションMax!
なーんて、無理か。